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第百三十八話 お前、気づいていたのか!?

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「今の話、聞いてて思ったんだけど…、もしかして、リヒター狙ってやったんじゃないかな?」

「…だろうな。だって、俺がそう言った直後にリヒターの目がキラン、と光っていたし。
…あの目はさながら狙った獲物を逃がさない肉食獣みたいだった。まずいと思ったけど、もう言ってしまった後だったし…、」

リエルは心の底からアルバートに同情した。きっと、リヒターの事だ。アルバートの言葉を逆手にとって男に二言はありませんよね?と言って逃げ出さないように圧力をかけたのだろう。それに逆らえる人間は…、リエルの知る限り誰もいなかったと記憶している。そんなリヒターの怖さは弟であるアルバートが一番よく知っている事だろう。

「…大変だったね。」

「あいつ、絶対、前世は悪魔か地獄の番人だったに決まっている…。
あの野郎、紅茶を淹れるにはまずは紅茶の知識を嗜むのが常識です、と紅茶の種類を覚えさせたり、香りや味で銘柄や生産地を覚えろとか無茶苦茶な要求をするし!
ちょっと口答えすれば倍の毒舌が返ってくるし!いざ俺が茶を淹れればお湯の温度が温すぎるとか、蒸す時間が長いとか、茶葉が多すぎるとかネチネチ小姑みたいに俺のやることなすことに口出ししてくるし!」

「ああ。うん。私もそれ、似たような事言われているから。」

「終いには、俺が淹れた紅茶を見て、一口も飲まずに失格です。やり直し。って言いやがった!
あん時はマジでぶん殴ってやろうかと思ったぞ!」

「リヒターって、香りと色にこだわり強いものね。後、紅茶の置き方とかその紅茶の色に合ってないカップを選んだりするとそれについても厳しく指摘をするし…。」

「そう!そうなんだよ!あの野郎、俺の淹れた紅茶を飲まずにこの紅茶にそのカップの色は合いません。もう一度、淹れ直しなさいって言いやがったんだ!
何回か淹れ直してやっと飲んだと思ったら、不味いですね。と真顔で言ったりするし!」

「…うん。凄く想像できるよ。でも、それでもアルバートはやめたりしなかったんだね。」

「あそこでやめたりしたら、逃げたみたいじゃないか!それに…、リエルが紅茶好きなのは知っていたし、紅茶に詳しくなればお前と距離を近づける事もできるんじゃないかって下心もあったし…、」

「そ、そっか…。」

恥ずかしそうにでも、真っ直ぐな目でそう言い切るアルバートにリエルは照れくさくなり、目を逸らした。

「あ…、そ、それより!アルバート!あの…、実は私、グレース様に…!」

リエルは恥ずかしさを誤魔化すように慌てて話題を変えようとこの部屋に来る経緯を話した。

「ああ。ニッコラの本のことだろ?お前、そういう本好きだもんな。それで、そのニッコラの本の場所は分かったのか?」

「うん。アルバートの本棚は整理しているからすぐに見つかったわ。あの、でも…、本当にいいの?私が借りてしまっても…。」

「遠慮するな。父上だって、リエルに貸してあげるつもりだったんだしな。」

「ありがとう…!」

リエルはしっかりと本を大切そうに胸に抱きかかえた。



「そういえば、リエル。今日は予定があったんじゃないのか?
お前、いつもルイの補佐や視察で忙しくしているだろ。」

「うん。大丈夫。今日は村の視察だけでその後は何も予定はなかったし…、あ。そうだ。アルバート。私、あなたにお礼を言わないといけないんだった。」

「ん?お礼?」

「私、今日初めて知ったことなんだけど…、フォルネーゼ家の領地の一つにルクク村と呼ばれている小さな村があるでしょ?アルバートが一年前にそこの村娘達を人買い達から救ってくれたって聞いて。
ありがとう。領民達を守ってくれて。」

笑顔でお礼を言うリエルにアルバートはギクッと気まずそうに表情を強張らせた。

「あ、ああ…。き、気にするな。」

「?」

アルバートの不自然な態度にリエルは首を傾げるが

「お嬢様は本当に義理堅い方ですね。ですが、そこの愚弟に礼など不要ですよ。」

すると、いつの間にか現れたのかリヒターが茶菓子を持って部屋に入ってきた。

「り、リヒター!?おま、き、急に入ってくるなよ!」

「お嬢様。お待たせしました。本日のお茶菓子はルイゼンブルク家の料理人お手製のメレンゲパイですよ。」

アルバートの言葉を華麗に無視し、リヒターはリエルに持ってきた茶菓子を見せた。

「わ…!美味しそう!」

さっき、グレースとお茶をした時はお喋りに夢中でクッキーを摘んだだけだった。甘い物に目がないリエルは勿論、メレンゲパイも大好物だ。目を輝かせるリエルはメレンゲパイに夢中になった。

「手前…、無視するとはいい度胸じゃねえか…。」

「おや。いいのですか?そのような口を利いて。あの村の人助けの真相をお嬢様に知られてもいいと?」

「ッ!?」

「真相…?」

リヒターの言葉にアルバートは息を呑み、リエルは何の事だとリヒターに訊ねた。

「り、リヒター!まさか、お前…!」

焦った様子のアルバートを見やり、リヒターは切り分けたメレンゲパイをリエルに差し出すと、

「あの救出劇は単純にお嬢様をつけ回していた結果、たまたまその誘拐事件に遭遇しただけの話。
お嬢様が義理を抱く必要性は全くありません。」

「リヒター!」

アルバートの叫び声にも似た悲鳴が室内に響き渡った。

「え…、どういう事?」

「リエル!誤解だ!俺は別にお前をつけ回していたわけじゃ…!」

「あの時、孤児院で子供達と遊んでいたお嬢様を物陰から見ていた不審者はあなただったと記憶していたのですが?」

「なっ!?お、お前気付いていたのか!?」

「むしろ、気付かれていないと思っていたことに驚きですよ。」

「な、何で分かって…、俺はあの時、変身能力で姿形を変えていたんだぞ!?」

「そうですね…。何故かと聞かれれば勘です。それより、今の言葉は肯定しているも同然ですよ。」

「あっ…、」

アルバートはしまった、と口を閉ざすがすぐにリエルに向き直ると、

「ち、違うんだ!リエル!それには理由があって…!その時期、下町の治安が荒れていて、お忍びの貴族とか金持ちの商人とかが盗賊や野盗に襲われるって事件が多かったんだ!それで、お前が孤児院に慰問しに行くって話を聞いて…!」

そういえば、そんな物騒な事件が多かった気がする。でも、リエルにはリヒターという最強の護衛がいたし、そこまで危険視していなかったのだ。

「それで、休日を使ってまでお嬢様に付き纏っていたわけですか。
…やっぱり、あの時、警備隊を呼んでおけばよかったですね。」

「付き纏ってないだろ!リエルに気付かれないようにちゃんと距離はとっていたし、俺はただ何かあった時にすぐにでも対応できるように監視をしただけで…!」

「その割には、お嬢様が笑っている顔に見惚れていたり、顔を赤くしていたではありませんか。
孤児院の男の子に抱き着かれ、抱っこをされている所を随分と羨ましそうに見てましたよね。
あのような幼い少年にまで嫉妬するだなんて大人げないものだと呆れたものです。」

「は、はあ!?ち、違っ!俺は別に嫉妬なんて…!」

「アルバート…。本当なの?その話…。」

「!?り、リエル!お、俺はただ…、お前がどうしているのかと心配で…、確かに!俺のしていることはその…、聞いてて不快になったかもしれないが…、お前に迷惑をかけるつもりはなくて…!」

「不快どころか気持ち悪いと思いますがね。
そもそも、その行為自体が迷惑なのでは?」

「うっ…!」

自分でもそれは自覚があるのかアルバートは押し黙るしかない。

「大方、その帰りの道中でルクク村を通り過ぎる時に村娘達が攫われたと騒いでいるのを聞きつけ、人買いの足取りを追って討伐したのでしょう。
あなたは馬鹿でどうしようもない男ですがさすがにその場面を見捨てる程の非情ではありませんからね。」

「お前は俺を何だと思っているんだ!」

「ご自分の胸の内を思い返してみては?お嬢様に対してのあなたが仕出かした事…、まさか忘れたわけではありませんよね?」

リヒターはアルバートを冷ややかな目を向ける.アルバートはリヒターの視線にたじろいだ。

「そ、それは…、」

「ですから、意外でしたよ。てっきり、彼らの事も見捨てるかと思いましたから。
そこまで鬼畜ではなかったようで安心しました。」

「あ、あのなあ…。幾ら俺だって、娘や妻が攫われたと泣いている奴らを放っておくようなろくでなしじゃないぞ!」

「そうですか。では、好きな女性につまらないプライドと嫉妬で傷つけ、婚約者の姉と浮気をする男はろくでなしではないと?」

「い、いや…。それは…、その…、って、ちょっと待て!俺はセリーナと浮気はしていないぞ!」

「セリーナ様とキスをしていたのにですか?挙句の果てにはその場面をお嬢様に見せつけるなど…、」

「違う!大体、あれは俺がしたくてしたわけじゃなくて…!」

「ぐだぐだと言い訳ばかりして見苦しいですね。薔薇騎士ともあろう者が嘆かわしい。どのような事情があれ、お嬢様を傷つけたのに変わりはないでしょう。」

今度こそ、何も言い返すことができずに項垂れるアルバート。アルバートを言い負かしたリヒターは眼鏡を押し上げ、ずっと黙ったままでいるリエルを指し示した。

「私に言い訳をする余裕があるなら、お嬢様にお話をするべきでは?あなたのその気持ち悪い愛情表現を知ってさぞかし驚いているでしょうから。」

ハッとアルバートはリエルに視線を向ける。リエルは俯き、顔を手で覆っていて、その表情は窺えない。
サー、と青ざめるアルバートにリヒターは「お嬢様に振られても骨は拾ってあげます。」と涼し気な顔で言った。

「り、リエル…。お、俺…、」

アルバートが恐る恐るリエルに手を伸ばした。

「そう…、だったんだ…。」

「リエル!ま、待ってくれ!もうあんな真似は二度としないから別れ話なんて…!」

アルバートは焦った表情でリエルの肩に手を触れた。その拍子に顔を上げたリエルは真っ赤な顔をしていた。

「え…?り、リエル…?」

思っていた反応と違ってアルバートは戸惑った。そんなアルバートにリエルは笑った。

「アルバートったら…。今にも泣きそうな顔している。私がアルバートに別れ話何てする筈ないでしょう?私の片思い歴を舐めないで頂戴。」

「り、リエル…。い、今の話を聞いてドン引きしていないのか!?」

「しないわ。その逆。…私、嬉しいの。ルクク村の人達を助けてくれたのも私の為なんでしょう?」

リエルはそう言って、微笑み、彼の手にそっと触れた。そして、もう一度彼にお礼を言った。

「ありがとう。アルバート。」

「ッ…、リエル…!」

そんなリエルにアルバートは抱き締めようと距離を詰めるが

「お待たせしました。冷めていたので紅茶を淹れ直しました。」

そんな二人の間にズイッと紅茶を差し出すリヒターはいい笑顔を浮かべていた。

「り、リヒター!手前、いい所で…!っつーか、今の絶対わざとだろ!」

「お嬢様に不埒な真似でもされて間違いが起こっては困りますから。」

「しねえよ!ゼリウスやサミュエルじゃあるまいし!」

「…。」

「何だよ?」

リヒターがじっとアルバートを見下ろした。アルバートが訝し気に眉を顰める。

「いえ…。今のあなたは口うるさく吠えまくる犬の様だなと思っただけです。」

「はあ!?手前…、ルイと同じような事言ってんじゃねえ!お前ら、本当揃いも揃って…!」

リエルはそんな二人の様子に思わず笑ってしまう。何だかんだで仲が良い兄弟なんだよね。そう思いながら、リエルはメレンゲパイを口に運び、お茶を楽しんだ。







リヒターから紅茶の指導(という名の調教)を受けるアルバート。

散々、お湯の温度や蒸す時間、茶葉の量、茶を淹れるタイミング等について細かく指摘を受け、漸く一杯の紅茶を淹れることができたアルバート。もうこの時点でアルバートはぐったりとした疲労感を抱いていた。

「不合格です。」

「何でだよ!まだ飲んですらいないじゃねえか!」

「これは、飲むまでもありません。何ですか?この濁った濃い紅茶は?本来の紅茶の香りもでていないではありませんか。」

「ちょっと濃くなっただけだろうが!お湯みたいな薄い味になる位は濃い方がいいだろ!?」

「では、あなたが飲みなさい。」

「ちょっと色が濃くなっただけで一々…、ッ…!?」

アルバート、紅茶を一口飲んでその苦さと不味さに顔を顰める。リヒターの冷ややかな視線が注がれる。

「何か反論は?」

「…。」

アルバートは何も言えずに項垂れるしかなかった。彼の紅茶の特訓はまだまだ続く。
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