上 下
269 / 398
第十章

第238話 アウラの用件

しおりを挟む

「実は近くに父上がこの村にまで視察に参られる。一番の目的はダンジョンの視察という事になっているが、悪魔事件によって問題が起こっていないかどうか、直に民の顔を見て確認しておきたいのだろう」

 現在の『ロディニア王国』において、グリーク辺境伯のような真っ当な貴族というのは少数派だ。
 残りの多くは民に圧政を敷き、王家をも軽んじるような、腐敗した貴族が多数派になっている。

 そのため他領から逃れてくる農民などもいるのだが、元々農民に住居を移す権利などはない。
 基本的に農民は農奴として扱われ、その土地の権力者の持ち物という認識になっているからだ。
 そのような中で、こうして直に民の様子を改めにくるグリーク辺境伯は異例であり、民に慕われる一番の理由となっていた。

「父の来訪には他にも幾つか目的がある。……その内のひとつがホージョー。そなたに会う事も含まれているのだ」

「俺だけ、かぁ?」

「そうだ。事由としては、悪魔討伐を為した者に勲章と褒美を与えるためだ」

「……俺ぁ良い所を最後かっさらっていっただけなんだがなぁ。他には誰も呼ばれてないのかぁ?」

「直接呼ばれているのはホージョーだけだ。無論、褒美の方は呼ばれていない参加者全員にも、功労に応じて与えられる」

「ううん……」

「余り乗り気ではないようだな」

「冒険者ギルドのナイルズにも言われたがぁ、領主様に呼ばれたからには参加はするさ」



 (やはり変わった男だ)

 思い悩む北条を見て、アウラは改めてそう思った。
 確かに冒険者の中には貴族相手に委縮する者も中にはいる。
 しかし、それはちょっとした態度などで不興を買ってしまなわいかという、恐怖感などからくるものだ。
 つまり、貴族から認められ顔を繋ぐ事自体は、一般の冒険者であれば望んでいる事でもある。

 それがこの北条の場合、根本的に貴族などとの接触を極端に拒んでいるように見える。
 アウラは北条とは何度か接しているが、演技をしているようにも見えない。もし演技だとしたら相当な役者だろう。

 (……過去に何か、貴族と揉め事を起こした事でもあるのだろうか?)

 確かに、アウラに対して気安く接してくる様子を見れば、以前同じようにあの態度で接し……その事が原因で貴族と揉める。
 確かにありえそうではあったが、そもそもこの男はこの地の出身でもないので、その辺りのことは想像の域を出ない。


「ふむ、そうか。それならばこの件に関しては、もういいだろう」

「他にどのような要件がおありで?」

「そうだな。これは前に持ち掛けた話でもあるが、どうだ。私の下に仕官する気はないか?」

 そう言ってアウラは北条の反応を窺う。
 相手の眼を見て、自分の言葉がどのような心の機微を引き出したかを見極めようとする。
 しかし北条の瞳は小動ともせず、アウラの申し出に対して些かも関心を抱いていない事が窺えてしまった。

「前にも言ったが、俺ぁ……」

「分かった、皆まで言わずともよい。今のは念のために聞いてみただけに
過ぎん」

 そうは言いつつも、残念そうな様子のアウラ。
 しかし北条としても仕官を受けるつもりはないので、どんな言葉や態度を見せられても如何ともしがたい。

「では次の話に移ろう。父がこの村に訪れる目的なのだが、その内の一つがこの《ジャガー村》を町へと昇格させる事も目的に含まれていてな」

「ほおう」

「町への昇格に伴って、現村長は代官として引き続き旧村落のまとめ役となってもらう。そして旧村民も晴れて二級国民となる」

 『ロディニア王国』において、基本的に農民は三級国民として扱われている。
 幾つかの権利が縛られた、いわゆる農奴と呼ばれる層だ。
 これが二級国民ともなれば、転居するにも許可が不要になるし、自分の土地を持つことも出来るようになる。

 二級国民へと昇格した農民は、現在借り与えられていた農地を正式に所有する事になる。
 その後に農家を続けるか、畑を売っぱらって商売を始めるかは各人の自由だ。

「私は父上より騎士爵を任ぜられ、《ジャガー町》の町長へと就任する。それに伴い、現在は村長の家を間借りして生活しているが、新たに私の住む屋敷が必要になってくる。その屋敷の建築は既に始まっているのだが……」

 「そういえば」と、現在拡張が続いている新村地区の北の方に、何か大きな建物が建築されている事を思い出した北条。

「ついては、その家の外壁部分をホージョー。そなたに仕上げてもらいたいのだ」

「仕上げ?」

「そうだ。基礎となる石壁に関しては先に作らせておく。なのでホージョーには……ううん、なんといったかな」

「【アースダンス】の魔法の事かぁ?」

「そう、その魔法だ。それをすでに建設済みの石壁に施してほしい」

「その新しく建築してる邸宅というのは、新村地区の北で作られている奴かぁ?」

「恐らくそれで合っているだろう」

 アウラの申し入れに北条は考えを巡らせる。
 あの場所に建てられている建物は、一般人が暮らす家からすればかなりの広さになる。
 だがこの拠点に比べたら大分規模は小さい。

「勿論謝礼については、十分な金額を用意させておこう」

 北条が頭の中でどれくらいの労力、期間で施工が完了するか計算しているのを見て、アウラが謝礼についての条件を話していく。
 それらを一通り聞き終えた北条は、アウラへと返答した。

「分かったぁ、引き受けよう。謝礼についてもそれで異存はない。ただし――」

 アウラの提示した謝礼とは別に、あと一つ条件を盛り込む北条。
 その条件はアウラにとって問題ない……というよりもこちらから求めるものでもあったので、追加条件についてアウラは快く承諾した。

「ではそちらの準備が整ったら報せをよこしてくれぃ。こちらもダンジョンの探索があるので、すぐに壁強化に着手できるかは分からんがぁ」

「承知した。私も具体的にいつ頃完成するかは聞いていないので、後日また知らせをやる事としよう」

 こうして二人の話し合いは小一時間ほどで終了する。
 その後も北条とちょっとした小話を交えた後、アウラは拠点を後にした。

 西門の所でアウラを見送った北条には、待ち構えていたかのように咲良たちが詰め寄ってくる。
 みんな貴族であるアウラが持ち込んだ話の内容が気になるのだろう。
 特に隠す事でもないので、北条は先ほどのアウラの話を軽く説明する。

 その内容が深刻なものや理不尽なものでない事に、一同は安心したようだった。
 やはりというかなんというか。余り貴族というものに対して良いイメージを持っている人が少ないようだ。
 貴族とはまたちょっと違うが、実際に『青き血の集い』と接触したことはあったので、あれでイメージが更に固まってしまったのかもしれない。

 それに村で過ごす時間が少ないとはいえ、それでも聞こえてくる話というものもある。その中でも貴族に対しての良い噂というのは、ほとんど聞いたことがない。
 このグリーク領は数少ない例外のひとつで、逆に領主が民に慕われている事で有名だ。
 しかし他領での領主の所業は酷いものだ。


 咲良たちもアウラらとは面識があったので、そこまで心配はしていなかったのだが、特に問題がないと分かると各自再び自由行動へと戻っていく。
 それを見て、北条もまだ下水工事がやりかけであった事を思い出した。

「とりあえず通路は粗方完成したから、次は排水処理だなぁ」

 相変わらずぶつくさと呟きながら、下水道への入口がある拠点南西部へと歩いていく北条。
 意欲的に取り組んでいる下水工事は、『プラネットアース』がレイドエリアに辿り着き、そこから帰ってくるまでの間にそのほとんど完成した。
 残りのまだ未完成な部分も、信也らが帰還した次の日に設けられた休日中に、大部分を終わらせることが出来ていた。


 こうして北条のロマンが詰まった拠点づくりは、また一段と完成へと向かうのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

処理中です...