214 / 398
第八章
第185話 村長宅への襲撃 前編
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――幾人か仲間を連れた冒険者が、訪ねてきたんです」
事の起こりは、冒険者と思しきパーティーが村長宅に訪れ、それまで護衛任務をしていた『マッスルファイターズ』に交代を申し出た事からだった。
確かに、あと何時間かで交代の時間ではあったのだが、それにしてもまだ早い時間でもあった。
「少し予定を変更したらしくてな。ほらっ、これが報告用の証書と割り符だ。確認してくれ」
そう言って『マッスルファイターズ』のリーダー、マシモスに渡された証書と割り符には、不審な点はなかった。
新しくやってきた、冒険者の男が持つ割り符とそれはキッチリ合致したし、証書の方にも問題はなさそうだ。
なのでマシモスは一人、邸宅の方へと報告に向かった。
カレンは玄関でマシモスと別れの挨拶を交わした際に、実際それらの品を確認しており、間違いはないと判断していた。
しかし、彼女のアウラへの忠誠心は誰よりも高い。
マシモスと入れ替わるようにして玄関に迎え入れた男にも、警戒を緩めることはなかった。
「貴方が新しく冒険者ギルドから派遣された、護衛の冒険者の方ですか?」
「ええ、その通りです。デグル、と申します。護衛の方はお任せください」
デグルと名乗った男は軽く礼をした後に、懐からギルド証を手に取ってカレンへと差し出す。
そこには確かに『デグル』という名前と、冒険者ランクなどの各種情報が記載されていた。
「……承知致しました。ではアウラ様と村長に報告をして参りますので、こちらでお待ちください」
ギルド証を返したカレンは、不審を気づかれないように、注意をしながらデグルにそう告げると、アウラのいる元へと移動を始める。
逸る心を抑えながら、速足でアウラのいるリビングルームの方へと向かうカレン。
「おおう、カレンちゃん。どうじゃ、ワシらと一緒に茶ぁでも……」
部屋にはアウラの他に村長の姿もあり、二人してお茶を飲みながら談笑していたようだ。
そんなゆったりとした二人とは正反対に、カレンは焦った様子で村長の言葉を遮った。
「――今、玄関に素性の知れぬ者が訪ねております。交代の護衛にきた冒険者と名乗っており、ギルド証も所持していました。しかし、護衛にきたというのも、名乗った名前も偽りでした」
「刺客か?」
「その可能性はありま――」
カレンが最後まで言い終える前に、ヒュオオォという、小さな風切り音が聞こえてきた。
と同時に、カレンは横にステップを踏む。
「……ッッ」
しかしわずかに反応が間に合わず、背後からの風切り音の原因である、短剣の攻撃がかすかにカレンの腕に切り傷を刻んだ。
また攻撃はそこでは止まず、引き続き短剣による雨のような攻撃がしかけられる。
無言のまま攻撃を仕掛けてきたのは、先ほど玄関で会ったばかりのデグルと名乗った男だった。
「アウラ、様! お逃げ、ください!」
僅かな交戦の間に、相手の力量を見積もったカレンが、戦闘を続けながらも必死にアウラに訴えかける。
すでにこの短い戦闘時間の間に、カレンは幾つも浅い傷を負っていた。
自分の命を最優先するならば、カレンの言う通りに今の内に逃げる方がいいのだろう。
しかし、アウラという女性はその選択肢を拒絶する。
「…………カレン、下がれ! 【石壁】」
デグルとカレンの距離が僅かに離れた瞬間、アウラの中級"土魔法"である【石壁】が発動した。
カレンはその直前、アウラの指示に即座に反応して、後ろに下がっていた。
この魔法は初級"土魔法"【土壁】の上位魔法であり、名前の通り石壁を生み出すという効果がある。
デグルも魔法発動に気づき、咄嗟に石壁が完成する前にカレンの方へと近寄ろうとしたが、一歩間に合わず。男とカレンの間には石壁が完成し、足止めに成功する。
【石壁】の魔法は、カレンの身体能力をよく知っているアウラが、カレンが咄嗟に後ろに下がった位置を予測して、発動場所を指定していた。
下がる距離が僅かに違っていたら、石壁に挟まれた可能性もあったのだが、カレンはすぐ目の前に聳え立つ石壁を見ても、まるっきり不安な顔を見せていない。
「今の内だ、カレン! 村長、勝手口から抜け出すぞ!」
賊の数が何人いるかは不明だが、援軍のアテもないまま、ここに立て籠もってもジリ損になると判断したアウラが、颯爽と指示を飛ばす。
得物もカレンの持つ短剣や暗器、それからアウラの持つ護身用の短剣しか所持していないが、取りに行っている余裕はなさそうだった。
三人はそのまま勝手口のあるキッチンへと急ぐ。
一方、石壁に阻まれたデグルはというと、
「……反応が妙だと思い追ってみたが、一体どこで気づかれた? まあ、いい。玄関前に配置した奴らを連れて、勝手口の方に周るか」
そう呟くと、おとなしく玄関の方へと引き返していった。
▽△▽
「ぬううん……。一体なんなんじゃが? もしかしてあの女吸血鬼が襲ってきたじゃが?」
「その可能性はあるが、まさか白昼堂々襲ってくるとは……」
村長とアウラが、移動しながら賊に対しての意見を交わしている様子を、カレンは黙って聞いていた。
(これは、毒、か……)
自分の体の異変を悟られぬよう、そっと先ほどかすった腕の切り傷に視線を移すカレン。そこには、薄く紫色に変色し始めた傷跡があった。
この様子では、他の斬られた箇所も同じ状態だろう。
「……にしても妻が外出中で良かったじゃが」
「村長、そういった話は我々が助かってからにしよう」
「そ、そうじゃが。では早速……」
そう言って、村長が外へと通じる勝手口の戸を開け、外に出ようとする。
だがその一瞬後には、アウラのいる方へと吹っ飛んでくる村長の姿があった。
「じゃがああああああっっ?!」
勝手口の先には武装した男がいたようで、蹴りを放っていた瞬間が丁度アウラ達にも確認できた。
叫び声を上げながら吹っ飛んできた村長であったが、年老いたとはいえ元Dランク冒険者として、どうにか受け身を取ることに成功する。
一瞬、村長を受け止めるべきか迷ったアウラは、その様子を見て一安心した。
「対象はそこの二人だな」
「殺しはするなよ」
「ああ、分かってる。だが、そっちの女はどうするんだ?」
「今は時間があまりない。始末しても構わんだろう」
物騒な事を話し合っている、武装した相手は全部で四人。
出口を抑えられている為、全員倒すなり、戦闘の際に隙でもつかなければ、脱出するのは厳しい。
「お前たちが何者かは知らぬが、容赦はせん! 【岩砲】」
無駄に時間を引き延ばしても、不利になるだけだと判断したアウラは、中級"土魔法"、【岩砲】を放つ。
これはこの場でアウラが使える中では、最も威力のある攻撃魔法であり、初手でいきなり放つことで、機先を制しようとしたのだ。
アウラが魔法を放った直後、ドコォッ、バゴオォォ、カキィィィン、と三つの音が聞こえてくる。
アウラの【岩砲】は三つの岩くれを中空に生み出し、生成と同時に猛烈な勢いで相手へと飛んでいった。
先ほどの三つの音はその岩くれが命中した音で、一人だけは咄嗟に小盾によるガードが間に合ったようだが、余りの勢いの強さそのまま壁まで吹っ飛ばされている。
残る二人だが、片方は腹部にまともに砲撃を受けて気を失っており、もう片方は避けようとした挙句、頭部にまともに食らってしまい、首が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
初手のアウラの魔法によって、一度に三人の足を止める事に成功した。
残るは斧を持った男一人だけだ。
「今だッ!」
この状況を絶好の機と見たアウラの指示に、カレンも村長も即座に反応した。
しかし、勿論それは、【岩砲】を受けていない最後の敵も同様だ。
自分の体でもって出口を塞ごうと、慌てて動き始める斧を持った男を見て、アウラは奥の手の使用を決断する。
「ハアアアアァァァッ!!」
アウラが気合の声を上げながら、人差し指を男に突き付けた瞬間。
男はその場にひざまずくようにして崩れ落ちる。
必死に体を動かそうとはしているようだが、やがて押しつぶされるかのように、床に突っ伏した。
その間にカレンを先頭に、村長とアウラは勝手口から外へと飛び出す。
辺りを見回し、誰もいない事を確認したカレンは、残る二人が付いてくるのを確認してから、村へ向かい歩き出す。
目指すは今いる本村地区ではなく、ギルドがある拡張中の村の方だ。
だが、その歩みは歩き始めて数歩で止まってしまう。
「あっ……?」
腹部に急激に熱を感じ、視線を向けたカレン。
その目に映ったのは、己の腹に突き刺さった短剣だった。
「生憎と、お前たち逃がす訳にはいかん。……少し急いで正解だったか。まさかあの四人が突破されるとは――」
「カレエエエェェェンンッ!!」
カレンの腹部に短剣が深々と突き刺されているのを見て、アウラは絶叫を上げながら、反射的に手にした護身用の短剣で、男――デグルへと切りかかった。
それに対し、デグルはカレンに刺していた短剣から咄嗟に手を離すと、回避行動に移る。
「アアアァァァァッッ!」
親の仇でも前にしたかのように、アウラがデグルに切りかかるが、一向に攻撃が当たる気配すらない。
"短剣術"のスキルを所持していないアウラだが、"剣術"のスキルは持っているため、若干ではあるが短剣も扱えはする。
しかし、アウラの本来の得物は槍であり、剣の腕はそれほどではなかった。
ましてや、こうも取り乱した状態では相手にならないのも当然と言えた。
「アウラ、さ、ま……」
そうしたアウラの様子を、少し離れた場所から見つめるカレン。
すでに腹に突き刺さった短剣は抜いてあり、右手で傷口を抑えていた。
その表情にはケガや毒による辛さだけでなく、自分の為にあのように取り乱してくれた、アウラに対する深い感謝の念も滲んでいた。
「ぬっ! カレンちゃん。新手が来たようじゃが」
デグルと距離が離れた事で、カレンの下に駆け寄ってきた村長が、右手側を指さす。
「はぁ……まったく面倒だわ。 【イクスハウション】」
「ハッハッハァアッ!」
いつの間に現れたのか。
そこには、新たに四人。
アウラが我を失い、デグルに切りかかっている間に、新たな敵の増援が駆けつけていた。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!
酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。
スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ
個人差はあるが5〜8歳で開花する。
そのスキルによって今後の人生が決まる。
しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。
世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。
カイアスもスキルは開花しなかった。
しかし、それは気付いていないだけだった。
遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!!
それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!
転生王子の異世界無双
海凪
ファンタジー
幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。
特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……
魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!
それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした
御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。
異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。
女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。
――しかし、彼は知らなかった。
転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる