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第百八十八話 必ずこの償いはさせるから

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この家はあまりにも異常だ。
ロンディ夫妻はソニアやダークに対しては溺愛し、あれ程可愛がっているのにどうして、ゾフィーだけをあそこまで虐げてきたのだろうか。
ソニア嬢やダークを甘やかすのなら、ゾフィーだって同じ娘なんだから、同じように甘やかすものではないだろうか?
でも、あの家族の中で何故かゾフィーだけ扱いが極端に違う。
メイド達から話を聞いた時も不審に思ったけど、あの家族の中でゾフィーだけが異様に嫌われてる。
単純にゾフィーが長女だから?ゾフィーが優秀だったから?
初めはゾフィーの妹、ソニアがゾフィーを陥れる為にゾフィーを悪者に仕立て上げて家族から嫌われるように仕向けたのだと思っていた。でも…、それだけではないのだとリヒターは言っていた。

「ソニア嬢は姉であるゾフィー嬢に対して、強い劣等感を抱いている様です。だからこそ、今までゾフィー嬢の物を奪い取ってきたのでしょう。ですが、これだけが理由ではないようです。
ゾフィー嬢があそこまで家族から疎まれていたのはもっと別の理由があるようです。」

リヒターの話によると、ゾフィーが祖母似であることが大きな理由であると言っていた。
そういえば、ゾフィーは両親どちらにも似ていないし、ダークはゾフィーは祖母似だと言っていた。
でも、それがどうしてゾフィーが家族から嫌われる理由になるのだろうか?
そう思っていると、リヒターは神妙な表情を浮かべて語った。

ゾフィーの祖母とゾフィーの母、ミアは不仲であった。
嫁姑の関係だからとかそんな理由ではない。
姑が嫁を嫌ったそもそもの原因は元を辿ればゾフィーの父親が婚約者である伯爵令嬢に対して、婚約破棄をしたのが原因だ。しかも、親に何の相談もなく、独断で勝手に婚約破棄したらしい。
当人同士の話し合いならともかく、よりにもよって公衆の面前で婚約破棄を突き付けたせいでその醜聞は瞬く間に社交界に広まり、子爵家の名誉は地に落ちてしまった。そんな醜聞を起こした息子と息子を誑かした嫁を嫌うなという方が難しいだろう。

よく、それで結婚を許したなと思うがその婚約破棄騒動のせいでそれ以来、嫁の貰い手が見つからなかったため、子爵家は渋々、ミアとの婚約を認めた。
が、諸悪の根源であるミアを姑がいい感情を抱くわけもない。特に姑は元婚約者の伯爵令嬢をとても可愛がっていたのでミアを子爵家の嫁として認めず、歓迎することはなかった。
それでも、ゾフィーの祖母は公平な人だったので私情は挟まずにミアを子爵家の嫁として、立派に育て上げようと尽力した。
が、元々、サボり癖のあるミアは姑の教育にすぐに音を上げてしまい、終いには姑が意地悪をする!と騒ぎ立てる始末。そのせいで嫁姑の関係は益々、険悪になってしまう。
ゾフィーの祖母は厳格で優秀な女性だったと聞くし、対してミアは自由奔放で我儘な性格だったから反りが合わないのも当然だろう。

結局、ゾフィーの祖母はゾフィーが生まれる前に亡くなったがミアは姑を嫌っていたため、姑と同じ髪を持って生まれたゾフィーを疎み、自分とよく似たソニアや跡取りのダークばかりを可愛がった。
ゾフィーの父親であるロンディ子爵も厳格な母親が苦手だったのかゾフィーに辛く当たった。
勤勉で努力家で優秀なゾフィーの性格が祖母を彷彿とさせるのも一つの要因だったかもしれない。
ゾフィーは頑張れば両親に褒められると思って精一杯やっただけなのに、酷い話である。

つまりは、ゾフィーがここまで家族から虐げられていたのはただ単に祖母に似ているからという身勝手な理由によるもの…。
ゾフィーの親は碌でもない非常識な人だと思っていたがここまで腐り切った大人だとは思わなかった。
そんな下らない理由でゾフィーを虐待していたのかと思うと怒りがこみ上げる。
同時に自分もゾフィーと似たような理由でずっと母に嫌われていたという事実を思い出した。
リエルも叔母に似ているという理由でずっと母から疎まれていた。
自分の何がいけないのかとずっと葛藤していたのにただ顔が叔母に似ているというだけであそこまで虐げられていたのだと聞き、愕然とした。
ゾフィーも…、私と同じような理由でずっと苦しめられてきたんだ…。
リエルはギュッと胸が苦しくなった。

そういえば、リヒターはもう一つ気になる事を言っていた。
ゾフィーの祖母の死は不審な点が多く残されていたらしいと。
前当主は病気で亡くなったがその直後に後追い自殺をしたとされている祖母だが自殺に見せかけた他殺の可能性があるとリヒターは言ったのだ。また、ロンディ子爵の弟の死にもリヒターは疑念を抱いた。
子爵の弟。つまりは、ゾフィーの叔父は兄よりも優秀だったが控えめで常に兄を立てるそんな好青年であったと聞く。だが、その弟は両親が死んだ後、隣国との小競り合いで起きた戦場に赴き、そこで戦死してしまった。
両親と弟が立て続けに亡くなる。確かに怪しい。ただの偶然とは思えない。何か陰謀の匂いがする。

「ゾフィー嬢の件だけでなく、そちらの方ももう少し探ってみます。上手くいけば、ロンディ子爵を捕縛する為のいい材料になるかもしれません。」

リヒターに任せておけば安心だろう。
今回の話を聞いて、リエルは直感した。
ゾフィーが行方不明になったのはロンディ家の仕業だ。
証拠もないが、確信めいた思いがあった。

「ゾフィー…。待ってて。必ずこの償いはさせるから…。」

あの母と同じような人間なら、ゾフィーに何かしらの危害を加えてもおかしくない。
大切な親友であるゾフィーに手を出したのだ。全てを暴いたら、あのロンディ家には然るべき報いを与えてみせる。リエルはそう決意した。




「だ、ダーク様?」

「…何だよ。」

「い、いえ!申し訳ありません!一瞬、目の錯覚かと…!」

沈んだ表情で入室した家庭教師はこの家の跡取り息子であるダークの姿を見て、ぽかんとしていた。
訝し気に名前を呼ぶと、家庭教師はブンブンと首を横に振り、ゴシゴシと何度も目を擦ってダークを見つめた。

「ほ、本物…!あ、あのダーク様が…、ダーク様が時間通りにきちんと机に座って待っていて下さるなんて…!」

感激です!と叫ぶ教師にダークは少し気まずそうに目を逸らした。
そう。勉強が大の苦手のダークはいつも勉強の時間をサボっていたのだ。
普通は家庭教師が来る頃には自分の部屋で勉強をする為に家庭教師を待っていないといけないのにダークはいつも家庭教師が来る前に部屋を抜け出して遊び呆けていた。
家庭教師は何とかダークに勉強をさせようとするがクビにするぞと脅して黙らせていた。
両親もダークの行動を叱ることなく、家庭教師の教え方が悪いと教師を叱っていた。
が、ゾフィーはそんなダークを叱りつけ、嫌がるダークを引きずってまで勉強机に座らせて、強制的に授業を受けさせた。姉が行方不明になってから、それもなくなっていたが。
ゾフィーがいなくなった今、ダークが授業を受けることはないだろうと暗い気持ちでいた家庭教師からすれば仰天するのも無理はない。今までのダークの行動が全てを物語っている。

「い、いいから、さっさと始めろ!」

「は、はい!」

教えてもらう癖に相変わらず上から目線な態度だがこれでも、ダークの態度はかなり改善したといっていい。家庭教師は慌てて、参考書を開いた。勉強が嫌いなサボり癖のあるダークが何故、急に真面目に授業を受ける気になったのか。それは…、知りたいことがあったからだ。

「で、では…、まずは歴史の授業から始めましょうか。」

「…それなら、ヴェルーティア王国の歴史について知りたい。」

「え!?」

あのダークが自主的に学ぼうとしている。家庭教師はびっくり過ぎて本を取り落としそうになった。





「リーゼ。本当にいいの?」

「うん。任せて!ちゃんと隅から隅まで掃除しておくから!」

「ありがとうー!助かるー!」

メイドに感謝をされつつ、リーゼは気にしないでと笑顔で答える。
むしろ、こっちがお礼を言いたい位だ。リエルはよし!と掃除用具を持って、息込んだ。
やっと、ソニアの部屋の掃除をするという名目で部屋に入ることができる。
リヒターに頼んで裏工作をしてもらったお蔭で本来、ソニアの部屋を掃除するメイドの仕事をいつもより倍に増やして貰った。そうして、忙しくて、手が空かない様子のメイドにリエルが手伝いを申し出たのだ。こうして、問題なく、リエルはソニアの部屋の掃除をするという仕事を勝ち取った。
メイドには大層、感謝をされてしまい、罪悪感で一杯になった。
ごめんね。元はといえば、私のせいなの。終わったら、ちゃんと他の仕事も手伝うから!
そう心の中で謝りながら、リエルはソニアの部屋に向かった。

部屋には誰もいない。早速掃除をしながらも部屋の中に手がかりはないか探した。

「あれ…?この、髪飾り…。」

リエルはソニアの部屋から出てきた髪飾りに目を留めた。葉と花の形をした銀の髪飾り…。
それはリエルがゾフィーへあげた物だった。リエルはゾフィーの妹に怒りが沸き上がった。
ゾフィーにあげた物がどうして、ここにあるのかなど明白だ。きっと、ゾフィーが行方不明になったことでゾフィーの物を取り上げて、自分の物にしたんだ。
これは私がゾフィーにあげた物だ。それを…、勝手にこんな…!
リエルは思わず怒りで震える拳を握り締めた。よく考えたら、あの妹はゾフィーから婚約者を横取りした事がある位だ。ゾフィーの私物を取る位、簡単にやってのけるだろう。
もしかしたら、他にもゾフィーの物が取られているのじゃないだろうか?
リエルはごそごそとソニアの部屋中を漁った。そして、ソニアの宝石箱から見覚えのある物を見つけた。

「…この、指輪…。ゾフィーの…!?」

それはエメラルドの指輪だった。求婚の証にゼリウスから贈られたその指輪をゾフィーはいつも指に嵌めていた。見間違いない。確かにあの指輪だ。指輪の裏にはちゃんとゾフィーとゼリウスの名前の頭文字が彫られている。
ソニアへの怒りが先程よりも更に強い怒りへと変わる。
彼女には聞きたいことが山ほどある。でも、今はその時期じゃない。リエルは怒りを押し隠し、深く深呼吸をした。

「ここの引き出し…、鍵がかかっている。」

リエルは引き出しを開けようとするが鍵がかかっているのであらかじめ持っていたピッキングの道具で鍵をこじ開けた。引き出しを開けると、中から出てきたのは…、黒っぽい焦げ茶色をした固形物と煙管だった。

「これって…、阿片!?」

リエルは思わずギョッとした。まさか、ソニア嬢は…、阿片に手を染めているというの!?
リエルはその事実に愕然とした。
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