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第百六十三話 見つけたぞ!

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ザクッザクッと降り積もった雪の上を一人の男が黙々と歩いていた。薄汚れた灰色のフードを被った男は長時間休むことなく、歩き続けている。ひたすら、頂上を目指して。ここは氷山の一角。世界一高い山として知られているエルレスト山だ。道のりはまだ遠く、険しい道は続いている。

「くそっ…!さっきは雪崩に巻き込まれそうになったせいで時間を食ったな。」

そう悪態をつき、男は歩き続けた。バサ、とフードを脱ぎ、辺りを見回す。
フードを脱いだ男の正体はアルバートだった。はあ、と息を吐く。
だんだんと酸素の量が少なくなってきているな。高い山に登ると、酸素の量が少ない環境下に置かれるからそれも当たり前か。こうした標高の高い山の登山は一般の人間には厳しい条件だが、能力を使えば問題ない。『酸素供給。』と心の中で呟くと、身体の中で十分な酸素供給の循環がされ、息苦しさが軽減した。ついでに体力回復と加速の能力も使った。よし、これなら、早く着きそうだ。アルバートはガサリ、と一枚の紙を取り出した。それは、例の条件書だった。

ルイ・ド・フォルネーゼはリエル・ド・フォルネーゼとアルバート・ド・ルイゼンブルクとの交際を許可する条件として、以下のものを所望する。

一.エルレスト山の宝石の女王
二.幻の島に住むエラルド鳥
三.セーラ川に生息する人食い魚
四.毒蛇島に生息する大蛇
五.熱帯雨林に生息する密林の王者
六.陶芸家、イグアス創作の一級品の皿
七.夜明けの森に生息するルピア草
八.青の鍾乳洞の夜光石
九.鍛冶職人、ドゥリンにより制作された七つの宝石と銀製の宝剣
十.南の海に棲息する珊瑚

「あの野郎…。無茶苦茶な要求をしやがって。」

アルバートは写しをとった契約書を見ながらそう呟いた。宝石の女王は頂上の近くの洞窟の中にあるらしい。足場の悪い道を通り、道がない時は崖を登り、最短ルートで登った。

「ここか…?」

アルバートはそう呟きながら、コツコツと足音を立てて、洞窟らしき中に入った。

「宝石の女王って本当にあるのかよ?これ、デマだったら無駄足じゃねえか。」

そう愚痴りながらアルバートは先を進む。
やがて、一番奥に辿り着くと、そこには…、たくさんの鉱物が無数にあった。緑にも青にも紫にも見える不思議な色合いをした神秘的な美しい宝石。

「本物だよな?これ…。」

アルバートは鉱物の一つに近付き、じっと観察する。本で書いてある通りだ。間違いない。この山でしか採れないといわれている宝石の原石だ。

「…よっしゃ!見つけたぞ!」

アルバートはグッと拳を握り締め、興奮で身震いした。これで一つ目の条件はクリアできる。アルバートは喜び勇んで鉱石を手に取った。

「そうだ。折角だから、リエルにも土産に持って帰るか。この宝石でブローチでも作って貰って…、」

アルバートはそう呟きながら、洞窟を後にした。




「お嬢様!申し訳ありません!わ、私がいたばっかりにお嬢様にとんだご迷惑をおかけして…!」

考え込んでいたリエルの前にメリルが平身低頭に謝った。
男に絡まれていたのがよっぽど怖かったのかメリルを先に戻らせて落ち着くまで休ませるように伝えたのだがどうやら、正気に戻ったみたいだ。

「あ、ううん。あれはメリルのせいじゃないわ。私こそ、もっと早くに助けてあげられなくてごめんね。」

「お、お嬢様あ!」

メリルは終いには泣き出して、リエルに抱き着いた。

「わわ!?」

いきなり抱き着かれたリエルはそのまま後ろに倒れ込みそうになったが…、ぽふんと後ろから誰かに抱き留められる。

「…だ、大丈夫ですか?お嬢様。」

「あ、ありがとう。サラ。」

護衛のサラが庇ってくれたおかげで転ばずに済んだ。ほっとするリエルにサラがべりっとメリルを引き剥がし、

「こら、メリル。お嬢様を困らせるのではない。」

「うう…!すびばせん…。お、おびょうざまがあまりにもやざじずぎるから…、」

「あの、メリル。とりあえず、これ使って?」

メリルは泣きすぎて顔が悲惨な事になっていた。ついでに嗚咽交じりの為に何を言っているのかよく分からない。見かねたリエルはそっとハンカチを差し出した。その直後にまたしてもメリルの涙腺が崩壊してしまったのだが。ど、どうしよう。とおろおろするリエルにサラは溜息を吐きつつ、

「お嬢様。いいのです。メリルは泣いたら暫く泣き止みませんし、このままそっとしておきましょう。」

「え、ええ…?でも…、」

「大丈夫ですから。しばらくすればまた、ケロッとしていつものメリルに戻ってますから。」

「は、はあ…。」

サラのドライすぎる対応にリエルは迷ったが今、メリルの傍にリエルがいたらそれはそれでヒートアップするので逆効果です、と言われたのでリエルはサラの言う通りにすることにした。



「ふう…。」

リエルは長椅子に座り、一息ついた。そして、ふとサミュエルから聞いた話を思い出した。

あの某伯爵子息は悪友達と中身のない自慢話や噂話で盛り上がっている所だったそうだ。
彼らは酒も飲んでいた様でかなり酔っていた様子で随分と騒がしい声で話していたので距離が離れていてもその会話が筒抜けな為、聞きたくもない会話が耳に入ってきたと。
その内、自分の話題になり、リエルの事を軽視した発言をしていたみたいだ。よっぽどあの時、チェスで負けたのが悔しかったのだろう。
その時、アルバートを見かけた伯爵子息が絡んだそうだ。そのまま無視して、背を向けたアルバートだったが男がアルバートに肩を掴んで何かを囁いた。

そこまでは姉から聞いた話と一致している。そして、男が何かを囁いて、それがきっかけでアルバートは男を殴り飛ばした。リエルが知っているのはそれだけだ。あの男が何を囁いたのかは知らない。
だが、サミュエルには彼が何を言っていたのか聞こえていたらしい。
あの男はアルバートにこう言っていたそうだ。

あのような男を立てる事もできない生意気な女と何故、すぐに婚約破棄しなかったのだ?
もしかして、見た目とは裏腹に娼婦顔負けの手練手管があるのか?それなら、是非自分も味見をしておくべきだったな、と。それを言い終わるか言い終わらないかでアルバートは男を殴り飛ばしたそうだ。

サミュエルは突然の事態に動くことができずにいたらしい。
男のあまりにも無礼な物言いにもそうだが、アルバートがいきなり男を殴り飛ばすとは想定できなかったからだ。それで終わるかと思いきや、アルバートは気絶した男に馬乗りになり、何度も殴り続けた。
警備の兵ですらアルバートを止めることができず、返り血を浴び、狂ったように男を容赦なく殴り続けるアルバートはまるで獣のようで…。
その時、サミュエルはルイゼンブルク家が狼と呼ばれたその理由が分かった気がした。
理性を失ったアルバートはまさに獰猛な狼のようだった。さすがにこのまま放置していれば相手が死んでしまうと判断したサミュエルは慌ててアルバートを止めた。冷静になるように声を掛けたがアルバートは全く聞く耳を持たない。終いには邪魔をするなとでも言いたげに睨みつけられ、今にも飛び掛からん勢いのアルバートにサミュエルは能力を使い、実力行使でアルバートを気絶させた。

同じ薔薇騎士とはいえ、アルバートはまだ薔薇騎士になったばかり…。薔薇騎士になって数年の年数を重ねたサミュエルと比べれば実力差が明らか。あっさりとアルバートを昏倒させたサミュエルはすぐに某伯爵子息を治療するように指示を出し、すぐにこの件を主である皇帝に報告したのだった。

サミュエルから聞いた話だと、アルバートは最後まで殴った理由を話さなかった。
ただ、あの男が目障りだったからだとしか語らなかったそうだ。それは、きっと自分に負い目を感じさせない為…。自分を守る為だった。それを知ったリエルはアルバート…、と心の中で名前を呼んだ。

―会いたいな…。会って、この気持ちをあなたに伝えたいのに…。

リエルは心に決めた。私はアルバートを信じて、彼の帰りを待つことにしようと。
アルバートが嘘を吐くのも隠すのもきっと、私の為だ。セイアス様やサミュエル様の話からもアルバートがどれだけ、私を想ってくれたかを改めて知ることができたのだから…。
そんな風にリエルが心の中で思っていると…、

「お嬢様。お嬢様宛てにお手紙が届いております。」

「ありがとう。」

侍女から渡された手紙を受け取り、リエルはその差出人に目を瞠った。

「えっ?アルバートから!?」

リエルは驚きながらもいそいそとペーパーナイフで手紙を開封した。
無事にエルレスト山での任務を終えたので次の任務に出発するらしい。次の任務はある島の調査みたいだが…、

「えっ?この島って…、確か幻の島といわれている立ち入り禁止区域だった筈じゃ…、」

幻の島。湖や自然に囲まれた美しい島だが、その島に外部の人間が近付くことはおろか接触したり、足を踏み入ることは固く禁じられている。
何故なら、その島に行ったら最後、命を落とすといわれているからだ。
その島は確かに一見、美しく、楽園のような島だがその島に住む先住民が島以外の人間との接触を固く拒んでいる。その為、彼らは現代文明の発展がなく、自給自足の生活をし、島の人間達だけで暮らしている。武器も弓矢や槍を使って狩りをするという狩猟民族。そこの島だけは時が止まったかのように大昔の時代と同じ文明のままだといわれている。

それだけなら、危険なことはないように思えるが危険なのはその先住民だ。
彼らは凶暴で攻撃的な為、外部の人間を見かけたら、誰だろうと攻撃して殺してしまう傾向にある。
実際、難破した船に乗っていた人達や遭難や密猟で流されてしまった人間等が先住民に殺されたということもある位だ。その為、その島は危険な場所として認定され、立ち入り禁止区域となってしまったのだ。

そんな島に行くなんて大丈夫なのだろうか?アルバートは仕事だといっていたがそれは嘘なのだと知っている。なら、何の為に?もしかして、独自の調査でわざわざこんな危険な島に行ったのだろうか?考えても分からないことだがリエルはアルバートの身を案じた。
アルバートが強いのは知っている。でも…、そんな島の実態もよく分かっていない危険な場所に行って大丈夫だろうか?島の先住民は屈強な戦士が集っていると聞くし、弓の名手が数多くいるかもしれないというのに…。先住民の数もどれ位いるのか不明だというのに一人でいって無事に戻ってこれるのだろうか?

リエルは悶々と考え込み、アルバートに何かあったらどうしよう、と悩んだ。
が、そんな悩みは全くもって杞憂であることをリエルは後に思い知ることとなる。
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