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第百六十七話 よし。行ったな。

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「毒蛇島は…、この森を抜けて、港町の数十キロ先にあるのか。」

地図を見ながら、アルバートは一人呟いた。とりあえず、日暮れまでには街につきそうだ。今日中に毒蛇島に行けるか?船や道具の調達次第だな。できれば、今日中に例の大蛇を仕留めたいのだが…、そう考えていると、アルバートは複数の気配を察知し、即座に警戒した。足音がこちらに近付いてきている。

すぐさま誤認操作の能力を発動させる。これで自分の姿は森と同化しているように周囲からは認識される。すると、ザッと茂みを掻き分けて、一人の少年が現れた。息を切らし、髪や服には葉っぱがついている。焦った表情を浮かべる少年はまるで何かに追われているようだった。その時、少年は木の根元に足を引っかけ、そのまま勢いよく転んでしまった。その直後に後から数人の武装した男達が現れた。
男達を見て、慌てて立ち上がって逃げようとする少年だったが、それより先に取り囲まれてしまう。

「鬼ごっこはもう終わりかい?お坊ちゃま。」

「クッ…!」

少年は悔し気に唇を噛み締め、男達を睨みつける。

「威勢のいい餓鬼だ。だが、それもいつまで持つだろうな?」

男達は少年をニタニタと厭らしい笑みで見下ろす。

「残念だったなあ?いつも守ってくれる頼みの姉はもういない。あの女も終わりだ。」

「っ、ふざけるな!姉上が…、姉上が死んだりするものか!」

「ハハッ!ほざいていろ!姉弟仲良く死者の世界に送ってやるよ。だが、その前に…」

男の一人が舌なめずりをした。その視線に少年がたじろいだ。

「最後に俺達で可愛がってやるよ。」

「っ…!ち、近づくな!」

事情は知らないが少年は貴族か何かでお家騒動か権力争いの為に殺されようとしているのだろう。
こういう薄汚い連中は高貴な血を引く貴族を穢すことに快楽を見出す。
少年は服装は汚れていても少女と見紛う線の細い美少年だ。その手の変態野郎は食指が動くだろう。
こんなことは貴族の世界ではよくあることだ。力のない者は踏みにじられ、強者が生き残る。単純な弱肉強食な世界だ。こういう厄介事には関わるべきじゃない。そう思っていたのだが…、

「姉上!助けて!姉上ー!」

「ハハハ!馬鹿な餓鬼だ!誰も助け何て来やしな、ッ!?」

必死に叫ぶ少年を嘲笑いながらも男達はその手を伸ばした。が、つい先程まで目の前にいた少年が突然、姿を消した。

「なっ!?き、消えた?」

男達はキョロキョロと辺りを見回した。

「そ、そんな馬鹿な事があるもんか!そこら辺にいる筈だ!捜せ!」

男達は慌てて近くを捜し始めた。やがて、男達が遠ざかっていくのを確認し、アルバートはそっと手を放した。

「…よし。行ったな。もう、大丈夫だぞ。」

アルバートがそう言うと、少年は戸惑いながらも安堵したようにホッとし、礼を言った。

「あ、ありがとう…。あの、あなたは何者なのだ?それに、さっきのは一体どうやって…、」

アルバートと少年は木の上にいた。奴らには見えなかったみたいだがアルバートは身体強化と高速の能力を使い、少年を抱きかかえて、そのまま空中を蹴って木に飛び移ったのだ。助けられた少年自身も状況がよく分かっていないのだろう。困惑した表情を浮かべている。

「俺はただの通りすがりの旅人だ。何だかヤバそうな雰囲気だったから咄嗟に助けたが…、まずかったか?」

「い、いや!そんな事はない。正直、助かった。で、でも、本当にさっきのは何が起こったのだ?
気が付いたら身体が浮いて、この木の上にいたのだが…、あなたがまるで風のような早さで僕を抱えてこの木に飛び移った気が…、」

「ああ。そうだな。さっきのはたまたまあいつらが間抜けだったから、気付かれずに済んだだけだ。運が良かったな。」

「え、いや…。あいつらは我が国では名の知れた凄腕の傭兵達で…、」

「そうなのか?じゃあ、名前だけで実力は大したことなかったんだな。」

「…いや。あいつらは僕の護衛の騎士達を全滅させる位に強かったのに…、」

アルバートの言葉に少年は愕然とした表情で呟いた。アルバートは少年が木から降りるのを手伝ってやり、地面に降り立つと、

「咄嗟に割り込んじまったが…、何か厄介事か?」

アルバートがそう訊ねると、少年がギクリ、と顔を強張らせた。

「まあ、話したくないなら、別にいいさ。それより、お前はこれからどうする?」

「ぼ、僕は…、」

少年は瞳を揺らし、不安そうな表情を浮かべた。やがて、少年は意を決したようにアルバートを見上げると、

「お願いがあるんだ!どうか、僕を…、毒蛇島まで連れてってくれないか!?」

「はあ?」

突然のお願いに眉を顰めるアルバートに対して、少年は必死の形相で詰め寄った。

「僕はすぐにでも…、毒蛇島に行かないといけないんだ!そうじゃないと、姉上が…、姉上が死んでしまう!」

「ちょ、おい。待て。落ち着け。」

とりあえず、少年に冷静になるように言い、アルバートは事情を聞くことにした。
少年の話を纏めると、こうだ。少年…、名をエミールと言うらしいがエミールの歳の離れた姉…、エミールにとっては母親代わりの姉が誤って毒を飲んでしまい、瀕死の状態らしい。その毒が国では製造と売買を禁止された危険な毒物らしく、解毒剤がどこにも売っていない。調合するのは可能だがその材料として、ファラル草という薬草が必要なのだろうだ。だが、ファラル草は希少価値が高く、数か所の国でしか育たない貴重な薬草だった。

「ファラル草って確か毒蛇島にも生息しているんだったな。」

ルイゼンブルク家は毒物や薬草に通じた一族。次期当主として、アルバートもありとあらゆる毒や薬の知識、その効果や生息場所、特徴などを頭に叩き込まれた。なので、アルバートはファラル草と聞いてすぐにその生息場所を言い当てることができた。

「そうなんだ!だから、そこでファラル草を見つけて持ち帰れば姉上が助かるかもしれないんだ!」

「やめとけ。お前、死ぬぞ。あの島の蛇は猛毒を持つ蛇しか生息していない。その中でも島の王者と呼ばれる大蛇は一番強力な毒を持っている。知っているか?そいつに一噛みされれば、一時間で死ぬと言われているんだ。噛んだ傷口からは肉が溶けて黒く変色する。…お前、そんな最後を迎えたいのか?」

エミールはビクッとし、恐怖で涙目になった。何だか、こちらがまだ小さい子供を虐めているみたいだが本当の事なのでアルバートは現実を教えてやることにした。

「でも、それだと姉上が死んでしまう!そんなの、嫌だ!」

聞けば、エミールの姉の毒は徐々に体を蝕み、七日間に渡って苦しみ抜き、最後は死に至るというかなりえげつない毒らしい。そして、今は姉が毒に侵されて三日目。事態は一刻を争う様だ。

「嫌だよ…!姉上が死んだら、僕は一人っぼっちになってしまうのに…!」

わああ、と泣き出すエミールにアルバートはどう対応したらいいのか分からない。こういう時、リエルだったら、泣き出した子供のあやし方も慰め方も上手くやるのだが…。残念ながら、アルバートはリエルと違って、子供の扱いがよく分からない。

「僕は…、姉上を助けたいんだ!」

泣きじゃくるエミールを見下ろしながら、アルバートはそれなら…、と一つの提案をした。



毒蛇島とは、その名の通り、無数の蛇が生息する蛇だらけの島だ。
しかも、生息している蛇は毒蛇ばかり。昔は人間も住んでいたらしいが毒蛇の被害が多すぎて、今では人間は誰も住んでいない。今では、毒蛇が占拠した無人島と化している。
この島に住む毒蛇は普通の毒蛇と違い、そこらへんの毒蛇とは比べ物にならない位の脅威的な猛毒を持っている。しかも、島には世界最大の大蛇が生息している。勿論、この蛇も例にもれず毒蛇。
しかも、毒蛇の中では一番危険な毒を持っているといわれている。その毒は一噛みされただけで肉が爛れ、黒く壊死し、死に至らしめるといわれている。しかも、かなりの短時間で。
何故、そこまで恐ろしい毒蛇が存在しているのか。
一説によれば、島で独自の突然変異を遂げ、ここまで変化したといわれている。その為、その大蛇が毒蛇島の王者ともいわれている。…そんな危険生物をルイは捕獲してこいというのだ。正直、趣味を疑う。
一体、そんな危険な蛇を捕まえて何がしたいのか。怖くて、聞けやしない。

「あいつ、どんだけ俺が嫌いなんだ。悪意しか感じねえぞ。」

アルバートはブツブツ呟きながら、歩き続ける。時々、不意打ちを狙って噛みつこうとする毒蛇を薙ぎ払いつつ。

「これも外れか。」

もう何匹仕留めたか覚えてないが中々、目当ての大蛇が見つからない。もっと、奥なのか?そう思いながらも先を進むと、

「うわああああ!」

不意に聞き覚えのある声が聞こえた。この声変わり前の少女のような高い声…。アルバートが声のある方に向かえば、案の定、そこにはエミールがいた。見れば、数匹の毒蛇から逃れようと木に登ってしがみついている。が、蛇は木が登れる。エミールを獲物として認識した蛇は木を伝ってエミールに向かっていく。

「チッ!」

あいつ、港で待っていたんじゃなかったのか!アルバートはそう思いつつ、エミールの周囲に防御壁を張り、蛇を斬撃波で斬り伏せた。

「エミール!何でお前、こんな所にいるんだ!」

「うう…。だって…、」

エミールがどうしても例の薬草が欲しいというのでアルバートが大蛇を捕獲するついでに探してとってきてやると約束したのだ。だが、毒蛇島は危険だから、港で待っているようにと言い聞かせた筈。
それなのに…、

「あ、あいつらが…、港まで追ってきたらと思うと怖くなって…、アルバートの所に行けば安全かもって…、」

「安全なもんか!ここがどういう所かちゃんと説明しただろ!」

そうアルバートが怒鳴ると少年はうう…、と涙目になった。こいつ、男の癖によく泣くな。まあ、まだ餓鬼だからこんなものか。…仕方ない。ここまで来てしまったなら一緒に連れて行くしかないだろう。とりあえず、防御壁は張ったまま、アルバートはエミールを連れて進むことにした。

「ぎゃあ!?で、出たあ!」

「うきゃあああ!ま、また!」

「う、うわあああ!あ、アルバート!あ、あの蛇達、共食いをしだした!こ、怖いよー!」

「うるっせえ!お前が騒ぐと、余計に蛇が寄ってくるんだよ!ちょっとは静かにしてろ!」

蛇に襲われる度に悲鳴を上げ、アルバートに抱き着く。
さすがに振り払う訳にもいかないが、蛇を返り討ちにするが邪魔だし、エミールが騒ぐせいで次から次へと毒蛇が寄ってくる。さっきよりも蛇の遭遇率が高い。

金髪緑眼のエミールはまるで少女のように愛らしい容姿をしている。が、アルバートに男色の気はないし、そもそもリエル以外しか眼中にないのでエミールに抱き着かれる度に辟易した。これがリエルだったら大歓迎なのに…。そんな事を考えながら、げんなりとしていると、

「うわ…。」

「ヒッ…!?」

いた。体長が十メートル以上はある巨大な黒い大蛇。だが、アルバートは近づきたくなかった。
何せ、絶賛大蛇の食事中だったからだ。

「し、鹿を…、食べてる!?」

大蛇は鹿を丸呑みしていた。頭から丸呑みし、まだ身体は半分残っていた。
だが、鹿はもうピクリとも動いていない。恐らく、もう死んでいるのだろう。
獲物に襲い掛かって噛みつき、毒で絶命させ、抵抗しなくなった獲物をゆっくりと捕食する。
それが蛇の狩りの手段だ。

エミールは顔面蒼白で今にも倒れそうだ。アルバートも今すぐ回れ右して帰りたくなった。何で仕事以外でこんなえげつない場面を見なきゃいけないんだ。
これを捕獲しなければならないとか最悪だ。食事中にちょっかいをかければ威嚇してくるに決まっている。しかも、あんな巨大で気持ち悪い蛇を持ち帰らないといけないのか。…最悪だ。アルバートは苦虫を噛みつぶした表情を浮かべた。すると、大蛇がアルバートを見据えた。正確にはアルバートではなく、エミールをじっと見ている。あの蛇、絶対にこの餓鬼を餌として認識している。

「うわあああ!こっち見た!」

エミールはアルバートの背後に隠れる。アルバートは仕方なく腹を括ることにした。ここまできたら、やるしかない。蛇はアルバートにグワッと口を開けて襲い掛かった。迫りくる蛇の攻撃を見極め、アルバートは一度態勢を低く身構えた。
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