19 / 398
第一章
第19話 ゴブリンランス
しおりを挟む「た、助かった……」
心の底からの安堵の声は誰のものだったろうか。
先ほどまでの危機的状況を乗り越えた一同は、皆一様に呆けた表情をしており、ある者はその場に座り込み、またある者はじっと出入り口を見つめていた。
「う、うぅん……」
メアリーの"回復魔法"により治療された由里香が、寝ぼけたような声を上げながら眼をうっすらと覚ます。
その声がきっかけとなって止まっていた時間が動き出したようで、各々行動を開始し始める。
眼を覚ました親友に思わず泣きつく芽衣や、未だ意識を失ったままの慶介を膝枕して幸せそうにしている陽子。
中でも一番多いのは、周囲にちらばっているドロップを集めている者達で、戦闘中には拾い集める余裕もなかった為、その数は結構な数となっていた。
とはいっても、ゴブリンは今の所魔石しか落としてこなかったので、量としては同数のネズミや蝙蝠のドロップと比べれば大した量ではない。
ただ今回は倒した数が多かったせいか、魔石以外のドロップも出ているようだった。
その一つが小さな角で、あれだけ倒したのにゴブリンからは一つ。ホブゴブリンが一つ、と計二つしかドロップしなかった。
通常ゴブリンの方の角ドロップは、あちこち散在していてどのゴブリンが落としたのか区別も付かない状態だ。
ファンタジー作品ではゴブリンを小鬼と表現する作品は存在するが、今まで出会ってきたゴブリンに角が生えた奴は存在していなかった。
もしかしたらこれは角ではなく、骨の一部かゴブリン特有の体内にある器官なのかも? というどうでもいい討論がされたりしたが、結論は有耶無耶のまま。
それよりも大きな目玉商品は、ホブゴブリンからドロップした槍だ。
長さは北条の身長より僅かに短い程度で、およそ百七十センチ程。
倒したホブゴブリンも生前は槍を持っていたが、ドロップした槍とは別物だったと北条は語っていた。
穂先だけでなく、柄の部分も金属でできており、その重量は三キロの鉄アレイよりも少し重い程度かな、といった所だ。
龍之介らが持つ剣よりは重いが、これ位なら今の彼らなら扱えない事はないだろう。
「こいつはー俺が使わせてもらおう」
北条のその言葉に反対意見は出なかった。
現状のメンバーで他に適切な使い手はいない。
そもそも、ホブゴブリンに止めを刺したのは北条だったので、今更その所有権にケチを付けたら、今までのドロップにも話が及びかねない。
「にしても、よくあの状況で即座に動けたものですね」
信也はあの時の情景を思い出し、北条がほとんどノータイムで駆けだしていたことを思い出す。
「ああ、その事かぁ。実は慶介のとんでもビームで敵を薙ぎ払っていた時、俺はじっと敵を観察をしていたんだがぁ……。そん時ぁ奴は咄嗟に味方を自分の前に並ばせていたのが見えたんだ」
慶介のビームは当初直線状に進んでいたが、狙いが少しズレたのかホブゴブリンの少し脇に逸れていた。
しかし、傍にいた肉壁のゴブリンが一瞬で殺されているのを見て、慌てたホブゴブリンが急しのぎの防波堤を築き始めていた。
「それを見てたんで、慶介がぶっ倒れた後もー警戒して良くみていたんだがぁ……。白霧の立ち込める中、薄っすらと黒い影が見えた気がしてなぁ。気のせいだったならいいんだが、万が一奴が生き残っていたら厄介だ。再び魔法陣で援軍が送られてきたら、今度こそやばかったしなぁ。だから、どっちにしろああせざるを得なかったって訳だぁ」
確かにあの状況で更に援軍が送られていたら、今こうして会話などをしていられなかっただろう。
「……俺はもう少し自分の事を冷静に判断できる人間だ、と思っていたんだが……どうも戦闘に関する事だといまいち切り替えが出来てないようだ」
「まあ仕方ないさ。その辺は追々……だぁ」
戦闘において活躍している北条の慰めの言葉に、余り励まされた気もしなかった信也だったが、気を切り替えて別の話題に移る。
「ところでアレはどうする?」
そういって信也は部屋の端に目を向ける。
そこには今回の元凶とも言うべき宝箱が鎮座している。
慶介のビーム攻撃の範囲からはギリギリ外れていたので、見た目はそのままだ。
もっとも、まともにあてた所で破壊したり融解したりは出来ない気はする。
「勿論開けるぞぉ。ただ、長めの休憩を挟んでからになるけどな」
罠がもう一度起動する可能性もありえなくはないが、それならそれで次はどうにかできる目算が北条にはあった。
だが、そうした事態になる可能性はかなり薄いと判断している。
もし何度でも起動する罠なら、お手軽に経験値などが稼げる場所になってしまうからだ。
それにはゴブリン程度簡単に倒せる実力も必要だが、雑魚相手でも次々と呼びだして 倒し続ければ、経験値や魔石などがそれなりにコンスタントに入手できる。
恐らくそのような仕組みにはなっていないだろう、というのが北条の読みだ。
ちなみに、経験値を貯めてレベルを上げる、というシステムは存在しているとほぼ共通の認識となっている。
慶介がスキル検証時よりも"ガルスバイン神撃剣"の負担が若干軽くなったと感じたのもこの為だろう。
先ほどの激戦で、更に戦闘に参加した者達のレベルが軒並み上がっているだろう、というのも北条が箱を開ける事に躊躇しない理由の一端になっていた。
そういったこれからの予定を改めて全員で話し合いつつ、休憩する事一時間とちょっと。
昼食も途中で挟み、MPに関してはある程度回復したといった所。
慶介も既に目覚めており、青白かった表情も大分元通りになってきている。
これなら、最悪初っ端からビームという選択肢もいけるだろう。
「……という訳で、これからあの宝箱を開けてみようと思う。可能性は高くないと思うが、万が一また罠が発動してゴブリンが沸いてきた場合、先ほど話し合った作戦でいく」
神妙な表情の信也に皆が頷く。
作戦通りの配置につき、信也が徐ろに宝箱へと近づいて手をかける。
そしてゆっくりと力を加え始めた。
――と、何の抵抗もなくすんなりと宝箱は開き、先ほどのように入口が閉ざされたり、魔法陣が光りだしたりといった事は起きない。
念のため十秒程様子を見たが、やはり変化は起こらなかった。
「よし、問題ないみたいだ」
信也のその声に、緊張のムードが解ける。
そして我先にといった感じで、龍之介や由里香が宝箱の元へと走り寄る。
「で、何がはいってたんだ!?」
ワクワクが抑えきれない様子の龍之介に、苦笑を浮かべながら「自分の目で確かめろ」とばかりに、場所を譲る信也。
するとほぼ同時に宝箱の中身が見える場所に移動し、その中身を確認した龍之介と由里香は、
「ん? なんじゃこりゃ」
「……オモチャ?」
と、ほぼ同時に感想を述べる。
他の面子も気になるのか近寄ってきていたので、信也は龍之介の横からひょいっと宝箱の中身を拾い集めると、みんなに見せるように手の上に乗せた。
どうやら中身は一つではなかったようで、信也の左手の上には小さいサイコロのようなものが三つほど。
右手の上にはタブレットほどの大きさの石の板が置かれている。
どちらも同じ材質のようで、少し緑がかった青色をしており、所々水に油を浮かしたような紋様が特徴的だ。
「見ての通りのものだが、重さはこの板の方も見た目よりは軽い。サイコロっぽいのは、目の部分に特に何も描かれていないな」
信也の左手から一つ摘み上げて繁々と見つめる咲良。
感触を確かめるものの石そのもので、様々な角度から眺めてみたが、特に気になる点は見つからない。
一方タブレット状の板の方には幾つか特徴がみられた。
まず表面には五つの窪みが等間隔に並んでおり、それは丁度先ほどのサイコロがすっぽりと入りそうなサイズであった。
そして、その五つ並んだ窪みの下部には、スライドスイッチのようなものがある。
窪みがある側を上側とするならばスイッチは現在左側の方にセットされている。
更にそのスイッチの左側には、そこだけ材質が違うのか白い長方形の形に僅かにでっぱっている部分がある。
「これってやっぱり……」
そう言いながら周囲を見やる咲良は、皆の顔を見て自分の考えが間違ってないだろうなと確信する。
「そうだな……。今の所そのサイコロは他に使い道が分からないし、そのくぼみに嵌めてみるか?」
信也のその提案は可決され、すぐにでも実行に移されることとなった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる