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第百四十八話 触ってもいいか?

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「リエル…。その…、こういう時、何て言ったらいいのか分からないけどさ…、その…、」

「いいよ。…大丈夫。」

アルバートにギュッと手を握られ、リエルは首を振った。

「アルバート…、あの時はごめんなさい。私…、あなたの話も聞かずに一方的に婚約破棄してしまって…。」

「いや。それは、お前は悪くないだろ!その…、全部俺が悪いんだし…。」

あの時の婚約破棄はリエルが申し出たことだった。だが、アルバートは最後まで婚約破棄に了承せず、直接リエルに抗議しに来たのだった。だが、その時のやり取りとリヒター達の説得でアルバートはリエルとの婚約破棄を受け入れた。

「俺さ…、あの時、自分のことばかり考えていたんだ。一番辛かったのはリエルだったのに俺は自分の欲ばっかりを出してさ…、セリーナとの事も誤解させたままだったのにその直後にエドゥアルト様が亡くなって片目も失って…。お前が婚約破棄を言い出すのも無理ないよな。俺、かなり自分勝手だったし、あんなんじゃ愛想尽かされて当然…、」

リエルは弾かれたように顔を上げ、思わず叫んだ。

「っ、違う!そうじゃないの!私が婚約破棄したのはただ怖かっただけなの!
お姉様とのことで誤解していたのもあったけど…、それだけじゃない。
私は…、あれ以上あなたに向き合うのが怖かった…。この片目の傷を見られたくなかった。
もし、見られてしまったら…、アルバートに嫌われるって思っていたから。
だから、私は逃げたの。どうせ、捨てられるのなら、拒絶されるなら私から身を引こうって…、そう思って…。」

ぽろぽろと涙を流し、アルバートに縋りつくリエルをアルバートは見下ろし、

「…リエル…。」

そのままギュッと抱き締めた。

「馬鹿…。そんな訳ないだろ…。リエルが俺を嫌うならともかく、俺がリエルを嫌うなんてある訳ない。
大体、傷の一つや二つで心変わりする程、俺の気持ちは軽くないぞ。」

「アルバート…。」

アルバートの言葉にリエルは更に涙を零した。

「なあ…。リエル。お前が嫌じゃなかったらでいいから…。俺に左眼の傷…、見せてくれないか?」

「…うん…。」

リエルはアルバートの言葉に一瞬躊躇したが小さく頷いた。
リエルは一旦アルバートと向き合うと、俯きながら眼帯に手をかけた。
ドクン、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。そのままスルリ、と頭の後ろで結ばれた紐を解いていく。紐が解かれ、後は眼帯を外すだけだ。震える手でリエルはゆっくりと眼帯を取った。左眼が外気に晒される。アルバートの視線を感じた。アルバートの顔を見るのが怖い。リエルは目を瞑りたくなったがゆっくりと視線を上げて、アルバートを見つめた。

「…っ、」

アルバートが僅かに目を瞠った。その目に…、不快感や嫌悪の色はない。アルバートは痛ましそうに眉を顰め、そっとリエルの左眼に手を伸ばす。思わずビクッとしてしまうリエルにアルバートはその手を止めた。

「あ…、悪い。…触るのは傷に響くよな。」

アルバートは恥じたように手を下ろそうとした。

「え、あ…、ち、違うの!あの…、まさかこんな傷を触ろうとしてくれるとは思わなくて…。つい…。」

「じゃあ…、触ってもいいか?」

「う、うん…。」

こんな醜い傷跡を見るだけでも不快だろうに触ろうとまでしてくれるアルバートにリエルは驚きながらも頷いた。そっと壊れ物でも扱うように左眼に彼の手が優しく降れる。

「…痛むか?」

「ううん。もう大丈夫。傷も塞がっているから…。」

「そっか…。」

アルバートがホッと安堵したように微笑んだ。そのままスッと影ができる。え…、と確かめるより早く、左眼にチュッと唇の感触が…。

「こういう時…、お伽噺の世界だったら、魔法とか口づけとかで傷が治るのにな。
…やっぱり、現実は違うか。」

アルバートは残念そうに呟いた。
い、今…。アルバート…。私の左眼にキス…してくれた?予測もしなかった行動にリエルは呆然とした。

「薔薇騎士の能力に傷を治す治癒能力とかあったら良かったのにな。そうすれば、お前の傷も治せたかもしれないのに。」

「アルバート…。」

リエルは信じられない思いで彼を見上げた。

「ん?どうした?」

「あの…、アルバートは…、この傷を見て…、何とも思わないの?
その…、気持ち悪いとか醜いとか…、思わないの?」

「はあ?何、言って…、思うわけないだろ!そんな事!」

アルバートの否定にリエルは目を見開いた。

「そりゃ、痛そうだなとか思うけど…、そんな傷のある奴なんて世界中探せば幾らだっているだろ!
戦場で怪我した兵士の中にはもっと酷い傷のある奴もいたし…。
っていうか…、醜いとか気持ち悪いとかそんな事言ってくる奴がいたのか!?誰だよ!そいつ!」

「それは…、」

アルバートはスッと目を細めた。

「オレリーヌか?」

「何で知って…、あ…。」

リエルは思わず口を手で押さえる。しまった。これじゃあ、図星だと言っているようなものだ。

「あんの…性悪女狐!」

アルバートがチッと忌々しそうに舌打ちした。

「あの…、でも、お母様が言っていることは本当の事だし…、」

「どこがだよ!?それが片目を失明した実の娘に言う言葉か!」

「アルバート…。」

「本当…、どこまでも性根が腐った女だな。あの女は…、」

怒りを堪えるかのような表情を浮かべるアルバートにリエルは嬉しくなった。
彼は私の為に怒ってくれているんだ。もうそれだけで十分だった。

「アルバート。ありがとう。でも、大丈夫だよ。
昔はともかく…、今はもう…、あの時程、傷ついていないの。
だって…、あなたが私のこの姿でも受け入れてくれたから。だから…、それだけでももう…。」

「リエル…。俺こそ、ごめん。ずっとお前が苦しんでいたのに何もできなくて…、」

「そんな事ない。アルバートが聞かなかったのは私の為を思ってのことでしょう?あなたはいつでも、私から話すのを待っていてくれたのに…。私が怖がって逃げていただけ。あなたは悪くないわ。」

「リエル…。」

アルバートは一度目を伏せ、それからまたリエルに視線を戻すと、

「本当はずっと後悔していたんだ。あの時、お前を守れなかったことに。
俺はお前を守る為に騎士になったのに…。何の為に騎士になったんだって…。」

「そんな…。アルバートは悪くないよ。あの時、あの場にいなかったのは仕方のない事だったし…。」

「それでも…、俺はお前を守りたかった。」

悔しそうに言うアルバートにリエルは言った。

「アルバートは十分…、私を守ってくれていたわ。あなたのその気持ちが…、私はとても嬉しかった。」

アルバートの頬に手を添えてリエルは微笑んでそう言った。

「ねえ、アルバート…。私って我儘で欲張りな女なの。」

「は?突然、何言って…、っつーか、お前程、欲がない奴俺は見たことないぞ。」

唐突なリエルの発言にアルバートは眉を顰めた。リエルは彼の質問にはあえて答えず、そのまま続けた。

「少し前まではこの片目の傷を受け入れてくれるだけでも夢みたいな話だと思っていた。
でも…、欲張りな私は更に欲深くなってしまったみたい。私…、あなたにもっともっとと求めてしまう自分がいるの。」

「俺に…?」

「今までと同じように…、これからも私の事を守って欲しいなってそう願ってしまうの。
ねえ、アルバート。こんな図々しいお願いは駄目、かな?」

窺うようにアルバートを見上げて、キュッと彼の手を握るリエルにアルバートの反応は素早かった。

「い、いいに決まっている!というか、元々、そのつもりだ!」

勢いよくリエルの手を握り返すアルバートにリエルはホッと安堵した。

「ありがとう。アルバート。」

「いや。感謝するのは俺の方だ。俺に…、お前を守る権利を与えてくれたんだ。」

アルバートはふと真顔になり、スッとリエルの片手を取ると、そのままチュッと手の甲にキスをした。
突然の事にリエルは顔が真っ赤になった。

「え、あ、アルバート…!?」

「リエル。俺はこの剣にかけて誓う。今度こそ、お前を守る。もう絶対に傷つけない。
だから…、お前を守る騎士になることを許してくれないか?」

腰に差した剣を手に添え、アルバートは真剣な表情をしつつ、リエルに懇願した。

「アルバート…。ええ!勿論!」

リエルは迷うことなく、頷き、破顔した。その笑顔を見て、アルバートが固まった。

「?どうしたの?」

「い、いや!な、何でもない!」

バッと顔を背けるアルバートにリエルはもしかして、具合でも悪いのだろうかと心配になった。

「アルバート。具合が悪いなら、医務室にでも…、」

「ぐ、具合が悪いんじゃないんだ!その…、ちょっと…、あんまり俺に近付かないでくれないか…。」

「えっ…、」

アルバートの拒絶にリエルは一瞬、ショックを受けた。

「…ごめんなさい。私、何かあなたに気の障る事をしてしまったの?」

「あ、いや!違うんだ!今のお前を見ていたら、衝動的にキスしそうになったから抑えているだけで…!」

アルバートの言葉にリエルは目を瞠った。
ハッと我に返ったアルバートはしまった、といった表情を浮かべた。
リエルは一瞬、アルバートが言った意味が分からなかったが理解すると、かああ、と頬を赤くした。
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