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第百五十三話 なんであんな女が‥!

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フォルネーゼ領の管轄の一つである村…、ルクク村では村娘達が他愛ないお喋りをしていた。

「びっくりだわ。まさか、リエル様とアルバート様がくっつくなんて…、」

「でも、あたし嬉しいわ!もし、他のお高くとまった貴族のお嬢様をアルバート様が選んでいたらちょっとがっかりだったけど、リエル様を選ぶなんて見る目があると思わない?」

リエルに憧れている村娘が瞳を輝かせながら言った。

「まあ…、リエル様ならしょうがないって思っちゃうよね。」

「そうそう。だって、リエル様って本当にいい人なんだもの。普通、貴族のお嬢様ってあたし達、平民を虫けらみたいに思っている人が多いのにそういう傲慢な所が全然ないもんね。」

「この村に学校を建てたり、診療所を作ってくれたのもリエル様だったしね。」

ここの村娘達は皆がほとんどリエルを好意的に見ている。リエルが村の為に貢献してくれたことを知っているからだ。だから、リエルが相手ならと皆が納得した様な空気になっていた。

「ねえ、アガットもそう思わない?」

「…そうね。」

同意を求めるように声を掛けた友人らしき女の言葉にアガットと呼ばれた女は俯きながら頷いた。だよねー。と頷く友人達を尻目にアガットはそっとその場を静かに立ち去った。



「ッ!」

アガットは斧を振り下ろし、薪を割った。アガットは悔しそうに歯軋りをした。

「何で…、あんな女が…、」

アガットはリエルが嫌いだった。あの生まれながらにして恵まれたお姫様…。貴族の娘として生まれただけで働かなくても一生、贅沢していけるだけの勝ち組の人生が約束されたあの女が。
平民の自分では一生手に入らないドレスや宝石を当たり前のように身に纏い、着飾ることができるリエルが妬ましかった。偽善者面をして慈善ごっこをするリエルに吐き気がする。ただの甘ったれたお姫様の癖に!

アガットはまたしても薪を割った。

大体、あんな女よりも私の方が美しい。私だって着飾ればきっと、誰よりも美しいに決まっている。
私が貴族に生まれてさえいれば…、斧を持つ手に力がこもる。
アガットは村一番の器量良しだと言われ、村の若い男達からも人気があった。
アガットはこんな田舎で一生畑を耕して終えるような女ではないと思っていた。自分にはもっとふさわしい場所がある。
私が貴族のようにドレスを着て舞踏会に参加すれば…、あの方もきっと…、私の存在に気付いてくれる。
アガットはほう、と溜息を吐いた。

彼を見た瞬間にアガットは全身を雷で打たれたかのような衝撃を受けた。
街で出回っている絵姿よりも遥かに美しいその立ち姿…。たった一人で大勢の手練れの男達に立ち向かい、薙ぎ倒し、斬り伏していく彼の勇姿が目に焼き付いて離れない。
忘れもしない。彼と出会ったあの時のことをアガットは昨日の事のように鮮明に思い出す。
もう駄目だと思い、人生に絶望した時、救世主のように彼が現れ、助けてくれた。
アガットは彼に恋をした。彼…、白薔薇騎士、アルバートに。

『もう大丈夫だ。』

そう言って、白薔薇騎士はアガットに声を掛け、気遣ってくれた。家族の元に帰してあげると言われ、手を差し出された。彼の手に触れた時、アガットは胸のときめきを感じた。
この人だ。この人こそが私の運命の人…。アガットはそう確信した。白薔薇騎士があの女の元婚約者なのは知っていた。けれど、あの二人は婚約破棄したと聞いていたし、仲も悪いのだと思っていた。
それに、どう見てもあの女と白薔薇騎士は釣り合わない。彼には、もっと美しい女性がふさわしい。
そう…。私の様な…。
それなのに…!何であの女がアルバート様と!

アガットは怒りで目の前が真っ赤になった。
悔しい!悔しい!貴族の身分さえ…、それさえあれば私だって彼に近付けるのに…!
身分が違うというだけでこんなにも住む世界が違うだなんて不公平だ!
ああ!憎い!あの女が憎い…!何も苦労したことのない甘やかされたあの女が全てを手にするだなんて…!

「あ、姉ちゃん。ここにいたんだ。」

その時、下の弟に声を掛けられ、アガットは億劫そうに顔を上げる。

「…何。悪いけど、あたし今、忙しいの。」

「父ちゃんが呼んでるよ。大事な話があるんだってさ。」

「話…?」

アガットは眉を顰めた。やがて、溜息を吐くと、斧を下ろして、父の元へと向かった。

「父さん。話って何?」

「アガット。まあ、そこに座りなさい。」

父の隣には母もいた。二人はニコニコと笑っていて、ご機嫌な様子だ。
アガットは不思議に思いながらも椅子に腰掛けた。

「アガット。実は…、お前にいい話があるんだ。」

「何よ?」

「聞いて驚くだろうが…、何と!村長の息子がアガットを嫁にしたいと言ってくれたんだ!どうだ!凄いだろう!」

「やったわね!アガット!」

「はあ!?」

父は得意げな様子でそう声高に言い、母は嬉しそうに手を握り締めて笑顔でそう言った。

「アガットは村一番の器量良しだからな!だが、まさか村長の息子を射止めるとはさすがは俺の娘だ!それにしても、いつの間に村長の息子と仲良くなっていたんだ?」

「良かったわね。アガット。村長の息子さんは中々の男前じゃない。あなたの念願の玉の輿ね!」

村長の息子。ああ。思い出した。そういえば、村の男達の中でも一際熱心にアプローチしてくる男だ。が、アガットにしてみれば、数多くの取り巻きの男達の一人に過ぎない。

「嫌よ。あたし、村長の息子の嫁になんかなりたくないもの。」

アガットの言葉に両親は一瞬、目が点になった。

「な、何を言い出すんだ!アガット!馬鹿を言うんじゃない!」

「そうよ!アガット。村長さんからのお話を断るだなんて…。これ以上のいい話はないじゃない!」

「何であたしが村長の息子なんかと結婚しないといけないのよ!あたしは嫌よ!絶対に嫌!」

「一体、何が不満なんだ!」

「不満だらけじゃない!何であたしがこんな辺鄙な村の村長の息子なんかと結婚しないとならないの!あたしはこんな村で一生を終える様な女じゃない!もっとあたしにふさわしい場所がある筈よ!」

「アガット!お前って奴はいつまでそんな…!」

「それに、あたしはもう心に決めた人がいるの!前にも話したじゃない!」

「心に決めた人?お前、まさか恋人がいたのか!何でそれをもっと早く…!」

「父さんに言う必要ないじゃない!とにかく、あたしは決めたの!彼が私の運命なんだって!彼もきっとそう思って…、」

「アガット。まさか、あなたのその運命の人って…、白薔薇騎士様のことじゃないでしょうね?」

母の言葉に父はギョッとした表情を浮かべ、

「白薔薇騎士!?ま、まさか…。アガット!お前はまだあんなふざけた妄言を口にするのか!」

「ふざけていないわよ!あたしは本気だって言っているでしょ!?」

「馬鹿な事言うな!白薔薇騎士は貴族だぞ!?しかも、公爵家の跡取り息子だ!身分が違い過ぎるだろ!一年前から白薔薇騎士の花嫁になるだなんて口にした時は冗談と思ったがまさか、本気で…!?」

「本気に決まっているじゃない!だって、父さん達だって認めてくれたじゃない!それなら、アガットは『硝子の靴の少女』みたいになるんだなって!」

ちなみに硝子の靴の少女とは、貧しく、不幸な境遇の少女が王子と出会い、恋をし、硝子の靴により、王子と再会し、最後は王子と結ばれて王妃になるといういわゆる玉の輿に乗った女の子の話だ。王道だが昔から語り継がれるお伽噺の一つである。

「あんなの、冗談に決まっているだろ!?現実と童話の世界は違うんだ!てっきり、お前もそれは分かっているとばかり…、」

「どうしてよ!?あたしには自由に恋をする資格もないというの!?」

「アガット。貴族と平民は住む世界が違うのよ。平民と貴族が結ばれるなんてほとんどないの。よくて愛人か妾にされるだけ。そんなの、嫌でしょう?」

「そんな事ない!アルバート様はそんな事しないわ!」

「アガット!もう子供じゃないんだから、そんな夢物語みたいな事を言うんじゃない!大体、お前はアルバート様の恋人でも何でもないんだろ!?」

「それは…、でも、あたしはアルバート様と会ったことあるし、その時に話しかけられたのよ!だから、いずれは恋人同士に…!」

「いい加減にしろ!」

父親に強く怒鳴られ、アガットはその剣幕にビクッと口を閉ざした。

「いつまでそんな我儘な子供みたいなことを言うつもりだ!」

「だって、父さん…。」

「とにかく!これは決定事項だ!二度とそんなふざけた事は言うんじゃない!」

父親に叱られ、アガットはギュッと拳を握り締めた。

「アガット。」

母が気遣うようにアガットの肩に触れようと手を伸ばすが、

「っ…、父さんも母さんも大っ嫌い!」

そう叫んでアガットは家を飛び出した。



「グスッ…、フッ…、うう…。嫌い。皆、嫌いよ…。」

アガットは川の畔に座り込み、泣いていた。

アガットは小さい頃から両親や村の大人達から可愛い、可愛いと言われて育ってきた。
だから、アガットも自分の魅力は一番よく分かっている。小さい頃から玉の輿に乗って幸せなお嫁さんになることが夢だった。そして、その内、アガットはこの村で一生を過ごすことに不満を抱くようになった。だって、こんなに可愛いあたしがこんな村で一生を終えるなんてあまりにも勿体ない。あたしにはもっと輝かしい未来がある。その内、お忍びできた貴族に見初められて素敵な花嫁に…。そんな願望を抱くようになった。そんな時、彼に出会ったのだ。

「そうだ…。そうだわ!」

アガットはスクッと立ち上がった。このままここにいても好きでもない男と結婚させられるだけ。
だったら…、いっそのこと村から出て行ってあの人に会いに行こう。そう思いついた。

「フフッ…、そうよ。そうするべきだわ!どうして、気付かなかったのかしら!」

アガットはこみ上げる気持ちを抑えきれずに口角を上げた。

「ああ…。白薔薇騎士様。私の愛しい騎士様…。待ってて下さい。今、あたしが会いに行くから!」

そうして、アガットは王都を目指した。
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