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第六章
第132話 発露
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それは時間を遡り、北条達一行が慶介の放った"ガルスバイン神撃剣"の光を確認した直後のこと。
その特徴的な光と、信也達パーティーの動向を気にしていた北条達は、すぐにその光の正体と現在信也達が置かれている状況が想像できた。
慶介のあのスキルはとっておきの必殺技のようなものだ。
もちろん、スキルの熟練度を上げるために練習として使うこともあるだろう。
その時はその時で、心配させるなよーと声を掛ければ済むことだ。
だが、すでに危険な相手の存在を知っていた北条達の脳裏には、『流血の戦斧』との戦闘に突入した信也達の構図が浮かんでいた。
「アレはッ……」
「先を急ぐぞぉ」
慌てて光の発生源へと向かおうとする北条らの声を聞きながら、楓の体は彫像と化したかのようにその場から動くことができなかった。
我先に! とばかりに先行した北条と陽子の後を追い、ユリメイコンビと咲良も飛び出していく。
しかし、楓だけは他の皆の姿が見えなくなった後も、動く事が出来ずにいた。
「だ、ダメ……無理」
そう小さく呟いた楓は、ようやく体が動くようになったのか、その場で膝を抱えるようにして座り込んだ。
その体は微かに震えており、まるで親に叱られて震える小さな子供のようだった。
そのまま数分ほどその場にうずくまっていた楓だったが、不意に誰かが近くを通りかかる気配を感じた。
慌てて楓は人目につかない木陰に移動すると、"影術"などで自分の存在を徹底的に隠蔽し、激しく脈打つ心臓の鼓動を抑えながらも息を潜める。
それから間もなくして楓の視界の端の方から姿を現したのは、一人のローブ姿の男だった。
枯れ枝のような手には杖が握られており、一目で魔法使いだとわかる格好をしている。
その男を見た瞬間から楓の緊張感はさらに高まっていく。
「フ、ハァ……フッ……フゥ…………」
どうしても抑えきれない荒い息が外に漏れていく。
慌てて両手で口元を抑えるが、その手もカクカクと震えていた。
酷く怯えた表情の楓にとって、一分一秒が数倍、数十倍にも感じられる長い時が過ぎた後、件のローブ姿の男は楓に気づく事なくスタスタと通り過ぎていく。
その向かう先は、明らかに北条達が向かった方角と同じだった。
楓は『流血の戦斧』のコルトと同じく、"危険感知"のスキルを持っている。
その名の通り、危険を感知するスキルなのだが何をもってして危険とするのかについては人それぞれ異なっていて、感知する精度については熟練度次第だ。
自らの生命を至上に掲げる楓にとって、このスキルは非常に有益なものだった。
最初は戸惑いの部分もあったものだが、今ではおおよそ感覚的にスキルが発動した時の危険度を判断する事ができるようになっていた。
その"危険感知"のスキルが、あの光を確認した時と先ほどのローブ姿の男を確認した時に、これまでにないほど強い反応を示していた。
それは《鉱山都市グリーク》からの帰還途中に、山賊達に襲われた時に感じたものとは比較にならない程のものであり、楓に強い"死の気配"を与えるのに十分過ぎる程のものだ。
その"死の気配"を感じた直後から、楓はその場を動くことができなくなっていた。
途中ローブ姿の男から隠れる為に場所を移動したが、男をやり過ごした後も隠密状態を解く事もなく、じっとその場で座り込んで息を殺していた。
そんな時だった。
北条のいつもの声が聞こえてきたのは。
▽△▽△▽
「ひとり仲間を見捨てて安全な所で震えてた私がっ! 今更どんな顔して会いに行けばいいんですか!!」
いつもと変わらない様子の北条とは反対に、北条のその態度によって楓はよりヒステリックな気持ちが抑えきれなくなる。
そして一度堰を堰を切った言葉の波を、楓は止めることが出来ない。
「だ、大体! 私は元の世界になんて帰りたくないんです! あんな……あんな世界よりこっちの世界の方が断然マシです!」
それは異世界へと転移した事を実感して以来思っていた、楓の偽らざる本音だった。
最後の砦であった両親に対する想いを断ち切った楓には、日本に対する未練というものがない。
せいぜいあるとしたら便利な暮らしや美味しい食事といった程度の事だ。しかもそれらはあればいい位のもので、楓にとって執着する対象ではなかった。
「わ、私一人が抜けても北条さんがいれば、な、な、何とかなりますよね? 私、知ってるんです。北条さんって盗賊系のスキル、使えますよね? そ、それもわ、私なんかよりよっぽど上手く使いこなしてる!」
楓の突然の指摘に、しかし北条は慌てた様子などは一切見せない。
ここに来た時と同じ、緊張感がない暢気そうな顔のままだ。
楓のこの指摘は何もあてずっぽうに適当な事を言った訳ではない。
これまでに幾度も感じた、違和感の欠片を組み合わせて浮かび上がった結論だ。
例えば前衛として北条が先頭を歩いている時は、不自然なほどに罠を避けて通る。
楓が指摘しなくとも、罠のある場所を見事に躱していくのだ。
その事を意識するようになってから、楓は何度か検証をしてみた。
例えば北条自身ではなく、同じく前衛として前を歩く由里香が罠に掛かりそうになったらどうするのか。
その結果は二パターンに分かれる。
そのまま罠にハマるか、声を掛けるなどして自然と罠を回避させる、といったものだ。
この結果だけを見ると、別に北条は盗賊系スキルを持っていないようにも見える。
だが、それら検証のひとつひとつを思い返すと、掛かっても大して被害がないような罠の時だけ放置しているようにも見えるのだ。
楓自身もそこまで罠に関するスキルが得意という訳ではないが、それでも危険な罠かどうかの判別くらいはつくようになっていた。
そんな楓のスキル感覚で「これはマズイ」と思った罠に関しては、確実に北条が何か行動を起こし、罠に掛からない方向へと持っていっていたのだ。
更に付け加えると、北条はそれこそ最初の頃からそうだったが、索敵能力が異様に高い。
これは必ずしも盗賊職の専売特許というものではないが、"気配感知"や"敵意感知"などは盗賊職の方が覚えやすい。
それらの事をふまえ、楓は北条が盗賊系スキルを持っていると睨んでいた。
少なくともそう思えるような何らかのスキルを持っているのは確かだろうと。
(そもそもあの人の事を全く口にしないのも不自然……)
そう思いながら、あの時の情景を思い出す楓。
今思い返しても、幾らまだ交流が浅かった頃とはいえ、あの事を黙っているのは明らかに妙だ。
だが、その件に関しては実際楓も誰にも報告をしなかった訳だし、あくまでこれは楓から見た一方的な視点だ。
とはいえ隠し事といえば、楓だって何だかんだで皆に隠しているスキルがある。
北条に対しては確かに楓以外にも違和感を感じてる人はいるが、龍之介や長井などスキルを明かしてない者は他にもいる。
そんな今更な事で突っかかるのはどうか、という気持ちも楓の内にも存在していた。
「メ、メンバーが足りないのが気になるんなら、が、外部の、この世界の冒険者を誘えば、も、問題ないでしょう?」
最初こそ感情の高ぶりと共に、吐き捨てるように心の膿を吐露していた楓だったが、黙って話を聞いている北条を前にして、発言ごとに落ち着きを取り戻してきていた。
そんな楓の様子を黙って見ていた北条。
やがて、閉ざしていた口を開き、ようやく自分のターンが来たとばかりに話しを始めた。
「いやぁー? そいつぁ少し問題だぁ。その他のお前の行動についてはそこまで問題ではないんだがなぁ」
「も、問題ではないって……」
楓は問題アリと言われたメンバーの補充の話より、問題ナシと言われた自分の行動の事について尋ねる。
「なぁに、百地は"危険感知"スキルを持ってるんだろぅ? 俺がもしそのスキルを持っていてヤバそうな気配を感じたら、俺だってお前と同じような事をしてるだろうよ。ま、危険を周囲に知らせる位はするかもしれんがなぁ」
今まで危険な場面であっても、ろくに慌てた様子すら見せない北条が言っても、それはいまいち楓の胸には刺さらない言葉だった。しかし、胸の内に抱いていた罪悪感が僅かに溶けていったのを楓は感じた。
「で、でも、由里香ちゃんとかさ、里見さんは、真っ先にか、駆け出していたし……」
「んー、まあ、あの子はなあ。アレはそういう性格だってのは見ればわかるだろう? あれが芽衣だったら由里香が絡まない限り、危険な所に飛び込むなんて絶対しないぞぉ」
楓にもその光景が思い浮かんだのか、思わず納得してしまう。
確かにあの由里香にベッタリな芽衣だったら、敢えて危険な所に自ら突っ込んでいくことはないだろう。
「それに、里見は慶介が絡んでなければああした反応はしないだろお。別パーティーのメンバーだが、長井や石田だったらそれこそ絶対にスタコラ逃げるぞぉ」
言われてみると確かにその二人もそういった反応をするだろう。
今まで他人とまともに向かい合ってこなかった楓は、自然と人間関係に対して視線が狭まってしまう傾向があるようだ。
「あと、日本に帰りたくないというのも実は俺と同じだぁ」
「で、でも。ダンジョンに潜ってるのは、か、帰る手段を探しているから……ですよね?」
楓がそう尋ねると、北条は一拍置いてから答え始める。
「ま、お題目は一応そういうことになってるなぁ」
「そ、それが目的とは限らない、と?」
「その辺は人それぞれだろぅ。和泉や長井なんかは帰りたいと思ってるだろうがぁ、龍之介なんて見た感じ異世界生活をエンジョイしてるようだしなぁ」
「では北条さんの、目的はな、何なんですか?」
楓の質問を受けて、北条はいつもの暢気そうな表情から、何か眩しいものを見るような表情に変わる。
「俺ぁ……、そうだな。いい年したオッサンの言うセリフじゃないがぁ、基本的には龍之介とそう変わらん。もしかしたら、この世界はよくできた仮想現実の世界なのかもしれん。だがぁ、この手で魔法を使うってのは心に刺さるものがあるんだ」
そう語る北条の表情には、年不相応の少年のような面持ちがあった。
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