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4.魔法

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 ──9年前、春。(17歳)

 2段ベッドは2台、4人部屋なのです。掛け布団には少しだけ綿が入るようになりました。シーツは3日に一回変えてもよくなりました。

 相変わらずの儀式と掃除の日々です。

 でも、ささやかだけれど大きな変化がありました。

 図書館の掃除係に配置変更されたのです。

 もしかして年功序列って素晴らしいかも。4年間我慢した報酬なのです。この4年間で最も苦痛だったのは本を読めなかったことでしたから、この喜びは言葉では言い表せません。

 とはいっても図書館に置いてある本は魔導書ばかりです。気の利いた英雄譚とか、お姫様と騎士様の物語はありません。しかしこの際、文字が読めれば贅沢は言いません。

「ねぇ、そんな本読んで楽しい?」

 マリーは床に寝転がって私に言いました。彼女も図書館掃除係です。

「クソつまらない」

「なら、なんで読んでるの……。まあいいわ、私は寝る! 起こしてね?」

「分かった。イビキをかいたら叩き起こすから」

「よろしく!」

 掃除を早めに終わらせて本棚の陰で私たちはサボっていました。長年の経験は、効率よくバレずに罰を受けない手の抜き方を教えてくれました。マリーは寝るため、私は本を読むためです。

「ん……ごご!」

 イビキをかいたマリーに蹴りを入れて、私は本をめくります。

 魔法書の内容は、魔法陣の書き方、歴史上の有名な魔導者の略歴、魔法理論の変遷。

 ……はっきり言って退屈です。しかし、どんな文章でも書いた人の思考の流れが伝わってきます。それだけで暇をつぶすには十分です。

 掃除をしながら、つまみ食いするように文字を読む楽しみが出来ました。

 パラパラと本をめくり文字を頭に叩き込みます。情報はあとで解凍しましょう。儀式で讃美歌を歌っている間、掃除の間、読む時間はいくらでもあります。

 私が今まで隠していたチート能力『速読』をもってすれば造作もありません。嘘です、チートじゃありません。ただの速読です。これはスキルに関係なく英才教育で叩き込まれた代物なのです。4年の空白期間がありましたが、頭にたんこぶを造りながら身体に憶えさせられた技能は忘れたくても忘れません。

 速読は魔法士の必須技能でした。

 私はかつて称賛と期待を一身に受けて、偉大なる魔法士になるため訓練を受けていました。

 私の魔力はSSです。これは事実。10歳の判定の儀でこれが判明したとき、周りが大騒ぎだったのを憶えています。寡黙で実の娘にさえあまり口を開かなかったお父様も「お前には期待している」と言ってくれました。

 10歳の女の子に揉み手して媚びを売る年上の大人。名前も知らない親戚と名乗る人が何人も現れました。皇帝陛下隣席の舞踏会に招かれたこともあります。

 ドヤァと自尊心で性格が歪みそうになりましたが、そこは厳しい躾のおかげです。私は自分のぶをわきまえさせられました。

 おそらく、周りの期待と称賛は私の想像を超えていたのでしょう。

 私は「1000年に1人の天才」「運命の聖女」「生まれながらの英雄」「女神に選ばれし者」などなど、称賛の言葉に限度はありませんでした。

 だからこそ、それが裏返ったとき、期待は失望に、称賛は侮蔑に変わったのです。

 なぜならば、私は魔法を使うことが出来なかったからです。
 
 たいして珍しいことではありませんでした。原因は人それぞれで不明なこともありますが、1000人に1人といったところでしょう、街にいけば何人か見つかります。

「んがっ……むにゃむにゃ」

 アホな顔をして床で寝ているマリーでさえ魔力はA以上です。しかし他のステータスは軒並みE以下。私も似たようなものです。膨大な魔力があろうとも魔法が使えなければ、意味もなければ、評価もされません。魔力がだめでも他のパラメーターを生かしたり、スキルでどうにかなる場合もありますが私たちの場合はそうはいきません。

 私のスキル『魔力無効空間アン・ソーサラー』は発動すると周囲(半径30m)の魔法詠唱を無効化する力です。何者も私の効果範囲で魔法を使用することは出来ません。どの歴史書にも載ってない『オリジナルスキル』です。このスキルも当初は称賛を浴びましたが、今となっては侮蔑の言葉で塗り替えられました。

 ──自分のスキルで、自分の魔法を無効化してるんじゃないのか?

 ──30m以上の射程の魔法なんていくらでもある。

 ニヤニヤと笑いを堪えた顔が忘れられません。

 これが、私の偽物の才能でした。

「ふう……」

 本を閉じた私は、ため息をつきたい気分でした。マリーには暇つぶしみたいなことを言いましたが、おそらく私はまだ未練を捨てきれていないのでしょう。

 魔法書の読み方をお父様に教わった時間は……厳しかったけれど、あの時間だけは偽物だなんて誰にも言わせません。

 仮に魔法が使えなかったとしても知識は平等のはず。

 今は過去を想い、つまらない魔法書で我慢しましょう。





 私たち修道女は魔術書の管理を代々、任されてきました。

 別に本に対する知識が豊富だからとかではありません。

「魔法が使えなければ、変な気を起こさないだろう」それが本音でした。

 修道女は魔法が使えない者の集団です。
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