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第四章

第69話 ゴブリン村征伐戦 その2

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「――――【エアーダンス】」

 北条が魔法名を唱えると、ゴブリン村の中でも特に集団で固まっていた地点を、無数の風の刃が襲いかかった。

「FD#VCN!」 「H(DML#SL!!」

 突然の出来事にゴブリン達は驚き戸惑っている。
 一定の範囲内に風の刃を躍らせて複数の敵を切り裂く範囲攻撃魔法【エアーダンス】は、威力としてはそう高いものではないのだが、ゴブリン程度の相手なら十分通用する魔法だ。

 現に北条の魔法によって何体かのゴブリンが行動不能な状態にまで陥っていた。
 更にそこへ、【雷の矢】、【光弾】、【炎の矢】などと次々追加で魔法が放たれる。
 再び響き渡るゴブリン達の悲鳴。
 弓担当の方も【パワーショット】など弓の闘技スキルを使い敵を撃ち減らしていく。

 それらの狙いは勿論厄介な役職付きのゴブリンだ。
 ただ、ダンジョンで出会った時と違い、ゴブリンメイジだからといって必ず杖を持っている訳でもないので、その見分けは少し難しかった。

 だが、ゴブリン社会にも身分差という概念でもあるのか、普通のゴブリンに比べてゴブリンメイジなどは、若干いい装備を身に着けている事が多い。
 もう少し距離が近ければある程度見分けも付きやすくはなるのだが、今はそれを判断材料にして攻撃するほかない。


「おおぅ、こうして見ると結構数がいるなぁ。【風の刃】」

「それよりも、北条さん範囲魔法使えましたね! 隠れて練習でもしてたんですか? 【炎の矢】」

「む~、わたしにも範囲魔法のコツを教えてほしい~。【雷の矢】」

 会話を挟みながら魔法を撃ち続ける三人の姿はどこかほんわかしており、すぐ目の前の戦場の様子とは真逆であった。
 すでに、最初の北条の魔法を皮切りに三方から部隊が攻め入っており、一部混乱から立ち直り始めたゴブリン達が、態勢を整え始めていた。

 その中心となっているのは、ゴブリン村の中央やや北側で指揮を執っているゴブリンだろう。
 下から攻め入っている前衛部隊から見えているかは分からないが、高台にあるこの位置からだとその姿がよく確認できる。

 その姿は洞窟内で出会ったホブゴブリンに似ているようだが、頭部に僅かに角らしきものが生えているのが見えた。

「あそこにいるのがボス、ですか? 【水弾】」

 慶介が魔法を放ちながら近くで矢を撃っている衛士の男に尋ねる。

「はい。あれは恐らくゴブリンチーフだと思われます」

 彼から見れば幼い子供にしか見えないだろうに、その衛士は丁寧に質問に答えてくれた。
 ゴブリンチーフはゴブリンの指揮官系統の中では最弱ではあるが、冒険者ギルドでの基準ではEランクであり、今まで戦ってきた魔物の中では一番上のランクになる。

 強さ的にはホブゴブリンと同等か、ちょっと強い程度の力しか持っていないが、何より一番厄介なのは"同族強化"というスキルを使ってくることだ。
 これはその名の通り、自分を中心として、その周囲にいる同族の相手に対して効果を発揮し、影響を受けた者はみんな身体能力が向上するという。

 魔物の中でも指揮官系統と呼ばれるやつがよく所持しているスキルで、何故か人間には使える者はいない。
 代わりに人間にも"指揮"や"統率"などといった同系統のスキルが存在するが、生憎とトム衛士長を初めとした衛士達は誰一人そのスキルを所持していない。

 ゴブリンチーフの説明を受けた信也達は、どうにかして先にゴブリンチーフを倒そうとするのだが、魔法は元々射程外であるし、弓矢に対しては粗末な建物の陰に移動したり、或いは仲間を盾にしたりで効果が出ていない。
 "同族強化"による強化はそこまで目に見えて変わる程ではないのだが、それでも指揮官を討つことの意味は大きい。


「突撃ぃぃぃいっっっ!!」

「B(HKVMLFJ)DH$DNKA!!」

 戦場では荒々しい鉱夫達とゴブリン達による戦闘が続いていた。
 すでに乱戦となり、敵味方入り乱れての戦いは、ノーマルゴブリンの身長が低いため同士討ちなどの危険性も少なく、非常にやりやすいと言える。
 だが逆の視点からすると、人間は的が大きいので攻撃を当てやすいとも言えた。

 時折ゴブリンアーチャーからの弓矢が飛んできたり、ゴブリンスカウトによる投擲攻撃を受けて負傷する鉱夫も出始める。
 その都度、村の東の遠距離部隊から、魔法や弓矢でそういった役職持ちを打ち取ってはくれる。

 ……だが、中にはノーマルゴブリンが適当にそこらの石などを投げてきたりして、これがまともな防具を身に着けていない鉱夫達には地味に効いた。
 すでに全体を通して何名かは治癒魔法を受けに村の東へと運ばれている。
 しかし、今の所死者はなく、作戦は順調に推移していると言えた。


「ていや!」

 中でも由里香はその身軽な動きで次々とゴブリンを討ち取っている。

「俺も負けてられねーぜ! オラオラオラァァァッ」

 そんな由里香に負けてなるかと、龍之介やムルーダ達も発奮して次々と敵を打ち倒していく。

「流石リューノスケ、なかなかやるじゃねーか」

「おう、そっちこそ、な!」

 剣を振るいながら会話を交わしていく龍之介とムルーダ。
 すでに周囲にはゴブリンの亡骸だけしか残っていなかった。
 すでに戦闘が始まってから一時間程が経過しており、両者共疲労の色は隠せない。

 一時間も休憩なしに戦い続けていたら、流石にレベルアップしていたとしても、どうしたって疲れはたまるものだ。
 こういった大規模戦闘では適度に力を抜いて、時折休みを挟みつつでないと最後まで持たない。
 そういったペース配分は今後時間をかけて身に着けていくものだ。

「どうやら、この調子ならなんとかなりそうだな」

 龍之介の言葉にムルーダも思わず体の力が緩み、周辺への警戒を怠ってしまった。

「ああ、後はこのゴブリンの指揮をしてる――」

 と、そこまで言いかけた所でムルーダの右太ももを錆びたナイフが貫いた。

「――ッ」

 思わずムルーダが声を上げそうになるが、その前にどこに潜んでいたのか楓がどこからともなく現れて、ムルーダにナイフを突き刺した相手――腹を突き破られ、地に伏して死にかけていたゴブリン――の喉元を苦無で掻っ切った。

「…………」

 そしてそのまま無言でいずこかへ立ち去る楓。
 痛みで叫び声を上げそうになったムルーダも、驚きの余りその声は飲み込んだままになっていた。
 思わず龍之介と顔を合わせ、時が止まったかのような沈黙が訪れる。

「……なあ、そのケガ治療してもらった方がいーんじゃね?」

「あ、ああ。そうだな……」

 言葉少なにそれだけ話すと、ムルーダは右足を僅かに引きずるようにして森の東へと向かうのだった。


▽△▽


「ムルーダ!? 大丈夫?」

 右足を引きずって歩いてきたムルーダを、シィラが驚きの表情で迎える。
 現在この東の高台では、ケガをして運ばれたり移動してきた者達が三名程いて、順番にメアリーの"回復魔法"を受けていた。

 咲良の方は余裕がありそうだったので、攻撃魔法の方に力を注いでおり、今も【炎の矢】で鉱夫の背後から襲いかかろうとしていたゴブリンに止めを刺していた。

「ああ、見ての通りちょっと右足をやられただけだ。問題ねえよ」

 既に右足からナイフは抜かれており、傷口は水で洗い流して布で縛っている。
 しかし想い人の負傷にシィラは冷静ではいられない。
 それは冒険者というケガが身近にある職業になった今でも変わらなかった。

 とはいえ、並んでいる三人の鉱夫達の方が明らかに重傷であり、知り合いだからと先にムルーダの治療をお願いする事はシィラには出来なかった。
 そんな様子を見て取ったのか、

「ちょっと待ってて。今そっちにいくわ」

 そう口にすると、咲良は一旦攻撃を中断してムルーダの元へとやってくる。
 そして傷口を覆っていた布を外し、精神を集中させると【キュア】を掛けていく。
 すると瞬く間に傷口は塞がっていき、元通り歩けるようにまで回復した。

「おお、すまねえな。神官に頼んだらこれだけで一銀貨は取られる所だったぜ」

「え、そんなにするの?」

 思わず脳裏に神官となった自分の姿を想像してしまう咲良。

「お、おお? い、いや、まあ半分冗談だけどな。でも神殿を通さずにモグリで治療行為で金取ってると、ちょっかいかけられるって話も聞くから止めといたほうがいいぜ」

 マジトーンだった咲良に一瞬ヒイタような表情を浮かべたムルーダが、しどろもどろに忠告をする。

「……あー、なるほどねえ。ま、そんなもんよね」

 と一人納得している咲良。
 そうこうしてる間に、メアリーの前に並んでいた三人も治療を終えたようだ。
 彼らは再び戦場に戻ろうとメアリーに礼を述べ立ち去ろうとしていた。
 そこへ、北条の声が彼らに掛けられる。

「あー、お前達ここで後衛を守っててくれんかぁ」




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