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第百五十六話 た、食べたいんだろ?
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「リエル。結構、歩いたから疲れただろう?少しカフェで休憩しないか。お茶の時間には丁度いいだろ。」
「あ…、もうそんな時間なんだ。」
確かにそろそろおやつの時間だ。昼食を食べてから時間も経っている。それに気が付いたら急激に甘い物が食べたくなった。
「この近くにいい店があるんだ。良かったら、そこに行かないか?」
「いいお店?」
「パンケーキが有名なカフェ、『ムーンストーン』ってお店だ。」
「パンケーキ!?」
リエルはぱああ、と満面の笑顔になった。リエルはパンケーキも大好物なのだ。
「嬉しい!そういえば、最近、パンケーキ食べていなかったの。」
「じゃあ、行くか。」
「うん!」
アルバートの差し出された手にリエルは手を重ねた。
『ムーンストーン』は外観も内装もお洒落なお店だった。優しくて、品がある落ち着いた感じのいいお店だ。リエルは興味深そうに店内を見回す。
「リエル。ここは期間限定のメニューもあるらしいぞ。お前の好きそうな林檎とヨーグルトのパンケーキっていうのがあるぞ。」
「林檎のパンケーキ!?」
ほら、とアルバートがメニューを見せてくれる。そこには、可愛いイラストつきで林檎のパンケーキのメニューが載っている。
「うわあ…。美味しそう。」
「まあ、期間限定以外にも色んなパンケーキがあるからな。ゆっくり見て、決めたらいい。」
「うん!そうするわ。あ…、」
リエルは別のメニューのキャラメルと蜂蜜のパンケーキに目を留めた。これも美味しそう。どうしよう。目移りしてしまう。でも、林檎のパンケーキは今しか食べれないし…。うーん、と悩むリエルにアルバートは
「どれと迷っているんだ?」
「あ…、えと…、これとこのパンケーキを…、」
そう言って、リエルはキャラメルと蜂蜜のパンケーキと期間限定のパンケーキを指差した。
「なら、半分ずつにするか。」
「え、いいの?」
「俺は別にこだわりはないからな。飲み物は…、紅茶でいいか?」
「うん!ありがとう!アルバート。」
リエルが頷いたのを確認すると、メニューを閉じ、アルバートは注文をした。
「お客様!ご注文はお決まりですか?」
「…いや。注文ならさっきしたんだが。」
「あら、失礼しました!」
「お水のお代わりは如何ですか?」
「結構だ。」
入れ替わり立ち代わりで店員が声を掛けてくる。先程から、似たようなやり取りが数回繰り返される。
他にも追加のご注文は…、等と何かと用事を見つけてくる店員にリエルは苦笑した。アルバートに話しかける店員の積極性は凄まじい。そういえば、さっき席まで案内してくれた店員さんもアルバートに見惚れて固まっていたな。
「見て見て!あの人、超かっこよくない!?」
「めちゃくちゃいい男よね!」
店内にいる女性客の興奮した声にリエルは凄い人気だなと感心した。
確かに社交界でもいつも令嬢達に取り囲まれている位の人気ぶりだ。アルバートはどこででもモテるのだなと思っていると、
「けど、一緒にいる女、大したことなくない?」
そこまで大きな話し声ではない。それでも、リエルにはしっかりと聞こえてしまった。何気ないその言葉にリエルはピクッと固まる。
「確かに…。地味だし、パッとしないよね。」
「っていうか、全然釣り合ってないじゃん。」
「しかも、何?あの眼帯。気味が悪い…。」
クスクスと嘲笑する声にリエルはキュッと膝の上に置いた手に力を籠める。
分かっている。そんなの、私が一番分かっている…。アルバート程の眉目秀麗な美貌を持つ彼の隣に立つのに私がふさわしくないというのは自覚している。
私はお母様やお姉様みたいに色気溢れる美女でもないし、あのリーリアのように可憐で守ってあげたくなるような美少女でもない。本当に地味で普通の女だ。
十分すぎる程に分かっているから、それ以上言わないで欲しい。リエルは思わずその場で耳を塞ぎたくなった。こんな悪口、慣れている筈だ。それなのに、どうして、私は…、こんなに…。
ズキズキと痛む心に思わず俯いた。
すると、さっきまで忍び笑いをしていた女達の声がピタッと止まった。「ヒッ…!」と怯えたような声がする。その次の瞬間…、
『きゃああああ!?』
ガシャン、パリン、ガッターン!という激しい音と同時に悲鳴がした。思わず顔を上げて、後ろを振り返ると…、
「え!?」
見れば、テーブルや椅子が倒れており、テーブルの上に置かれたパンケーキやパフェが床に散乱している。
そこに座っていたらしき女性達が尻餅をついて、クリームやジャム塗れになっていた。
「い、一体何が…?」
リエルが呆然と呟いた。よく見れば、テーブルと椅子の脚が折れていた。
「…さあ。机と椅子が脆くなっていたんじゃないか?」
アルバートは平然と紅茶を飲み、そう言った。
古くなって老朽化し、それで倒れたのだろうか?でも、あそこまで放置しておくものだろうか?
普通、飲食店はお客様に不快な思いをさせないよう細心の注意を払う。店の中のテーブルや椅子が古くなっていたらすぐに買い替える位しそうなのに…。いや。そもそも、あんなに勢いよく壊れるものだろうか?
リエルが混乱した頭でそう考えていると、
「いった…!ちょ、何よ!これ!」
「やだ!もう!気持ち悪い!」
「何であたしがこんな目に…!」
痛そうだが、それ以上にべたべたして気持ち悪いそうだ。ん?っていうか、あの声…。さっき、私の事を話していた女性達の声に似ていた様な…。
「リエル。店員が何とかしてくれるだろうから気にする必要はないさ。」
アルバートがフッと笑って言った。その笑みにリエルは既視感を抱いた。
「アルバート…。」
「運が悪かったな。あの客は。それにしても、たまたまテーブルと椅子が壊れるなんて、こんな事あるんだな。」
笑顔で話すアルバートにリエルはふと、何だか彼の表情がどことなくリヒターと似通ったものを感じた。
どうして、こんな時にリヒターと被って見えるのかリエルには分からなかった。この二人、外見も性格も全然違うのに…。
「お、お待たせしました。キャラメルと蜂蜜のパンケーキ、期間限定のパンケーキになります。」
「わあ!」
リエルは注文したパンケーキを前にして、歓声を上げた。意識は完全にパンケーキに向けられる。
「美味しそう!どれから、食べよう…。」
二つのパンケーキを見比べながら悩むリエルにアルバートは笑った。
あ…、さっきの笑顔とちょっと違う。とても優しくて温かい笑顔だ。こっちの方がアルバートらしくて、安心する。リエルはそう感じた。
「柔らかくて、美味しい…!ここのパンケーキ、すっごくフワフワしているのね!」
「気に入ったか?」
「うん!とっても!」
「…今度は貸し切りにするか。」
ぼそり、と呟かれた言葉にリエルはよく聞き取れずに首を傾げた。
もう一口、パンケーキを口に運ぶ。
ああ…。幸せだ。ルイにも食べさせてあげたいな。あの子も甘い物に目がないから、こういうの好きだろうな。そう思いながら、リエルは上機嫌でパンケーキを咀嚼した。
現金なもので先程の嫌な気分も綺麗さっぱり忘れてしまった。
「あ、リエル。口の端にクリームついているぞ。」
「え!?」
慌てて口の端を拭うリエルだったが
「違う。こっちだ。」
反対側の口の端をナプキンで拭われる。
「あ、ありがとう…。」
「全く…。子供みたいだな。」
口ではそう言いながらもその口調に嫌味や批判は見られない。柔らかい表情を浮かべている。
リエルは思わず胸が温かくなった。
「ん?どうした。じっと見て。ああ。こっちのパンケーキ食べたくなったのか?」
リエルの視線をどう勘違いしたのかアルバートはパンケーキを食べたいと思い、パンケーキを一切れ、フォークに突き刺して差し出した。え…、と戸惑いがちにアルバートとパンケーキを交互に見るリエルに
「た、食べたいんだろ?ほ、ほら!く、クリームが垂れる前に早く食べろ!」
自分でやってて今更、恥ずかしくなったのかアルバートは顔を赤くして焦ったようにそう言った。
リエルは恥ずかしそうにしながらもおずおずと身を乗り出し、口を開けてパンケーキにパクッとかぶりついた。
「あ、甘い…。」
「そ、そりゃ、パンケーキだからな。」
かああ、とお互いに顔を赤くしながらもリエルはふと、自分の前に置かれたパンケーキに視線を落とした。一瞬、躊躇したが意を決して、パンケーキを切り分けると、
「あ、アルバートも…、えっと、召し上がれ?」
何故か最後は疑問形になってしまったがリエルはアルバートにパンケーキを差し出した。アルバートは予想外だったのか目を見開いたが拒否することなく、パンケーキを口にした。
「こ、こっちも甘いな…。」
「…うん。」
アルバートの言葉にリエルはコクン、と頷いた。今日のパンケーキは格別に甘い味がした。それは、きっと、パンケーキの味だけではなかったからだろう。リエルは恥ずかしいがほんわかとした気分で幸せな一時を過ごした。
アルバートに屋敷まで送ってもらい、リエルはアルバートに向き直ってお礼を言った。
「今日はありがとう。アルバート。凄く楽しい一日だった。」
「そうか?なら、良かった。今度は、古書巡りでもするか?」
「古書!?い、いいの?そんなのに付き合わせちゃって…、」
「俺がリエルと行きたいんだ。…駄目か?」
「ううん!駄目だなんてそんな事ない!嬉しいわ!ありがとう!」
「じゃあ、また都合のいい日を教えてくれ。俺も予定を空けておくからさ。」
リエルは満面の笑顔で頷いた。嬉しい。また、次のデートもできるなんて…。リエルはうふふ、とだらしなく緩んだ頬に手を当てた。
「リエル。」
不意にアルバートに名を呼ばれ、顔を上げた。スッと顔を近づけるアルバートにリエルはドキッとした。も、もしかして…、キスされる…?思わず目をギュッと瞑る。数秒、そのままでいたリエルだったがチュッと頬にキスをされた。
「じゃあ…、またな。」
そう微笑んでアルバートは馬車に乗り込んだ。リエルは頬に手を当てながら、呆然とその場に佇んだ。
―キス、された…。アルバートに…。うわあああ。デート終わりにキスされるなんて、本当に恋人同士みたい!
みたいではなく、れっきとした恋人同士なのだがリエルの中ではまだまだその実感がない。アルバートにキスされるのは嬉しい。とても嬉しいのだが…、一つだけ気になる点があった。
―頬じゃなくて、唇でも良かったのに…。って、あたしったら何てはしたないことを…!
慌ててリエルは自分の考えを恥じ入るかのようにブンブンと首を振った。
何故、アルバートが唇ではなく、頬にしたのかその理由をリエルは知らない。
「あ…、もうそんな時間なんだ。」
確かにそろそろおやつの時間だ。昼食を食べてから時間も経っている。それに気が付いたら急激に甘い物が食べたくなった。
「この近くにいい店があるんだ。良かったら、そこに行かないか?」
「いいお店?」
「パンケーキが有名なカフェ、『ムーンストーン』ってお店だ。」
「パンケーキ!?」
リエルはぱああ、と満面の笑顔になった。リエルはパンケーキも大好物なのだ。
「嬉しい!そういえば、最近、パンケーキ食べていなかったの。」
「じゃあ、行くか。」
「うん!」
アルバートの差し出された手にリエルは手を重ねた。
『ムーンストーン』は外観も内装もお洒落なお店だった。優しくて、品がある落ち着いた感じのいいお店だ。リエルは興味深そうに店内を見回す。
「リエル。ここは期間限定のメニューもあるらしいぞ。お前の好きそうな林檎とヨーグルトのパンケーキっていうのがあるぞ。」
「林檎のパンケーキ!?」
ほら、とアルバートがメニューを見せてくれる。そこには、可愛いイラストつきで林檎のパンケーキのメニューが載っている。
「うわあ…。美味しそう。」
「まあ、期間限定以外にも色んなパンケーキがあるからな。ゆっくり見て、決めたらいい。」
「うん!そうするわ。あ…、」
リエルは別のメニューのキャラメルと蜂蜜のパンケーキに目を留めた。これも美味しそう。どうしよう。目移りしてしまう。でも、林檎のパンケーキは今しか食べれないし…。うーん、と悩むリエルにアルバートは
「どれと迷っているんだ?」
「あ…、えと…、これとこのパンケーキを…、」
そう言って、リエルはキャラメルと蜂蜜のパンケーキと期間限定のパンケーキを指差した。
「なら、半分ずつにするか。」
「え、いいの?」
「俺は別にこだわりはないからな。飲み物は…、紅茶でいいか?」
「うん!ありがとう!アルバート。」
リエルが頷いたのを確認すると、メニューを閉じ、アルバートは注文をした。
「お客様!ご注文はお決まりですか?」
「…いや。注文ならさっきしたんだが。」
「あら、失礼しました!」
「お水のお代わりは如何ですか?」
「結構だ。」
入れ替わり立ち代わりで店員が声を掛けてくる。先程から、似たようなやり取りが数回繰り返される。
他にも追加のご注文は…、等と何かと用事を見つけてくる店員にリエルは苦笑した。アルバートに話しかける店員の積極性は凄まじい。そういえば、さっき席まで案内してくれた店員さんもアルバートに見惚れて固まっていたな。
「見て見て!あの人、超かっこよくない!?」
「めちゃくちゃいい男よね!」
店内にいる女性客の興奮した声にリエルは凄い人気だなと感心した。
確かに社交界でもいつも令嬢達に取り囲まれている位の人気ぶりだ。アルバートはどこででもモテるのだなと思っていると、
「けど、一緒にいる女、大したことなくない?」
そこまで大きな話し声ではない。それでも、リエルにはしっかりと聞こえてしまった。何気ないその言葉にリエルはピクッと固まる。
「確かに…。地味だし、パッとしないよね。」
「っていうか、全然釣り合ってないじゃん。」
「しかも、何?あの眼帯。気味が悪い…。」
クスクスと嘲笑する声にリエルはキュッと膝の上に置いた手に力を籠める。
分かっている。そんなの、私が一番分かっている…。アルバート程の眉目秀麗な美貌を持つ彼の隣に立つのに私がふさわしくないというのは自覚している。
私はお母様やお姉様みたいに色気溢れる美女でもないし、あのリーリアのように可憐で守ってあげたくなるような美少女でもない。本当に地味で普通の女だ。
十分すぎる程に分かっているから、それ以上言わないで欲しい。リエルは思わずその場で耳を塞ぎたくなった。こんな悪口、慣れている筈だ。それなのに、どうして、私は…、こんなに…。
ズキズキと痛む心に思わず俯いた。
すると、さっきまで忍び笑いをしていた女達の声がピタッと止まった。「ヒッ…!」と怯えたような声がする。その次の瞬間…、
『きゃああああ!?』
ガシャン、パリン、ガッターン!という激しい音と同時に悲鳴がした。思わず顔を上げて、後ろを振り返ると…、
「え!?」
見れば、テーブルや椅子が倒れており、テーブルの上に置かれたパンケーキやパフェが床に散乱している。
そこに座っていたらしき女性達が尻餅をついて、クリームやジャム塗れになっていた。
「い、一体何が…?」
リエルが呆然と呟いた。よく見れば、テーブルと椅子の脚が折れていた。
「…さあ。机と椅子が脆くなっていたんじゃないか?」
アルバートは平然と紅茶を飲み、そう言った。
古くなって老朽化し、それで倒れたのだろうか?でも、あそこまで放置しておくものだろうか?
普通、飲食店はお客様に不快な思いをさせないよう細心の注意を払う。店の中のテーブルや椅子が古くなっていたらすぐに買い替える位しそうなのに…。いや。そもそも、あんなに勢いよく壊れるものだろうか?
リエルが混乱した頭でそう考えていると、
「いった…!ちょ、何よ!これ!」
「やだ!もう!気持ち悪い!」
「何であたしがこんな目に…!」
痛そうだが、それ以上にべたべたして気持ち悪いそうだ。ん?っていうか、あの声…。さっき、私の事を話していた女性達の声に似ていた様な…。
「リエル。店員が何とかしてくれるだろうから気にする必要はないさ。」
アルバートがフッと笑って言った。その笑みにリエルは既視感を抱いた。
「アルバート…。」
「運が悪かったな。あの客は。それにしても、たまたまテーブルと椅子が壊れるなんて、こんな事あるんだな。」
笑顔で話すアルバートにリエルはふと、何だか彼の表情がどことなくリヒターと似通ったものを感じた。
どうして、こんな時にリヒターと被って見えるのかリエルには分からなかった。この二人、外見も性格も全然違うのに…。
「お、お待たせしました。キャラメルと蜂蜜のパンケーキ、期間限定のパンケーキになります。」
「わあ!」
リエルは注文したパンケーキを前にして、歓声を上げた。意識は完全にパンケーキに向けられる。
「美味しそう!どれから、食べよう…。」
二つのパンケーキを見比べながら悩むリエルにアルバートは笑った。
あ…、さっきの笑顔とちょっと違う。とても優しくて温かい笑顔だ。こっちの方がアルバートらしくて、安心する。リエルはそう感じた。
「柔らかくて、美味しい…!ここのパンケーキ、すっごくフワフワしているのね!」
「気に入ったか?」
「うん!とっても!」
「…今度は貸し切りにするか。」
ぼそり、と呟かれた言葉にリエルはよく聞き取れずに首を傾げた。
もう一口、パンケーキを口に運ぶ。
ああ…。幸せだ。ルイにも食べさせてあげたいな。あの子も甘い物に目がないから、こういうの好きだろうな。そう思いながら、リエルは上機嫌でパンケーキを咀嚼した。
現金なもので先程の嫌な気分も綺麗さっぱり忘れてしまった。
「あ、リエル。口の端にクリームついているぞ。」
「え!?」
慌てて口の端を拭うリエルだったが
「違う。こっちだ。」
反対側の口の端をナプキンで拭われる。
「あ、ありがとう…。」
「全く…。子供みたいだな。」
口ではそう言いながらもその口調に嫌味や批判は見られない。柔らかい表情を浮かべている。
リエルは思わず胸が温かくなった。
「ん?どうした。じっと見て。ああ。こっちのパンケーキ食べたくなったのか?」
リエルの視線をどう勘違いしたのかアルバートはパンケーキを食べたいと思い、パンケーキを一切れ、フォークに突き刺して差し出した。え…、と戸惑いがちにアルバートとパンケーキを交互に見るリエルに
「た、食べたいんだろ?ほ、ほら!く、クリームが垂れる前に早く食べろ!」
自分でやってて今更、恥ずかしくなったのかアルバートは顔を赤くして焦ったようにそう言った。
リエルは恥ずかしそうにしながらもおずおずと身を乗り出し、口を開けてパンケーキにパクッとかぶりついた。
「あ、甘い…。」
「そ、そりゃ、パンケーキだからな。」
かああ、とお互いに顔を赤くしながらもリエルはふと、自分の前に置かれたパンケーキに視線を落とした。一瞬、躊躇したが意を決して、パンケーキを切り分けると、
「あ、アルバートも…、えっと、召し上がれ?」
何故か最後は疑問形になってしまったがリエルはアルバートにパンケーキを差し出した。アルバートは予想外だったのか目を見開いたが拒否することなく、パンケーキを口にした。
「こ、こっちも甘いな…。」
「…うん。」
アルバートの言葉にリエルはコクン、と頷いた。今日のパンケーキは格別に甘い味がした。それは、きっと、パンケーキの味だけではなかったからだろう。リエルは恥ずかしいがほんわかとした気分で幸せな一時を過ごした。
アルバートに屋敷まで送ってもらい、リエルはアルバートに向き直ってお礼を言った。
「今日はありがとう。アルバート。凄く楽しい一日だった。」
「そうか?なら、良かった。今度は、古書巡りでもするか?」
「古書!?い、いいの?そんなのに付き合わせちゃって…、」
「俺がリエルと行きたいんだ。…駄目か?」
「ううん!駄目だなんてそんな事ない!嬉しいわ!ありがとう!」
「じゃあ、また都合のいい日を教えてくれ。俺も予定を空けておくからさ。」
リエルは満面の笑顔で頷いた。嬉しい。また、次のデートもできるなんて…。リエルはうふふ、とだらしなく緩んだ頬に手を当てた。
「リエル。」
不意にアルバートに名を呼ばれ、顔を上げた。スッと顔を近づけるアルバートにリエルはドキッとした。も、もしかして…、キスされる…?思わず目をギュッと瞑る。数秒、そのままでいたリエルだったがチュッと頬にキスをされた。
「じゃあ…、またな。」
そう微笑んでアルバートは馬車に乗り込んだ。リエルは頬に手を当てながら、呆然とその場に佇んだ。
―キス、された…。アルバートに…。うわあああ。デート終わりにキスされるなんて、本当に恋人同士みたい!
みたいではなく、れっきとした恋人同士なのだがリエルの中ではまだまだその実感がない。アルバートにキスされるのは嬉しい。とても嬉しいのだが…、一つだけ気になる点があった。
―頬じゃなくて、唇でも良かったのに…。って、あたしったら何てはしたないことを…!
慌ててリエルは自分の考えを恥じ入るかのようにブンブンと首を振った。
何故、アルバートが唇ではなく、頬にしたのかその理由をリエルは知らない。
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