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第十三章
第340話 マッサージ
しおりを挟む「ぬわあぁぁッッ!」
冬の訓練場にゼンダーソンの雄たけびが響き渡る。
北条にスキルを見せる約束をしていたゼンダーソンは、戦闘スキルに続き闘技スキルを一つ一つ丁寧に披露していた。
中でも最後に見せた、"獅子炎獄殺"はとんでもないスキルだ。
闘技秘技スキルの更に上の、闘技奥義スキル。
実はその上に更にもう一段階上位の闘技スキルが存在していて、闘技最終奥義スキルと呼ばれている。
このクラスになると、使い手はSランク……百レベルの壁を突破したものしかいない。
"獅子炎獄殺"は全身に炎を纏い、敵を滅多殴りにする乱舞系の闘技最終奥義スキルだが、それを仮想の敵に対して使用するゼンダーソン。
それはただ見ているだけでも……いや。スキル発動に伴う、暴力的な闘気の高まりで、見ているだけの由里香や龍之介の背筋が凍るほどのスキルだった。
"獅子炎獄殺"以外にも、闘技奥義スキルである"エンドオブライオン"や、闘技秘技スキル、"パターダ・ボラドーラ"など、ゼンダーソンは秘技級以上のスキルを幾つも披露した。
同じ格闘系の戦闘スタイルである由里香にはいい刺激になったようで、食い入るようにゼンダーソンの繰り出すスキルを見ていた。
「ハァッハァッ……。ど、どないや?」
「ううううーーー、凄いっす! ヤバイっす! ええと、それと、凄いっす!」
「ははは、せやろ?」
他に言葉が浮かばないのか、少ない語彙でどうにか胸の内を伝えようとする由里香。
由里香の言葉を受けたゼンダーソンは、乱れた呼吸を整えつつ得意気だ。
流石のゼンダーソンといえど、これだけの闘技スキル……それも最終奥義スキルも使用したとあっては、平常ではいられないらしい。
「さすがに最終奥義スキルは負担がでかそうだなぁ? 続きはいけそうかぁ?」
「ふうぅ、任しとき! これ位ならまだまだいけるで」
戦闘系スキルと闘技系スキルを披露したが、他にもまだスキルは残っている。
ゼンダーソンは魔法系スキルは覚えていないし、パッシブ系スキルは常に発動しているので意識して発動するまでもない。
耐性系スキルもパッシブ系スキル同様に、条件が合えば自動的に発動されるものなので、見せるようなものではない。
残るスキルは、特殊系スキルに特殊能力系スキルがある。
「ほな、続きいくで!」
少し休んだだけで乱れていた息もすっかり元通りになり、ゼンダーソンは引き続きスキルの披露を始める。
"怪力"、"強靭"などのステータス一時強化系から、傷ついた箇所を舐める事で傷を癒し、HPを回復させる事が出来る"舐癒"のスキル。
これは特殊系スキルに分類されるのだが、自分に対しては使用できず、ゼンダーソンはつかつかとマージの下まで歩いていって、マージの腕をベロンと舐め上げた。
嫌な予感がして逃げようとしていたマージだったが、Sランクの前衛職から逃げられるハズもなく、野太い悲鳴を上げながらゼンダーソンにベロベロされていた。
その他には、『流血の戦斧』のヴァッサゴが使用していた"ベルセルク"というスキルに似た、"狂化"というスキルや、獣人特有の"獣化"スキルなど、北条との立ち合いでも披露しなかったスキルも、惜しげもなく披露してくれた。
これらのスキルをあの立ち合いの時に使っていたら、もっと優位に立てていただろう。
立ち合いの最後、あれだけ北条をぼっこぼこにしたと思っていたが、あれでも加減していたのだと陽子らは気づく。
最後に、立ち合いの時にも見せた強力な防御スキル、"頑命固牢"を発動させたゼンダーソンは、北条の下へと近づいていく。
「ふう、これで大体は終わりや。あと最後に……」
そう言ってゼンダーソンが右手を差し出してくる。
この地域では挨拶といえば、握手ではなく相手に手のひらを見せて掲げるのが一般的だったが、地球での常識が残っている北条は、反射的に握手しようとゼンダーソンの右手を握る。……その瞬間、
「おわっっち!」
まるで静電気でも走ったかのような反応を見せ、即座に手を放す北条。
「わははははっ。それがホンマにラストのスキル、"獅子心中"や。これもさっきの"頑命固牢"と同じ、特殊能力系スキルやな」
傍からみると、静電気をくらったかのような反応の北条であったが、実はこのスキルは最大HPの割合でダメージを与えるスキルだ。
高レベルの前衛など、最大HPの高い相手ほど大きなダメージを与える事が可能で、しかも防御力などを無視したダメージを通す。
ただ大きなデメリットもあって、相手に与えた割合以上に、自分自身もダメージを負ってしまうという諸刃の剣でもある。
それでも、防御の固い相手やタフな相手には有効的だ。
なおダンジョンのボスなど、HPが桁外れに高い相手に対しては、残念ながら割合ダメージは通らない。
「ふぅぅ……。最後は一泡吹かせられてしまったがぁ、いいものを見せてもらったぁ」
「わはは、どうや? 参考になったか?」
「ああ、勿論……、十分参考になったぞぉ。ところで、あれだけスキルを行使したんだ。まあお前の事だからそう疲れてないかもしれんがぁ、どうだぁ? マッサージでもしてやろうかぁ?」
「マッサージやて? もしかしてスキルでも持っとるんか?」
「ああ、任せとけぃ。"マッサージ"に"フットケアマッサージ"。"指圧"スキルなんかも使えるぞぉ」
「ホンマかいな! 指圧は一度受けたことあるんやけど、あれはかなり良かったで」
「ならさっそく施術してやろうかぁ? あ、けどここだと寒いか」
「こんくらいの寒さなら平気や。さっき散々動き回ったし、自前の毛皮もある事やしな」
ゼンダーソンは、かなり獣の血が濃くて、顔つきから体つきまでかなり動物に近い。
季節によって毛も生え変わるようで、今は冬用の毛に生え変わっていた。
「そうかぁ。そんじゃあ、上半身の装備を外してもらえるかぁ?」
「あいよ」
衆人環視の冬空の下、気にした様子もなくゼンダーソンは装備を外していく。
それら装備の下から出てきたのは、鍛えられた肉体だ。
ほとんど毛に覆われているので、人間のように筋肉そのものは見た感じでは分かりにくいが、マッサージの為に手で触れた北条は、毛皮の下に眠るしなやかで強靭な筋肉を感じた。
「ほおおう、さっすが超一流の戦士の肉体だなぁ。だがぁ、少し歪みもある。その辺をかるぅく矯正していくぞぉ」
「おう! なんか知らんが頼むわ。横になったほうがええんか?」
「いや、そのまま立ったままでいいぞぉ。あ、いや、お前の場合背が高いからこれにでも座ってくれぃ」
そう言って北条は〈魔法の小袋〉から出すように見せかけて、"アイテムボックス"からゼンダーソンが座っても壊れないような頑丈な椅子を取り出す。
「なあ、そのマッサージは時間がかかんのか?」
「ああ、いや。そんなに時間をかけるつもりはないがぁ、そうだな。ここは寒いし、和泉たちは中央館の方へ戻っていいんじゃないかぁ?」
「分かった。そうさせてもらおう。ゼンダーソンはこのまま仲間と帰るのか?」
「いや。このあとはマージらとダンジョンに行こう思てる。ここを離れる前には、また挨拶に寄らせてもらうつもりや」
「そうか。なら挨拶はまたその時にでもしよう」
そう言って信也は中央館へと引き返していく。
ただ全員がその後を続くのではなく、由里香、芽衣、咲良、楓はこの場に残ったままだ。
「よし、そいじゃあいくぞぉ」
ゼンダーソンの体をあちこちペタペタと触れていた北条は、まずは軽いマッサージから始める。
「おおう、ええで、ええで……」
普通のマッサージ師では、固すぎて揉み解せないようなゼンダーソンの鍛え抜かれた肉体も、北条の力ならば問題はない。
時間がないので、大雑把にコリの酷い場所を中心にマッサージをした後は、"指圧"スキルを使ってツボを刺激していく。
"指圧"スキルでは、気の力を指先に集めてツボを押圧するので、日本で行われてる指圧マッサージより効果が高い。
「おほっ、うひょおおぉっ!」
「おい、ゼンダーソン。気持ち悪い声を出すのはやめろ」
「せやかてなあ、マージ。これは、た、滾ってくるもんがあるで」
「そんなにか?」
普段あまり見る事のない仲間の様子に、ユーローが興味をひかれたようだ。
「あ、ああ。なんや、体ん中から熱いのがギュウウウンって押し寄せてくるようや」
ゼンダーソンは以前にも"指圧"スキルの使い手から施術を受けた事はあったが、その時以上に体が内側からポカポカするような感覚がしていた。
「よおし、"指圧"はこれくらいでいいだろぉ。次は"整体"だなぁ」
そう言って北条が指をポキポキと鳴らすと、徐に首元に自分の腕を巻き付けるようにして組んだ。
「いいかぁ? 変に抵抗するなよぉ?」
これまで心地いいマッサージが続いて、安心していたゼンダーソン。
しかし最後に施術されたのは、慣れていない人にとっては痛みも伴う整体だ。
周囲にまで響くゴリゴリっとした音と、歴戦の戦士であるゼンダーソンの慌てふためく声が、そのヤバさを物語っている。
「いたたたあぁぁっ! ちょ、待てや。そこはそんなに回らん……うぎいい!? う、なんや。痛いのが段々きもちくなって…………。ぎいいやぁぁ、それはアカン。それはアカンてッ!」
ゼンダーソンが一喜一憂する様子に、仲間のコーヘイジャーは笑い転げているし、マージもニヤニヤしてみている。
ユーローは"整体"スキルを知っているようで、特にこれといった反応は見せていない。
「なんか北条さん、楽しそうっすね」
「ほんと~ね。拠点で何か作ってる時みたいな顔してるね~」
「うーん、ああいうのってテレビで見たことあるけど、間近で見るとちょっと引くわね」
「北条さん……、私にも整体してほし……い……」
阿鼻叫喚といったゼンダーソンを、天気な感想を言いながら見ている由里香たち。
誰も止めるものがいないので、ゼンダーソンはその後もたっぷりと施術が行われる事になるのだった。
「アアアァァーーーーーーッッ!」
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