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第十二章
第320話 魔法の暴威
しおりを挟む「……しもた!」
ゼンダーソンがソレに気づいた時、既に手遅れの状態だった。
感知系のスキルは"気配感知"しか持っていないゼンダーソンだが、長年の戦闘勘のような、スキルに繁栄されない何かによって、見えないものを感知する事が出来た。
これは高レベルの前衛ならば、程度の差こそあれ肌で感じられるようになる、感覚のようなものだ。
それは魔法の発動時に強く放出される目に見えない力――魔力の知覚だ。
しかもこれまでの経験から察するに、既に北条の魔法は"発動段階"に入っている。
通常であれば、魔法を発動させようと体内に魔力を巡らせ、魔法を構築している間に、徐々に術者周辺の魔力が高まっていく。
"魔力感知"スキル持ちが注意深く観察すれば、魔法を使おうとしてる者を見分ける事が出来るのだ。
"魔力感知"を持っていないゼンダーソンでも、こうして一対一で対峙している相手が魔法を使おうとすれば、流石にすぐに気づくことが出来る。
しかしどうしたことか、今回は魔法発動の兆候がさっぱり掴めなかった。
「させんわっ!」
すでに発動寸前の北条の魔法の前に、ゼンダーソンは強引に接近しようと"縮地"を発動させようとする。
しかし、北条の魔法が発動する方が一足早かった。
「衰弱せよ、【フィジカルダウン】。押しつぶせ【ヘビーホール】」
最初の"呪術魔法"で身体能力を低下させられたゼンダーソンだが、それでもなおその動きは常人の目で追えるものではない。
しかし続く"重力魔法"によって、ゼンダーソンの"縮地"は発動を終える前に強引に止められる。
見ればゼンダーソンを中心として、範囲数メートルの地面が下へと陥没していた。
どうやら瞬間的に重力の強さが増した後も、徐々に重力は強まっているようだ。
"呪術魔法"とのコンボを決められたゼンダーソンは、動きが鈍ったことでこのまま前へ出るか、距離を取るかの選択を迫られる。
(このまま近づくんは罠に飛び込むようなもんか?)
そう考えて一端後ろに下がろうとするゼンダーソンだが、驚くべきことに魔法を二つも放った直後だというのに、再び魔法が飛んでくる。
(馬鹿なっ! ありえへんっ!!)
高位の魔術士ともなれば、初級魔法程度なら短時間の間隔で発動させる事は可能だ。
しかしそれでもここまで連続で魔法を使うとなれば、なんらかの特殊なスキルが必要となってくる。
「諸共焼き尽くせ、【インフェルノフレア】。余さず凍えよ【凍結空間】」
後ろに下がろうとしていたゼンダーソンは、またしても同時に飛んできた二つの魔法の内、"氷魔法"の方の効果によって、急激に自分の背後の空間の温度が低下していくのを感じていた。
そして前方からは、赤くぼんやりと光る小さな太陽のような光球が迫ってきている。
それはゼンダーソンからすれば余り早い動きではなかったが、今は"呪術魔法"によって動きが制限された状態だ。
"重力魔法"の方は足止め目的だったのか、すでに効果の方は弱まってきているので、タイミングを見計らえば、背後に広がる低温の領域も、前方から迫る小さな太陽も避けきる事は出来たかもしれない。
「根性ぉ、こんじょおおおおおっっ!!」
しかしゼンダーソンの取った選択肢は、まっすぐに"火魔法"へと突っ込んでいく事だった。
そして拳を思いっきり振りかぶって、火の玉とも呼べない状態の鈍く光る光球に、己の拳を叩きつけるゼンダーソン。
と同時に、光球ははじけるように外殻部分が失われ、中から強烈な火属性の光の靄のようなものが溢れ出てくる。
「ぬうううぅぅおおおおおぉぉぉっっ」
濃密な火属性の攻撃に晒されたゼンダーソンは、獣の声を上げながら、気弾系統の闘技秘技スキル"剛塊気弾"を放つ。
通常の"気弾"と比べると、色がオレンジ色をしていて、内部では闘気が蠢いている様子が微かに窺える。
(ぐっぐぐぐ……。こりゃあなんちゅう威力の"火魔法"や。マージの使うとるもんよりごついわ。"火免疫"と"火の祝福"があってこれて、一体どんだけやねん)
ゼンダーソンの足元では、魔法の影響によって地面が融解し始めている。
そのせいか、水蒸気のようなものまで立ち込め始めていて、足元が白い霧で覆われていく。
そんな状況の中ゼンダーソンの放った"剛塊気弾"は、北条の近くまで飛んでいきはしたが、北条の前方一メートルほどの所で、見えない壁のように阻まれて進行を止める。
その見えない壁は思いのほか強固なようで、ゼンダーソンの放った秘技クラスの闘技スキルが直撃しても、破れる様子はなく拮抗状態を保っている。
(ハンッ、せやろな。しかしこれで対処に手間取っとる内に距離を詰めて、魔法を撃つ余裕なんかないくらい…………!?)
火属性耐性には絶対的な自信を持っていたゼンダーソンが、身の危険を感じたほどの"火魔法"も、ようやく効果時間が終わって急速に熱量が弱まっていく。
そこで魔法の効果が完全に終息する前に、不意を打って北条を接近戦に持ち込もうとしたゼンダーソンだったが、最初の一歩目。それが自分の意思に反して動かない。
(何をされたんやっ? 何か……ナイフのようなもんが飛んできたんは見えたんやが……)
そのナイフのような何かは、地面スレスレを飛んできていた。
刀身が全体的に白く塗られ、光が反射しないような処置もされている。
また何やら魔法文字のようなものまで刻まれていた。
この"刻印魔法"で特別な効果を付与されたナイフには、認識阻害の効果が付与されているのだ。
そんなものが、"火魔法"の影響で白い霧が立ち込める中、ゼンダーソンの足元へと密かに飛来していた。
並の人間では到底気づかないようなこの攻撃。
だが、かろうじて視界の端に捉える事に成功していたゼンダーソンは、ナイフの飛んで行った先……自分の足元部分へと視線を移す。
そこにはゼンダーソン自身が落とす影の部分に突き刺さった、白いナイフの姿があった。
(動けんのはこのナイフのせいか。強引に暴れれば解けそうやが……)
そんな事を考えてたゼンダーソンだが、北条は考える余裕を与えるつもりはないらしい。
未だ北条の前方に貼られた障壁は、ゼンダーソンの放った気弾を拮抗状態を受け続けている。そんな中、北条は追撃のための魔法の構築を終える。
それは眼前の障壁が破られる事はないという、北条の絶対の自信を匂わせる。
「冷たき雨は一つ所に集う、【氷霜の集中豪雨】。全ての者に光は等しく降り注ぐ、【光輝なる旭光】」
(あれはっ……上位魔法か!? こらアカン)
すでに精神を一時的に上げる"根性"スキルを使って、魔法に対する抵抗力と防御力を高めていたゼンダーソンであったが、上位魔法を連続して食らい続けるのはさすがにキツイ。
慌ててゼンダーソンが"頑命固牢"のスキルを発動させると、突如周囲に鉄格子のようなものが出現し、頭の上の部分には石で出来た天井のようなものが、足元には同じ材質の床部分が出来上がる。
傍から見ると、まるで自分から牢屋に入ったような状態になったゼンダーソン。
そこに白い蒸気のようなものを纏った氷の雨が降り注ぐ。
雨、といっても、一粒一粒が数センチはあるような円柱状の大きなもので、先端部分は鋭く尖っている。
更に、同時に上空に出現した光球から、眩しい光が照射され、スポットライトのようにゼンダーソンを照らす。
この二つの魔法による攻撃は、ゼンダーソンを囲っている石牢を突破する事ができず、ひたすらに氷の雨が降り注ぐ、耳障りな音がしばし続く。
氷の雨は、斜め方向からも降り注いだのだが、鉄格子の隙間には結界のようなものが張られているらしく、一本たりともゼンダーソンを傷つける事はない。
(流石、安定の防御力やな。これ使うと自分も身動き出来なくなるんが好かんけど)
「……降り注げ大地を穿つ星石、【メテオストライク】。雷よ激しく舞え、【ライトニングスパーク】」
次に放たれた魔法は、"土魔法"と"雷魔法"。
先に"雷魔法"によって発生した極太の雷が石牢へと落ち、それから落雷した地点を中心に、半球状の範囲内で激しく放電して、火花があちこちで起こった。
そのすぐ後、上空に突如出現した隕石が、一直線にゼンダーソンを包む石牢へと向かって落ちていく。
それはただ星の重力に引かれて落ちていくだけでなく、最初に隕石が出現した時点から、下方への運動エネルギーが加えられていた。
そこへ落下による重力の影響も加わり、とんでもない勢いで落下していく。
一瞬後、ドオオオォォォンという鼓膜が破れそうになるような轟音を立てて、隕石が石牢へとぶち当たる。
と同時に、衝撃は波となって周囲へと広がっていくが、その衝撃波は北条の下まで届く事はなかった。
ゼンダーソンの放った気弾を完全に受け止め切った障壁が、引き続き北条を守っていたからだ。
また龍之介らの観戦している場所へも、一番最初に張っていた結界によって完全に防御されている。
そして肝心の隕石をまともに受けた石牢は、崩れる事もなくゼンダーソンを守っている。
しかし衝撃そのものは消せなかったようで、強い衝撃によって石牢は地面へとめり込んでいた。
周囲ではまだ先ほどの"雷魔法"の影響で、火花が散っているような状況だ。
とんでもない魔法を連続して見せられた龍之介達……特に同じ魔術士である咲良たちは、目を皿のようにして北条の放つ魔法に注目している。
(……信じられへん。こらあまるで、Sランクの魔術士レベルの魔法やぞ!? それをこない連続してぶっぱなすなんてマージの奴でも無理や)
ミシリッ……。
高レベルな魔法を連続で使われて驚愕の極致にいるゼンダーソンに、"嫌な音"が聞こえてくる。
それは上の方……石で出来たように見える天井部分から発せられた音だ。
(ま、まさか! 効果時間切れやのうて、強引に"頑命固牢"をぶち破るちゅうんか!?)
額から汗を一筋流すゼンダーソンの目には、次なる魔法を発動させようとしてる北条の姿が映っていた。
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