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第一章

第18話 大苦戦の果てに……

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 奇しくも前衛と後衛に分かれ、後衛に飛んできた魔法は肉壁で防ぐ。
 という同じような戦術に行きついた両者であったが、信也達人間側の方が圧倒的に前衛が少ない。
 何とか"個"の強さで"量"に対抗していたが、ゴブリンを倒していっても一定量倒した所で、更に追加の魔法陣が発光しだした。

「……チッ、マジかよ」

 吐き捨てるように龍之介が悪態をつく。
 幸いといっていいのか、あのでかぶつ――ホブゴブリンは追加で現れてはいないようだが、杖持ちが二体混じっているようだ。

 すかさず他のゴブリンに合流して肉盾で防がれる前に、魔法攻撃が結界内より放たれる。
 その魔法攻撃によって杖持ちの片方は倒すことができたが、もう片方はほぼ無傷のままノーマルゴブリンへと合流されてしまった。
 しかし、その合流先はホブゴブリンのいた部屋の奥ではなく、前衛ゴブリン達の戦っているすぐ後ろだ。

「近くから魔法を撃ってくるつもり?」

 その様子を見て陽子が訝しんだ様子で呟くが、その行動の真意はすぐに判明する。
 前方の集団に合流したその杖持ちは、傷ついたゴブリンを回復させ始めたのだ。
 とは言え、元々戦闘能力がそこまで高くないノーマルゴブリンの傷が治るくらい、メイジによる魔法に比べたら数倍はマシだ。



 結局戦闘は拮抗状態のまま三十分程が経過していた。
 あれから更に四度の追加の魔法陣が発生し、数体の杖持ちとそれを上回る通常ゴブリンが排出された。
 
 戦闘は苛烈を極め、時折物量に負けて前衛を抜けてきたゴブリンによる、結界への直接攻撃も何度か受けることになった。
 その度に陽子は魔力を籠めて結界の強度を補強する。

 結界内への魔法攻撃も度々行われ、その度に蜘蛛を盾に乗り切ってはいたが、一度だけ慶介がまともに【土弾】を喰らってしまい、一時失神してしまう事態に陥った。
 幸いにもすぐに意識を取り戻しはしたが、狼狽した陽子は結界の補強を忘れて、一度結界が破れてしまう場面もあった。
 すぐに張りなおしたのと、龍之介が強引な立ち回りで結界を破壊したゴブリンを倒したので、どうにかその場は事なきを得た。

 その龍之介を初めとする前衛四人(+蜘蛛一匹)も奮戦を続け、重症になる前の段階で細目に回復してもらい再び戦線に復帰して……といった具合に目まぐるしく戦っていた。
 特に途中で、ゴブリン三匹に苦戦をしていた龍之介が、"スラッシュ"という攻撃スキルを覚えたらしく、一時情勢がこちら側へと傾きかけた。
 しかし、"スラッシュ"のスキル発動にはスタミナを消費するようで、この状況では乱発はできない。
 結局ここぞという時以外は温存する事になり、再び状況は膠着した。


 しかし膠着状況といえど、不利なのは彼ら人間側の方だ。
 増援に次ぐ増援によって、MPもスタミナも流石に厳しいものとなってきている。
 無論この状況を何とかしようとも試みた。

 具体的には明らかにボスっぽいあのホブゴブリンを倒す事で、状況が変化するのでは? といった考えのもとに、まずは敵の前衛に向けて火力を集中して敵の数を減らす。
 その状態から北条が単騎で特攻し、信也も含め四人の魔法攻撃でホブゴブリンを集中攻撃する、といった作戦だ。
 だが、思いのほか追加の魔法陣発光が速く発生し、流石に北条も途中で引き返す羽目になって、この作戦は失敗した。


 ジリジリと押されていく状況。
 集中力も失われ始め、疲労も蓄積されていく。
 そしてついに均衡が崩れるときがきた。

「きゃあぁああぁあ!」

 由里香の切羽詰まった悲鳴が耳を刺す。
 身体能力はあれど、防御力そのものはさほど高くない由里香は、ゴブリンの持つメイスによって体ごと弾き飛ばされていた。
 頽れる由里香に向かいメイスを振り上げたゴブリンだったが、無我夢中で由里香が放った拳をまともに喰らい、悶絶している。
 しかしそこで力尽きたのか、意識の糸をぷつっと切り離してしまう由里香。
 その様子を青ざめた顔で確認した芽衣は、

「はぁ、ふぅ……。由里香、ちゃん……。か、雷の……」

 咄嗟に魔法を放とうとするが、その杖先から紫電の矢が発生することはなかった。
 MPコストが高めの"召喚魔法"と、そこまででもないとはいえ、"雷魔法"をも同時運用していた芽衣は、すでにMPが枯渇寸前だったのだ。
 吐き気と眩暈をを覚えながら、気を失いそうになるのを必死に堪えていた芽衣。
 しかし、とうとう限界が訪れたようだった。

 見れば芽衣程ではないが、魔法組は皆辛そうな表情をしている。
 かろうじてまだいけそうなのは、メアリーと咲良の回復組だ。
 一方前衛の方は、北条はまだまだ動けている方だが、龍之介も信也もかなり動きに精細を欠いていた。
 更に両者共に致命傷ではないが、あちこちに軽傷を負って血を流しているので、このままではジリ貧だ。

 ヒーラーのMPにはまだ若干余裕はあるものの、敵の攻勢の激しさと長期戦の疲れによって、前衛はヒーラーの元まで向かう余裕もなくなっていた。
 そんな絶望的な状況の中、一人決意を込めた表情をしている者がいた。

「あの……。僕のスキルを試させてください!」

 それはこの場の最年少である足利慶介だった。
 慶介の言うスキルとは、スキル検証時に名称だけは判明したものの、テストしようとした際に慶介の具合が尋常じゃなく悪くなってしまい、検証しきれなかったものだった。

「慶介くん、大丈夫?」

 そう問いかける陽子も、結界の張り直しや修復によってMPが消費されたのか、辛そうな表情を隠せない。

「はい……このままではどうなるか分かりませんから……」

 慶介自身もすでに辛そうではあるのだが、この絶望的な状況でもその目はまだ死んではいなかった。

「陽子さん、合図したら結界を一旦解除してください。皆さんは合図の後に僕の後ろの位置にまで後退お願いします!」

 そう言うと、結界内の前方ぎりぎりの位置に移動する慶介。
 慶介の声を聞いた前衛の三人はその指示に従い移動する。
 ついでに北条は、何とか立ち上がって由里香に止めを刺そうとしていたゴブリンをぶちのめし、由里香を片腕でひょいっと引っ掴むと後退をはじめる。

 前衛が移動し始めたのを確認すると、慶介はスキル使用の為に集中しはじめる。
 MP不足による症状とはまた別種の辛さが襲ってくるが、歯を食いしばり耐える慶介。
 全身から力が抜けていくその感覚に、根源的な死の恐怖を覚えるが、最初に検証した時と比べると、ほんの僅かではあるが楽になっている気がした。

 だがそれでも頭痛や吐き気、心の底から沸き起こる凍てつくような寒さや死への恐怖心など、幾重もの不快な要素が慶介を苛んでいく。
 時間的には一分にも満たない間であるが、その何倍にも感じられた懊悩煩悶を乗り越え、ようやく前準備が整った。

「み、皆さん、いきます! ――――あああぁぁぁあ!! "ガルスバイン神撃剣"」 

 慶介の合図と共に、展開されていた結界は解除され、前衛の三人プラス由里香も後衛と合流を果たす。
 ただちに北条は咲良の元に由里香を運び治療を頼むと、少し前へと移動し慶介の様子を見守る。

 肝心の慶介は、辛そうな表情のまま大口を開けた状態で前方のゴブリン達を見つめていた。
 当人にはどんな感じのスキルなのか感覚的に理解できていたようだが、他の人達からは全く想像も付かない。
 そもそも神撃剣という名前なのに、剣が不要というのも謎だった。

 果たしてそんな謎のスキル"ガルスバイン神撃剣"とは、口元からレーザーのようなものを発して敵を焼き払うという、ビーム攻撃だった。
 初めに慶介の口元から直線状にエメラルドグリーンのビームが発射されると、そこから扇状に光線の範囲が広がっていく。

 更には仰俯角三十度ほどにも範囲は拡大していき、方位の方は百三十度程まで範囲が広がるとそこで範囲の拡大は止まる。
 そして、撃ち始めから数秒間ビームが放射され続けると、やがて放射は収束していき停止した。
 
 大技を繰り出した慶介は、真っ白に燃え尽きてしまったかのように崩れ落ちる。
 慌てて慶介の元へと駆け寄ろうとするメアリーよりも早く、北条がうっすらとただよう白霧の中を突っ切って走り抜け、その先にあった何かをつかみ赤い光を二、三度発する。

 周囲を漂っていた白霧は、"ガルスバイン神撃剣"によって焼き払われたゴブリンの成れの果てだったのか、数十秒後には光の粒子となって一斉に消え去った。

 後に残ったのは、掴んでいたホブゴブリンの頭部から手を放す北条の姿だ。
 やがて、ホブゴブリンも完全に息絶えたのか、すぐに光の粒子へと変わる。
 突然の行動に驚いていた他の面々は、その様子を見て北条の突然の行動の意味を理解した。

 妙な沈黙が場を支配する中、ホブゴブリンが完全に光の粒子へと変わりドロップ品へと変わると、間を置かずして閉ざされていた入口が開いていく音が聞こえ始める。

 その音の出どころに注目が集まり、そちらへと皆の視線が集まる。
 そこには壁で閉ざされていた形跡も全くない、入ってきた時と同じ自然な出入り口がぱっかりと口を開けていた。
 
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