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第十章
第238話 アウラの用件
しおりを挟む「実は近くに父上がこの村にまで視察に参られる。一番の目的はダンジョンの視察という事になっているが、悪魔事件によって問題が起こっていないかどうか、直に民の顔を見て確認しておきたいのだろう」
現在の『ロディニア王国』において、グリーク辺境伯のような真っ当な貴族というのは少数派だ。
残りの多くは民に圧政を敷き、王家をも軽んじるような、腐敗した貴族が多数派になっている。
そのため他領から逃れてくる農民などもいるのだが、元々農民に住居を移す権利などはない。
基本的に農民は農奴として扱われ、その土地の権力者の持ち物という認識になっているからだ。
そのような中で、こうして直に民の様子を改めにくるグリーク辺境伯は異例であり、民に慕われる一番の理由となっていた。
「父の来訪には他にも幾つか目的がある。……その内のひとつがホージョー。そなたに会う事も含まれているのだ」
「俺だけ、かぁ?」
「そうだ。事由としては、悪魔討伐を為した者に勲章と褒美を与えるためだ」
「……俺ぁ良い所を最後かっさらっていっただけなんだがなぁ。他には誰も呼ばれてないのかぁ?」
「直接呼ばれているのはホージョーだけだ。無論、褒美の方は呼ばれていない参加者全員にも、功労に応じて与えられる」
「ううん……」
「余り乗り気ではないようだな」
「冒険者ギルドのナイルズにも言われたがぁ、領主様に呼ばれたからには参加はするさ」
(やはり変わった男だ)
思い悩む北条を見て、アウラは改めてそう思った。
確かに冒険者の中には貴族相手に委縮する者も中にはいる。
しかし、それはちょっとした態度などで不興を買ってしまなわいかという、恐怖感などからくるものだ。
つまり、貴族から認められ顔を繋ぐ事自体は、一般の冒険者であれば望んでいる事でもある。
それがこの北条の場合、根本的に貴族などとの接触を極端に拒んでいるように見える。
アウラは北条とは何度か接しているが、演技をしているようにも見えない。もし演技だとしたら相当な役者だろう。
(……過去に何か、貴族と揉め事を起こした事でもあるのだろうか?)
確かに、アウラに対して気安く接してくる様子を見れば、以前同じようにあの態度で接し……その事が原因で貴族と揉める。
確かにありえそうではあったが、そもそもこの男はこの地の出身でもないので、その辺りのことは想像の域を出ない。
「ふむ、そうか。それならばこの件に関しては、もういいだろう」
「他にどのような要件がおありで?」
「そうだな。これは前に持ち掛けた話でもあるが、どうだ。私の下に仕官する気はないか?」
そう言ってアウラは北条の反応を窺う。
相手の眼を見て、自分の言葉がどのような心の機微を引き出したかを見極めようとする。
しかし北条の瞳は小動ともせず、アウラの申し出に対して些かも関心を抱いていない事が窺えてしまった。
「前にも言ったが、俺ぁ……」
「分かった、皆まで言わずともよい。今のは念のために聞いてみただけに
過ぎん」
そうは言いつつも、残念そうな様子のアウラ。
しかし北条としても仕官を受けるつもりはないので、どんな言葉や態度を見せられても如何ともしがたい。
「では次の話に移ろう。父がこの村に訪れる目的なのだが、その内の一つがこの《ジャガー村》を町へと昇格させる事も目的に含まれていてな」
「ほおう」
「町への昇格に伴って、現村長は代官として引き続き旧村落のまとめ役となってもらう。そして旧村民も晴れて二級国民となる」
『ロディニア王国』において、基本的に農民は三級国民として扱われている。
幾つかの権利が縛られた、いわゆる農奴と呼ばれる層だ。
これが二級国民ともなれば、転居するにも許可が不要になるし、自分の土地を持つことも出来るようになる。
二級国民へと昇格した農民は、現在借り与えられていた農地を正式に所有する事になる。
その後に農家を続けるか、畑を売っぱらって商売を始めるかは各人の自由だ。
「私は父上より騎士爵を任ぜられ、《ジャガー町》の町長へと就任する。それに伴い、現在は村長の家を間借りして生活しているが、新たに私の住む屋敷が必要になってくる。その屋敷の建築は既に始まっているのだが……」
「そういえば」と、現在拡張が続いている新村地区の北の方に、何か大きな建物が建築されている事を思い出した北条。
「ついては、その家の外壁部分をホージョー。そなたに仕上げてもらいたいのだ」
「仕上げ?」
「そうだ。基礎となる石壁に関しては先に作らせておく。なのでホージョーには……ううん、なんといったかな」
「【アースダンス】の魔法の事かぁ?」
「そう、その魔法だ。それをすでに建設済みの石壁に施してほしい」
「その新しく建築してる邸宅というのは、新村地区の北で作られている奴かぁ?」
「恐らくそれで合っているだろう」
アウラの申し入れに北条は考えを巡らせる。
あの場所に建てられている建物は、一般人が暮らす家からすればかなりの広さになる。
だがこの拠点に比べたら大分規模は小さい。
「勿論謝礼については、十分な金額を用意させておこう」
北条が頭の中でどれくらいの労力、期間で施工が完了するか計算しているのを見て、アウラが謝礼についての条件を話していく。
それらを一通り聞き終えた北条は、アウラへと返答した。
「分かったぁ、引き受けよう。謝礼についてもそれで異存はない。ただし――」
アウラの提示した謝礼とは別に、あと一つ条件を盛り込む北条。
その条件はアウラにとって問題ない……というよりもこちらから求めるものでもあったので、追加条件についてアウラは快く承諾した。
「ではそちらの準備が整ったら報せをよこしてくれぃ。こちらもダンジョンの探索があるので、すぐに壁強化に着手できるかは分からんがぁ」
「承知した。私も具体的にいつ頃完成するかは聞いていないので、後日また知らせをやる事としよう」
こうして二人の話し合いは小一時間ほどで終了する。
その後も北条とちょっとした小話を交えた後、アウラは拠点を後にした。
西門の所でアウラを見送った北条には、待ち構えていたかのように咲良たちが詰め寄ってくる。
みんな貴族であるアウラが持ち込んだ話の内容が気になるのだろう。
特に隠す事でもないので、北条は先ほどのアウラの話を軽く説明する。
その内容が深刻なものや理不尽なものでない事に、一同は安心したようだった。
やはりというかなんというか。余り貴族というものに対して良いイメージを持っている人が少ないようだ。
貴族とはまたちょっと違うが、実際に『青き血の集い』と接触したことはあったので、あれでイメージが更に固まってしまったのかもしれない。
それに村で過ごす時間が少ないとはいえ、それでも聞こえてくる話というものもある。その中でも貴族に対しての良い噂というのは、ほとんど聞いたことがない。
このグリーク領は数少ない例外のひとつで、逆に領主が民に慕われている事で有名だ。
しかし他領での領主の所業は酷いものだ。
咲良たちもアウラらとは面識があったので、そこまで心配はしていなかったのだが、特に問題がないと分かると各自再び自由行動へと戻っていく。
それを見て、北条もまだ下水工事がやりかけであった事を思い出した。
「とりあえず通路は粗方完成したから、次は排水処理だなぁ」
相変わらずぶつくさと呟きながら、下水道への入口がある拠点南西部へと歩いていく北条。
意欲的に取り組んでいる下水工事は、『プラネットアース』がレイドエリアに辿り着き、そこから帰ってくるまでの間にそのほとんど完成した。
残りのまだ未完成な部分も、信也らが帰還した次の日に設けられた休日中に、大部分を終わらせることが出来ていた。
こうして北条のロマンが詰まった拠点づくりは、また一段と完成へと向かうのであった。
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