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第四章

第78話 因縁の相手

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「それで、作戦はどうするんだ?」

 緊張した面持ちで話しかける信也。
 それは何も信也だけでなく、他の面々も同様だった。
 先ほどまでの、くだらない会話などを挟みながらの気楽な旅とは異なる、張りつめた空気が漂っている。

「作戦を立てる前に、もう少し緊張を解いてくれぃ。警戒してるのが相手に伝わっちまうぞぉ」

「そうですよ~。由里香ちゃんもほら、どう、どう……」

「って芽衣ちゃん、あたしを凶暴な動物みたいにあつかわないでよー」

 いつも通りの芽衣と由里香のやり取りに、若干その場の空気が和らいでいく。
 その変化を感じ取った北条は、簡単な作戦をみんなに伝えた。

「作戦だがぁ、今から複雑な作戦を立てている暇はねぇ。恐らく相手はこちらを引き付けてから、弓矢などでまずは攻撃をしかけてくるはずだぁ。そうしたら俺は進行方向の右側にある林の方につっこんで、賊を潰す。残りの面子は左方に魔法攻撃しつつ突っ込んでくれぃ」

「そんな、北条さん一人で敵の所に飛び込むんですか?」

 メアリーが驚きのせいか思わず大きな声を上げる。

「ああ、俺の心配はいらねぇ。どうにもスキル"成長"のせいか知らんが、やたら調子がよくなる一方でなぁ。過信は禁物だが、今なら何でもできる気がするぞぉ」

 ここにいるジョーディを除くみんなは、実際に北条がどんな場面でも危なげなく事態を解決してきた事を知っている。
 そのせいなのか、本人が持つオーラのようなものでも感じているのか、北条に対しては謎の安心感を抱く者も多い。

 メアリーも北条に対して、荒事に対する信頼感はあるのだが、どうしてもその性格上、相手を気にしてしまうのを止められない。

「そう、ですか……。でも絶対に無理だけはしないでくださいね」

「あぁ、そのつもりだぁ。というか、俺ぁ危険だと感じたら即座に逃げるタイプだぞぉ、これでも」

 どうも当人は本気で言っているのだが、周囲の者は冗談と受け取ったようで小さな笑みを浮かべる。

「ああ、そうそう。今のうちに私の魔法もかけておいたほうが良さそうね」

 そう言うと陽子は【物理結界】と【魔法結界】に二重の結界を張る。

「あとは前衛の人に【筋力増強】と【敏捷増強】をかけていくわね」

 更に"付与魔法"で、北条や由里香など前衛に強化魔法をかけていく陽子。
 緊迫した事態ではあったが、どうやら前回の反省を活かし、今回は事前にこうした魔法の準備をする心の余裕も生まれていたようだ。

 これらの魔法は効果時間の拡大を意識せずに普通に使うと、大体十数分は効果が持続するようだが、今回陽子はMPを多めにつぎ込むイメージで、更にもう少し効果時間を伸ばすようにしていた。


「うし、じゃあいこうぜ!」

 初めは少し緊張していた様子の龍之介も、準備が万端に整うと多少余裕も出てきたようだった。
 龍之介のその発言から数分後、彼らの元に風を切る音を発しながら、幾本かの矢が飛来してくる。
 しかしこちらに命中しそうになった矢は全て【物理結界】によって完全に弾かれる。

 ただ飛んできたのは矢だけではなかった。
 右手からは【炎の矢】が、左手からは【土弾】と思われるものが飛来してくる。
 だがこれら魔法攻撃ですらも、陽子の【魔法結界】が完全に防いでいく。
 矢だけでなく魔法まで飛んできたことに、北条も多少驚きの表情を見せていたが、

「よおし、では後は任せたぁ」

 と声を張り上げると、勇猛果敢にまばらに飛んでくる矢の中を走り抜け、道の右側にある林へと向かう。
 突っ込んでいく北条に向けて、引き続き【炎の矢】も飛んでくるのだが、発動に時間がかかる為その頻度は少ない。

 しかも北条は飛んできた【炎の矢】に対し、【ウィンドブロー】で発生させた強風でもって、軌道を反らしつつ前身を緩めない。
 軌道を反らされた【炎の矢】は地面へと着弾し、その場で軽く燃えた後、魔法で作られた炎はすぐに消えてしまう。

「……って、私達も反撃いくわよ!」

 その様子に思わず注意力がそちらへ傾いてしまい、手筈を忘れかけていた咲良が慌てて道の左側、矢や魔法が飛んできた方へ向けて魔法の発動を開始する。
 すでに石田の【闇弾】は相手のいる辺りに向かって飛んでいっており、相手が動揺する様子がこちらにも伝わってきた。

 更にそこに芽衣の【雷の矢】、信也の【光弾】、慶介の【水弾】、更に"エレメンタルマスター"のスキルによって強化されている、咲良の【炎の矢】までが我先にと敵の元へと飛んでいく。

 このティルリンティの世界では魔術士や神官は全くいないという訳ではないが、数はそう多くはない。
 冒険者パーティーでも、それら魔法が一つも使えないメンバーで構成されたパーティーも存在する位だ。

 ただ、神官に比べて魔術士はまだ数が多いので、中級冒険者ともなれば大抵パーティーに一人は魔術師が在籍するようにはなるが、それでも一人……多くても二人だ。
 それがこの十三人の小集団の中に五人も魔術士が存在し、更にそれらが全て異なる属性の魔法を使ってくるというのは、通常考えられない事であった。

 この魔法の一斉射撃だけで、相手はかなり混乱したようで、様子を見ていた龍之介はその隙に敵の元へとダッシュで駆け寄り始めた。
 ほぼ同時に由里香も、そして少し遅れて信也も龍之介の後に続く。

 更にひっそりと"影術"で存在感が希薄になっている楓も、一緒に敵の元へと向かっていたのだが、味方である信也達ですらその存在に気付いてはいなかった。

 相手が混乱してる間にも龍之介達は距離を詰め、ようやく相手も反撃をしようと矢を番えた頃に、咲良らの魔法の第二射が着弾し、弓を持っていた男が地面に倒れ落ちる。

 龍之介は弓を投げ捨て、剣を構え始めた剣士の男と戦闘を始めていた。
 訓練場で行う木製の模擬武器とは違う、冷たい金属の光を放つ武器を持つ相手に、龍之介の動きは若干硬くなっている。

「……ハッ!」

 しかし相手の剣士は、そんな不慣れな様子の龍之介の様子を見ても油断する事なく、慎重に剣を振るってくる。
 陽子の"付与魔法"で敏捷が強化されていなかったら、何度か確実に肉にまで届くような攻撃をどうにかしのぎながらも、龍之介の持つスキル"剣神の祝福"は、急速に龍之介の対人における剣の動かし方というものを学ばせていく。

 また時折危ない場面になると、どこからともなく黒い手が現れ、相手の剣士の動きを制限した。
 龍之介は「そういえばいたなー。さんきゅー」と独白しながら、徐々に余裕が出てくるのを感じ始めた。

 いや、正確に表現するならば、きつい状態だったのが、通常の状態になっただけ位なのだが、それでも精神的に大分気持ちも楽になり、相手の剣筋を見る余裕すら生まれてきた。


 一方、信也と由里香は向かい合った二人の男達相手に、手に持った武器ではなく、言葉を交わしあっていた。

「テメーがこっちに向かってくるとはついてるぜ、ヘヘヘッ」

「お、お前は……!?」 

 向かい合った相手の男は、二人とも信也の見知った相手だった。
 その見知った二人の他に、少し離れた場所ではバラバラに二人の男が地面に倒れており、それはどうやら咲良らの魔法の攻撃による"成果"らしい。

 その内、片方の杖を持った男の方は、地面に倒れ伏したままピクリとも動く気配がない。
 自分達の行動によって、人の命を奪ったかもしれないという思いが、信也に重くのしかかる。

「なんで、こんな所にいるんだ!」

「へっ、元々はここまでするつもりはなかったんだがよお。偶々北街でお前達を見つけた時は、ただ後をつけていってボコボコにした後、身ぐるみ剥いで投げ捨てるだけのつもりだったんだが……」

 そう言いながら、視線を少し離れた場所で剣士と対峙している龍之介の方へと向ける。

「あのお前の仲間のガキが〈魔法の袋〉を使っているのを見かけちまってなあ。その時点でテメエ達の運命は決まった…………そう思ってたのによお」

 ザンッ!

 苛立たしそうに地面に自前の斧を打ち付ける。

「魔術士が何人もいるなんざ聞いてねえぜ。あのヘボ野郎がああっ!!」

 ここにはいない、恐らく彼らの仲間である男に対して恨み言を発する男。
 
「俺もてっきりもう終わりだと思ってたんだが……不幸中の幸いってヤツかあ?」

 そんな事を言いながらも、手にした斧を持って唐突に斬りかかって来る男――ガングズは、相変わらず見た目によらない俊敏さでもって信也へと迫る。

 しかし今回は信也も"付与魔法"による強化を受けているため、そして何より前回の経験とその後の訓練によって、前回とは見違えるようにガングズとやりあう事が出来ていた。
 そして残った細身の男――デリンクは、必然的に由里香とやりあう事になる。

「ちっ、このクソガキ。ちょこまかしやがって!」

 同じく魔法によって敏捷が強化された由里香は、ましらの如く相手を翻弄した動きを見せる。
 というより、魔法の強化がなくても、天恵スキルで強化された由里香の身体能力なら、十分やりあえたかもしれない。

 信也と相手の関係性について、由里香はまだ関連性を見出す事が出来ていなかったが、とにかくこいつらを倒せばいいやと、今までの経験の全てをぶつけていく由里香。

 デリンクはまるで生きたサンドバッグのように殴られ続け、次々と全身に新しい痣や骨折が生まれていく。
 せっかく大枚叩いて治療を施したあばら骨にも容赦なく由里香の拳が突き刺さり、再びポキッ、ポキッっと簡単に折れていく。

 信也の方も基本的なステータスの問題で押されがちではあったが、相手がどうも本気で殺そうとする動きを見せていないせいで、幾つかかすり傷を負った程度で済んでいた。

(ちいっ! こいつを人質にとって逃げようと思ったのに、意外とやるじゃねーか、クソがあああ!)

 そんな事を考えていたガングズだが、すでにデリンクは少女にぼっこぼこにされており、親分に次いで二番目に強かった剣士の男も、ガキ相手に押され始めている。

 このままではじきに自分が不利になるのは目に見えており、最早人質などと言ってられない! そう判断したガングズは作戦を変え、今度は殺すつもりで信也に襲いかかってきた。
 突然重圧を増してきた攻撃に、それまでかろうじて持ちこたえていた信也が途端劣勢に晒される。

「くっ……これは、まずい」

 信也の額に嫌な汗が流れ始める。
 脂肪がたっぷりつまってそうな巨漢のデブの割に、ガングズの動きは素早く、そして見た目通りにその一撃は重い。
 そんな折、真上からの叩きつけるような斧の一撃を、かろうじて剣で受け止める事で防ぐ事が出来た信也だったが、相手の攻撃が余りに強すぎて完全に態勢を崩してしまった。

「よし、もらったあああ。しねええええい!」

 そう言って斧の攻撃スキル――闘技スキルとも呼ばれる――の基本である【クラッシュ】を使ってくるガングズ。

「……くっ」

 ガングズのスタミナと共に、MPをも奪い取って発動されたその闘技スキルが絶望的に信也に迫る。
 しかし、信也は無意識のうちに、自分も同様に剣の基本闘技スキルである【スラッシュ】を放っていた。

 剣より斧の方が重く、実際に振り下ろす速度も遅いのだが、この場合先に攻撃をしかけたのはガングズであり、更に信也は態勢も崩している。
 一応心持ち体を捻り、少しでも避けようとする動きはしているのだが、このままでは先に大ダメージを食らうのは信也の方だろう。

 いや、大ダメージで済むのならまだマシだ。
 まともに食らえばあの時・・・以上のダメージを一度に受けてしまい、そのまま命を奪われる事も十分ありえた。

 やけに相手の斧の動きがゆっくりに見える。
 そこから急に異世界に転移してからの出来事が、超早送りで脳内を駆け巡っていくのを信也は感じた。

(走馬灯ってやつか……?)

 キツイ事も多々あったが、なんだかんだで楽しかった事もあった。
 次々と浮かんでくる情景を見ながらそんな事を考えていた信也は、最後にどアップで映った陽子が、何かを叫んでいるのが映っていた。

(何だ……? 何を言ってるんだ)

 初めは陽炎のように現実感の無かったその声は、段々鮮明に聞こえてくるようになってきた。
 そして、最後の言葉だけは信也の脳裏に……いや耳朶にしっかりと届いた。

「――今度こそは! 後悔したり、しないわ! 【物理結界】」

  直後、信也の前面にだけ・・・・・範囲を縮小調整されて、より強度を増した【物理結界】が張られ、ガングズのスキルの一撃をほぼ全て受け切った。
 ただ完全には防ぎきれなかったので、勢いが弱まった斧の刃先が信也の纏うハードレザーアーマーに傷を付けたが、信也自身にはダメージは通っていない。

 逆に直前に信也が放った【スラッシュ】は、ガングズの喉元を綺麗に切り裂き、開いた傷口からは多量の血が迸って、信也に向かって降り注ぐ。
 しかし信也は飛んでくる血を防ごうとする動きも、その場から離れようとする動きも見せず、ただただ剣を持つ自分の右手をじっとみつめていた。

 やがてズドーンと大きな音を立てガングズが地に倒れると、既にデリンクをフルボッコにしていた由里香と、最後の最後で咲良による支援の攻撃魔法で止めを持っていかれた龍之介が、信也の元へと集まってくるのだった。



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