上 下
198 / 398
第八章

第169話 顕在化していく問題

しおりを挟む

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ふむ、なるほど」

 サルカディアから帰還した信也らは、現在『女寮』にて集合していた。
 そして壁に掛けられたホワイトボードの伝言を読み終えた信也は、小さな声で呟く。
 他のメンバーもざっとホワイトボードに目を通しており、大まかな内容は全員把握していた。

「おー、新しいエリアか! 気になるっちゃ気になるけど、人おおそーだなあ」

 好奇心を隠そうともせずウキウキした様子の龍之介。それに対してメアリーと慶介は特に何か言葉を発することなく静かにボードを眺めていた。
 元々積極的にベラベラと喋るタイプでもないこの二人だが、ここ最近は以前にも増して発言が減った。
 その表情はそれぞれ何か思いつめたようでもあり、何か悩みのようなものを抱いているようでもある。

 しかし二人がそんな様子だというのに、龍之介はいまいちその辺を把握してないのか、今日もいつも通り元気一杯である。

「一体どれだけの数のエリアがあるのか、気になるわね」

 大人しくなってきたメアリーと慶介の代わりに、長井はすっかり普通に会話に加わるようになってきている。
 時折龍之介と言い合う場面もあるが、今のところ大きな問題を起こすことなく同じパーティーメンバーとして活動を続けていた。

 大森林エリアを探索していた北条達とは別で、信也達は五層の北西部分にある下り階段の先、石造りの地下迷宮エリアを突き進んでいる。
 そのエリアは十一層、十六層、二十一層と五層ごとに迷宮碑ガルストーンが設置されており、更に十層と二十層には階段が二つあってそれぞれ分岐していた。

「ああ。この迷宮のどこかに俺達の探している三種の神器があるハズだが、まだまだ足りないモノは多い」

 すでに、サルカディアへと潜り始めて二か月程が経過している。
 だが未だダンジョンは広がりを見せており、先がどうなっているのかは未知数だ。
 それに加え、最近は別の問題も発生していた。


「そうね。今のままだと二十一層の先はきついわ」

 彼らの探索している石造りの地下迷宮エリアの最深記録は、迷宮碑ガルストーンが設置されていた二十一層となっている。
 そこで少し探索をしたのだが、出てくる魔物のランクが大分上がってきており、戦闘が厳しくなっていた。

 彼らはまだ帰ってきたばかりなので、二十一層に現れた魔物の詳細について詳しく把握はしていなかったが、それら魔物のランクはDランクが大半を占めるようになっていたのだ。

「ぬうう……。確かにあんだけ魔物がつえーと、ろくに探索もできねーな」

 肩を落とし、悔しそうな様子の龍之介。
 特に今、龍之介の脳裏に浮かんだのはとある一匹の魔物……頭部に二本の立派な角を生やした、大きな亀の魔物だった。
 そいつは一匹で現れたにも関わらず、結局倒すことができずに逃げ帰った相手だ。

 亀の甲羅の防御力がかなり高く倒しきることが出来そうにない上、時折使ってくる高速のタックルが厄介だった。一度マトモにその攻撃を食らった信也がダウンした事もあって、撤退が決行された。
 幸い動きはそこまで早くなかったので、逃げおおせる事には成功する。

「私たちも、向こうの連中と同じように探索場所を変えるか、階層を戻ってレベルを上げるかってとこね」

 前回ステータスを確認した際に、北条達とはレベル差がついてしまっていた。
 その為、信也達はここ一か月の間、前に前にと進んできたのだが、この辺りが限界らしい。

「あんま、戻りたくはねーんだけど……仕方ねーか」

 強気な龍之介でも、このまま先に進むのはきついと判断していた。
 それから信也と龍之介、それから長井がメインとなって話し合いは進められた。
 メアリーと慶介は僅かに疑問を口にする程度で、あとは話し合いの流れを黙って見守っている。
 そして結局の所、一旦十一層にまで転移で戻ってから、十層の分岐の先を進むという事に決定した。

私が・・調べた所によると、地下迷宮エリアの十層の分岐先は、同じ石造りの迷宮だけど、罠が多くなるらしいわ」

 そこまで深い階層ではない事もあって、既に幾つかの冒険者たちはその階層にもたどり着いているらしい。
 冒険者ギルドでは、現在こうしたダンジョンに関わる有象無象の情報が溢れている。
 中には完全な嘘っぱちや、正確ではない情報も混ざっているだろう。しかしこうした情報を全く調べずにダンジョンに向かうのは無謀というものだ。



「よし。では今日、明日は休みにして、明後日から十層の分岐先を探索する。解散だ」

 信也が最後に締めの言葉を述べて、話し合いは終わる。
 メアリーが今回決まった事を、北条達への伝言としてホワイトボードに書き始めると、他のメンバーは建物を出て去っていく。

 女寮の中なので、龍之介や信也達が出ていくのはいつもの事だが、長井まで一緒に外に出て行ってしまった。
 残ったのはメアリーと慶介だけだ。

「あの……」

 それまでろくに言葉を発していなかった慶介が、おずおずといった様子でメアリーに話しかける。
 彼女は今ホワイトボードへの伝言を書き終えてから、テーブルに今回探索した範囲のマップを広げて、身内用に書き写し始めたところだった。

「何かしら?」

 ひとり残って深刻な様子の慶介に気づいたメアリーは、筆を置くと、慶介へと向き直る。

「あの、その……、何というか、最近みんなの様子、おかしくないですか?」

 恐々といった様子でそう尋ねる慶介に、メアリーはジッと慶介を見つめて一呼吸置く。
 それから彼女の口から発されたのは、同意を示すものだった。

「……そう、ね。私も、具体的に何がっていうのは分からないんですけど……」

「や、やっぱり……」

 疑問に思っていたのが自分だけではないと知って、少し安心した様子の慶介。
 しかし、結局の所どこが問題なのかが分からず、この日、二人の抱いた漠然とした不安が解消される事はなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 《ジャガー村》は日々拡張工事を続けており、今では宿屋や各種商店も軒を連ね始めた。
 新しく来た住人の為の家も、未だに途切れることなく作られ続けていて、徐々にテント暮らしの人の数も減ってきている。

 そんな開発著しい村の裏通りを一人の男が歩いていた。
 それは先ほど話し合いが終了し、皆と別れた後にそのまま村へと向かっていた石田の姿だった。
 石田は陰気そうな目つきをしながら、村の裏通りを歩いていく。どうやら、目的地は決まっているようで、その足取りはしっかりとしていた。

「…………」

 やがて、一軒の建物の中へと入っていく石田。
 そこは《ジャガー村》に出来立てホヤホヤの娼館だった。
 冒険者には荒くれ者も多く、そういった者たちの鬱憤の晴らし場所として、こういった場所は一役買っている。

 尚、ここは領主公認の娼館であり、《鉱山都市グリーク》にて根回しだので上手く立ち回った商会が見事権利を勝ち取って、《ジャガー村》最初の娼館として出店していた店だ。
 なので、ここ以外にも非公認の娼館や路上に立つ女もチラホラ見受けられ始めている。


 店内のカウンターで受付の男と話し、金を払った石田は指定された部屋へと案内される。
 一応公認娼館のせいなのか、この世界の基準としては悪くない部屋に石田は通される。

 この世界では仕切りもなく、部屋とも言えないような小さな場所で、周囲からの他の客の声を聞きながらコトを澄ますような娼館も珍しくはない。
 それらと比べたら、ここはきちんと部屋がドアで仕切られていて、藁の上にシーツを乗せただけとはいえベッドまで備え付けられている。

 少しして部屋にやってきた女は、石田的にはタイプとは程遠かったが、それでも禁欲的な生活を続けていた石田からしたら、既に我慢の限界だった。

「キャッ……。ちょ、ちょっと。あんま乱暴なのは……」

 ベッドへと乱暴に押し倒された娼婦が非難の声を上げるが、聞く耳を持っていないといった石田は構わずコトを続けていく。
 日本で暮らしていた頃は金がなかった事もあって、そこまで風俗にのめりこんではいなかった石田。

 だが、こちらに来てからは、生と死が隣り合わせの生活を続けていたせいか、最早歯止めが効かなくなっていた。

「アアッ! ウッ、ウウアアアアアアアッッッ!」

 娼婦が大きな声を上げる。
 しかしそれは快楽によってもたらされたものではなかった。
 女のいう事も耳に届かず、興奮を高めていった石田の所業によるものだ。

 初めは少し乱暴ではあるが、荒くれ者とも向かい合う事の多い娼婦からするとまだ許容範囲内ではあった。
 しかし、次第に抑えが効かなくなってきたのか、人としての尊厳を貶めるような罵詈雑言を延々と吐き続けた。

 そしてその余りの酷さに、娼婦の女が言い返した所、

「うるさいっ! 黙りやがれ!! いちいち便器が口を利くんじゃねえっ!」

 そう言って女の腹を殴打した。

「ゴボァッ!?」

 後衛職とはいえ、レベル二十代になっている石田の力は、一般人のそれと比べて雲泥の差がある。
 相手がただの一般人であれば、プロボクサーに殴られるのとそう変わらないだろう。

「おっ! 今のいいぞ。こうか? こうかっ!?」

 どうやら殴った瞬間の女の反応が良かったのか、続けて女を殴っていく石田。
 その顔は醜悪に歪んでいて、娼婦が苦しそうにしている様子を見る度に、心の中のモヤモヤが晴れていくように感じていた。
 本能的に、二発目からはすぐに壊れない・・・・ように力を加減して娼婦を殴り続けていた石田。

 それは、女の尋常ではない叫び声を聞いて駆け付けた娼館の護衛が、部屋に駆け込んでくるまで続けられていた……。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!

酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。 スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ 個人差はあるが5〜8歳で開花する。 そのスキルによって今後の人生が決まる。 しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。 世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。 カイアスもスキルは開花しなかった。 しかし、それは気付いていないだけだった。 遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!! それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

処理中です...