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第五章

第92話 範囲無双

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「ま、そーなるわよね」

 光を放つ魔法陣を凝視しながら、そこに現れた魔物を見ての陽子の第一声。
 そこには次々と姿を現すゴブリン達の姿があった。

 これも前知識として仕入れていたものだが、召喚罠部屋で召喚される魔物は、その階層と関係性のある魔物が出てくるのが基本だ。
 これまでゴブリンとは何度も迷宮内で出会っているというのに、ここでいきなりコボルトだのオークだのが出てくるということはまずない。


 とはいえ、前回に比べると、杖持ちや弓ゴブリン――ゴブリンアーチャーなどのの比率は高い。
 前回は十体中一、二体といった配分だったのに対し、今回は十体中の四、五体は俗に役職付きと呼ばれるゴブリン達だった。

 更に北条によると、一見通常のゴブリンよりすこし体が大きい程度の、ダガーを持ったゴブリンは、ゴブリンにおける盗賊種である、ゴブリンスカウトだろうという話だ。

 ダンジョン産の魔物はダンジョン内にある罠にかかる事がない。
 人の手によって発動された状態の罠に誘い込めば、ダンジョン産の魔物だろうとダメージを負ったりはする。

 だが、基本的にはダンジョンに出てくるゴブリンスカウトというのは、その一番の持ち味を活かす事ができず、冒険者からしたら相手しやすいだけのちょっとお得な魔物となっている。

 そんなゴブリンスカウトの姿もちらほらと見えているが、気になるのは一体だけいるホブゴブリン――正確にはケイブホブゴブリン――だろうか。
 呼び出されたばかりの魔物達は、一様に眠りから覚めたばかりのように、動きや反応が鈍い。
 その隙を狙って容赦なく範囲攻撃の嵐が吹き荒れる。

「い、いきます……。 【火遁の術】」

「いっくよ~! 【ライトニングボルト】」

「そおれ、ザクザクッとなぁ。 【エアーダンス】」

 炎が、雷が、風の刃が、縦横微塵にダンジョン内で荒れ狂う。

 単発攻撃魔法と比べ、ただでさえ派手な見た目の範囲魔法を、三つも重ねて使用するとなると、低ランクの魔法とはいえ中々のファンタジーな光景が広がる事になる。
 そこかしこで魔法攻撃によって息絶えるゴブリンが続出し、二十体以上現れたゴブリン達の半数以上が、最初の魔法攻撃だけで死に絶えた。

「えーと、アイツがいいかな。 【炎の矢】」

「私は……弱った敵を狙っていけばいいわね」

 這う這うの体といったゴブリン達に、更に無慈悲な攻撃が仕掛けられる。
 咲良の放つ"火魔法"は毎度お馴染みだが、今回は更に陽子による、投げナイフの投擲攻撃が加わっている。

 《鉱山都市グリーク》で仕入れた、魔法の杖による近接戦闘も訓練を始めているのだが、実戦だとあくまで身を守るためとしての手段になるので、前衛と一緒に杖で攻撃に加われるほどではない。
 しかし攻撃魔法や治癒魔法を持たず、支援魔法は一度かければしばらくは持続するので、戦闘中にどうしても手持無沙汰になってしまう。

 その事を北条に相談した陽子が提案されたのがこの投げナイフだった。
 投げナイフなどの投擲武器にもスキル"投擲術"というものが存在し、闘技スキルもきちんと存在している。

 この投擲という攻撃方法は、陽子の好みは置いておくとして、彼女に非常に合ったものだった。
 現在も展開している物理と魔法の結界。その内、物理の結界の一部だけを器用に一部開ける。

 そこから外部へと向けて、【アイテムボックス】から次々と投げナイフを取り出し投げるだけという、安全でお手頃な攻撃だ。
 投げている投げナイフは、北条と相談した後に追加で購入したもので、今の所【アイテムボックス】内に十本収納されている。

 ゆくゆくはもっと数を増やしていって、尽きる事のない投擲攻撃(バリア付き)という、夢のコンボを完成させてみたいものだ。

 ただ今の所、"投擲術"のスキルはまだ生えていないようで、レベルアップによって向上したフィジカルのみで投げまくっている。
 これを繰り返していけば、すぐにでもスキルの方は取得できるだろう。

「あっ……」

 不意に咲良の口からやってしまった、といった声が漏れる。
 彼女の視線の先では、先ほどの【炎の矢】をまともに被弾した事によって、光の粒子となって消えていく、ケイブホブゴブリンの姿が見える。

「えーと、ボスやっちゃったかも?」

 なんともまあ、前回の苦戦が嘘のようにあっさりと、ケイブホブゴブリンを仕留めてしまった北条達。
 一瞬気の抜けたムードが漂う中、北条だけは逆に引き締めた顔をしながら叫んだ。

「……恐らく今のはボスではないぞぉ。次出てくる奴に向けて範囲魔法の準備だぁ」

 そう北条が口にするのとほぼ同時に再び魔法陣が各所に展開され、次のゴブリンが補充されていく。
 相変わらず役職付きの数は多いが、今回は更にケイブホブゴブリンが三体。
 更には他のホブゴブよりガタイはよくないが、細身で同身長位のゴブリンも一体召喚されていた。

「っ! あれはゴブリンチーフだぁ。奴は同族を強化するスキルを持つ。今後は雑魚ゴブリンでも一段注意力を上げて対処だぁ」

 咲良や陽子など、前回のゴブリン村征伐戦で直接ゴブリンチーフを確認していない後衛組は、一瞬動揺を見せたものの、すぐに気を取り戻して戦況を窺いはじめる。

「なあに、多少強化されようが、所詮相手はゴブリンだぁ。それより範囲いくぞぉ。 【エアーダンス】」

 まだまだ余裕の表情を見せている北条は、味方を鼓舞する声を上げながら範囲魔法を放った。
 少し遅れて芽衣と楓の範囲魔法、それから咲良の単体攻撃魔法がさく裂し、またも十体ほどのゴブリン達が瞬時に息絶えていく。

 前回のゴブリンチーフ戦では、周囲のゴブリンはただの役職付きのゴブリンではなく、ホブゴブリンメイジなど一段上のホブゴブリン系統で固められていた。
 ノーマル種は一体もおらず、前衛として突っ込んできたのも、全てホブゴブリンやホブゴブリンスカウトなどだった。

 メンバーや状況が大きく異なるとはいえ、それに比べたら今回の召喚罠部屋はまだまだぬるい。
 ……ただ敵の数だけは多いので、油断は禁物ではあるが。



 今も陽子の結界をベースに布陣している北条達の元へ、ゴブリン達が駆け寄ってきていた。
 範囲魔法で大きなダメージを与えているとはいえ、その全てを討ち取れた訳ではなく、被弾しつつもこちらへと向かってくるモノ。或いは運よくまったくダメージを負わずにこちらに向かってくるモノもいた。

 そういったゴブリン達に北条と由里香、それと芽衣の召喚した魔物が立ちはだかる。

「よおっし。ようやく出番っすね! 早速行くっす!」

 口にするなり鉄砲玉のごとくびゅんと飛び出していく由里香に、前に出すぎないようにと北条が注意する。

 すでにフラフラな状態の敵も多いせいか、もしくは単純に由里香の攻撃力も上がっているのか、大して打ち合うこともなく、次々と近寄って来るゴブリンを叩きのめしていく由里香。

 ゴブリンチーフの"同族強化"によって強化されているはずのゴブリン達も、俊敏に動き回る由里香相手では、まともに攻撃を当てることもできずにいた。

 他方では芽衣の召喚した魔物も活躍をしていた。
 このダンジョン近辺の森に生息している『フォレストウルフ』という狼系の魔物。その直近の上位種である『フォレストファングウルフ』を二体召喚した芽衣は、基本的に細かな指示は出さず、自分達のいる方へ近寄って来る敵だけを倒せと命じ、自身は魔法攻撃の方に集中している。

 このフォレストファングウルフというのは上位種とはいえど、通常のフォレストウルフとそこまで大きく能力に差がある訳ではなく、ランクとしてはGランクの魔物となる。

 そこに芽衣が転職時に取得した"従属強化"による強化と、陽子の"付与魔法"によるバフによって、"同族強化"されたゴブリン達を上回る能力を発揮していた。

「うー、ワンちゃんかわいーー」

「っとぉ、戦闘中に余所見はするなよぉー」

 自分とは少し離れた場所で奮闘している『フォレストファングウルフ』を見て、つい見とれてしまった由里香に、ゴブリンアーチャーの矢が飛来してくる。
 そこを慌てた様子で北条が槍を振るい、飛んできた矢を叩き落とす。

「わ、すいませんっす!」

 すぐに由里香も目の前の戦闘に集中を取り戻していく。
 一方、矢を放ってきたゴブリンアーチャーには、芽衣の【雷の矢】がすでに仕返しとばかりに放たれていた。
 そうして近寄って来るゴブリン達を次々と打ち破っていくと、再び魔法陣の光が室内を覆い始める。

「フゥッ! っと。どうやらおかわりがくるみたいだぞぉ。範囲魔法の準備開始ぃ!」

 襲いかかってきたゴブリンスカウトが攻撃の間合いに入る前に、リーチの長い槍による攻撃で脳天を貫き即死させる北条。
 と同時に、新たな召喚の気配を感じ、すぐさま仲間へ指示を出すのも忘れない。

 楓などは、近接戦闘をしながらの"忍術"発動にまだ自信が持てないようで、今は少し離れた中衛の位置で、"影術"によるサポートを行っていた。
 そこに北条の合図の声を聞いて、再び範囲攻撃のための術を練り始める。

 術系統も魔法と同様に発動までには時間がかかる。
 一応発動時間自体も魔法に比べれば短く済むし、魔法名を唱えなくていいのも利点ではあるが、集中をして術構成を練るという工程は魔法とそう変わらないのだ。

「んじゃあ、本日三回目の範囲魔法をくらいやがれぇ。 【エアーダンス】」

 しかし北条は近接戦闘をこなしながらも器用に魔法を発動させていた。
 その様子に自らの未熟さを感じた楓は、戦闘しながらの術発動を今後の課題と定めつつ、【火遁の術】を発動させる。

 既に多くのゴブリンが倒されているが、戦いはまだまだこれからであった。



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