171 / 398
第七章
第148話 ニアミス
しおりを挟む「楓ぇっ!」
北条が唐突に上げた声が何に対して発せられたものか、理解できている者はこの場にはほとんどいなかった。
すでにボロボロ状態の由里香と陽子。我を忘れて"雷魔法"をピカピカと撃ち鳴らす芽衣。必死に【キュアオール】を繰り返す咲良。
唯一、本人である楓だけは自分の名が呼ばれた事を認識できたが、それが何を意味するかまでは瞬時に理解できなかった。
だが、その切羽詰まった北条の物言いから、先ほどまで無視をしていた"危険感知"に意識を向け、その結果として頭で何か判断する前に体が自動で動いていた。
一瞬後、楓は同じく"隠密"状態で潜んでいた隠密猿の一撃をまともに食らってしまう。
しかし幸いな事に、北条の一声を受けてコンマ一秒で回避行動に移っていたせいで、奇襲判定には失敗した扱いとなっていたらしい。
そのため、"フイダマ"スキルによるダメージ激増効果は打ち消されていた。
とはいえ、救出目前という段階での失敗は致命的だった。
隠密状態の解けた楓に向かって、前後から剛力猿達が押し寄せようとしていた。
そこに再び北条の叫び声が聞こえてくる。
それもただの叫び声ではない。声自体に力が籠っているかのような力有る声だった。
「オオオオオォォォッッ! 由里香を頼むぞぉ!」
その力有る声を聞いた楓は、不思議と北条が何を望んでいるのかを理解した。
北条の持つ"指揮"スキルのせいだろうか。短い言葉だったが、どう動くべきかを把握した楓は、早速"機敏"スキルを使用して敏捷度を高める。
そしてそのまま一直線に由里香の元へと駆け付けた。
「……!?」
そこで楓はようやく異変に気付く。
先ほどまで楓を前後から挟み撃ちにしようとしていた魔物達の動きが、一斉に止まっていたのだ。
一体何が……? と考えてる暇もない楓は、床で丸まっている由里香を抱えると一目散にその場を離脱し始める。
人を一人抱えてるとは思えないほどの速さで北条達のいる辺りまで戻ってきた楓は、そこで立ち止まる事なくすれ違うようにして北条を追い越す。
そのタイミングに合わせるかのように、北条が魔法を発動させた。
「『例の奴』、行くぞぉ! …………。【フラッシュフレア】」
未だ動きが止まったままの魔物達に向けて北条が放ったのは、"光魔法"の【フラッシュフレア】だった。
これは強い光を発するという【フラッシュ】の上位魔法で、より強い光を発するだけの魔法なのだが、使用者が少ないマイナーな魔法でもある。
この初級魔法である【フラッシュフレア】は、どうも発動させるのが難しいらしく、信也も未だに扱うことが出来ない。
北条の言葉から何をするのか察した芽衣は、次々と変化していく局面に狼狽えつつも、前に出していたマンジュウやゴブリンに、後退しながら目をふさぐように指示を出す。
直後、ダンジョン内に激しい光が溢れ出す。
その光は最早眩しいというよりも痛いというレベルの強さで、固まったままの魔物達の眼球を焼いていく。
「このままずらかるぞぉッ!」
そう言いながら、自身は陽子を拾い上げつつダッシュで逃走し始める北条。
その段になって、ようやく魔物達は行動を再開し始めたようで、あちこちに移動し始めていたが、【フラッシュフレア】の影響かその足取りはフラフラとしている。
そこに、
「こいつはオマケだぁ 【石壁】」
とダンジョンを隔てるようにして巨大な石壁を魔法で生み出した。
【石壁】は【土壁】の上位魔法で、これでも中級"土魔法"に分類されている。
~壁系の魔法は一時的な壁を作り出す魔法で、一定時間が経過すると壁は消滅してしまうのだが、北条は効果時間と範囲の拡大に目一杯の魔力を注ぎ込んだ。
その結果、広いダンジョンの通路をほぼ完全に通路を塞ぐことに成功する。
「見えてきました!」
「よおし、追手は振り切ったようだがぁ、このまま飛ぶぞぉ」
必死にダンジョンを走り続けた結果、咲良の指摘したように遠くに迷宮碑が見えてくる。
北条もすぐに飛べるように、移動しながらも〈魔法の小袋〉から〈ソウルダイス〉を取り出して、即座に転移できるように備える。
そして、迷宮碑の元までようやくたどり着いた北条達は、即座に転移部屋へと転移したのだった。
▽△▽△▽
普段なら小さく聞こえてくる水の流れる音以外、余計な音が一切聞こえてこない静謐さに包まれた空間。
その一角に設置された迷宮碑の傍には、複数の人影があった。
どうやらこれから迷宮碑を使って転移する直前だったようで、全員が床に描かれている魔法陣の範囲内に収まっている。
「行くぞ……」
男の短い声と共に発動する迷宮碑。
魔法陣に光の線が走り初め、全ての部分にまで光がいきわたった瞬間、一瞬だけ強い光を放ち転移が完了する。
が……、この転移と前後して別の魔法陣も稼働を始めていた。
そちらは逆に別の場所から転移してきたようで、転移してきた人影の数は結構多い。
「はぁぁぁ……。ようやく――」
「……先急ぐぞぉ」
死地から帰還し、安堵の息を吐こうとしていた咲良を遮るように、北条がそう言うなり出口の方へと歩き始める。
「え、ちょっと……?」
訳が分からないといった様子の咲良だが、北条の様子が普通ではないので素直に後をついていく。
残る楓と芽衣、それから芽衣の召喚した魔物達も黙って後に続いた。
「あ、あの。北条さんどうしたんですか?」
歩きながらも前をズンズンと進む北条に訪ねる咲良。
咲良の問いに一度後ろを振り返った北条は、すぐにまた前を向いて歩きだすと問いに答え始めた。
「さっき俺らが転移部屋に戻ってきた時、丁度別の迷宮碑で転移している奴らがいたぁ」
北条の言葉を聞いて「あれ、そうだったかな?」と思い返してみるも、咲良の記憶にはまったく思い当たる事がなかった。
「ほんの……一瞬のことだ。だがぁ、発動寸前の転移前に感じた気配は、間違いなく……『奴ら』だぁ」
「ッ!?」
『奴ら』という言葉で、北条の言わんとしてることも、こうして急いで移動している意味も、咲良達は理解することが出来た。
「もう少し急ぎましょうか?」
「いやぁ。俺ぁともかく、これから走り続けたとしてもお前達の体力が持たんだろぅ。ひとまずはこのペースで行くぞぉ」
事態の重さを鑑みてそう提案する咲良に対し、北条はこのままでいいと答える。
そして陽子をおぶったまま、器用にチラっと背後へ再び振り向くと、
「とりあえず転移部屋に戻ってはいないようだぁ。もしかしたらタイミング的に向こうは気付いていない可能性もあるがぁ……」
だからといって、暢気に構えていたらどうなるか分かったもんじゃない。
一難去ってまた一難という状況に、ヒイコラ言いながらもダンジョンから脱出。そして、その足でダンジョンの周囲にある泉を超えて、森の少し奥に入った場所にまで休まず移動を続けた。
▽△▽△
「……ここまでくれば大丈夫だろう」
すでに時間帯は夕方に達しており、急速に闇が広がり始めていた。
森の中はただでさえ鬱蒼と茂った木々によって光が遮られているというのに、陽が暮れ始めるこの時間帯となると、暗さは本能的な恐怖をもたらす程にまで深まる。
そんな視界の悪い森の中、北条達はここでキャンプを張りはじめていた。
無理をすれば深夜頃には村にたどり着けそうではあったのだが、彼らにはその前に休息が必要だった。
「では、いきます……。 【ミドルキュア】」
咲良の治癒魔法によって、陽子の潰れた右目部分が強烈に輝きだす。
元々強い光を放つ治癒魔法ではあったが、ここまで強く光ったのは初めてのことだ。
「ん……」
キャンプ地に着いて早々に意識を取り戻していた陽子は、右目部分に強い魔力を感じると共に、治癒魔法独特の温かいような安らかになるような感覚を覚える。
そして、時間にして一分にも満たない内に魔法は効果を発揮し、途切れていた脳へと伝える視覚情報を再び送り始める。
「あっ……。見える……、しっかり見えるわっ」
確認の為に左目を指で閉じた状態で辺りを見回した陽子は、しっかりと右目の機能が回復しているのを確認できた。
「ふぅ……よかった」
安堵の息を漏らす咲良。
咲良が先ほど使用したのは中級"神聖魔法"の【ミドルキュア】という魔法だ。
効果的には単純に【キュア】を更に効果アップさせたものだ。
それを、「同じ中級"神聖魔法"である【キュアオール】を成功させたんだから」と、今回初めてチャレンジして、無事に発動に成功したという流れだった。
しかし、本来は普通に【ミドルキュア】を使用しても、破損した部位を完全に治すのは難しい。
だが今回は"増魔"で一時的に魔力をブーストし、MPも多めに籠めた上に部位を一点に特定して使用していた。
その結果、陽子の右目は無事に治癒することに成功していた。
もし陽子の右目が破損状態ではなく、完全に取れている『部位欠損』状態だったならば、同じことをしても治すことは出来なかっただろう。
「さ、次は由里香ちゃんの番ね」
「……ッッ」
そう言って由里香の方へと近づいていく咲良。
由里香は咲良の言葉に一瞬体を硬くさせ、元気のない声で答えるのだった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。
それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。
高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕!
いつも応援やご感想ありがとうございます!!
誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。
更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。
書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。
ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。
イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。
引き続き本作をよろしくお願い致します。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる