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第4章 渓谷のオアシス

第3話(3)

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 操作パネルに表示された地図で現在地を確認したシリルは、ふたたび嘆息した。

「次の最寄りの都市まで最短で500キロ。追っ手の目を眩ますためにも、今夜はここにとどまるべきだろうな」

 シリルの決定に全面的に従うつもりのリュークは、とくに異論の声もなくおとなしく助手席におさまっている。シリルとしては、怪我の状態がもう少し落ち着くまでは、せめて夜寝るときぐらい、ホテルのベッドでゆっくり休ませてやりたいところだった。だが、今夜にかぎってはやむを得まい。車中泊を決意したところでリュークをうながし、外に出た。
 シリルがイーグルワンを駐めた場所は、黒い岩肌に周囲を取り囲まれた洞窟のような場所だった。荷物を片手に、慣れた様子で歩き出すシリルのあとにリュークがつづく。手にしたライトは、シリル自身には必要がなく、後ろからついてくるリュークの足もとを照らすためのものだった。

 地上の熱を帯びた渇いた空気と異なり、適度に湿気を含むひんやりとした空気が心地いい。いくらも進まぬうちに洞窟を抜け、切り立った断崖の底部へと出た。頭上を見上げれば、遙か上空に大地の割れ目らしき隙間が見える。無言で見上げるリュークの眼差しが、高さと幅を計測しているのが手にとるようにわかった。

 視界がまるで利かない場所で、あれほどの強風に煽られながら両サイドの岩肌に激突することを免れたのは、まさに奇跡としか言いようがない。それほどの、狭隘きょうあいな峡谷だった。それどころか、その難局を乗り越えた先で、谷底スレスレの絶妙な位置で機体は立てなおされている。普通ならば運がいいどころの話ではないのだが、シリルには、チェイスの最中に折よく到来した砂嵐を察知し、つっこむ算段を立てた段階からたしかな勝算があった。
 幾度か通ったことのある場所で、ある程度の地形を把握していた。仮に、目を瞑っていても飛べると豪語できるほど知り尽くした領域であったとしても、あれほどの悪条件の中でシリルとおなじことをしてのけられるベテラン・パイロットなどまず存在しない。だが、それをやすやすとしてのけるのがシリルという操縦者だった。シリル自身、くわしく説明を求められたところで、ただの勘としか答えようがない。愛機にかかる風圧や重力、操縦桿を握る感覚で両サイドの壁との距離や谷底に到達するまでの距離と時間を計測し、地上車からエアカーに切り替えるタイミングを計る。ただそれだけのことだった。

 一度でも飛行経験のある場所ならば、それだけで充分飛べる。シリルが孤高を貫ける理由は、これまで培ってきた操縦技術と経験、そして何者にも持ち得ない、比類なき天賦てんぷの才あればこそといえた。
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