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第十章
第251話 見定め その1
しおりを挟む「よし、決めたぁ。こいつにしよう」
報酬品リストを見ながら何度か質問を繰り返し、最終的に北条が選んだのは一本の剣だった。
「む、〈バルドゼラム〉か。其方は俺と同じハルバード使いと聞いたのだが、これで良いのか?」
「ああ、これを頂きたい」
北条の選んだ〈バルドゼラム〉は、刀身の長さだけでも成人男性の背丈ほどもある大剣で、重量は数十キロはあるらしい。
地球の中世の頃にこんな剣があったら、誰もまともに扱えないような重量である。
実際こちらの世界でも、このクラスの武器はそうそう誰にでも扱えるものではない。
だが"大剣"スキルを持っていればある程度重さは軽減されるし、そもそも筋力そのものが一部の高レベル者は超人レベルである。
そういった者たちであれば、涼しい顔して大剣を振り回すことも可能だ。
北条がこの剣に注目したのは、いかにも漫画やゲームにしか出てこない見た目の武器だから……という理由もあったかもしれないが、決め手となったのは別の理由だ。
どうやらこの〈バルドゼラム〉は光属性を帯びているだけでなく、悪魔種族に大して特攻効果があるらしいのだ。
今後どこかで悪魔と相対した場合、この大剣はきっと役に立ってくれるだろう。
「分かった、用意させておこう。届くまではしばしかかるが、必ず届けさせよう」
「承知したぁ」
「それで、後一つはどれにするのだ?」
「それなんだがぁ、グリーク卿にお願いしたい事がある」
「願い……? ふむ、聞こうか」
権威主義の貴族なら無礼だと捉えかねない北条の発言も、アーガスは気にした様子はない。
逆に北条がどんな事を言ってくるのか、興味深そうにしている。
「あと一つの報酬は、マジックアイテムではなく土地をもらいたい」
「……土地?」
アーガスの視線が僅かに険しくなる。
「あー、土地といっても今の拠点より少し狭い位。拠点と隣接する場所に、農地用の土地が欲しい」
「農地……。冒険者が望むにしては珍妙だな。引退を考えた年嵩の冒険者ならともかく」
「ダンジョンではぁ魔物からのドロップ以外にも、様々な資源が手に入る。中には作物の種なんかもあるようでなぁ」
「ほおう、ダンジョンから持ち帰った種を植えようという訳か」
「その通り。俺達はこれで食にはうるさい者が多くてなぁ。少しでも食卓を彩る食べ物が増える事は、士気向上にも繋がる」
「なるほどな」
北条の説明を聞き、納得の声を上げるアーガス。
(ダンジョンの"資源"については俺も色々考えていたが、まさか一介の冒険者たちがこのような事を考えているとはな……)
ダンジョン内には『鉱山エリア』などもある事から、昔から資源の採取場所という側面がある事は知られていた。
アーガスもサルカディアの六層から続く鉱山エリアの事は聞いており、資源の採取について考えた事もあった。
しかし元々グリークは鉱山都市であり、周辺にいくつも鉱脈を抱える場所だ。
ダンジョンの中の鉱山エリアでは、収納用の魔法道具でもないと、大量に鉱石を持ち帰る事が出来ない。
その為、アーガスもせっかくのダンジョン資源をどう利用するかについては、考えを巡らせていた所だった。
「ふむ、それは俺としても中々興味深い。よかろう、この拠点の周囲一キロの土地の所有を認める」
「おお、感謝致す」
「ただし、ダンジョンから持ち帰った作物の栽培に成功したら、成果物と種子の一部をグリークまで届けよ」
「……それは年貢という事かぁ?」
「いや、送るのは一種類につき一度だけでよい。其方らは農民という訳ではないからな」
アーガスはこれまでも、鉱山以外の産業を発展させようとしてきた。
トテポ村では芋を重点的に生産するようテコ入れをしたり、肉の供給を増やすために、ムスカ村では畜産農家に補助金を出したりもしていた。
北条の言っていたダンジョン産の作物も、そうした産業の一つになるのではないかと、アーガスは期待を寄せる。
「送る量はそこまで多くは必要ない。地税についても免除しよう」
アーガスからすれば、辺境の村の更に外れにある狭い土地位なら問題ないと思っていた。
そもそも所有を認めるとはいっても、『ロディニア王国』やその他の諸国において、土地の最終的な所有者はその土地の領主だ。
そこで暮らす者達は、あくまで領主からその土地を使う権利を得て暮らしているに過ぎない。
「それはありがたい。ではそのようにお頼み申す」
提案が受け入れられた事でテンションが上がったのか、少し妙な口調になっている北条。
アーガスはその口調に触れる事なく、報酬についての話を終える。
その後、アーガスは北条に対する用件を粗方消化したようで、別れの挨拶を始めた。
部屋の一か所だけ開かれている木窓の外からは、すでに赤い夕陽が差し込んできている。
夏場の日の高い時期の太陽は、どこか名残惜しそうに大地を照らしていた。
夕陽の照らす中、中央館からぞろぞろと人の波が出ていく。
西門までは、アーガス一行を見送りに北条らも同行している。
その途中、アーガスが不意に北条に話し掛けた。
「日は少し暮れ始めてしまったが、一つ其方に頼みがある」
「……どのような頼みで?」
「うむ。同じハルバードを扱う者同士、そして悪魔と単身で戦ったという其方と、模擬戦を行いたい」
アーガスの突然の申し入れに、僅かに逡巡する北条。
しかしさほど間を開けず了承の意を言葉にした。
その返事を聞いたアーガスは、
「ではあちらの訓練場と思しき場所に移動しよう」
といって、訓練場へと歩いていく。
こうして唐突にアーガスとの模擬戦が行われる事となった。
勿論寸止めで相手を意図的に殺傷する事は禁止であるが、通常であれば領主相手の模擬戦となれば、相手は萎縮するものだ。
特に今回は模擬戦用の武器ではなく、互いに実戦用の武器を用いている。
北条は〈サラマンダル〉を。そしてアーガスは左手に一メートルほどの長さがあるカイトシールドを持ち、右手には北条と同じくハルバードを手にしている。
それを見た北条は、最初からそのつもりだったのだなと気づく。
辺境を治めるグリーク家の当主は、代々先頭に立って戦うを良しとする、勇猛さが知られている。
今代の当主アーガスも、かつては現ギルドマスターゴールドルらと一緒に、進んで魔物退治などを行っていた事もあった。
(ふむ。俺を前にしてまったく力む様子もない、か)
両者が装備を整え終わり、互いに向きあう状態になると、しばし両者は互いを観察するような視線が交錯した。
これでもアーガスはレベル六十四という、Bランク冒険者に近しい実力を有している。
盾とハルバードを巧みに操るアーガスは、攻守ともに優れた能力の持ち主である。
……そのはずだったのだが。
「ぐぅ……っ」
本格的に打ち合いが始まってから十分も経たない内に、アーガスは盾を弾き飛ばされ、尻を地面につけた状態で北条の〈サラマンダル〉を眼前に突きつけられていた。
「……参った」
潔く負けを認めるアーガス。
戦いを見ていた彼の護衛の騎士達も、この時ばかりはポーカーフェイスを保てず驚いた表情をしていた。
それもそのはず。護衛騎士という立場でありながら、普段はアーガスから指導される側であり、レベル的にも実力的にもアーガスの方が上であった。
《鉱山都市グリーク》にはもっと腕の立つ護衛もいるが、アーガスは危険の少なそうな任務などには、こうした経験の浅い護衛を連れて経験を積ませる事にしている。
模擬戦とはいえ、互いに闘技スキルまで使った戦いは、短時間と言えど激しいものであった。
護衛騎士の手を借りず自ら立ち上がったアーガスも、激しい戦いを物語るかのように肩で息をしている。
対して北条の方は息を乱した様子が見られない。
「なるほど。確かに実力は確かなようだな」
アーガスの賛辞に、北条は頭をかきながら何と答えるべきか迷った様子を見せる。
そんな北条の様子を見つつ、アーガスは更に続けて言った。
「残念な事に、俺では其方の力を測りきれないらしい。エスティルーナ殿。貴女もホージョーと一戦交えてみないか?」
「……そうだな。そちらがよければ相手させてもらおう」
まるで最初から決まっていたかのように、すんなりを話が流れていく。
北条もこの展開に少し驚いた様子であったが、内心チャンスであるとも思っていた。
ダンジョンの探索では、確かにレベルが上がりそれに伴って強くなっている。
だが物量の多さで厄介と思う事はあっても、単体で強い相手との戦いというのは、あの悪魔以外に経験がない。
最初にアーガスの提案を受けたのも、そういった事情があった。
強い相手と戦い、『ラーニング』で身に着けたスキルをどのように活かして戦うべきか。
それを追及するに辺り、強敵との戦いというのは必要不可欠と言えた。
「俺の方も異論はない。『氷の魔妖精』が直々に模擬戦を行ってくれるというならぁ、その機会を十分に活用させてもらう」
Aランク冒険者相手に一歩も引かない北条。
周囲で見守る陽子達。それからアウラとその従者たちも、これから行われる戦いを前に期待に胸を膨らませたり、ハラハラしたりといった様子で様々な反応を見せる。
そんな周囲のざわつきを、気にも留めない様子で戦いの場へと赴くエスティルーナ。
彼女の手には刺突に適したエストックが握られている。
本来は弓や"精霊魔法"、それから異名の元ともなった"氷魔法"を得意とする彼女であったが、"突剣術"も上級であり、並の剣士では逆立ちしたって勝つのは不可能な腕前だ。
「準備は出来ている。いつでもかかってきて構わない」
自然体にエストックを構えているだけのエスティルーナだが、アウラやマデリーネではその構えにまったく隙を見出すことが出来ない。
そんな鉄壁にも思える相手に、北条は無防備に近づいていく。
二人とも、まるでこれから戦うのが嘘であるかのように、戦いの気配を微塵も感じさせないまま、北条の無造作な歩みによって両者の距離が縮まっていく。
それは当事者たちより、見ている側のほうが緊張を強いられたかもしれない。
「あっ」
誰かが思わずといった調子で声をあげる。
その声に釣られるようにして二人を見ると、いつの間にか北条が〈サラマンダル〉による突きを出しており、それをしなやかな動きで躱すエスティルーナの姿があった。
この場にいるほとんどの人が、踏み込む瞬間も突き出す瞬間も確認出来ていない。
ただそれは動きが早いというよりは、意識の隙を着いたようなものに感じられた。
「フゥッ、ハァァッ、ハアアァ!」
突きを躱された北条は、そこから更に連続で突きを放つ。
その嵐のような連続攻撃をエスティルーナは躱し続ける。あれほどの鋭い突きの連続だというのに、意外と風を切るような音があまり聞こえてこない。
攻撃を躱し続けるエスティルーナの動きにはまだ余裕が感じられたが、表情は微かに驚きを現していた。
(ひとつひとつの攻撃が鋭い! それに意識の裏を突くような避けづらい突き。間違いない。"斧槍術"は少なくとも上級レベルのようだ)
内心でそう相手の実力を見繕うエスティルーナ。
一通りの北条の連続攻撃が止む瞬間に、今度は自分の方からエストックによる突きの連打をくらわしていく。
「ヨッ、ハッ、トゥッ!」
今度はまるで先とは立場が逆転したかのように、北条が声を上げつつ目の前に迫るエストックの雨をアクロバティックな動きで避けていく。
両者ともにまだ本気を出していない状況であったが、すでにこの段階でもまともに動きを追えている者は少ない。
……と、急にその抑えていた力を全開させたかのように、エスティルーナが北条の眼と鼻の先にまで押し寄せてくる。
見ると彼女の右手に握られていたエストックは、いつの間にか左手へと移されている。
その空いた右腕――滑らかで美しい、とてもこのような戦いに使われるとは思えないような美しい手を、北条の右肩の方へと伸ばす。
「……ッ!」
右肩を掴むようなエスティルーナのその動きを、北条は少し無理な態勢を取りつつもどうにか躱す事に成功する。
常人であれば筋を違えるような体の動きであったが、北条に痛みを感じているような様子は見られない。
(今の動き……)
エスティルーナはそこまでして今の攻撃を躱す選択をした北条を見て、警戒のレベルを一段上げる。
二人の模擬戦は、まだ始まったばかりだった。
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