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第八章

第166話 寝耳にウォーター

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△▽△▽△▽△


 その日、長井は山小屋の中でヴァッサゴらと話をしていた。

 お互い別々に行動をしている為、こうして直接会う機会は少なく、普段はこの小屋の人目につかない所に置手紙を残してやり取りをしたり、保存の効く食料などを置いていったりしている。
 今回この小屋で両者が遭遇したのは偶然とも言えるが、理由も存在していた。

 ダンジョンの入口に領主から派遣された衛視が立つようになって以来、長井は裏で彼ら衛視との接触を繰り返していた。
 その結果、幾人かの衛視を"魅了の魔眼"の効果によって手駒にする事に成功する。

 それら衛視から当番のシフトを聞き、自分の手駒だけが入り口を見張る時間帯を把握し、それをそのままヴァッサゴにも伝えていた。
 手駒の衛視には、ヴァッサゴらが通過しても上に報告はしないよう厳命してある。

 それからは、信也達『プラネットアース』が村に帰還したタイミングと、手駒の衛視のシフトが重なっていた場合、長井が山小屋まで様子を見るようにしていた。
 ……とはいえ、今回合流できたのは色々とタイミングがよかったからだろう。


「……それで、まだギルドが気づいた様子はないのか?」

 荒くれ者たちを纏めていたリーダーに似つかわしくなく、享楽的ではなく理性的な態度のヴァッサゴ。
 長井はその事に若干の疑問を抱くも、何も考えてないバカは途中でしくじって消えていき、淘汰された結果が目の前の男なのだろうなどと考えていた。

「その様子はないわ。上の方がどう考えてるかまでは掴めてないけど」

 すでにギルド職員や冒険者の一部にも長井の手は伸びており、彼らから各種情報が長井の下にまで寄せられていた。
 そうした情報の中から、ヴァッサゴにとって有益そうな情報を伝えていく長井。
 とそこに、

「親分、何者かが近づいてきやす」

 小悪党といった言葉がピッタリ合うコルトが、普段とは違う固めの口調でそう報告してきた。
 普段のコルトは媚びへつらうか見下すかのどちらかで、先ほどのようにマジ口調で話すのは珍しい。

「……あいつか」

 いつもとは違うコルトの様子に、ヴァッサゴは会話を中断して小屋に唯一の木窓から外を覗き込んだ。
 そこには森の中を一人歩く男の姿があった。すでにこの山小屋の存在は察知しているようで、真っすぐに向かってきている。

「お前ら、出るぞ」

 外の様子を窺ったヴァッサゴは素早く判断を下し、全員で表に出るように指示を出す。
 そして、長井以外の全員が小屋から出ていき、ヴァッサゴが覗いていた木窓の傍に代わりに長井が待機する。

 小屋から続々と姿を現した『流血の戦斧』の面々を見て、小屋に近づいていた男は一定距離を取って足を止めた。
 紫色のローブを羽織ったその男は、身長百九十センチ以上あるヴァッサゴより更に数センチは高い。

 警戒感むき出しで、武器に手をかけている男達数名と向かい合いながらも、ローブの男はニコニコと終始笑顔を絶やさない。
 ローブ姿というと冒険者の間では魔法職か回復職というイメージがあるが、目の前の禿頭の男はいまいちその辺の判別がつかない。

 肉体的には近接系の戦闘職のようにも見えるが、回復職にもこういった見た目をしている者はいる。
 似たような体格をしている《鉱山都市グリーク》のギルドマスターも、"格闘術"と"回復魔法"を使う事で有名だ。

 
「お前は一体何者だ? 何用でここに来た?」


 先に話しかけたのはヴァッサゴだった。
 たった一人相手だというのに、全身の力を適度に抜いて、いつでも戦闘に入れるように集中している。
 それは他のメンバーも同様だ。
 ただし、メインメンバーと比べてレベルが低く、戦闘経験も少ない獣人奴隷のジェイだけは例外で、いまいち事態を掴めていない。


「ハハッ。ちょっとした好奇心でビジットしたケド、どうやら正解だったようね」

「……答えになってない。質問に答えろ」

 自分たちを目の前にして余裕の態度を崩さない禿頭の男に対し、ヴァッサゴは凄みを帯びた声で脅しをかける。
 威圧系統の中では最も効果が低く、一般スキルに分類される"恐喝"スキルを所持しているヴァッサゴ。
 効果の低い"恐喝"スキルとはいえ、Cランククラスのレベルであるヴァッサゴが恫喝すれば、一般人は泡を吹いて気を失ってもおかしくはない。
 だというのに目の前の男は表情一つ変える様子はなかった。

「ソウね。ユー達のような相手には、コレがベストね」

 男が最後まで言い終える前、ヴァッサゴの持つ"野生の勘"スキルが警鐘を鳴らした。

「……ッッぐあああっ!」

 不意打ちに備え、スキルによって一瞬前に体を動かしていたハズのヴァッサゴの腹部に、突如大きな杭を打ち付けたかのような衝撃が走る。
 その衝撃はヴァッサゴの巨漢の体をも大きく吹き飛ばす。
 そこに更に追い打ちをかけるべく追いすがる男へ、コルトの投擲した短剣が迫る。

「ハハハッ」

 しかし男は投擲された短剣をキャッチすると、逆にコルトへと投げ返した。

「ちぃっ!」

 慌てて飛んできた短剣を躱すコルト。
 コルト同様に、相手も"投擲術"系統のスキルを所持していないのか、狙いが定まっていなかったのは幸いだった。
 が、男のステータスの高さ故か軽く投げ返されたように見える短剣の飛来する速度は妙に速い。
 おかげでコルトは完全には避けきれず、横っ腹を短剣がかすった。

 そして短剣を投げ返した分ヴァッサゴの追撃に遅れていた男に向かい、今度はドヴァルグが特攻をしかける。

「オラアアアアアアッ!!」

 気迫の篭ったドヴァルグの一撃は、しかしヒラリと躱される。
 だが相手の動きを一旦止めることには成功し、ようやく反撃体制を整えたヴァッサゴらは連携をしつつ、熱戦を繰り広げ始めた……。



▽△▽



(ハァァッ……ハァァァッ……)

 謎のローブの男と『流血の戦斧』との闘いが始まってから、十分ほどが経過していた。
 その間、山小屋に引きこもっていた長井は終始ローブの男に対して"魅了の魔眼"の能力を使う機会を窺っていた。

 以前よりスキル熟練度もレベルも上がったせいか、今ではレベルの低い一般人相手になら、直接目を合わせなくても極僅かに魔眼の能力を発揮できるようになってきていた。
 しかし、目の前の戦闘を見ていた長井は、このまま目線を合わすことなく見つめ続けても効果はないと確信していた。

 そして戦闘が終わり、男は辺りを一通り見回すと、徐に歩き始める。
 ザッザッと響くその足音は、迷うことなく長井が潜む山小屋へと向かっていた。
 やがてギィィッ……と入り口のドアが開く音が聞こえると、足を屈めながら男が部屋に入ってくる。


「シャアアアァァァ……」

 その直後、指定されていない人物が入ってきた事で、部屋の入口付近に控えていた、この小屋の元の持ち主であるゾンビが男に襲いかかる。
 しかし男は慌てることなくゾンビの頭部に裏拳を打ち込むと、一瞬後には潰れたトマトのようにゾンビの頭部が拉げた。

「フム。姿が見えないと思ったら、小屋の中でステイしてたようね」

 そう言いながら男は一歩一歩長井の下へと近づいていく。
 対する長井は、かろうじて"恐怖耐性"も発動して恐慌状態に陥ることはなかったが、それでも完全には抑えきれない恐怖を感じていた。
 足に力は入らず一歩も歩けそうにはない。
 しかしかろうじて口を動かす事は出来る。長井は内心怯えながらも、震える唇で男に話しかけた。

「ちょ、ちょっと……。アンタ一体何なのよ?」

 そう問いかけつつ相手の目を見つめ、"魅了の魔眼"のスキルを発動する長井。
 そんな長井に対し、男は興味深そうな表情で長井をしっかり見つめ返してきた。

「……フーム、なるほど。アイシー、アイシー」

 やがて何かに納得したかのように男はそう呟く。
 そして、

「ユーの魔眼の能力は、相手の精神に働きかける……"支配の魔眼"や"契約の魔眼"、或いは"魅了の魔眼"辺りと見たね」

「ッッ!?」

 男に自分の能力の正体を告げられた長井は、一瞬驚きの表情を浮かべる。
 これまで幾度も"魅了の魔眼"のスキルを使ってきたが、完全に看過されたのはこれが初めてだった。
 レベルの高い相手の中には違和感を感じていた者は存在した。
 しかし、何をされたかの詳細まで言い当てられたのはこれが初めてだった。

 頼みの綱とも言える奥の手をあっさりと見破られてしまった。
 しかも先ほど多少なりとも魔眼の能力を発動したというのに、男には魔眼が効いた様子が一切ない・・・・
 その事を理解した長井は本能的に後ずさろうとするが、未だに体をまともに動かすことも出来なかった。

「これは予想外にグッドな拾い物をしたね。ミーの"洗脳術"スキルよりは、ユーの魔眼スキルの方が手っ取り早く済むね」

 そう言って長井の傍まで近寄り顔を近づける男。
 目の前の男の異様さに、長井は罵声を浴びせることすら出来ない。

「と、ゆー訳で……ユーにはミーとのコントラクトを結んでもらうね。アグリー、オーケー?」

 最後に同意を求める形で話しかけてきてはいるが、長井は男が先ほどやられて意識を失っている流血の連中に、強引に"契約"とやらを行使している様子を見ていた。
 おそらく、いや、まず間違いなく、ここで長井が拒否しようとも結果が変わる事はないだろう。

「オー、素直なのはベリーグッドね。ではいくね」

 身じろぎひとつしない長井を見て男がそう告げると、長井の足元には黒い魔法陣が浮かび上がる。

「ウッ……」

 そしてその魔法陣から黒い光が長井を包み込むと、まるで体中を虫が這いずり回るかのような感触が体中を襲い、思わず長井は声を上げる。
 そしてその感触は体の表面から徐々に体の内部へと侵食していき、胸の中心付近に収束していく。
 体の内部を侵食するその感覚は、より強く長井に不快感をもたらし、体中の身の毛がよだった。

 それは時間としては一、二分程度の事ではあったが、体感時間としてはその何倍にも感じられる厳しいものだ。
 その耐えがたい時間を終えた長井の右上腕部分には、何やら黒い入れ墨のような模様が浮かび上がっている。

「フー、これで完了ね。では早速表で倒れてる奴も呼んで、ディスカッションするね」


 こうして長井の描いていた計画は、この男と出会ったことによって、大きな変更を余儀なくされるのだった。






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