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第十章
第234話 目指すはレイドエリア
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「うぉぁ! ま、また奴が出たぞ!」
怯え、ともまた違う、嫌悪感を訴えるような声を上げたのは先頭の方を歩いていた龍之介だ。
「三、四……。全部で五匹みたいッス!」
発見された魔物の数を数えたロベルトは、そう言うと端っこにいた魔物へと襲いかかる。
「私も前にでます」
更にメアリーや信也も後に続き、発見された魔物へと近接戦を挑む。
しかし最初に声を上げた龍之介は積極的に動くこともなく、消極的に後衛を守るような位置取りで待機していた。
幸いというべきか、相手はFランクの魔物であり、龍之介が加わらなくても五匹程度なら問題なく相手に出来るレベルだった。
十分もしない内に戦闘は終わり、ドロップの回収が行われた。
「う、うっ……」
その様子を見て龍之介が思わず声を上げる。
「リューノスケさんは、ほんとこいつが苦手なんッスね」
「し、死ぬ気になれば戦えない事もなくはないかもしれない可能性もないけどな」
「……? それって結局どっちなんッスか」
「と、とにかく、そいつだけは苦手なんだよおおおお。お前ら二人はともかく、リーダー達なら分かるよなあ?」
「……まあ、言わんとすることは分からんでもない」
そう言いながらも、ブラックオイリッシュ――巨大ゴキブリの魔物のドロップである、脚やら触覚やらを回収する信也。
ただ戦闘は出来てもドロップの回収に動いているのは、異邦人の中では信也とメアリーだけだった。
「ホージョーたちの話によれば、こいつらが出てくるのは十階層までみたいだから、今は我慢するしかないよ」
カタリナも嫌そうな表情をしながらも、ドロップの回収を行っていた。この辺りはやはりこの世界の冒険者らしい。
現在、ロベルトとカタリナを加えて急遽編成された、新生『プラネットアース』は、少し前に発見されていた五層にある隠し扉の先。未灯火エリアを先へと進んでいた。
ロベルトとカタリナがメンバーに加わったのが今から三日前。
それから全員での話し合いが行われた結果、この未灯火エリアの先にあるレイドエリアを目指そうという話になっていたからだ。
話し合いでは当初、パーティーメンバーをどのように割り振るかが議題となっていた。
それは秘されていた北条の能力が明かされたうえに、新規メンバーも加わったためだ。
ただ新規メンバーのロベルトとカタリナは、共にレベルが三十代後半だ。
スキルの熟練度では、実は異邦人の方が一部上回っていたりするのだが、十近いレベル差は大きい。
そこで咲良が提案したのが、レイドエリアを全員で探索する、というものだった。
レイドエリアは、最大で五つのパーティーまで組むことが出来る、レイドシステムを利用して先へと進むのが一般的だ。
格上の冒険者なら一つのパーティーで強引に進む事も出来なくはないが、通常だと最低三つ以上のパーティーでレイドを組んで、挑むものだとされている。
しかし北条達の場合は、ただでさえレベルにそぐわない実力を持つ上に、"召喚魔法"という手っ取り早い戦力増強が可能だ。
そうなると、敵が多いというダンジョンのレイドエリアは、格好の経験値稼ぎの場所となる。
そうすれば異邦人たちの持つ共通の称号効果によって、異邦人達とロベルトらとのレベル差も縮まっていくだろう。
今はその目的のために、まだレイドエリアの迷宮碑に登録していない信也たちと、まだ一度もダンジョンに入ってなかったロベルトらとでパーティーを組んで、探索している所だ。
「このペースだと、あと二日くらいかかるッスかね?」
「そうですね。地図はすでに北条さん達のを写してもらいましたけど、真っ暗なダンジョンだとやはり進みが遅くなるようです」
「うーん。シンヤの"光魔法"はあるけど、私も光の精霊と契約をした方がいいかな?」
新しく加わったロベルトとカタリナ。
ロベルトは"スキルスティール"で"神聖魔法"をスティールしているが、職業はシーフ系の『スティールシーフ』となる。
そしてカタリナは、天恵スキルとして"精霊術士の心"というのを持っており、職業もそのまま『精霊使い』だ。
「その方がいいだろう。光源は別系統で複数あった方が、いざという時にも役立つ」
「そうなると、〈精霊石〉を新しくホージョーに都合してもらわないとだめね」
「精霊を宿らせるという石か」
「そうよ。そこら辺にいる精霊に力を借りるってのも勿論できるけど、場所によって精霊の分布は偏っているのよ。熱く乾燥した所で水の"精霊魔法"を使うには、水の精霊と契約して〈精霊石〉に宿らせておかないとだめね」
"精霊魔法"は通常の魔法と比較して、色々と不便な所もある魔法だ。
環境によって漂っている精霊が変化してくるし、同じ属性の野良精霊を一所で過剰に行使させると、その属性の精霊の力がその場から一時的に削がれていってしまう。
しかし魔力の消費に関しては、精霊がある程度肩代わりしてくれる分、通常の魔法より燃費は良い。
それに、契約を結んだ精霊は徐々に成長をしていき、やがては自我が芽生えて力もどんどん強くなっていく。
なので、どちらかいうと"精霊魔法"は大器晩成型だと言われている。
「カタリナが今契約してるのって、何がいるんだっけ?」
「今は火、水、闇、樹の四つよ」
「ふーん。でもそんなにホイホイと契約って出来るもんじゃないんだろ?」
「そうね。大体、一端の使い手が契約してるのが、おおむね四体くらいだと思うわ」
「そうなると、五体目の契約は問題あるんじゃないのか?」
「多分大丈夫よ。私には特別なスキルもあるから」
一流の"精霊魔法"の使い手となると、七体や八体の精霊と契約を結んだりする事もあるそうだが、通常は三から四体くらい契約出来れば一人前とみなされるらしい。
しかしカタリナには"精霊術士の心"というレアスキルもあるので、今回更に追加で契約を試みる事に決めたようだ。
「成功すれば今後もダンジョン探索では役に立ちそうだな。さて、ドロップの回収も終わったしそろそろ先に進むぞ」
「了解ッス。引き続き先頭は任せるッス」
「はあぁ……。早くこのエリアを抜けてえぜ」
この未灯火エリアに出てくる魔物はFランクからEランク。
一番レベルの高いロベルトらは勿論問題はないが、信也達からみても十分以上に戦える相手だ。
暗闇によって進行が若干遅くなりながらも、『プラネットアース』は着実に危なげなく先へと進んでいくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ようやく来たようだね」
そう言ってナイルズは入室者の方へ振り返る。
そこには悪魔事件での功労者――北条が立っていた。
「最近は毎日使いの者が来てたからなぁ」
北条の口調はどこか非難めいてはいたが、仕方ないかという許容も含まれていた。
「そうだねえ。あの事件の後、君たちは一切ギルドに顔を見せる事がなかったから、こちらも困っていたんだよ」
「事件に関してなら、あの日に報告はしただろぅ?」
「確かに。だが、事はそう簡単ではないのだよ」
そう言って左手の人差し指でこめかみをトントンと叩くナイルズ。
北条は黙ってナイルズの話を聞く態勢を見せる。
「あー、まずはそうだね。君は今日からDランク冒険者になった。おめでとう」
「……俺だけ、かぁ?」
「そうだよ。中位と思われる悪魔と単騎でやりあうEランクなんて、どう見てもおかしいからね。というか、本来DランクどころかCランクでも釣り合わない所なんだが……」
突然の冒険者ランク昇格に、北条はしかし余り嬉しそうな表情を見せる事はなかった。
「私としては、CランクだろうとBランクだろうと問題ないとは思うのだがね。ひとまず君はDランクという事になった」
「そいつぁ……どーも」
余り気乗りしてない様子の北条だが、ナイルズは気にもせずに更に話を続ける。
「それとだね。近く、領主様がこの《ジャガー村》に視察に訪れる予定になっている。その際には、君に領主様へと面通ししてもらいたい……こらこら。そう露骨に嫌そうな顔をするでない」
「すまんなぁ。なんせ俺ぁただの一般庶民だから、お偉いさまは苦手なもんで」
「ふんっ。君がただの一般庶民というのは、中々笑えない冗談だね。とにかくこれは先方からの要望なのだ。まだ詳細は決まっていないが、予定が決まり次第君に連絡をしよう」
「……はぁ。しゃあないかぁ」
本当に嫌そうな様子に、ナイルズから困った者を見る目で見られる北条。
「なあに。ここの領主様はどこぞの領主とは違って、人の出来たお方だ。君も娘であるアウラ様とは話した事があるだろう?」
「あぁ、あの嬢ちゃんかぁ」
悪魔を討伐して帰ってきたあの日。
その時にもアウラとは会って話をしており、北条はやたらと過大評価を受けているなと感じていた。
あの会うたびに突っかかってきたお供の女騎士も、その時だけは妙に大人しかったように思う。
「お二人だけにとどまらず、グリーク家は代々質実剛健な家風だ。下々の民にも驕り高ぶることなく、公平にこの地を治めておられる。なのでちょっと粗相をしたからといって、無礼討ちされることもない。……ただ、もう少し言葉遣いには気を付けた方がいいな」
「流石に俺でも、初対面の貴族相手に慣れ慣れしくするつもりはないぞぉ」
「そうか、ならばそれでいい」
北条の返答を聞いて、納得するナイルズ。
だが幾ら相手が許したからとはいえ、敬語も使わずにアウラと話してる様子を見て、咲良や陽子が内心ハラハラしていた事があったのを、ナイルズは知らない。
「要件はそれだけかぁ?」
「む……、そうだな。以上だ」
「ならもう帰らせてもらうぞぉ」
そう言って北条は大股で部屋を出ていく。その背中からは、これ以上ここに留まるつもりはないという意志が伝わってくる。
北条が部屋を出ていき、足音も聞こえなくなった頃。ナイルズは大きな息を吐いた。
「ふぅ、やれやれ。私とした事が、彼に飲まれてしまって、結局肝心な事を聞けなんだ」
今回の悪魔事件はあちらこちらに波紋をもたらした。
被害の大きさも問題であったし、悪魔が神官に成りすまして街中で暮らしていたというのも、衝撃の事実であった。
そして、今回の事件に大きく関わっている『サムライトラベラーズ』と『プラネットアース』という、遠い異国出身の冒険者たち。
彼らにも色々と気になる点があった。
あの闘いに参加した他の冒険者の話を聞く限り、ホージョーという男が何か異質な力を持っているというのは明らかだ。
それも彼だけではない。
ホージョーほどではないが、他のメンバーも一般的な冒険者とは大分違うようだ。
彼らが悪魔との闘いから帰ってきた後、《鉱山都市グリーク》のギルド支部と連絡を取ってみたのだが、その時に興味深い話を聞くことが出来た。
それは資料室の番人であるシディエルが、直接彼らから聞いた話らしい。
その話によると、彼らの多くは魔法を使う事が可能で、中には"召喚魔法"や"結界魔法"。それから"忍術"などの珍しい魔法の使い手もいたようなのだ。
"忍術"といえば、東方の島国に使い手が若干存在している事が、知られている。
そして、地理的に正反対の位置にあるこの『ロディニア王国』では、滅多にその使い手と遭遇することはない。
ゴールドルから、彼らがどのようにしてこの地にやってきたかについて、すでに話は聞いている。
"忍術"の使い手がいるとなると、確かにこの辺りの出身ではないのかもしれないとナイルズは思う。
「しかし……」
ナイルズは渋面をして、北条達のことについて思い悩む。
やがて出口のない迷路をさまよっているような気分に陥るナイルズ。
結局の所、今ここで考えを巡らせても無駄だと割り切り、軽く頭を振る。
「……ここでこうして考えるのも詮無い事か」
一体この先彼らは何を為していくのだろうか。
そんな事を最後に思いながら、気分転換のティータイムの準備を始めるナイルズであった。
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