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第四章
第72話 テイルベアー討伐戦
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「ちっ、こいつぁヒデーなぁ……」
北条達が現場にたどり着いた時、そこにはショッキングな光景が彼らを待ち受けていた。
鋭く硬いテイルベアーの爪に裂かれたのか、幾人もの鉱夫達が、体のあちこちを切り裂かれて息絶えている。
中にはこれといった外傷が見当たらない者もいるが、息のある者は一人も残っていない。
そして、この悪夢を引き起こした元凶は、食事の真っ最中だった。
グチャ……クチャ……。
咀嚼音がここまで聞こえてくる。
器用に片手で元鉱夫の脚を掴み、はらわたを美味しそうに食べているテイルベアー。
すでに上半身の大半が食べられた後なのか、それともそこいらに散らばっているのか、へそより上部は見当たらない。
三人が姿を見せたというのに構わず食事を続けるその口元は、血で真っ赤に染まっており、一体どれだけの肉片がその胃の中に納まっていることだろうか。
その余りの生々しい、そしてグロテスクな光景に龍之介は胃から酸っぱいものがこみ上げてくるのを必死で堪えた。
だが、その真っ青な顔色までは隠し切れず、龍之介の様子をちらりと見たトムは、これは無理そうかと判断。北条へ向けて声をかける。
「俺が盾役をやる! あんたは隙をついて攻撃するなり、魔法を撃ちこむなりして、援護を頼む」
北条の方を見ながらそう指示を出したトムは、北条からの了解の返事が返ってくると同時に、太もも辺りの肉を食いちぎっていたテイルベアーに向けて、しょっぱならから"スラスト"のスキルを使い攻撃を仕掛ける。
"スラスト"は槍の攻撃スキルの中では、基本中の基本とされているスキルで、剣における"スラッシュ"と同じ立ち位置にある。
こういった基本的な攻撃スキルは、それぞれの武器に応じた動作、剣だったら"斬る"槍だったら"突く"という、基本的な動作をするだけの、見た目的には地味なスキルだ。
しかし、それ故にこれら基本スキルを見れば、その使い手の力量というものが、自ずと見えてくると言われている。
トムの放った"スラスト"は、同じ槍を使う北条のそれより鋭さが一段上であり、食事に気を取られている今なら防ぎようはないだろう、と思われた。
しかし、テイルベアーはトムの攻撃に気付くと、咄嗟に手に持っていた、膝下までしかなくなっている鉱夫の足を、トムへと向けて投げつけてくる。
と同時に、その巨体に見合わぬ俊敏さを見せて、後ろへとバックステップを踏む。
飛んできた鉱夫の足を躱しながら、"スラスト"を放つトムだったが、咄嗟の反応で後ろに下がられた分だけ槍が届かず、テイルベアーの分厚い体毛と皮膚を軽く貫いただけで、期待していたほどのダメージを与えることが出来ずにいた。
「グァアルルルルルッッ!!」
しかし、僅かなダメージとはいえ傷つけられた事に怒りの声を上げ、反射的にその凶悪なかぎ爪を振るおうとするテイルベアー。
そこに、
「そうはさせんよぉ。【風の刃】」
北条の魔法によって生み出された、目には見えない風で出来た刃が、真っすぐテイルベアーへと向かい飛んでいき、見事顔面を捉える事に成功する。
そして先ほどよりも大きな呻き声をあげ、顔を手で押さえる動作をするテイルベアー。
このチャンスを逃すはずもなく、トムが再び"スラスト"でテイルベアーの心臓辺りを狙い、今度は後ろに下がられても対応できるように、しっかり踏み込みを入れて至近距離から槍を突き刺しにかかる。
「かはぁっ……」
だが、次に苦悶の声を上げたのはテイルベアーではなくトムの方だった。
トムの"スラスト"が決まろうとした直前、至近距離まで近寄っていたトムに向けて、テイルベアーの"テイルシェイク"が決まっていたのだ。
"テイルシェイク"は、単純に尻尾を思いっきり振るって、範囲内の敵を一斉に薙ぎ払うという範囲攻撃スキルの一種で、他のスキルの範囲攻撃同様に、基本的に単体攻撃のスキルより威力は低い。
しかし、Dランクの魔物であるテイルベアーの攻撃は、冒険者ランクに換算するとEランク程度の実力しかないトムにとって、決して軽くはないダメージを与える結果となる。
そのため、"テイルシェイク"を不意打ち気味に食らって十メートル程吹き飛んだトムは、数舜の間意識を手放してしまう。
一対一の戦いであるならば、致命的ともいえるその時間。
とはいえ、吹っ飛ばされた事によって距離自体は離されているので、すぐに追撃される危険はなかった。
更に言えば、テイルベアーの怒りの矛先はトムではなく、北条の方へと向いていた為、トムは事なきを得た。
「ヴヴヴォォォオオオオッッ!」
テイルベアーが再び"ベアーハウル"による咆哮を上げる。
これは最初に意図的に使ったものとは異なり、今回のは眼前の敵に対する憎悪から無意識に発したものだった。
再び周辺に轟く凶声により、若干落ち着きを取り戻していた龍之介が再びダウン。
この場にいる北条らには預かり知らぬ所ではあるが、こちらの方へと向かって近づいてきていた、ムルーダ達の足をも一旦止めていた。
しかし、北条は相変わらずその声の影響は受けていないようで、徐々に距離を詰めてくるテイルベアーに対し、槍を手に構えを取った態勢で様子をみている。
一方テイルベアーは、先ほど顔面に食らった【風の刃】による魔法のダメージで、右目を含む顔の右半分を、血がポタポタと流れだすほどの傷を負っており、血にまみれたその右目はちゃんと見えているか疑わしい。
その事を念頭において北条は魔法による追撃ではなく、槍による積極的な攻勢に出る事を決める。
相手の右方――北条からは左方の方から回り込む形で接近し、視野角的に死角となりそうな位置から、槍を何度も突き刺していく北条。
種族は異なるが、フクロウなど視野角が異様に広い生物もいるので、その位置が死角と判断するのは実は危険である。
だが、幸いにも負傷した右目のせいでほとんど見えていないのか、煩わしそうに右腕で自身の身を守るようにしながら、槍の出どころの方へと強引に突き進むテイルベアー。
そんな捨て身の移動に対し、こちらも歩調を合わせながらも絶妙な槍の間合いを保ち続ける北条。
「俺も忘れてもらっちゃ困る。 "スラスト"」
そこに、意識を取り戻し反対側から近寄っていたトムが、テイルベアーの首筋に向けてスキルを放つ。
風を切る音を上げながら、槍の穂先が全て埋まるほど見事に決まったその刺突によって、大量の血しぶきがその首元から迸る。
痛みの為か、憎しみの為か、大きな唸り声を上げながら左手で首元を抑えるテイルベアー。
しかし、トムも北条も迂闊に近寄って止めを刺そうという動きは見せていない。
致命傷……少なくとも大きなダメージを与えた事は間違いないだろうが、手負いの獣の恐ろしさを知るトムは決して油断などはしなかったし、北条もトム程ではないがそうした危険性が脳裏によぎっていた。
それに北条の場合、遠距離からでも魔法による攻撃も可能であるので、この場面で無理に近寄る必要はない。
槍の間合いから更に遠ざかった北条は、【風の刃】をチクチクと当てる戦法に切り替え、トムの方も無闇に攻めようとせず遠間からの攻撃に終始していた。
出会ってばかりで連携も拙い二人である。援護の為とはいえ背後からビュンビュン攻撃魔法が飛んでくる中で、接近戦を挑む勇気はトムにはなかったし、現状ではその必要もなかった。
「グゥオオオオオン」
そうした、着実に相手の息の根を止める戦いを、更に十分程続けた結果、最後に力なく無念そうな鳴き声を上げるテイルベアー。
そして、ようやくその巨体を大地へと打ち付けるように倒れ込み、完全に動きを止めた。
「ハァ……ハァ……、どうにか、なったようだな……」
息を切らせたトムの声に、ようやく激闘に終止符が付いた事が実感となってその場にいた者へと沸いてくる。
テイルベアーとの戦闘時間そのものはそう長くはなかったが、格上との戦闘によって通常以上に負担があったのか、或いはそれまでのゴブリンとの戦いによる疲れもあったのか、トムは腰が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「いやぁ、タフだったなぁ、こいつはー」
そう口にする北条自体も、見た目的にはさほど疲れを感じてなさそうではあるが、あの首への一撃から、なお十分近く戦い続けるとは思っていなかったようだ。
もっとも二人が積極的に攻めていけば、もう少し戦闘時間は早まったとは思われるが……。
龍之介はそんな二人のやり取りをみて、はがゆい気持ちでいっぱいだった。
途中から"ベアーハウル"の影響はほとんど抜けていたものの、近距離職であり、槍よりも間合いの短い剣を扱う龍之介は、二人がテイルベアーを追い詰めていくのを、ただ見ているしかなかった。
「いつか……いつかあの熊公を一人で倒してみせるっ!」
そう強く心に誓う龍之介であった。
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