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第十二章

第321話 限界バトル

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「落ちる空の声を聞け、【アトマスフィアフォール】。水蛇よ舞い踊れ、【曲水流衝】」

 続いて連続使用されたのは"風魔法"と"水魔法"
 "風魔法"の方は一件見た目では何が起こってるのか分からなかったが、"水魔法"の方は一目瞭然だった。
 大きな水で出来た、蛇のような水の塊が五つ、北条の近くへと出現していたのだ。

 この水で構成された細長い水蛇だが、胴回りの長さだけで三メートル近くはある。
 これだけの太さのものが細長く見えるという事は、全長でいえば軽く十メートルは超えているだろう。

 そんな大きな水蛇が五つ、空中をうねうねと漂っていたが、すぐにしゅるしゅるっといった感じで移動を開始する。
 それはまるで空中を蛇が泳いでいるかのようで、水蛇は体をくねらせてゼンダーソンの石牢まで向かっていくと、真正面から体当たりをぶちかました。

「ちっ、今度は水かいな!」

 "頑命固牢"のスキルが力づくで破られそうになっているゼンダーソンは、スキルの能力で身を守られてはいるが、身動きも取れなくなっていた。
 "頑命固牢"のスキルは特殊能力系のスキルに分類されていて、最初に込めた力に応じて、基本効果時間が決定される。
 そして、その時間内においては、スキルを途中で解除する事が出来ない。

 逆に効果時間を延ばす事は可能なのだが、その際は普通に使うより多くの力を消耗する。
 しかし、既に壊れかけの状態で力を注ぎこんでも、石牢が修復されるのか、効果時間が伸びるのか。
 これまで壊されそうになった事もなかったので、ゼンダーソンにも予想がつかない。


 襲い来る五つの水蛇は、代わる代わる石牢への体当たりを続けていく。
 水で出来た体とは思えないほど、衝突した際の衝撃がつよく、心なしか石牢のヒビも徐々に広がっているように見える。

(こらあ、そろそろ限界やな)

 ゼンダーソンは既にスキルが破られるものと判断し、その後をどう動くのか。その事にのみ考えを集中させる。
 ゼンダーソンのその読みは正しく、水蛇の体当たりによって徐々に崩壊しつつあった石牢は、同時に使用していた"風魔法"、【アトマスフィアフォール】によって完全に打ち砕かれる。

 "雷魔法"の時とはまた違う、ジェット機が近くで飛んでいるような轟音と共に、空高くから落下して来た"風の塊"。
 それはきっちり石牢へと命中し、"頑命固牢"のスキル効果を完全に打ち破っていた。

(今やッッ!!)

 スキルが破られた事を感じ取った直後、ゼンダーソンは強力な魔物と戦う際にいつも使用しているスキルを、次々と発動させていく。

 "機敏"の上位スキルである、"瞬足"で敏捷性を強化。
 同じく"剛力"の上位スキルである、"怪力"で筋力を強化。
 "狂化"スキルによって「状態異常:狂化」になり、攻撃力と敏捷を更に強化。ただし狂化状態によって、防御力は低下した状態になる。

 "炎纏"スキルで体に炎を纏い、副次効果によって更に攻撃力を強化。
 "纏気術"を発動させた事で、ゼンダーソンの体からは部分的にうっすらと闘気が湧き上がる。

 これは余分な闘気を外部に逃がさず、ほぼ自分の体内に留めている証拠であり、モワモワっとした水蒸気のように闘気が漏れている由里香の"纏気術"とは練度が段違いだ。
 このレベルの高い"纏気術"によって、更に身体能力全体が底上げされる。

 これら一連のスキルの発動は極めてスムーズに行われており、ほんの一秒か二秒後には、全てが完全に発動している状態になっていた。

 次の瞬間、ゼンダーソンの姿が消える。
 それは"縮地"スキルを使った訳ではないのに、一瞬でその場から消えたとしか思えないほどの速度だ。

 そして北条の至近距離にまで迫ったゼンダーソンは、引き続き魔法を放とうとしていた北条の横っ腹を思いっきり殴り飛ばす。
 ゼンダーソンの動きに対応して、発動しようとしていた魔法を即座に取りやめ、防御の体制に移行していた北条。
 しかし完全に防御が間に合わず、暴力の化身となったゼンダーソンの連続コンボが次々と決まっていく。

 格闘系の相手に一度この状態になったら、状態をひっくり返すのは難しい。
 同じ格闘系の使い手ならともかく、剣やら槍やらをメインウェポンとしてる者からすると、逃げようと思っても逃げられない、地獄の時間の始まりだ。

 抵抗は出来ず、ダメージを極力抑える事に集中した北条は、襲い来る暴力に怯えることなく、冷静に一つ一つの攻撃を冷静に見極め、軽やかに立ち回っていく。
 しかし、ゼンダーソンの"炎纏"によって体の周囲を覆っている炎は、Eランク位の魔物なら少し触れるだけで焼け尽きるような威力がある。

 だが見た感じでは、北条に火属性の攻撃による火傷の後などは見られない。
 それでも岩のようなゼンダーソンの拳を何度も食らい続けた北条は、まるでボロボロの雑巾のようだった。



 そんな生けるサンドバッグのような北条の有様に、反射的に楓が現場へと駆けつけようとして、ロベルトに止められていた。
 先ほどまでは北条の驚異的な魔法の数々に目を輝かせていた咲良も、顔が真っ青になっていて、体を震わせている。

「北条さんっ……」

 由里香も爪が食い込む程に両手を強く握りしめ、歯が砕けそうになるほどに強く噛み締めた状態で、現場にかけつけそうになる自分を律していた。

「あんな……あんな事はもうやめさせるべきです!」

 普段は落ち着いた性格のメアリーも、目の前の惨劇に思わず声を張り上げる。

「でも……ダメよ。私らが迂闊にあの場に駆け付けたら、戦いに巻き込まれて死ぬだけよ」

 観戦しているメンバーの中では、比較的落ち着いた様子のカタリナ。
 実際彼女のいう事は間違ってはいないのだが、そもそも最初に張られた結界によって、戦いの現場にかけつける事も容易ではない。

「…………」

 龍之介はいつものように騒ぐでもなく、真剣に二人の戦いを見つめている。
 その胸中には、まだ上には上がいるという事をむざむざと見せつけられ、数々の疑問が渦巻いていた。

 自分もあんな領域にまで達せられるのか?
 今までの方針通りにやっていていいのか? 
 いつになったらオッサン北条に追いつける? それとも一生無理なのか?

 そうした思いを胸に秘めながら戦いを見ていた龍之介は、由里香とは少し違った理由で拳を強く握りしめる。



「ハァッ……ハァッ…………」

 息もつかせぬ連続コンボを叩きこんでいたゼンダーソンが、大きく息を吐きその動きを止める。
 ようやく訪れた攻撃の切れ間を見逃さず、北条は一端距離を取る。
 ゼンダーソンも更に追い縋ろうとすれば出来たであろうが、北条が距離を取るのを黙って見送る。

「……チィ、そこかい」

 不意に、ゼンダーソンが後ろを振り返ると、"遠当て"の闘技スキルを発動させ、何もない空間に向かって気弾を飛ばす。

「っと、気づかれちまったかぁ」

 突然そんな声が聞こえてきたかと思うと、空間が揺らぐようにして、何もなかった空間に北条の姿が浮かび上がる。
 と同時に、距離を取ったように見せていた、"幻魔法"によって生み出された方の幻影の北条は、姿が掻き消えていく。

 ゼンダーソンの背後から忍び寄ろうとしていた北条だが、これまでの全てが幻影だった訳ではないようで、その全身には先ほどの幻影よりは若干マシといった程度に、攻撃を受けた形跡がみられた。

 肩で息をしており、足取りもいつもと比べるとおぼつかない。
 いつもの呑気な口調にも、"痛み耐性"などでは抑えきれない苦渋が若干混じっていた。

「はぁぁぁ、参った。お手上げだぁ」

「……自分、まだやれるんとちゃうか?」

「冗談はヨシコさんだぜぇ。不意打ちによる一発逆転も失敗に終わったし、これ以上はしんどいって。大体俺ぁ、前衛職じゃなくて後衛職なんだから、あんだけ接近戦でガチられたら無理だぁ」

「俺からしたら、そんだけやれて後衛職やっていうんが冗談にしか聞こえんけどな」

 北条の言葉をどうとったのかはゼンダーソン本人にしか分からないが、とりあえず矛を収める気にはなったようだ。
 発動させていたスキルも解除し、戦闘モードを解いていく。

「ハアァァァ、しんど」

 最後に、今回の北条との立ち合いの感想を、簡潔に述べるゼンダーソン。
 こうしてSランク冒険者ゼンダーソンと北条との、模擬戦のレベルを超えた立ち合いは、ゼンダーソンの勝利をもって終結した。



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