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第八章

第190話 ドルゴンとの激闘

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「オオオオォォッ! "ダブルスラッシュ"」

 先ほどまで防戦一方だったドルゴンは、今度は破れかぶれとばかりに、しょっぱなからスキルを放ってきた。
 北条はそのスキル攻撃を〈サラマンダル〉できっちり受け止め、"ダブルスラッシュ"によって派生した、追加の斬撃も体を半身にして完全に躱す。

 しかし男の攻撃はまだまだ止まらず、続けて"スラッシュ"を放ってくる。
 先ほどとは逆に、今度は北条がしばし受け手側として、体力の配分も考えないようなハイペースなドルゴンの攻めを、無難に受け止め続ける。

 だがそのような無茶な攻めを続けたせいか、次第にドルゴンの剣筋がブレ始め、剣速も鈍り始めた……そんな時。

「シイィィッ!」

 まるで、疲れて動きが鈍くなっていた事そのものが、フェイントだったのだと思わせる、神速の攻撃が北条を襲う。

「チィッ」

 それはドルゴンが、"手練"を使用した後に放った、奥の手のひとつ。
 闘技スキルの中でも秘技に分類される、難度も威力も高い技。
 その名は"音速剣"という。

 属性としての音属性とは関係なく、ただ音の伝わるより早く相手を切り刻むというスキルで、余りの速さに斬撃の音が少し遅れて聞こえてくる程だ。
 ただし、このスキルは余りに早い攻撃の為、命中精度が低いのが難点だ。
 ドルゴンはその点を補う為、事前に"手練"を使用して器用さを上げる事で、補助をしていた。

 だが、その突然の神速の攻撃にも、北条はかろうじて反応して見せた。
 ドルゴンの振るう剣の通り道に、どうにか〈サラマンダル〉を挟み込むことに成功していたのだ。

 とはいえ、完全に防ぎきれた訳でもなかった。
 〈サラマンダル〉の柄の部分へと当たったドルゴンの剣は、そのままスルスルッと滑るように流れていき、北条の左前腕部分を切り裂いていた。
 傷の深さはそれほどでもないが、ドルゴンの持つ武器には全て毒が塗られている。

 短剣の方にはダメージを与える系統のものを。剣の方には相手を麻痺させる系統のものを。
 剣で戦うような状態になった場合、継続ダメージを与える毒よりは、麻痺させる毒の方が有効的だと判断しての事だ。

 ドルゴンはようやく攻撃を当てる事が出来、満足気な表情を浮かべる。
 その様子にイラついたのか、今度は北条がドルゴンに襲い掛かっていく。
 ドルゴンは落ち着いて防御に専念し、北条の様子を注意深く窺っていた。
 しかし、いつまでたっても北条の様子に変化が見られない。

(何故だッ!? 〈マチンクラーレ〉の麻痺毒を食らって、どうしてそう平然としていられる!)

 例え"麻痺耐性"を持っていようが、何かしら行動に阻害が起こる程の毒性を持つ〈マチンクラーレ〉の麻痺毒は、心臓の弱い者や老人子供に使用すれば、下手すると心臓まで止まってしまう程の麻痺毒だ。
 だというのに、北条は気にした様子もなくハルバードを振り続けている。

「く、ぐああぁ!!」

 後先考えずハイペースで動き続け、闘技スキルも連打して疲弊していたドルゴンは、ついに北条の猛攻に耐え切れず、肩口から腹部へと袈裟斬りの一撃をまともに食らってしまう。
 そして、斬られた勢いそのままに、大きく吹き飛ばされ、少し離れた所にドサッと無造作に投げ出される。

「フンッ!」

 そう言って、付着した血を振り払う仕草をする北条だが、〈サラマンダル〉の持つ能力で相手の傷口を焼き切っているので、刃の部分に血などはこびりついていなかった。
 単に気分的な問題で振っただけかもしれない。


「さて……」

 まだ戦いの決着はついてなかったが、先ほどの攻撃で大きな手ごたえを感じていた北条は、これを機に周囲の戦況を確認した。
 カレンは首尾よくアウラと村長を開放しており、マデリーネらも他の残っていた敵を掃討し終わったようだ。

 ならば、後はあの男をどうにかすれば終いだな、と吹っ飛んでいた男に注意を向けようとした時、咲良の「北条さんっ!」と叫ぶ声が北条の耳を捉えた。
 その咲良の叫び声と同時に、少し離れた所で倒れていたドルゴンが常軌を逸したような声で叫び始めた。

「オオオォォ……、シュトラウス様ぁぁ! 今、ここに! 私の全てをお捧げ致します!!」

 男がそう叫ぶと同時に、ドルゴンから黒い光が沸き起こる。
 鎧を着ているため判別はしにくかったが、その黒い光の発生源はドルゴンの左胸辺りから起こっていた。

「気を付けてくださいっ! そうなると動きが断然変わって――」

「ほらよっ。【岩砲】」

 咲良の警告の声を聞き終わる前に、北条から"土魔法"がすっ飛んでいく。
 思わず口を開けたまま、その様子をポカンと見つめる咲良。

 なんだかよく分からないが、隙だらけなのでぶっ放してみた北条であったが、ヒーロー物を見ていて思った事がある、『変身中に攻撃すればいんじゃね?』という考えは、どうやら通用しなかったようだ。

 すでに一度同じ北条の放った魔法を回避しているドルゴンだ。
 あの時と違って、今度は四つの砲弾全てがドルゴンに向かっていたが、最初の時より更に敏捷が増したドルゴンは、それらすべてを最小の動きで躱していく。
 どうやら変身? による硬直時間などはないらしい。

 そして、そのまま猛烈な勢いで北条に迫ってくるドルゴンは、先ほどまでとは打って変わって、まるで人間味というものを感じさせなくなっていた。


 ザギィィンッ、カァァァンッッ! と、二人が武器を打ち合う音だけが、周囲に響き渡る。
 先ほどよりも更に一段も二段も上がったような男の動きに、北条も反撃の隙を見いだせないようで、ひたすら防戦一方となっている。

「ホージョー!」

「北条さんっ!」

 咲良やアウラ。いや、他のマデリーネやアリッサ達も、北条とドルゴンの戦いを黙ってみている他なかった。
 最早、常人にはまともに動きが掴めない程の速さで二人は武器を打ち合っており、立ち入る隙がなかったのだ。
 下手に割り込んでしまえば、それが元で北条にいらぬ負担をかけてしまいかねない。

 ただ、咲良だけは、北条の左腕の負傷を見て、【リープキュア】による回復を行っていた。
 高速で動き回る相手でも、パーティーメンバーであれば誤射することなく効力を発揮するので、高レベルになるほどその重要性は増す治癒魔法だ。



 そしてドルゴンと北条が、余人の立ち入れぬ戦いに突入してから、数分が経過していた。
 見る者にとっては、何十分にも感じられるような、激しい攻撃のやり取りは、まるでコロッセウムで戦う剣闘士を見ているような気分にさせられる。

 しかし、この世界の生まれではない咲良からすれば、命のやり取りをしている彼ら二人に向けて、スポーツ観戦をするかのような目線を向けることはできなかった。
 そのため常に隙があったら攻撃を入れられるように、魔法の準備だけは整えていた。

 それから更に数分が経過する。

 いつまでも続くかと思われた二人の拮抗は、やがて北条が体のバランスを崩した事で、一気に事態が動き始める。
 体制を崩した北条に対し、闘技スキルを連打して、更に苛烈な攻撃を繰り出し続けるドルゴン。
 それはまるで、王手を指し、逃げる相手を積みにまで追い込むかのような、計算された動きだった。

「ヒャアアアアアアアアッッ」

 すでに、人語を解さない化け物のようになっていたドルゴンは、この絶好の機会に自身の切り札である"音速剣"を再び北条に向けて放った。

「……くっ」

 それまでの計算されたような闘技スキルの嵐に、徐々にリソースを奪われていった北条は、最初の時のように〈サラマンダル〉で咄嗟に防ぐ事が出来ず、ドルゴンの"音速剣"をまともに食らってしまう。

 それは、北条がドルゴンに切りつけた傷跡をなぞるように、北条の左の肩口から切り裂かれていた。
 しかし、〈サラマンダル〉のように傷口を焼き切るような効果はなかった為、ドルゴンの時とは違い、斜めに斬られた傷口からは、血しぶきが沸き起こる。

 そのまま北条は地面にしりもちをつくように倒れ、そこに両目から血を流しながらドルゴンが止めを刺そうと近づく。
 その僅かな瞬間、

「ゆけっ! 【土弾】」

 アウラの"土魔法"が発動し、幾つもの土の球がドルゴンへと飛んでいく。

「キシャアアアアアッ!」

 後一歩、という所で飛んできた【土弾】を、煩わしそうに剣で切り、時に体をひねって躱すドルゴン。
 威力よりも、数を重視して放ったアウラの【土弾】は、確かに僅かに足止めをすることには成功したが、それもすぐに途切れる。
 だが、その一瞬の足止めがまさに咲良の望んていたものだった。

「こん、のおおおおっ! 【フレイムランス】」

 すでに"増魔"や"エンハンスドスペル"で下準備をして、更に練りに練った魔力でもって、撃ち放たれた咲良の中級"火魔法"は、ドルゴンを強襲した。


「ぉぁぁぁあぁああっっ……」


 まともに咲良の【フレイムランス】を食らったドルゴンは、どてっぱらに大きな穴を開あける。更にそこから体中に炎が周って、瞬間的に体中を真っ黒に焦がしていく。

 しかしそれでも即死ではなかったのか、真っ黒焦げになっていた、腹部に穴の開いた黒い物体は、僅かの間踊るような仕草でフラフラと動いた後、ようやく地面へと倒れ伏した。

「やった、のかな……?」

 あの黒い光に包まれた後は、やたらしぶとくなっている事を知っていた咲良は、油断せず黒い物体を注視する。
 しかし、これ以上動く気配もなく、見た目からして流石にもう死んでいるだろうと思われた。

「サクラッ! 早くホージョーにキュアをかけてやってくれ!」

 マデリーネの声に、ハッと先ほどの北条のケガを思い出した咲良は、慌てて北条の下へと駆け寄った。
 北条は地面に座り込むような形のまま、咲良のしでかした結果・・をジッと眺めている。

 やがて咲良から【ミドルキュア】を受け、傷を回復させられる北条。
 そうしてから北条の口から発せられたのは、礼の言葉ではなく、別の言葉であった。


「……咲良ぁ。アレ、燃え広がるとまずいんじゃあないか?」


 見れば、咲良の【フレイムランス】によって引火した炎が、あちこちで煙を上げていた。

「あわ、あわわわ……」

 北条の指摘に、咲良は慌てた様子で、"水魔法"による鎮火を開始するのだった。


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