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第十二章

第298話  猛烈アタック

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「そんなっ…………」

「……殺しても死なないような人だったのにね」

 龍之介が『巨岩割り』の末路について語ると、事情をよく知らないジャドゥジェム以外の者は、程度の差こそあれショックを受けているようだった。
 あのやけにふんぞり帰っているペンギンのジェンツーも、「そうか……奴らが……」と言ったっきり押し黙っている。

「ツィリルとロベルト達は助かったんだけどな。他は……」

「そう、か。せっかく場所を変えてこれからって時に……」

 『巨岩割り』は主要メンバーのジババらがBランクだった事もあって、ベネティス領ではそれなりに名が知られていた。
 特に亜人の冒険者たちの間では知らぬ者がいないほど有名で、亜人の扱いが悪いかの地では、下の者達にもよく慕われていた。

 そんな『巨岩割り』が重い腰を上げて隣領に拠点を移すと、それに付き従うように、幾つかの亜人を含むパーティーも当時の《ジャガー村》へと押し寄せた。
 そもそも『巨岩割り』が拠点を移した最大の理由はダンジョンの発見であったが、後を付いて行った冒険者たちもその点に関しては同じだ。
 龍之介がダンジョン探索中に出会った『獣の爪』も、そういった流れでここまで流れてきていたので、ジババらの訃報は大きく彼らの心に響いていた。

「ツィリル殿は元気でやっているのか?」

「元気……かどうかはわかんねーけど……」

 シュガルの問いに、龍之介は悪魔戦でのダメージによって、ツィリルの魂に大きなダメージを受けてしまった事を話す。

「そ、それは大丈夫なのですか?」

「んー、北条のオッサンが治療をしてから、最近は少しずつ良くなってきてるとは思うぜ」

「ホージョー……。あの人か」

「ううむ。話には聞いていたが、その男。どうやらただ者ではないようだな」

 リス獣人のティスティルとペンギンのジェンツーは、あの助けた時には気を失っていたので、ほとんど龍之介達と接することなく別れている。
 その為、実際に龍之介らの戦闘を目にはしていない。

「まーな。あのオッサンは別格だかんな」

「ふーん。でもリューノスケもカッコよかったよ!」

「う、いや……。そーかー?」

 普段の龍之介であればもっと調子に乗る場面なのだが、反応がどうも鈍い。
 どうやら素直に好意をぶつけてくるルーティアに戸惑っているようだ。

「うんうん! ホント、もうダメだあっって思った時に颯爽と現れて、ウチを助けてくれたし!」

「いや、あれは……」

 キカンスの姿を、思い出の少年と重ね合わせてしまったのが、龍之介が飛び出していったキッカケだったのだが、流石にそれを口にすることはしない。

「ねえ。ウチの事はルーって呼んでいいから、リューノスケの事もリューって呼んでいい?」

「うぇあ!? あー、まー、その、だな……」

「リューノスケよ。嫌ならばハッキリ嫌だと口に……ぶべらっ!」

「ちょっとジェンツーは黙ってて! ねっ? リューノスケ……ううん、リュー。いいでしょ?」

「そ、そうだな……」

「わーい! それじゃあ早速ウチの事『ルー』って呼んでみて?」

「う……。る、ルー?」

「ひゃああ、良い。良いわぁ……」

「ハァ。まったく発情期の猫のようになりおって……ぐぁ!」

 悪態をつくジェンツーに、無言でルーティアが突っ込みを入れる。
 ルーティアとは幼馴染の関係にあるキカンスも、このようなルーティアの姿を見たのは初めての事で、どう対処したらいいか分からない様子だ。

 寡黙なシュガルは我関せずといった様子だし、ティスティルはとばっちりを受けないように、気配を消して食事をしている。
 《アンダルシア大陸》から連れてこられた樹人族のジャドゥジェムは、未だこちらの言語を話せないので、話に加わって来ることはない。


 そういった状態で若干カオスになりながらも、龍之介は食事を楽しんでいた。
 はじめルーティアの熱烈なアタックに当惑していた部分もあったが、何よりキカンスとは妙に気が合って、冒険に関する事からちょっとした日常生活の雑事など、色々な話をしていく。

 自分よりキカンスとの会話に夢中な龍之介に、ルーティアはお冠状態ではあったものの、龍之介は久しぶりの感覚を味わっていた。

(ムルーダもダチだと思ってんけど、アイツはライバルって感じなんだよな。でもキカンスの場合は、なんてゆーか学校でダチと駄弁ってる時みたいな、そんな感じなんだよなー)

 龍之介の周りには比較的ヤンチャな男の子が多かったが、中には物静かなタイプの子も混じっていた。
 キカンスはその中間というか、強く主張もしないがまったく自己主張がないという事もない。
 龍之介から見ると、バランスの良い奴という印象だった。

 それにリーダーを務めているというだけあって、見た目の虎獣人のイメージとは違う、思慮深さのようなものも時折窺えた。
 ちなみに龍之介の虎に対するイメージというのは、この世界でもそう外れていないらしく、キカンスのようなタイプは珍しい方なのだと言う。

「ハハッ、でもこの性格のお陰でこれまで俺達は乗り切れたと思ってる。同族からは意気地がないとか言われる事もあるけど、俺は俺さ」

 そうした割り切った態度に、龍之介は心の内では素直に称賛をあげていた。
 逆にキカンスは自分にないものを持っている龍之介に対し、好ましく思っているようで、二人の仲は急速に縮まっていく。
 ……と共に、ルーティアがキカンスを睨む視線も比例してキツくなっていった。

「もう! 二人でばっかり話しちゃってー! ねえ、リュゥ~。ウチともお話しよーよー」

 ついに限度を超えたのか、ルーティアが強引に龍之介へと絡んでいく。

「ちょっとルー? お前、いつのまに酒なんか頼んでたんだ?」

 強引に割って入ってきた幼馴染を見たキカンスは、いつの間にかルーティアの顔が赤くなって、酒精の匂いを発している事に気づく。

「ああん? そんなの別にウチの勝手にゃ! アンタはティスティルとでも話してるにゃ!」

「おいおい、これは大分酔ってるなあ」

「ふむ。我も酒を頼むとするかな。リューノスケも一杯どうだ?」

「む、酒かあ。どーすっかな」

 龍之介は以前、《鉱山都市グリーク》へ行く道中の村で、酒を飲んで酔いつぶれた事があった。
 それ以降も時折お酒を飲むことはあったので、本人としては少しくらい飲んでも問題ないと思っている。

「よっし、久々に飲むか!」

「そうこなくてはな」

「それじゃーウチがお酌するにゃ」

 龍之介が相手してくれない間にしこたま飲んでいたルーティアは、既に大分出来上がってきているようだ。
 左右に体を揺らしながら、酒の入った容器を手に取って龍之介の席のマグカップにお酒を注ぐ。

「おう、あんがとな。んじゃー、乾杯!」

「かんぱーい!」

 結局キカンスらと飲み明かす事にした龍之介は、その後は酒の勢いもあって、途中で日本の歌を歌いだすなど、なかなかにハッちゃけていた。
 しかし完全に酔っぱらって前後不覚になる事もなく、終始理性の部分は残した状態を維持できていた。

 酒酔いには"アルコール耐性"というスキルが効果的だが、"毒耐性"でも悪酔いを若干防いでくれる効果がある。
 前回のように酔いつぶれなかったのは、そのせいかもしれない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 結局この日夜遅くまで飲んでいた龍之介が、寝泊まりしている『男寮』へと帰ってきた頃には、みんなが寝静まるような時間だった。
 だが北条と信也はまだ起きていたようで、リビングで話をしていた所へアルコールの匂いをプンプンとさせた龍之介が鉢合わせする。

「……はぁ。こっちの世界に来てまでうるさく言うつもりはないが」

 呆れた様子の信也を気にも留めず……というより、すぐにでも寝床に入って寝る事しか考えていない状態の龍之介は、小言を吐く信也の脇を亡霊のように通り過ぎて、寝室へと向かう。

「一人で戻ってこれただけ、前よりマシだぁ」

「まあ……他人があれこれ言っても、素直に聞く奴でもないですからね」

「若いんだから、今のうちに色々な事を体験しておくのも悪くはないさぁ」

「失敗も経験の内、ですか?」

「ふっ、まあ見たところ今回の場合は別に失敗という訳でもないだろぅ」

 北条はそう言って、"アイテムボックス"からガラス瓶を取り出す。
 これも魔水晶同様に、北条が"砂魔法"の【クリエイトグラス】で作った自家製だ。

「どうだ? 和泉も飲むか?」

 今までは酒を飲んで話していた訳ではなかったが、龍之介に触発されて飲みたくなったのか、酒の入ったガラス瓶と軽いつまみを取り出す北条。

「……そうですね。余りアルコールは得意ではないんですが、いただきます」

 信也の返事を聞いた北条は、更にガラスのコップを二つ取り出し、おまけに"氷魔法"で生み出した氷を中に放り込む。
 こちらの世界の人は、例え環境的に用意できたとしても飲み物に氷を入れて飲む習慣はない。
 もちろん酒場で出される酒も常温のままだ。中身が悪くならないよう、若干は保存に気を使ってはいるが、基本はぬるい酒になる。

「……っ、これは果実酒ですか?」

「おうよ。実はこれも今試作中のひとつなんだがな……」

 他のメンバーが寝静まった夜、リビングで二人して酒を飲みながら静かに語り合う北条と信也。
 こうして静かに夜は過ぎ去っていき、一日が終わろうとしていた。


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