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第九章

第222話 継承される悪魔

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そうか……、ご苦労であったな。君は一度、宿に戻ってゆっくりと休むといい」

「はい、分かりました」

 そう言ってライオットは部屋を出ていく。その背を見送るナイルズは、渋い表情を浮かべたままだ。

「無事に帰ってきてくれ、と……。そう、願っていたのだがな……」

 最悪な事態――部隊が全滅する――などといった事は回避することは出来たが、今回の悪魔討伐では無視できない程の被害が出てしまっていた。
 参加者五十三名中、死者は十九名。
 神官などの参加者も多かったので、重傷者などはその場で治療を受ける事が出来た。
 なので、残りはわざわざ治癒魔法を使うまでもない、軽症者が数名いたくらいだった。

 今回現れた悪魔は、ライオットの報告から判断するに、中位の悪魔だと推定された。
 中位の悪魔ともなると、討伐にはAランクの冒険者を当てるか、数で押すなりしないと対処の厳しい相手だ。

 その中位の悪魔に対してこの被害というのは、善戦したほうだと言えるのだが、当の本人たちの顔を見る限り、ナイルズはそう手放しに喜ぶ気にはならなかった。

 今回の参加者の中で最もランクの高かった、『巨岩割り』のBランク冒険者三名が死に、《鉱山都市グリーク》の冒険者でいずれBランクになるだろうと期待されていた『光の道標』も同じく三名が亡き者となってしまった。

 しかも被害はそれだけではない。
 今回の悪魔討伐では、二人の司祭級の神官も亡くなってしまっている。
 それも、片方は悪魔によってアンデッド化された上での討伐。もう片方は突如味方を裏切り、最後は悪魔の契約によって暴走した挙句の死。

 それに加え、恐らくは《鉱山都市グリーク》からこの村に来るまでの間に、中に紛れていた悪魔によって唆されていた数名の処遇は、ナイルズも頭を悩ませる所であった。

 他にも敵方として立ちはだかった者の中には、加減もできず、相手が魅了されてるかどうかの確認も出来ないまま、死んでいった者たちもいる。
 本来はもう少し余裕を持って事に当たるつもりであったのに、突然の裏切りや待ち伏せによって、その余裕は一気に崩されてしまった。

 彼らの遺体も回収はされており、他にもアンデッドとして襲ってきた者達も、出来る限り遺体は回収してある。
 なお、あまりに損壊が激しいものなどは、その場で埋葬をされていた。


 話を聞くだけで気が滅入りそうな話が続くが、そう悪いニュースばかりでもない。


 以前より長井によって魅了されていた村の関係者や、ダンジョンで行方不明になっていた冒険者などが、無事に救助されたのだ。
 その中には、行方不明になっていた、《ジャガー村》ゼラムレット教会の副教会長である、ナタンも含まれている。
 彼は今、魅了を解除され、魅了中の自分の行いを悔い、熱心に職務に励むのだと心に誓っていた。

「あとは……ホージョー、か」

 ライオットの語った話を順に頭に浮かべていったナイルズは、北条が無事に救助され、それどころか最後には悪魔と単身、互角の戦いを見せたという報告について考えていた。

「消耗した状態とはいえ、中位の悪魔を相手に大した傷も負わずに倒してしまうとは……。あの男の能力は予想以上のようだな」

 もし北条がその場にいなかったら、どうなっていたことか。
 みんな一斉にバラバラに逃げようにも、悪種族の持つ威圧系スキル、"デビルサイン"の前に、逃げることすらできなかったかもしれない。

 そして更に遡って、もし北条達が《ジャガー村》に現れず、ダンジョンを発見していなかった場合。
 イドオン教の司祭という立場で、堂々と《鉱山都市グリーク》で活動していた中位の悪魔を、みすみすのさばらしていたかもしれない。

「そう考えると、最悪な事態は避けられた……のか?」

 もしそうなっていた場合、ナイルズは元通り《鉱山都市グリーク》のギルド支部で食堂長のままであったろうし、悪魔もそう簡単にしっぽを出すとは限らない。
 或いは何か事件を起こしたとしても、《鉱山都市グリーク》にはかの『氷の魔妖精』が在籍している。
 いざとなったら彼女が……。

「む、そういえばこのタイミングで彼女が街を離れているというのは……」

 今回、悪魔が直々に《ジャガー村》に訪れるに当たり、悪魔からして一番の問題点であった彼女は、急遽別の依頼を受けて街を旅立っている。
 そのタイミングの一致を、ナイルズは偶然ではなく必然であったと見る。

「どうやら悪魔の手は、存外広く展開されていたようだね。ここで奴を討つことが出来たのは正解であった」


 そう言って席を立ったナイルズは、気分を入れ替えるために、手ずからお茶を入れようと、隣室へと移動してお湯を沸かし始めるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「それはどういう事?」

「で、ですから、当ギルドではそのような依頼を承ってはおりません」

「…………」

「ひっ……」


 ベネティス辺境伯領の北部にある都市、《シンガリア》の冒険者ギルド支部。その受付業務を担当していた小太りの男は、目の前の女性が放つ無言の冷たさを感じ取って思わず声を上げる。
 別に殺気をぶつけられた訳でもないのだが、明らかに不機嫌な彼女の様子は、ただそれだけで受付の男に強い圧力を与えていた。

「……そう」

 受付の男にとって、生きた心地がしないその僅かな時間も、彼女が冷たく一言そう言い放ち、受付から去っていくことで、ようやく過ぎ去っていった。

「ふううぅぅう」

 受付の男は、これまで息を吐くのも忘れていたかのように、大きく息を吐いた。
 対する女性の方は、そのままギルドの建物を出て行く。

「あれが噂の『氷の魔妖精』かあ。やっぱ雰囲気あるねえ。お近づきになりたいもんだ」

「ちょ、それどころじゃないですよ。直に彼女と接したら、そんな軽口、言ってられなくなりますよ!」

 受付の男に同僚が話しかけてくるも、受付の男の方はそれどころではないといった様子だ。

「ハハッ、そこも含めて"噂通り"って奴だな」

 完全に他人事のように笑う同僚の男を、受付の男は恨めし気に見る。

 ……裏でそういったやり取りが行われているなどとは露知らず。

 噂のご本人である女性――エスティルーナは、かつての仲間の依頼を蹴ってまでここまでやってきたのに、依頼が実は空依頼だった事を知って、考えを巡らせていた。

 確かにギルド内では少しイラっとしてもいたが、それよりも、エスティルーナは他の事が気になっていた。
 通常は、ただのイタズラでAランク冒険者に無駄足をさせる事などありえないことだ。
 無論、何かの手違いでこうなった可能性もありえるが、エスティルーナはそれよりももっと他の要因を疑っていた。

(ゴールドルが私に頼み事をしてきたタイミングと、今回の件……。これは急いだ方がいいかもしれない)

 依頼の詳しい内容を聞く前に、今回の空依頼が舞い込んで来てしまい、結局ゴールドルの依頼がどんなものであったのか、エスティルーナも詳しい事は知らない。
 しかし自分を頼るということは、それだけ大きな事件が起こっていると見ていいハズだ。


 こうしてエスティルーナは、《シンガリア》に着いて早々に街を出る事になり、取って返して《鉱山都市グリーク》へと戻ることになるのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ッッツツツ……。あの男ッ、反応が早すぎるわ!」

 血の滴る脇腹を抑える長井は、転移のマジックアイテムによって瞬時に《ジャガー村》近辺の森から、別の場所へと一瞬で移動をしていた。

 長井が使用したのは、〈転移球〉と呼ばれる魔導具で、使用すると登録された地点へ一瞬で移動できるというものだ。
 複数回使用も可能だが、中に籠められている魔力が尽きるとそれ以上使用する事は出来ず、途中で魔力を補充することも出来ない。

「確かポーションが"袋"の中に……」

 そう言って腰元に手を当てる長井だが、そこにはお目当てのモノ・・がぶら下がっていなかった。

「これはっ……。クッ、あの男。あの一瞬で咄嗟に狙っていたのね」

 長井の腰の部分、本来なら〈魔法の小袋〉がぶら下がっている場所には何もぶら下がっておらず、代わりに近くの腰の付近には、北条の魔法によって抉られた傷が顔を覗かせていた。

 あの〈魔法の小袋〉の中には、幾ばくかの食糧や金銭と共に、悪魔より貸し出されていた魔法道具もいくつか含まれていた。
 
「っっっ!!」

 腹部の傷の痛みは我慢できない程でもないのだが、完全に北条にしてやられた事で、長井は血が滲むほど強く唇を噛んで鬼のような形相を見せる。
 喫緊で他にすべきことはあろうというのに、長井は身を焦がすような激情のせいで、しばしそのまま負の感情をまき散らす。


「ハァハァ……」

 やがてしばらくして、少しずつ落ち着きを取り戻してきた長井は、まずはこの腹部の傷をどうにかするために考えを巡らす。

「……これはいけそうね。【キュア】」

 そういって徐に長井が行ったのは、"神聖魔法"【キュア】によるケガの治療だった。
 これまで魔法など一切使えなかった長井であったが、悪魔の力の一部を取り入れた事で、一度に多くのスキルを使用可能になっていた。

「とりあえず傷はこれでいいわ。あとは、これからどうするべきか」

 ただスキルを取り込んだだけではなく、本人もまだ気づいていないが、悪魔の力によってレベルも大きく上昇している長井。
 今の長井なら、そこいらの魔物や山賊などに遭遇しても対処できる程にはなっていた。

 とはいえ、急に多くのスキルを得たばかりの長井も、まだそれらのスキルを完全に使いこなすことは出来ない。
 これから先、実際にそれらを使用していって、その使い勝手を確かめていかなければならないだろう。
 だがその前に――、

「まずはこの森を抜けないと」

 長井が〈転移球〉を受け取る際、悪魔から伝えられた転移先は、《鉱山都市グリーク》の東部にある、山脈の切れ目。
 『パノティア帝国』へと続く、普段人が通る事のない深い森の奥。そこにある小さな洞窟の中だった。

 出入口部分は高さ十メートル程の崖の途中に位置しており、野生動物などが侵入してくる恐れもほとんどない。
 更に、周囲の地形の配置的に、崖下からみても崖上から見ても、そこに洞窟があるなどとは分かりにくい作りになっている。

「…………」

 洞窟から抜け出た長井は、僅かな足場しかない洞窟の出口部分で、"飛行"スキルを使ってフワフワと崖上まで移動すると、"水魔法"【クリエイトウォーター】を使って喉を潤す。


「いつか……必ずっ」


 最後に長井は短くそう言い残すと、転移先の洞窟を後にする。
 その瞳に復讐の炎を滾らせて……。


 
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