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第十一章

第287話 背水の陣

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 『プラネットアース』が大きな部屋に侵入し、ルームイミテーターと戦闘を始めてから小一時間が経過した。

 当初は隠れ潜んでちまちま遠距離攻撃してくる相手に手をだせなかったが、ロベルトの発案で信也の【ライティング】を張り付けてからは、居場所については見失う事はなくなった。
 壁や床に同化している間でも、漏れ出る光を完全に抑える事ができなかったのだ。

 しかし、だからといってすぐに片が付くかといえばそうではなかった。
 幾ら防御力が高いとはいえ、これまでに相当なダメージを与えているハズであり、いい加減いつ倒れていてもおかしくないはずだ。

 これだけタフだという事は、やはりロベルトの言うようにただの魔物ではなく、守護者ガーディアン、もしくは番人キーパーだというのは間違いなさそうだ。
 それもストーンゴーレムのおまけつきという、よほどの力量差がないと長期戦は必須の組み合わせ。

 咲良も〈ブルーポーション〉をがぶ飲みして頑張っているが、同種のポーションは飲み過ぎるとポーション酔いという状態異常になってしまい、飲めば飲むほどポーションの効果は薄れていってしまう。
 今の所かろうじて咲良はポーション酔いにはなっていないが、この調子だと時間の問題だろう。



「ハァッ……ハァッ……。もう大丈夫っす! いけるっす!」

 後衛の咲良たちの傍で休息を取っていた由里香は、そう言うと再び前線へと戻っていく。
 消耗はなにもMPだけでなく、前衛のスタミナも同様だ。
 "スタミナ自然回復強化"のスキルを持つ由里香ですら、すでに二度も休憩を挟んでいるくらい、じわりじわりと疲労が蓄積されている。

 そのたびに今のようにローテーションで休憩を挟んでいるのだが、メインタンクの信也は、疲労を押して一度しか休憩を挟んでいない。
 その延々と続くかのような戦いの途中、ストーンゴーレムの召喚は残り一体になると行われるという法則を掴む。
 その事が判明してからは、常にストーンゴーレムを二体だけ残して戦うようにしており、そこから少しは楽になっていったが、それでもきついものはきつい。


「んんっ……。"龍破斬烈槍"」

 単体相手にはかなりの火力が出る芽衣の"龍破斬烈槍"も、すでにこれで三発目だ。
 使用する度に凶悪な辛さが襲い掛かって来る特殊能力系のスキルは、何度使用しても慣れる事がない。

 スタミナや魔力を消費する事なく発動出来るのは利点だが、余りのきつさに無理に使用を繰り返すと命と縮めるとまで言われるほどだ。

「んくっ……」

 だが芽衣は表面上では出来うる限り、辛い表情を見せないようにしていた。
 スキルを使用し終えた芽衣は、〈魔法の小袋〉からポーションを取り出して飲み干す。
 紫色をしたそのポーションは、見た目の色的には毒のようにも見えるが、ポーションを飲む事で、スキル使用による辛さが少しだけ薄れていく。

 この紫色の〈バイオレットポーション〉は、ケガや魔力は回復しないものの、特殊能力スキルによって消耗した"ナニカ"を補充する効果がある。
 〈バイオレットポーション〉は特殊能力スキルの所持者が少ないので、他のポーションより相場が安く、特殊能力スキル持ちの多い信也達にとっては嬉しい所だ。
 信也も二体のストーンゴーレムを相手しながら、何度か光と闇の魔眼をルームイミテーターへと向けており、時折〈バイオレットポーション〉を服用している。


 他にも今回は、とにかくこれまでため込んだままになっていたアイテムを派手に使いまくっていた。
 スタミナを回復させる〈グリーンポーション〉から、使い捨ての攻撃魔法が封じられたスクロールなどの魔法道具。

 それから〈怪力丸〉などの、身体能力を上げる丸薬なども服用している。
 これは陽子の"付与魔法"と効果が重複するので、同時に使用するとその強化具合は結構なものになる。
 ただし、この辺のドーピング系は数がそれほどないので、あまり乱用は出来ない。

「こっ、のぉぉっ! いいっ! 加減に! するっす!!」

 流石に長期戦で動きにも精彩を欠いてきた由里香が、ヤケクソ気味に"タイガースマッシュ"を繰り出す。
 これもすでに何度か使用してきたスキルだ。
 以前よりレベルが上がったとはいえ、秘技クラスのスキルは大きく由里香のスタミナやMPまでをも奪っていく。

 魔法を使えない由里香が、戦闘中に〈ブルーポーション〉でMPを補充したのはこれが初めての事だった。
 レイドエリアでの領域守護者エリアボスと戦った時にも使用する事がなかったので、今回の由里香の消耗の程が窺える。

「ううん、コレがあってもさすがに厳しいわね……」

 そう言って髪飾りに手を当てる咲良。
 それから意識を集中し、次の攻撃魔法のための準備に入る。
 【フレイムランス】とは違い、使い慣れていなかったため少し時間がかかってしまったが、無事に咲良の【フレイムピラー】の魔法は発動する。
 直後、ルームイミテーターの足元から円柱状の炎の柱を迸らせる。

 これまで各種魔法を使ってきた咲良だが、どうも"火魔法"は効きがイマイチ悪いように感じていた。
 この辺は感覚的なものではあるのだが、何度も使っていけば相手の小さな反応などからある程度は判断が可能だ。

 といっても、"水魔法"も"土魔法"も同じような感じだったので、ルームイミテーターは魔法にも……というか、属性耐性を色々持っているのかもしれない。
 ならば、と。咲良は途中からは一番得意な"火魔法"をメインに使うようにしていた。




(これは、まずいかも……ね)

 ルームイミテーターとの戦闘は更に続き、あれからまた三十分ほどが経過していた。
 すでに咲良はポーション酔いで、〈ブルーポーション〉を服用しても雀の涙程しか回復しなくなっているし、そもそもポーションの飲み過ぎでお腹がたぷたぷしている。

「咲良、あと魔法どれくらいいける?」

「中級魔法ならあと五、六回……ですかね」

「前衛はどう? あとどれくらい戦えそう?」

「ふぅぅっ……、ふぅっ。ぶっちゃけもう休みたいッス!」

「あたしも……、今度ばかりは、ちょっと……」

 陽子の問いかけに、帰って来るのは息も絶え絶えといった仲間の返事だった。
 信也などは答える余裕もないほどで、大きく肩で息をしている。
 だが陽子の問いかけには気づいたようで、何か反応を返そうとはしているようだ。

 しかし、それが信也がかろうじて繋ぎとめていた集中を奪い、隙を晒す結果となった。

「ゴゴゴゴゴッ……」

 疲れなどに縁がないストーンゴーレムは、再召喚阻止のためにもう長い事戦い続けているというのに、まるで動きに乱れを見せる事はない。
 そして信也が見せた隙に、ここぞとばかりゴーレムパンチをお見舞いする。

「ぐっ」

「和泉さん! ……みんな。私があの二体を抑えるから、後の事は考えずボスを集中的に攻撃して!」

 横っ腹からまともにゴーレムの攻撃を受けた信也を見て、自分の迂闊な行動を反省すると同時に、仲間への指示を出す陽子。
 それから陽子は、自身の周囲に展開していた【物理結界】を解除し、ちょうど互いに近くにいたストーンゴーレム二体の周りに結界を張りなおす。

 結界に気づいたゴーレムらはガンガンと結界を殴り続けるが、陽子がものすごい勢いでMPを消耗しつつ、随時結界を補強していく。

「陽子さん!」

 陽子の指示の意図に気づいた咲良は、回復用にとっておいた分の魔力を出し惜しみなく使う事を決意する。

「うっ、うううぅぅ……」

 これまでにない勢いで削られていく結界を、ごり押しで修復し続ける陽子からは鼻血が垂れている。
 顔全体も若干赤身がかってきており、このまま無理をすれば頭の血管のどこかがぶちきれそうに思える程だ。

 この陽子の奮闘に応えるかのように、他のメンバーも残った力を出し尽くす勢いでルームイミテーターに攻撃を集中させる。
 ストーンゴーレムの攻撃によって吹っ飛ばされ、数十秒ほど意識を失っていた信也も、目を覚まし、状況を確認するなり無言でルームイミテーターの下へと駆け寄る。



「ォォォォォオオ……」


 まさに乾坤一擲の大勝負。
 その戦いを制したのは、信也達『プラネットアース』であった。
 しかし、HPが尽きかける直前、最後のあがきに放ったルームイミテーターの"岩弾"が、陽子へと襲い掛かった。

「…………ぇ?」

 結界をストーンゴーレムの周囲へと張り巡らせていたので、自分の周りに結界は張られていない。
 そんな無防備な状態を狙われた陽子は、まともに"岩弾"を食らってしまい、そのまま意識を手放してしまう。

「陽子……さん……」

 いつもの元気な声を出す気力もないのか、由里香がその光景を見て小さく呟くような声を上げる。

「武田ぁ! まだ、だ!」

「ふぇ……?」

 間の抜けた声を上げた由里香は、光の粒子となって消えていくルームイミテーターの脇から迫りくる、ストーンゴーレムの姿に気づく。

「あ……」

 ルームイミテーターを倒し、これで戦いが終わったと一瞬気が緩んでしまった由里香は、再び体に力を入れる事がすぐに出来なかった。

「キャアアァァァァッッ!!」

 小柄な由里香は、ゴーレムパンチによって、先ほどの信也より更に派手に吹っ飛ばされていく。
 そして吹っ飛ばされた先でうつ伏せに倒れたまま、起き上がって来る気配がない。

「おれ、も…………で……しか……」

 ルームイミテーターの残した"置き土産"を前に、信也が気力を奮い起こし、限界まで魔眼を始める。
 元々倒しきらないように、ある程度のダメージを与えて抑えていたストーンゴーレムは、さほど長い時間を必要とせず、信也の魔眼によって一体が崩れ落ちた。

 だが、それを見届けた辺りで信也にも限界が訪れ、今度こそ完全に意識を手放してしまう。
 残る一体のストーンゴーレムは、芽衣と芽衣の召喚した魔物が相手していたが、すでに芽衣の召喚した魔物は大分ダメージを負ったオーガ一体と、マンジュウ、ダンゴの三体のみだ。

 ストーンゴーレム二体止め作戦を思いつく前は、"召喚魔法"で呼んだ魔物を壁にしていたので、消耗が激しかったのだ。
 しかし残るはストーンゴーレムが一体。

 最後に残っていたオーガはゴーレムパンチで倒れ、マンジュウも横っ腹を殴られてグッタリとしてしまっていたが、どうにか無事に倒しきる事に成功した。

 結局、無事に意識のある状態で残っていたのは、ルームイミテーター相手に魔力を使い果たし、床に座り込んでいる咲良。
 そして最後にストーンゴーレムへの止めを持って行った芽衣。
 この二名だけだ。
 ロベルトはどこかしらで被弾していたのか、部屋の隅っこで軽くバンザイをした格好で、壁に張り付いていた。



 惨憺たる有様であるが、無事にルームイミテーターを倒したことで入り口は解放され、更に奥の部屋へと続く扉も開かれていた。
 それを確認した芽衣は、咲良と同じように崩れ落ちるように床に座り込むと、大きく息を吐くのだった。



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