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第五章

第106話 失われた記憶

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 ザギィィンッ!

 北条が薙ぎ払った蝙蝠は、硬質な音を響かせながら地面へと叩きつけられる。
 その一撃が決め手となって、蝙蝠は光の粒子と共に消えていく。

「ふう、これで終わりっとぉ」

 軽くため息を吐きながら北条が周囲を見回すと、既に戦闘は終了していた。
 襲ってきたのは蝙蝠の魔物で、数は十匹以上はいたのだが、最早その程度では彼らにとって朝飯前といった所だ。
 ただし、蝙蝠の魔物ではあったが、一階や二階に出てきたケイブバットとも違うし、四階から出てきた赤黒い蝙蝠――ヴァンパイアバットとも異なっていた。

 実際に攻撃してみると分かるのだが、見た目以上にその体が硬いのだ。
 更に、時折体が薄い黄土色の光に包まれることがあり、その間は更に硬さが増しているようだった。

 常に光っている訳ではないので、恐らくはMPなどを消費して発動する防御スキルであろう。
 とはいえ、魔法に関しての防御力は変化ないようで、次々と飛んでくる魔法攻撃によって、蝙蝠達はどんどん撃ち落されていた。


「あれ、これってなんだろー?」

 硬い蝙蝠の魔物のドロップを漁っていた由里香が、拳大の石を掲げて疑問の声を上げる。

「む、こっちにも似たようなのがあるなぁ。んー、ドレドレっと……」

 北条も同じく魔物のドロップを拾い上げ観察を始める。
 見た目はそのまんま石であるが、一緒にドロップした魔石に比べると断然大きい。
 色は若干赤みがかっていて大分ごつごつした石だ。

「こいつぁ……恐らく何らかの鉱石だと思うんだがぁ、何の鉱石かまではわからん。こんなのをドロップするからあの蝙蝠は硬いんだろうなぁ」

 そう言いつつ北条は他のドロップも回収していく。
 蝙蝠十三匹の内、鉱石を落としたのは三匹。
 そして今までの蝙蝠系の魔物は、肉や羽などを時折ドロップしていたのだが、この硬蝙蝠はそういった部位は一切ドロップしていない。
 この鉱石がその代わりなのだろう。
 ドロップ率も他の蝙蝠が肉や羽を落とす確率に近い。

「なんとなくこのエリアがどんな感じか予想できてきたなぁ。よぉし、先に進むぞぉ」

 ドロップを回収し終えた北条達は、更に先へと進んでいく。
 その後、もう一度だけ硬蝙蝠の襲撃があったが、他には魔物の出現はなく入口・・まで辿り着く事ができた。


 すでにだいぶ前から視認は出来ていたのだが、彼らの眼の前には大きな山のようなものが聳え立っていた。
 今いる一本道は大分高い場所にあるようで、この道からはその山の頭頂部分も確認できる。
 その頭頂部の高さは、この道の走っている高さから測って、数十メートルといった所か。

 あやふやな目算なので、実際は百メートル近くあったり、それ以上の高さかもしれない。
 そして、一本道の終端部分は扇形に広がっていて、山肌と接続されている。
 その山肌部分には三つの穴――洞窟のようなものが開いていて、先へと続いているようだ。
 

「どの道にしよっか?」

 簡単な休憩を挟みながら、三つの洞窟の前にある広場で北条達は話し合っていた。

「んー、どっちみち全部探索する事になりそうだし、端からでいんじゃない?」

「そうね。マッピングする側としても、真ん中から行くよりはどちらか端からの方が助かるわね」

「んー……、じゃあ左端からで!」

「了解だぁ。あと十分ほど休憩したら左端から探索を再開だぁ」

 そういってその場で腰を下ろす北条。
 歩き疲れていたのか、陽子や咲良も後に続く。
 日本にいた頃はむき出しの土の地面に座ることなど、大人になるにつれてなくなっていくものだが、この世界で冒険者としてやっていくのならよくある日常の一コマに過ぎない。
 ふとそんな事を考えた陽子は、小さな笑みを浮かべる。

「ん、陽子さん。どうしたんですか?」

 そんな陽子に咲良が気付いたようで、質問を投げかける。

「いえね。ちょっと前までの自分からは考えられない状況だなあって、改めて思ってたのよ」

「それは、確かにそうですね……」

 咲良が控えめに肯定する。

「私、日本にいた頃は基本インドアだったから、外で何かするって事自体ほとんどしなかったのよね。最近は特に部屋で漫画やイラストばっかり描いていたから余計、ね」

「え、陽子さんって漫画家だったんですか!?」

 驚きの余り大きな声を出す咲良。
 その声につられて、周囲を見回っていた由里香と芽衣もこちらへと寄ってきた。

「…………」

 傍には初めからいたのか、咲良の声で近づいてきてたのか、楓もいつのまにか静かに佇んでいる。

「え、えっと、漫画家って訳でもないのよ。その、一部の人向けの……そのアレでナニな漫画を描いてただけって事。本業としてはイラストレーターの方ね。ホラ、いつだったかアンタ達も話してたでしょ。『好き魔!』のイラストを描いてたのって実は私だったりする訳よ」

「え、ええええええええっ! ほんとですかあ!?」

「隙間? すきますきま…………。ネギマが食べたくなってきたよー」

「お塩を振っただけのネギマならこっちでも作れそうね~」

「スキマ……イラスト……。んん? うううん…………」

 陽子の発言に単純に驚きの声を発する咲良に、お腹が減っているのか途中から食べ物の話にすり替わっている由里香達。
 そして小さな声で何やらブツブツと呟いている北条。
 特に何も反応を示していないのは楓だけ、というちょっとしたカオスな空間で、驚きから立ち返った咲良が怒涛の如く陽子に話かけていた。

 「あの作品すごい好きだったんです!」だの「イラストもすごいいいなーって思ってて、イラスト集も買ったんですよ!」だとか、オタク魂が刺激されたのか勢いはなかなか収まる気配がない。

 陽子は陽子で、自分の描いていたイラストが高評価されていた事に、大分表情筋を緩めながら咲良の話を聞いていたのだが、咲良の様子が途中でおかしくなった事に気付く。

「それでですね…………アレ? ええっと、あれ、なんていう名前のキャラだったかな。『好き魔!』で一番好きなキャラだったんですけど……」

 奥歯にものが挟まったような、何かを思い出せずもどかしそうな様子の咲良。
 それならば、と『好き魔!』のイラストを担当するにあたり、書籍化されたものだけでなく、原作のWEB小説まで熟読していた陽子が、代わりに覚えている特徴のヒントをもらい、そのキャラクターを当ててみようとした。

 しかし……。

「えっ……。アレ? ちょ、ちょっと待って……」

 しかし、今度は陽子の方まで様子が少しおかしくなってきた。

「えーとっ……」

「んーーーー。ぬうぬう……」

 二人してうんうん悶えるように唸りだす。
 声には出していないが、北条も何やら考え込んでいるようで、楓はいつも通り無言でそんな彼らの様子を見ている。
 由里香と芽衣は、焼き鳥の話から何故かボーリングの話に移っていて、以前二人で遊びに行ったときの事を話しているようだ。

 まとめ役がいない中、数分程この状態が続いた結果、結局咲良も陽子も『好き魔!』に関する記憶を引き出す事ができない事に気付く。
 タイトルだけは確実に覚えている。
 しかし、その内容に関する事だけはどうしても思い出す事ができなかった。

 これがちょっと読んだことある程度の人だったら、そんな不思議な事ではないのだが、本人曰く『好き魔!』の大大大大大ファンッ! を自称する咲良と、イラストを担当し、実際に作中のキャラクターをその手で幾つも描いてきた陽子が思い出せない、というのは異常なことだ。

「あの、北条さんも『好き魔!』の事を思い出せない感じですか?」

 何やら一人考え込んでいる北条を見て、同じ症状なのかと咲良が尋ねる。

「……いや。俺はそもそもその『好き魔!』という名前に覚えがない、はずだ……。ただ、何かその名前が頭の片隅に引っ掛かってる気がしてならん」

「そ、そうですか」

 いつにない真剣な目をした北条に、心の不意を突かれた気分になった咲良は、言葉短かに答える。

「二人して記憶が抜けているというのは確かに気になるが、とりあえず今はここの探索の方も気になる所だぁ。休憩は十分できたし、先にいこう」

 先ほどのマジな表情から一転して、何時もののらりくらりとした感じに戻った北条が、休憩の終わりと探索の再開を告げる。
 咲良も陽子も後ろ髪を引かれる想いだったが、このままでは幾ら考えても埒が明かない。

 こうして予定より少し遅くなった休憩時間を終え、北条達『サムライトラベラーズ』は左端にある洞窟の奥へと向かっていくのだった。




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