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7.魔女の教え子

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 僕たちはあわててお互いの距離を遠ざける。薄暗い倉庫の扉が開いて、男の子が入ってきた。

「あれ? 誰もいないのかな……。! なんだ、いるじゃないですか。びっくりさせないでくださいよ」

 その子は、僕たちに気づいて驚いたようだ。元々まん丸の目をより丸くしている。ふんわりとしたマッシュヘアの男の子で、ショートパンツを履いている。
 内心、僕たちの方が驚いた自信があるのだけれど彼に悟らせるわけにはいかない。

「おはようございます。お師匠様、騎士様」

 ペコリと彼は頭を下げてくれた。

「ん、ご苦労。ルーイ」

 エリスは白衣で唇を拭いながら、平静を装って少年の名前を呼んだ。彼の手前、威厳を保たなければならないのだろう。

「お師匠様、昨日は大丈夫でしたか?」

「……ああ、心配ない。お優しい騎士様が送ってくれたからな。なんの問題も起こっていない」

 少年の気遣いの言葉に、エリスはトゲのある言い方で嘘をついた。それから、大丈夫じゃなかったけどな……っとボソっと呟いて僕をギロリと睨んだ。

「やあ、おはようルーイ」

 僕はそんなエリスを見て見ぬふりをして、少年に言った。

 この少年は、ルーイ・シュトラウス。

 機甲士であるエリスの一番弟子だ。彼ら機甲士の家系は、10歳を過ぎると独り立ちして師匠を探す。ナイトメイルの開発と研究を行う者たち、それが彼ら機甲士だ。

 年の頃は、宿屋のナタリーと同じくらいだったはず。12か、13だ。

「おはようございます、アレン様。昨日はお師匠様がご迷惑をおかけしました。ボクの方からも御礼申し上げます」

 再び、小さく頭を下げた。

 歳に似合わない礼儀正しさと品性を持った男の子だと、最初会った時驚いた。傲慢な貴族連中はこの少年を見習うべきなのだ。

 すこし罪悪感が生まれた。真面目なこの少年を裏切っているような気がしたからだろう。ああ……と歯切れの悪い返事をしてしまったかもしれない。

「では、ボクは準備がありますので、失礼いたします!」

 そう言ってルーイは、僕たち2人から離れていく。彼は小走りで倉庫の中を動き回って、掃除や機材の準備を始めた。

「毎回、思っていたんだけれど……」

「なに?」

 僕はテキパキと仕事をする少年を見ながら、エリスに話しかけた。

「君にはもったいないくらいの弟子だよね。すごくいい子だ」

「喧嘩売っているのか?」

 売ったつもりはない。でも、彼女から目を離さないべきだろう。いつ攻撃が飛んできてもおかしくない。

「ちゃんと教えている? 放っておいて、勝手に見て盗めとか言ってないよね……。あんな、いい子を程のいい雑用だと思っているのなら、君の人間性を疑うよ。弟子を育てるのは師匠である君の責任だよ」

 いままで気になっていたけれど、口を出すことではないと思っていた。でも今となっては無関係ではない。口約束とはいえ、一応は僕の婚約者となった人の弟子なのだから。

 僕はもしかしたら口うるさく聞こえるかもしれない言い方で、エリスに注意した。

「そもそも、君は……」

「うるさい、うるさい! お前に説教される筋合いはないっ。ちゃんと時間をとって教えてるんだぞっ、お前が知らないだけだ。疑うんだったら、今度ナイトメイルの基本構造をルーイと一緒にお前に教えてやる。週末の予定を開けておけ!」

 しまった。藪蛇やぶへびをつついてしまった。
 流石に僕でも、興味のない講義を聞いて居眠りした状態では彼女の攻撃は避けられない。

「君って、先生の鏡だよね。あの子も君みたいな師匠を持てて幸運だと思う。それに君はとっても美人だ。あと、君は優しいよね」

 僕は必死に彼女のご機嫌を取ろうと、おべっかを使った。しかし、褒めたつもりなのに、彼女の機嫌は直らない。

「君君って……エリスって呼ぶんじゃなかったのかっ」

 不満そうにぽつりとエリスは言った。

 たしかに、心の中では呼んでいたけれど、まだ口に出していないことに僕は気づいた。

「2人きりのときに遠慮なく呼ぼうと思っていたんだけど……」

「ふん、別に構わない。私もお前との過ちは隠したいからなっ」

「拗ねてるの?」

「拗ねてなんかいない!」

「分かった、みんなの前で君との関係の変化を発表しよう。どのみち結婚するんだから、いずれ知られることだ」

「ん!」

 彼女の回し蹴りが飛んできた。
 僕は避けた。

 パッと倉庫の灯りがついた。

 今まで薄暗かった空間に光が満たされて、輪郭がはっきり分かるようになっていく。

 天井から吊るされた鉄くずは、ずっと僕らのやり取りを見ていたのだろう。それともう一機、奥に完成品のナイトメイルが跪いていることに気づく。

「灯りもつけないで、おふたりで何をやっていたんですか。また喧嘩でしょうけど……今度はどんな理由です? どうせお師匠様が無茶なこと言ったんでしょう。ダメですよ、騎士様を困らせちゃ」

 少年はやれやれと、呆れたように言った。それでも手は止めずテキパキと作業を続ける。

「まったく、アレン様は最長記録保持者なんですから。たまには、笑顔で労をねぎらってあげてください。でないと、また辞めちゃいますよ」

 最長記録とは、この開発部に所属した騎士の在任期間のことらしい。数ヶ月の僕が、最長ならいったいどれほど……彼女のキックの犠牲になった者がいるのだろうか?

「僕も君の笑顔が見たいんだけど」

 僕はくすりと笑って、ルーイの言葉に便乗することにした。

「くそ、2人してバカにしやがって!」

 彼女は地団駄を踏みながら乱暴な言葉を吐いた。それを聞いたルーイは、あっと声を上げる。

「めっ! ですよお師匠様。また口が悪くなっています。お嫁にいけませんよ」

「うるさいぞ。お前は私の弟子だ、教育係じゃないだろう!」

 小さい子供でも注意するようなルーイの姿を見て、この2人の関係性がうかがい知れるようで僕はホッとする。

 僕は口元を緩ませて、2人のやりとりを見ていた。すると、いつのまにか彼女が僕を見ていることに気づく。

 目が合うと、プイっと僕から目を逸らしてエリスはどこかへ歩いて行った。

 ……からかいすぎた、かもしれない。

「じゃあ、話はまた改めて。段取りとか諸々相談しないといけないことがあるから」

 彼女の後ろ姿に、僕は声をかけた。
 エリスは、長い白銀の髪をかき上げて無言で歩いていく。
 
 よかった。

 ひとまず、これでまた平穏な1日が始まるのだろう。
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