312 / 398
第十一章
第274話 タイガースマッシュ
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、シンヤさん。そこでストップッス」
「分かった」
北条らと別れ、新しいエリアを探索してからこれで何度目の制止だろうか。
地下迷宮エリアの十層から分岐するこのエリアは、それまでと同じ人口的な地下迷宮タイプの様相を呈しているのだが、まったく同じという訳ではない。
このエリアには罠がとても多いのだ。
その為、冒険者の間ではこのエリアを罠エリアなどと呼んでいる。
『プラネットアース』でも、ロベルトを先頭に罠に注意しながら移動しているのだが、こうも罠の発見が多いと探索の方も進みが遅くなってしまう。
「うー、こうパパっと走り抜けちゃえば、罠にかからないでいけないかな?」
「ちょ、そんなことはしないでくださいよ!?」
どこまで本気か分からない由里香の言葉に、慌てて言い返すロベルト。
これでもこのエリアの探索を開始して数日が過ぎて、少しは慣れてきたのか探索速度は若干上がってきている。
「これで……ヨシっと。みなさん、罠は解除できました。でも、今度は魔物の方が近くにいるみたいッス」
「今度こそあたしの出番だねっ!」
腕まくりしながら、由里香やロベルトを先頭に魔物の気配の方へ向かうと、そこにはたくさんの猿の魔物の姿があった。
といっても、あの時の猿の魔物ではない。
マスモンキーというFランクの小柄な猿の魔物だ。
もっとも小柄といっても体長は七十センチほどはあるし、集団で行動して"連携"のスキルを使ってくるので油断はできない。
最初の方の階層ではマスモンキーしか出てこなかったのだが、途中から一回り大きいボスモンキーという魔物も一緒に出現するようになっていて、その集団戦闘力は更に増していた。
だが……。
「てぇい!」
「いきま~す」
「わぉぉぉん」
由里香たちのレベルも上がり、Fランクの魔物が集団で襲い掛かっても十分に対応できるようになっていた。
芽衣も微精霊のコンペイトーを出してはいるものの、魔物の方は契約しているマンジュウとダンゴしか出しておらず、限界数まで魔物を出すまでもなく、自ら槍を持って敵を蹴散らしていく。
「ウオオオオッ! かかってこい!」
大きな唸り声をあげている信也は、同時に闘技スキル"プロヴォーク"を発動しており、その効果によって何匹ものマスモンキー達が信也へと敵意を向け襲いかかってくる。
「フゥッ、ハッ!」
それらの攻撃を、主に〈インパクトシールド〉を使って巧みにしのいでいく信也。
そして攻撃を防がれ隙の出来たマスモンキーには、芽衣や由里香ら他のメンバーの攻撃が襲いかかる。
ロベルトも罠解除だけでなく、戦闘の方でも活躍を見せる。
短剣を両手に一本ずつ持って戦う、"短剣双術"を駆使し、身軽な動きで魔物の首を掻っ切っていくロベルトに、陽子もやたらと〈雷鳴の書〉を使って敵を攻撃していく。
攻撃手段を求めて始めた、"投擲術"の方もすでに結構な腕前になっている陽子であったが、やはり直接攻撃できる魔法スキルというものには未だに憧れがあるらしい。
"結界魔法"の維持に問題がないレベルで、〈雷鳴の書〉を使って"雷魔法"を覚えようとしているようだ。
「フゥ、今ので最後か」
「和泉さん。【キュア】いきますね」
優勢なまま戦闘が続き、魔物の殲滅が終わった後。
軽く攻撃をもらっていた信也に、咲良が"神聖魔法"を掛けて治癒をしていく。
戦闘としては苦戦するような相手ではなかったのだが、それでもちょっとしたダメージは喰らってしまうもので、そうしたものでも蓄積していくと動きが鈍っていってしまう。
特に信也は敵を引き付けて戦う、タンクのような戦い方をしているので、その分ちょっとしたケガも多い。
「ああ、ありがとう。いつも助かるよ」
「いえ、仲間の治癒も私の役目ですからね」
これまでの『サムライトラベラーズ』では、咲良はどちらかというと治癒よりも攻撃にMPを使っていた。
由里香は基本動きで翻弄するタイプなので攻撃をもらう事も少な目で、北条に至っては能力を明かす前から公開していた"ライフドレイン"で自前回復していたので、咲良の"神聖魔法"の出番は少なかった。
それが今のパーティーでは信也がタンクを引き受けているため、治癒魔法の使用回数が増えている。
これは咲良にとって"神聖魔法"のスキル上げの機会でもあるし、今までとは少し違った戦闘での立ち回りから学べる事も多い。
「そろそろ先進むッスよー」
「承知した。いまそちらへ行く」
咲良からの【キュア】を受けてHPを回復させた信也は、再び所定の位置――最前を進むロベルトの後ろ、由里香と横並びの位置に戻っていく。
▽△▽
こうして歩みは少し遅いながらも、着実に先へと進んでいく『プラネットアース」。
そんな彼らの前に、冒険者にとっては無視できない存在が待ち構えていた。
「あっ、宝箱だー!」
「ユリカさん、ちょっと待つッス!」
通路の奥に見えた宝箱に、一目散で駆け寄ろうとする由里香を慌てて止めるロベルト。
由里香の性格にも少しずつ慣れてきたようで、ロベルトは宝箱を発見した時からそうなるのではないかと身構えていたおかげで、すぐに対処が出来た。
「えー、でも宝箱だよ?」
「由里香ちゃん。ここは罠が多いから危険なのよ~」
「うー、そっかあ」
由里香と芽衣が二人で話してる間にも、ロベルトは罠の存在を探していく。
だが結局この通路には罠が仕掛けられている事はなかったようで、それを告げると由里香は一目散に宝箱へと向けて駆けていく。
「たっからばこー♪ 何が入ってるっのかなー!」
今にも小躍りしそうなウキウキのテンションで、宝箱に手を掛ける由里香。
しかし宝箱は由里香が開けるまでもなく、自らその口を開いていた。
「ほへっ……? にゃああああああぁぁっ!!」
慌てて出していた手を引っ込める由里香。
その一瞬後には、先ほどまで由里香の手があった位置に噛みついている、宝箱の姿があった。
「そ、そいつは『イーターボックス』ッス! 気を付けてっ!」
ロベルトの警告の声を聞く前に、すでに反射的に後ろに距離を取って戦闘態勢に入っている由里香。
その動きと態度の切り替えは、いっぱしの冒険者といっても過言ではないだろう。
「イーターボックス……。ミミックのようなものね」
そう独り言ちながらも、〈雷鳴の書〉を使って先制の一撃を加える陽子。
ロベルトによって、イーターボックスという名前だと判明したソイツは、見かけは箱の形をしているものの、中にはナニカが潜んでいるようで、微かに箱の隙間からは黒い影を覗かせている。
箱の開閉部分にはギザギザとした歯が生えそろっていて、しきりに箱を開け閉めさせて示威行為をしているようだ。
これだけならどこかで見た事あるような魔物であるのだが、この魔物は更に箱の中から触手が何本か伸びていた。
開け閉めしている開閉部分だけでなく、箱の底部など何か所かにも穴が開いていて、そこからも触手が伸びたり引っ込んだりしている。
それらの触手を器用に動かして自身の体を持ち上げ、意外と機敏な動きで移動するイーターボックス。
狙いは一番近くにいる由里香のようだ。
「うわぁ……」
大口を開けて丸齧りしてやるとばかりに接近してくるイーターボックスに、若干引いたような声を上げつつも、由里香の体はきちんと対応していた。
ただ流石に少し慌ててしまっていたのか。
本来使うつもりもなかった大技を繰り出してしまう。
「えいっ、えいっ、やぁー、やぁー! ぐうぅっとストレートぉ!」
息もつかせぬ由里香の連続攻撃は、まるで一連の動きそのものがまとまった一つの流れのように、相手の反撃を許すこともなくひたすら攻撃を連打し続ける。
そして最後に腰の入ったストレートを撃ち放つと、イーターボックスの胴体部分に大きな穴が開き、通路の奥にある壁へと吹っ飛んでいく。
これは"タイガースマッシュ"という、一連の動きそのものが一つのスキルとなっている技だった。
闘技スキルの中でも秘技に位置する、これまでの由里香の必殺技である"炎拳"と同レベルの強力なスキルだ。
このスキルは「芽衣もそれっぽいスキル覚えたし、由里香もこれ覚えてみるかぁ?」と北条に言われ、最近練習をしていたスキルだった。
難度の高い秘技クラスの闘技スキルだというのに、妙に取得までの期間が短かったのは、北条の持つ称号の効果だけでなく、由里香にはこの技が合っていたのだろう。
なお、結局最後まで由里香は、北条が言っていた「芽衣のそれっぽいスキル」発言の意味は汲み取れなかったようだ。
「うあ、これまたすごい乱舞ね」
「え、乱舞ッスか?」
ロベルトの問いかけには答えず、イーターボックスの吹っ飛んでいった方へと歩いていく陽子。
途中で由里香とも合流し、通路の奥――すでに光の粒子となってドロップへと変化しているイーターボックスの下に向かう二人。
そこには触手などの中身だけ抜けた、箱のガワの一部だけが残されていた。
どうやらこの箱の部分がドロップアイテムという事らしい。
「はぁ……。小さなメダルは出ないのね」
「え? 小さなメダルって何ッスか?」
再び訪ねてくるロベルトを無視し、"アイテムボックス"に箱の残骸を収納した陽子は、信也らの下へと引き返すのだった。
「な、何なんッスかああああ!!」
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。
それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。
高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕!
いつも応援やご感想ありがとうございます!!
誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。
更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。
書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。
ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。
イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。
引き続き本作をよろしくお願い致します。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる