すずしろの浅漬け

誤解を招く名前

中学生の時、
「自分の持ち物に名前を書きましょう。」
と、先生に言われた奥津君は、上履きのかかとに平仮名で
「おくつ」
と書きました。

うん、間違ってはいない。
ただ、やたらと『靴』であることを強調する結果にはなったけれど。

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私達が学生だった頃、貧乏学生はアパートや下宿に自分の電話を引けませんでした。
携帯、スマホなんて、影も形もない時代で、連絡をつけたい場合は、大家さんに電話をかけ呼び出してもらうしかありません。

「○○と申します、奥さんいますか?」
「あ゛あ゛?」
「(あ、やべ;)奥君です、奥○○君呼び出しお願いできますか?」
「ああ、なんだ奥君ね、呼んでくるから待ってて。」

兄が大学の友人の呼び出し頼もうと大家さんに電話したら、旦那さんが出てしまったそうで、思いっきり不審な声を出されたそうです。

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一階に児童館のある都営住宅、
ある頃から高校生くらいの男女が深夜までたむろするようになりました。
閑静な住宅街です、閉館した児童館のひさしの下で煙草を吸い、お菓子を食べ散らかし、時間を無視して騒ぐ彼らに住人はうんざりしていましたが、半グレっぽい子も含まれているので、下手に注意して暴力を振るわれてもいけないしと、時折警察に巡回お願いして排除するしかできませんでした。

「ちょっと、あんたたち、何時だと思ってるんだい？」
夜10時過ぎ、二階に越してきたお婆さんが騒ぐ彼らを叱りました。
「ああ？なんだよ、どこのババアだぁ、うるせえんだよ。」
「稲村組の姐さんだよ、ガキがイキるんじゃないよ。」

もちろん指定暴力団とは一切かかわりのない方ですよ。
そこそこのお年ですが、背筋も伸びていて、気風のいい方お婆様です。
「えっ？稲っ!？ひっ、も、申し訳ありません!」
「静かに過ごしてる時間に騒いで堅気の皆さんに迷惑掛けるんじゃないよ。とっととよそに行きな！」
「はい！すみませんでした。」

以来彼等は児童館の前でのたむろをやめたそうです。

「うちの田舎の消防団が通称『稲村組』って呼ばれててさ、私嘘は一切言ってないんだよね。ちょっとだけ『村』ってところ小さく言ったけどさ。」
けらけらとご本人笑っていました。
「あの後、街であの子達とばったり会ったんだけどさ、『姐さん！こんちわっす！』って最敬礼されたよ。だから、『おう、他所でも迷惑かけんじゃねえぞ』って言っといた。」

勝手に誤解して引いてくれたわけですが、名前だけでなく、やはり彼女の迫力に負けたんでしょう。