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第一章
第21話 ダンジョンからの脱出
しおりを挟む階段を上り切った先は、一つ下のフロアと一見大きな違いは見受けられなかった。
相変わらずといった様子で青く発光する壁に、どこからか聞こえてくる水滴の音。
息が詰まりそうな閉塞感。
しかしここで足を止めるわけにもいかない。
空元気を出しながら一行は先へと進む。
数時間程探索した所で野営に都合の良さそうな部屋を見つけたので、昨日と同じようにこの場所で夜を明かす事になった。
そして明けて翌日。
特に成果もでないまま、昼の小休憩を迎えていた。
「一体どこまで続いてるんでしょうね……」
ため息交じりのメアリーの声。
日にち的には探索開始からまだ二日目ではあるが、先行きの見えない探索行はねっとりと彼らの心に不安の根を絡みつけていた。
「そう長くはないだろうなぁ」
そう答える北条は、一行の中でも特に不安な様子を見せていない方だ。
北条のその解答に興味を注がれたのか、信也も会話に加わってくる。
「何か気づいた事でもあったのか?」
信也の問いかけに北条は指を顎にあてながら答え始める。
「俺達をここに送り込んだ"存在"は、何も遠回りに苦しめて殺す為にやった訳ではないだろう。その証拠に、わざわざ宝箱に各種アイテムまで用意してあったんだからなぁ」
或いは適度に苦しむ様子を見るのが目的だった可能性もありえる。
しかしその事は口にはせず、北条は続ける。
「その用意されたアイテムの中の食料なんだがぁ、こいつは節約などはせずに普通に消費したら一週間分位の量だった」
それもご丁寧に大人と子供、男と女では微妙に分量も異なっていた。
「つまり希望的観測で言えばぁ、一週間もあればあの場所からのダンジョン脱出位は問題ない。それだけあれば事足りる、という事じゃないかぁ?」
北条のその推測に、珍しく石田が反対意見を述べる。
「……分からねえぜ? ギリギリ足りねぇ量にしておいて、俺達の食料が切れて絶望に陥ってる様子を高みの見物してるかもしれねぇ」
これまで楓同様、いや楓以上に無口だった石田が突然喋りだした事に驚く一同。
ボソボソとした聞き取り辛い声は、雑音の多い日本の都市の中だったらかき消されていた事だろう。
そんな珍しい石田の呟くような指摘に北条は、
「まあ、別にそれもありえるだろうけどな。……ただ、今日の午前の探索で少し希望は見えた気がするぞぉ」
と気になる事を口にする。
「希望?」
「あぁ、そうだぁ。昨日の段階でもチラっと思ったんだがぁ、この階層に上がってからまだゴブリンには一度も出会っていないよなぁ?」
確かに北条の言う通り、階層移動後からはネズミと蝙蝠と蜘蛛にしか遭遇していない。
スライムは元々前の層でもあまり出会う事はなかったが、ゴブリンと全く出会わないのはおかしかった。
前の階層では、初めの方こそネズミや蝙蝠が多かったが、最終的にはゴブリンだけで五割近くは締めていたのだ。
「ダンジョンでは階層によって出現モンスターが変化する、ってのがよくある設定だぁ。もし午後の探索でもゴブリンが全くでないようなら……」
「この階層にはゴブリンは出ない。もしくは出るとしても僅かな確率ってことね」
陽子が北条の言葉を補足する。
「そういう事だぁ。ネズミや蝙蝠よりも、ゴブリンの方が厄介な相手だ。ダンジョンってのは大体奥にいくほど敵も強くなるもんだ。それが、逆に強い方だったゴブリンが出てこなくなったってのは、つまり……」
「出口に近づいてるって事っすね!」
と、今度は由里香が言葉尻を抑えて口にする。
「ま、そうだといいなぁ」
お茶を濁すような北条の返事だったが、由里香は希望が見えてきたのか北条の返事を特に気にもしていない様子だ。
それからの午後の探索は昼間の話の件もあって、心なしか皆の表情も晴れやかだ。
魔物が現れるたびにゴブリンが出てこない事を確認していき、今日の探索の終わりのタイミングが近づく頃には、最早このフロアにゴブリンはいないだろうという確信に変わっていた。
▽△▽△
「こ、この階層は……前の階層よりは狭いみたいです……」
今までのように部屋を確保し、キャンプ地を確保していた彼らに、楓の声が耳に届く。
楓の記していた地図を見ると、すでにかなりの部分が埋まっているように見えた。
探索に慣れてきたとはいえ、前の階層ほど時間をかけた訳ではない。
「これはいよいよ出口が見えてきたかもね」
陽子の明るい声が辺りに響く。
次の階層の広さまでは分からないが、この階層はあと少しで突破できるだろう。
夕食を終え、夜の見張り番の時間がやってくる。
今夜は信也とメアリーの当番の時間にネズミが一匹、迷い込んだのかふらりと姿を見せた。
そして部屋の入口に張られた結界を一生懸命ガジガジしていたが、さくっと信也の【光弾】で仕留める。
増援もないようで、信也達は他のメンバーを起こす事もなく、引き続き当番を続けた。
翌朝。
慶介の【クリエイトウォーター】で顔を洗い、スッキリした顔で探索を再開した一行は、僅か一時間ばかりの探索で上へと続く階段を発見した。
この階層も既に大分地図は埋まっていたので、迷わず階段を上る。
続く新しい階層でもゴブリンの姿は見当たらず、探索ペースは好調のままキープされていた。
心なしか、モンスターと出会う頻度も減ってきたようにも思える。
昼の休憩時の話題ではその事についても触れられ、明らかに最初に飛ばされた階層より楽になってるとの結論が出た。
階層自体の広さは一つ前とそう変わらない感じで、この調子なら今日中にもこの階層の探索が終わるかもしれない。
心弾む気持ちで午後の探索を再開した一行は、探索開始から数時間が経過した頃、通路途中でコブのように膨らんだ空間へとたどり着く。
その空間の隅の方にはどこかから染み出してきたり流れてきた水が溜まり、ちょっとした池のようになっている。
そしてその近辺にわらわら蠢く者達の姿があった。
「うぇっ……あれ、全部ネズミかー」
由里香の口にした通り、そこにはお馴染となったネズミが犇めいていた。
個々のサイズは大きいので、小さなネズミの集合体とはまた印象は違うのだが、大量に蠢いているその様子は確かに見ていて気持ちのいいものではない。
数は……恐らく二十匹以上はいるだろうが、今の彼らならば最早問題なく対処できる相手だった。
通常だと敵意むき出しの魔物にしては珍しく、こちらに向けて突進してくる様子もない。
その間に先制攻撃を加えよう、と後衛陣が構え始めた所で、
「あの、まず僕にやらせてもらってもいいですか?」
と、慶介が口にする。
それが何を示しているのか理解した陽子は、
「アレをやるつもり? 別に今は無理しなくてもいいのよ」
と優しく慶介を諫める。
だが、彼の意思は変わらないようで、陽子も頭を抱えてしまう。
「まあ、いいんじゃないかぁ? スキルは使用すればするほど慣れてくる感じがするしなぁ。これくらいの状況なら、坊主が気を失ってもなんとかなるだろ」
その北条の後押しによって、慶介のぶっぱなしが決定した。
「"ガルスバイン神撃剣"」
慶介のスキルは、発動の前段階からヤバそうな雰囲気が立ち込める。
しかし、未だこちらに関心を向けていないのか、ネズミたちは水辺で何やらてんやわんやの状態だ。
そんな哀れなマウスに向けて、慶介のマウスから破滅の光があふれ出す。
部屋を覆いつくさんばかりのその光によって、部屋にいたネズミはほぼ壊滅状態となり、池の水が激しく蒸発して局所的な濃霧を発生させた。
「これは、水が蒸発したものだから、すぐに消える事はなさそうだな」
信也はそう口にしながら、わずかに残ったネズミに【光弾】をぶち当てる。
今回は気を失う事はなかった慶介だが、心労が大きいのか魔法攻撃には参加せずに、肩で息を整えていた。
それから数分後には討伐どころかドロップの回収まで終わらせた一行は、未だ霧の立ち込める空間を後にした。
そして先へと進み始めた彼らはすぐに異変に気付く。
「あれ、この道なんか少し暗い?」
咲良の口にした通り、先へ進むにつれ通路が暗くなっていくのが分かる。
それはつまり、壁で発光する謎の光が減少してきているという事だ。
初めこそスライムを恐れ、信也の【ライティング】で過剰なまでに辺りを照らしていたのだが、対処に慣れてきてからは節約の為に使用を中止していた。
「ふむ。それならまたライティングで明りを照らして進もうか」
そう口にするや否や早速【ライティング】を三個所に点灯させる信也。
これで明るさに関して問題のなくなった信也らは、無言のまま先へと進み始める。
そして分岐もない曲がりくねった一本道を十分ほど歩いた頃だった。
「……っ!」「っ!?」 「…………」
唐突に彼らの目が驚きに開かれる。
余りの驚きのせいか、すぐに口を開ける者もいない様子。
彼らの目に飛び込んできたもの。
それは彼らが探し求めていた「太陽の光」であった……。
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