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第十一章
第277話 危機意識
しおりを挟む「謝礼? そんなのいーぜ。オレが助けたかったから勝手にやったことだしな」
「しかし……」
「いいっていいって。運が良かったって思っとけよ」
龍之介のその言葉に嘘はなかった。
実際龍之介も実際に彼らが襲われている所を見るまでは、すぐに飛び出して加勢するつもりまではなかった。
……いや、実際はどうだったかはわからないが、少なくとも北条に確認するくらいはしていたはずだ。
それがこうも暴走してしまった理由は……
(やっぱ、どこか似てるんだよな)
キカンスは虎の獣人であり、獣耳やしっぽが生えているので、異なる点は多い。だが龍之介はキカンスを見た瞬間、過去の記憶を強烈に揺り起こされていた。
それは小学校時代の苦い思い出。
自分の迂闊な行動によって、一人の少年が更に窮地に追いやられる事になり、しかもその現場を龍之介は目撃していた。
あの時抱いた龍之介の後悔の念は、未だに龍之介の心の芯にこびりついている。
ほとんど話もしていなかったので、あのいじめられていた少年がどのような性格だったかを龍之介は知らない。
ただあの絶望に沈みつつも、龍之介が声を掛けた時に微かに揺れた、瞳の奥の光は印象的だった。
「それよりもアンタ、勝手に突っ込んでいくなんてどういうつもり?」
「ぐ……」
最初こそ名前で呼ばれたりもしていた龍之介だったが、最近ではすっかりカタリナからもアンタ呼ばわりが定着しつつあった。
龍之介も今回の件は悪いと思っているのか、何も言い返せないでいる。
「俺ぁ、お前に何度か言ってきたと思うがぁ、お前の迂闊な行動で被害を受けるような事があればぁ、遠慮なくお前を切り離すからなぁ?」
「わ、分かってるよ」
「まあまあ、北条さん。こうしてみんな無事でしたし、良かったではありませんか」
「細川さん……。あんたにも言いたい事があるんだがねえ」
なだめに入ったメアリーにも何か物思う事がある様子の北条。
ちょっとしたお小言を言おうとした北条だが、見知らぬ冒険者たちの前でこれ以上追及する事は避ける事にしたようだ。
「まあとにかく俺としても別に謝礼などいらん。それよりもさっさと探索に……」
戻ろう、と言いかけた北条が不意に途中で言葉を切った。
その視線はキカンスの仲間の所で止まっている。
相手もその視線に気づいたのか、どこを見てるかイマイチ判別出来ない茫洋とした瞳で見つめ返す。
「あれ、その人……」
カタリナも北条の視線に気づき、改めて北条が見つめていた女性を観察する。
彼女は全体的に茶色い皮膚をしているのだが、日に焼けたとかそういった色合いではなく、どこか硬そうな皮膚をしているようにも見える。
他のメンバー五人が全員獣人族であるのはすぐに分かるのだが、この女性だけは獣人族ではない事は明らかだ。
では人族やエルフ族なのかと聞かれると、恐らくは違うであろう。
彼女の皮膚は、動物のそれより植物に近いように見えるのだ。
この世界には、ドリアードのような人の形をした植物系の魔物も存在してはいるが、そういったのとも違ったように見える。
「あ、ああ。彼女は……」
「ほぉう、これは珍しいなぁ。『樹人族』かぁ」
「え、じゅじんぞく?」
北条の言葉に疑問を返したのはカタリナではなく、仲間であるハズのキカンスであった。
「ん? 知らんのかぁ?」
「ああ。彼女とは《鉱山都市グリーク》に向かう途中で出会ったんだ。何だか性質の悪い連中に襲われていたところを助けたんだけど、それ以来保護したというか、懐かれたというか……」
訝し気な北条の問いかけに、事情を明かすキカンス。
「彼女は見ての通り変わった種族のようで、言葉も通じないし、余り詳しい事までは知らなかったんだよ」
「なるほどなぁ」
「アンタは彼女の種族の事について知っているのか?」
「俺も別に詳しくはー知らん。知ってるのは樹人族が北の《アンダルシア大陸》で暮らす魔族の一種という事くらいだな」
それは北条が先ほど樹人族の女性に対し、"解析"を使用して得られた知りたてホヤホヤの情報だった。
鑑定系のスキルは、熟練度を高めたり上位のスキルになると、鑑定したもの情報を読み取ることが出来るようになる。
一体誰が書いた文章かは知らないが、鑑定できる事柄ひとつひとつに説明文のようなものが設定されていて、それを見ることが出来るのだ。
ただ頭に思い浮かべるだけではダメで、実際に鑑定してみないと説明を読むこともできないので、好きな情報を自由に引き出す事は出来ない。
その為、北条も《アンダルシア大陸》という地名がある事も、魔族などという存在がいる事も、この場で初めて知った事になる。
そして北条の"解析"スキルは、説明文に含まれている幾つかのキーワードについて、更なる補足説明を見る事が可能だ。
例えば『魔族』というキーワードを、マウスでクリックするかのように頭の中で思い描くと、
≪ 魔族 ≫
アンダルシア大陸に生息する人型ベースの種族の総称。
魔人族、鬼族、幽妖族などの複数の種族が含まれている。
……といった、補足説明を見る事が出来る。
ちなみにここから更に先の補足説明を見ることはできない。
ネットでwikipediaを見ていたら、リンクを辿って辿っていつの間にか一時間も経過していた、なんて事にはならない仕様になっている。
「魔族……。《アンダルシア大陸》…………」
説明を受けたキカンスはそれらの言葉に心当たりがないようで、ウンウンと唸っている。
彼の他のメンバーも同じようだ。
「まぁ、人族にはろくでもない奴も多いからぁ、狙われんように気を付ける事だぁ。では俺たちはこれで失敬するぞぉ」
「あ、はい……。分かりました、危ない所を助けてもらってありがとうございます」
「まあ人族に気を付けたとしても、ダンジョンで無茶して死ぬようでは元も子もないがなぁ」
「それは……確かに面目ないです」
リーダーであるキカンスからしたら耳の痛い話ではあったが、詰るような口調ではなく忠告するような北条の心遣いに、改めて感謝すると共に心を引き締めるきっかけにもなっていた。
噂で耳にした北条たちに関する虚像も、キカンスの中では急速に上方修正されていく。
▽△▽
こうして二組のパーティーの邂逅は終わり、再びバラバラに行動が開始される。
『サムライトラベラーズ』は更に先へと進み、『獣の爪』は来た道を戻っていく。
その途中ぽろっと話に出て来た『魔族』というキーワードに、大きな反応を示した龍之介が北条に質問を繰り返す場面があった。
といっても、北条もそれ以上は知らないので答えようがない。
適当に知らぬ存ぜぬを決め込んでいた北条は、それよりもひとつ言っておきたい事があったので、『獣の爪』との距離が十分に取れたあとに、その人物に話し掛けた。
「……ところで細川さん。あんた、あの連中に【疲労回復】の魔法まで掛けていたようだがぁ、あの段階でそこまでする必要はなかったんじゃあないかぁ?」
「何故ですか? 彼らは毒やケガだけでなく、極度の疲労状態にあったんですよ」
「だからこそ、だぁ。下手すりゃ助けたと思った相手が、背後からこっそり攻撃してくるかもしれない。ケガの治療の方も、やるなら最低限だけで良い」
「そんな! ケガをして辛そうな相手を前に、そのような事が出来る訳ありません!」
「"本当に"相手が辛いと思っているのかぁ? 辛そうな演技をしているが、内心では獲物を前にシメシメと思っているかもしれんぞぉ?」
「北条さん。何故あなたはすぐそのように考えるのですか? 世の中そう悪い人だけではありません。実際先ほどの人たちも、礼儀正しい方達だったではないですか」
「あいつらがどういった連中かは知らんがぁ、俺たちが戦うところを見て態度を変えた可能性もあるぞぉ?」
「それ……は……」
確かにそれはメアリーにも感じ取っていた部分だった。
北条たちが魔物を次々と蹴散らしていく様子を見て、どこか緊張していたというか、畏怖のような感覚を抱いていたように見えたのだ。
「俺達は今パーティーで行動している。そしてこのパーティーのリーダーは俺だぁ。リーダーとしては、仲間を守るために行動する必要があるし、その為には降りかかる危険を出来るだけ排除すべきだとも思っている」
「…………」
「あの、別に擁護する訳ではないんだけど、ホージョーが反応しなかったという事は、彼らには悪意なんかなかったんでしょ?」
「あったら強制的に排除してるさぁ」
北条が最終的に『獣の爪』に加勢したのも、各種感知スキルに何も反応がなかったからだった。
「だがぁ、それとこれとは話がぁ違う。俺が対応出来ることは多いかもしれんがぁ、だからと言って、それを頼りに無防備に見知らぬ相手に近づくんじゃない、という事を言ってるんだ」
「私、は…………」
日本に暮らしていた頃のメアリーならば、北条対してもう少し反対の意見を主張していたかもしれない。
しかし、メアリーはすでにこの世界に来てから一つ失態を犯してしまっている。
あの日の夜。
相手は今回のような見知らぬ冒険者などではなく、、同じパーティーの同じ日本人である長井だった。
彼女にも何か事情があるはずだ、と信じていたメアリーは、その結果として魅了状態に陥り、北条を罠に嵌めるエスコート役とされてしまっていた。
「……とにかく、少しはその辺りの危機意識をもう少し持ってくれ」
あの時の事を思い出して沈み込んでいくメアリーを見て、北条もこれ以上更に言い募る事はせず、話を切り上げる。
二人が話している間、龍之介は心情的にはメアリーに加担したいと思っていたが、自身も先ほど好き勝手に行動したばかりで、黙って二人の話を聞いているしかできなかった。
カタリナはどちらの言い分も分かるけど……といった態度ではあったが、どちらかというとこの世界の生まれの人らしく、北条寄りのシビアな見方を持っている。
慶介はそんな大人たちの話し合いを聞いて、自分ならどうしただろうかというような事を考え、思考に耽っている。
こうしてすっかり静まり返った『サムライトラベラーズ』は、それでも先へ先へと歩みを止める事はない。
慶介も、そして先ほど注意されたメアリーも、元の世界に帰りたいという気持ちに揺るぎはなかったのだ。
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