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第百八十七話 一つ気が付いたことがあるの

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「リーゼ。」

「あ…、リヒャルト。」

ダークの部屋を出て行くと、すぐにリヒャルトに扮したリヒターが現れた。

「大丈夫ですか?ダーク様のお部屋にあなたが入っていったと聞きましたので…、」

「心配してくれたのですか?ありがとうございます。」

リエルはニコッとリヒターに微笑んだ。

「何かあったのですか?」

「ここではちょっと…、」

そう言って、人目を避けるようにリエルとリヒターは場所を変えた。

「ここなら、大丈夫でしょう。」

リヒターは空き部屋にリエルと入り、念のため鍵をかけた。

「誰にも尾行されてない?」

「ええ。問題ありません。」

リヒターの言葉にリエルはなら、良かったと胸を撫で下ろした。

「それで?何故、ダーク様の部屋に?」

「ちょっとした成り行きで…、」

「…ダーク様は跡取りとはいえ、まだ子供です。恐らく、内部の犯行ならロンディ夫妻とソニア嬢の可能性が高いでしょう。探りを入れる優先順位としては…、」

「分かってる。でも、どうしても、放っておけなかったの。」

「もしや、折檻を受けていたメイドを庇おうとしたのですか?」

「え、どうして、分かったの!?」

「それ位、分かります。お嬢様の性格上、見て見ぬ振りはできないでしょうから。あのダーク様の傍若無人ぶりは有名ですから。…ですが、お嬢様が部屋に入ってからは鞭の音は聞こえなくなりました。一応確認しますが…、何もされてはいませんか?」

リヒターの目が一瞬、スッと細められた。
リエルは勿論!と頷いた。

「ええ。大丈夫!掠り傷一つ負わされてないわ。正直、冷や冷やしたけど、上手く取り入ることができたの。」

「…そうですか。それは良かったです。ダーク様は命拾いしましたね。」

にっこりと笑うリヒターにリエルはえ…、と固まった。

「えーと…、リヒター?もしかして、私に何かあったら、ダークに何かしようとか考えてない、よね?」

「まさか。私がそのような事をするとでも?」

「…。」

リヒターならやりかねない。…と思ったが口には出さない。

「ですが、世の中は物騒ですから。何が起こるか分からない。そうでしょう?」

「…そ、そうね。」

リエルは真っ黒い笑みのリヒターに空恐ろしさを感じながら、口元を引き攣らせた。
もし、あそこでダークに鞭で叩かれていたら、ダークはどうなっていたんだろう。
いや。考えるのはよそう。リエルはリヒターの顔から目を逸らしながらそう思った。

「そ、そういえば…、リヒター。私、一つ気が付いたことがあるの。実は…、」

リエルはリヒターに先程、ダークと話した内容を伝えた。



「つまり…、お嬢様はダーク様がゾフィー嬢に対して、誤解をしているのでそれを解きたいと?」

「そう。ダークは多分、今まで甘やかされて育ったからあんな性格になってしまったんだと思うの。
親なら、子供が悪いことをしたら叱るものだし、悪いことは悪いと教えないといけないのに…。
あの夫婦はどうも、そういった当たり前のことができていない。
そんな育て方じゃダークがあんな我儘に育つのも無理ないわ。
きっと、ゾフィーはそうならないように心を鬼にして、弟を厳しく育てようとしたんだと思う。
それをダークはゾフィーが意地悪をしてくると勘違いして、唯一自分を叱ってくるゾフィーを邪魔になるようになったのかもしれない。周りがゾフィーを否定したり、馬鹿にしたから余計に周囲の影響を受けてしまったのかも…。」

「よくあることでしょう。跡取り息子だからと甘やかして育てた結果、プライドの高い我儘な性格になってしまったなど。子供を叱らずにやりたい放題に好きにさせていたら、我慢のできない理性のない大人になるだろうことは考えなくても分かる事だと思いますが。
それに気が付いていない時点であの夫妻は救いようがない馬鹿だとしか言いようがありません。」

「子供が可愛いから甘やかすのは分かるけど、親ならば子供を諭すのも親の役目なのに…。
あれは、よくない例だわ。このままじゃ、ダークは益々駄目な大人になってしまう。」

「放っておけばいいでしょう。親の育て方が悪かったとはいえ、あの年齢ならそろそろ自分で物事を考え、見極めていくべきです。気付こうと思えば幾らでも自分で気がつく筈…。
それを見落として、周囲に言われるがままに流されたのは彼自身の落ち度です。」

「それは確かにそうだけど…、」

口ごもるリエルにリヒターははあ、と溜息を吐きながら言った。

「そもそも、ダーク様もゾフィー嬢を疎み、虐げた人間の一人…。
お嬢様が気にかける必要はありませんし、そんな人間に手を貸す義理もありません。
ああいうタイプは後々、痛いしっぺ返しを食らい、勝手に自滅していきます。」

「そうだったとしても…、ううん。だからこそ…、私は間違いを正したいの!
そりゃ、私も誤解しているとはいえ、ゾフィーに冷たくしたダークを許せないという気持ちはある。
でも…、このままだと、ゾフィーが報われないじゃない!
ゾフィーは例え弟に嫌われてでもあえて厳しくしてダークの為にやってきたというのに…!」

それに…、リエルは目を伏せる。以前、ゾフィーがぽつりと家族について話してくれたことがある。
親や妹はともかく、弟がまだ幼い時は今とは違って仲が良かったのだと。よく自分の髪を触って嬉しそうにはしゃいでいる弟を見ていると、私が姉としてこの子を守っていこう。そう思ったものだと懐かしそうに話していた。でも、成長するにつれて弟は跡取りであることを鼻にかけ、少しずつ姉である自分を軽んじるようになってしまったのだと寂しそうに話していた。
あの時のゾフィーの表情…。きっと、ゾフィーは弟に対する家族としての情をまだ抱いている筈だ。
実の家族に傷つけられても家族の為に身を粉にして働く心優しいゾフィーなら、暴走していく弟の身を案じていることだろう。

「だから…、私はダークが抱いている誤解を解きたい!他ならぬ、ゾフィーの為に…!」

「あの我儘で癇癪持ちの子供がそう簡単に心を入れ替えると?」

「勿論、そう上手くいくとは思ってないわ。私がどれだけ頑張った所でそれがダークに届くかは分からない。彼が自分で気付かないと意味がないもの。私はあくまでもヒントを与える位しかできない。
それでも、ダークが頑なに今の態度を貫くと言うのなら、私も諦めるわ。でも…、できる事ならば、ダークには自分の罪を認めて、ゾフィーに謝って欲しい。そして、ゾフィーの味方になって欲しい。」

「…そうですね。」

リヒターはうっすらと微笑みと、リエルの考えに賛同した。

「ゾフィー嬢もきっと、本心では和解を望んでいる筈です。何を隠そう、彼女とダーク様は実の姉弟なのですから。」

「そうよね。私もゾフィーの気持ちが分かる気がするの。どれだけ嫌われても冷たくされても家族なのだから、憎み切れない…。心のどこかでいつか、家族として愛されたいという気持ちがあると思うの。」

リエルも昔はそうだった。母、オレリーヌにどれだけ冷たくされても母への愛を求め続けた。
私と母はもう引き返せない所まできてしまった。だからこそ、ゾフィーの為にダークとの関係を修復したいと思ったのだ。

「それに、ダークは心のどこかでゾフィーに対して姉としての情が残っている気がするの。だから、彼はまだ引き返せる。そんな気がするの。」

リヒターはリエルの言葉に頷き、薄っすらと笑った。

「私はお嬢様に従いますよ。素晴らしいお考えかと思います。」

「本当?リヒター。」

「ええ。こちら側に引き込めば、いいように利用できますしね。」

リエルは思わずピシッと固まった。
黒い笑顔を浮かべるリヒターからリエルはそろーと目を逸らした。
リヒターらしいと言えばリヒターらしいが相変わらずお腹の中が真っ黒な彼にリエルは口元が引き攣った。

「そういえば、お嬢様。話を戻しますが…、一つ面白い事が分かりましたよ。」

「え?」

リヒターはにっこりと笑ってリエルにある事実を伝えた。




「や、やっと終わった…。」

アルバートはぐったりと執務机に突っ伏して力なく呟いた。
別に肉体労働をしていたわけではないのだが今ままで溜まりに溜まっていた書類の山を片付け終えたばかりなのだ。ちなみにアルバートは徹夜で仕事をしていたため、昨夜から一睡もしていない。

セイアスから休暇中に溜まっていた仕事だと言われ、机に積まれた書類の山を目にした時は眩暈がした。
いや。確かに今までと比べて一番長い休暇ではあったがそれにしたってこの量はおかしい。
そう抗議したがセイアスは聞く耳持たずに慈悲の欠片もなく、きちんと期限内に終わらせるようにと冷たく言い捨てた。あいつの血は青い血でも流れているんじゃないだろうか。心の底からそう思った。

だが、とりあえず、これで一段落ついた。
ずっと詰め所に籠りっぱなしだったが漸く今日は家に帰れそうだ。ここ数日間、碌にリエルの顔を見れていない。帰りにリエルに会いに行こう。
アルバートは逸る気持ちでリエルに会いに行った。

「え?リエルはまだ帰って来てないのか?」

「はい。お嬢様はゾフィー嬢の行方を探す為に朝早くから街に出かけております。恐らく、お帰りは深夜になるかと…。」

「そう、か…。それじゃあ、仕方ないな。」

クレメンスの言葉にアルバートは残念そうに溜息を吐いた。

「俺もゾフィー嬢の捜索に専念したいんだけど…、今まで溜まってた仕事を片付けなきゃならなくてそこまで手が回らないんだ。」

「存じております。今まで長期休暇を使って旦那様の条件を達成するために各国を飛び回っていたのですから。旦那様もゼリウス様もおりますし、こちらはお任せください。」

「悪い。落ち着いたら、すぐに俺も協力するから。…あ、そうだ。これ、リエルに渡しておいてくれ。」

アルバートはリエルへの手土産に来る途中に菓子屋で購入したアップルパイをクレメンスに手渡した。
明日も仕事がある。一目顔を見ておきたかったけど、今回は諦めるか。そう思っていると、不意に馬車の音が聞こえた。外に出てみると、一台の馬車が停まっている。
もしかして…、アルバートは思わず馬車の扉に目を向けた。中から、出てきた令嬢は使用人の手を借りて、地面に降り立った。帽子を目深に被っていた令嬢はアルバートと目が合い、

「あら?アルバートじゃない。いつ、こっちに戻って来てたの?」

黒髪を揺らしてそう話しかける令嬢はセリーナだった。微笑みかけるセリーナに馬車を降りるのに手を貸した年若い使用人の男は思わず頬を赤らめた。社交界の花として有名なセリーナの美しさを目の前にすれば初心な男はひとたまりもないだろう。が、アルバートはがっくしと項垂れ、

「…何だ。セリーナだったのか…。」

はああ、と落胆した様な溜息を吐いた。

「ちょっと!?何よ!その態度は!人の顔を見て、あからさまに溜息を吐くとか失礼にも程があるんじゃないの!?」

「…ああ。悪い。悪気はないんだ。…気にするな。はあ。」

がっかり、とでも言いたげなアルバートにセリーナはピキリ、と額に青筋を浮かばせる。
持っていた扇を持つ手が震えた。

「こんな美人を前にして、何が不満なのよ!」

「いや。別に不満とかはないんだが…、」

「どうせ、思った相手と違ったんでしょう!悪かったわね!リエルじゃなくて!本当、失礼な男!」

セリーナはプンプンと怒りながら、屋敷の中に入っていく。

「それじゃあ、また、来る。リエルによろしくな。」

「はい。どうぞ、お気をつけて。」

今回はリエルには会えなかったがまた今度、会えるだろう。
そう思っていたがその後も全くリエルに会えない状態が続くとはアルバートは考えてもいなかった。
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