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第百三十六話 わたしが薔薇の中で一番好きなのは

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「これがその時の手紙だ。」

そう言って、アルバートはどこからか手紙が入った箱から、一枚の手紙を取り出した。それをリエルに渡した。

「えっ、でも…、それはリヒターがアルバートに送った手紙でしょう?勝手に見たりするのは…、」

「いいんだよ。あいつが俺に勝手に送りつけた手紙だ。それをどうしようと、俺の勝手だろ。」

いいのかな?リエルはそう思いながらも手紙を見た。

『アルバートへ

お加減は如何ですか?まあ、丈夫なあなたのことです。馬鹿は風邪を引かないともいいますし、心配いらないでしょう。
それより、白薔薇騎士として随分と活躍なされているそうですね。
最近も人身売買の組織を一網打尽にしたとか?素晴らしい事です。お蔭でご令嬢達からの人気も急上昇中だそうで。良かったですね。早くその麗しい花の中から、新しい婚約者でも見つけられては?
何でしたら、父上に頼んで私が年齢と家柄の釣り合うあなたにふさわしいお嬢さんとの縁談を取り持って差し上げますよ。
それはそうと、私の方は今日、お嬢様のお供で孤児院の訪問に行きました。
お嬢様は女の子たちとお人形作りをしてとても楽しそうでしたよ。
私も見よう見まねで作ってみたのですが我ながら上手くできたのであなたに差し上げましょう。
ちなみに人形はお嬢様をモデルにしてみました。
これで少しはお嬢様への態度を改めて頂きたいものです。
精々、お嬢様に会う前にこの人形で練習でもして励んでください。
いつまでもお嬢様に付き纏われては迷惑ですし、その人形で満足してくださいね。

                                       リヒターより』

「リヒター…。こんな手紙出していたんだ。それで、アルバートはずっとその人形を持っていたの?」

「お前に激似の人形だぞ!捨てられるわけないだろうが!」

リエルは呆気にとられた。ハッとしたアルバートは慌ててあたふたと言い訳をする。

「も、もしかして、ひいたのか?違うんだ!リエル!俺はただお前によく似た人形を捨てられなくてここに置いてただけで…、それだけだ!何もしていない!
そりゃ、たまには人形を見たり、手に取ったりしてリエルは今、何をしているのかなとかあれこれ想像したこともあったが…、お前に会う前日にダンスに誘う為の予行練習として、その人形をリエルだと思って練習したりした位で…!」

あまりにも必死に言い訳をするアルバートはまるで恋人に浮気がバレたかのようだ。
それにしても、アルバートは馬鹿正直すぎる。
その反応がおかしくて、リエルは思わず笑ってしまった。

「り、リエル?」

「もう、アルバートったら…。心配し過ぎよ。私、あなたのことひいたりしていないわ。」

「本当か!?でも、俺、お前の人形を持ってこんな部屋に保管している男だぞ!?き、気持ち悪くないのか!?」

「そうね。もしかしたら…、普通はそう思うのが当たり前なのかもしれない。でも、それは…、何とも思っていない男性だったらの話。」

リエルはスッとアルバートの手を取り、

「何故かしら…?今、あなたの話を聞いてもちっとも嫌じゃないの。むしろ、その逆。嬉しいの。とても…。だって、それだけ私を好きでいてくれたってことでしょう?」

リエルはギュッと彼の手を握り、恥ずかしそうに言った。

「…私も。私もあなたが好きよ。アルバート。私もかなり重症みたい。だって、もし、逆の立場だったら私もその人形を大事に保管していたと思うの。だから…、私達似た者同士ね。」

「リエル…!」

「わわっ!?」

アルバートがリエルの言葉に感極まったように抱き着いた。それをリエルは慌てて受け止める。

「本当だな!?俺の事、嫌いになったりしてないよな!?」

「そんな訳ないでしょ。私の片思い歴は長いんだから。」

「片思い歴なら俺だって負けてないぞ!俺はお前に出会った時からずっとお前一筋なんだから!」

「うん。分かってるよ。」

リエルは笑いながらアルバートの頭を優しく撫でた。



「ねえ、あの…、アルバート。」

「ん?」

ギューと抱き締められたままリエルはおずおずとアルバートに質問した。

「あの絵の事なんだけど…、」

「絵?あ…、」

アルバートはリエルが指さしたネモフィラの花と空の絵に気まずそうに視線を逸らした。

「あの絵って…、もしかして…、あなたが描いたの?」

リエルの確信を得た物言いにアルバートは数秒黙り込んだがやがて、コクン、と頷いた。

「そうだ。俺が描いた。」

「やっぱり…!?もしかして、この壁の絵も全部あなたが…!?」

「…ああ。」

リエルはアルバートの腕から抜け出すと、思わず壁の絵画も指さした。アルバートは小さく頷いた。

「凄い…!こんな綺麗な絵が描けるなんて…!そういえば、アルバートは昔から絵が上手だったわね。私はてっきり、どこかの名画なのかと思ったわ。」

「そうか?こんな下手くそなのお前に渡すのは失礼かと思ったけど捨てるのも何だから、ずっとここに飾っていたんだ。」

「下手くそだなんて…!アルバートには絵の才能があるわ。もっと自信を持っていいのに…。
こんな素敵な絵が描けるなら画家の道だって夢じゃないのに。」

「大げさだな。父上ならともかく、俺の絵はそこまで大したものじゃない。」

そういえば、アルバートの父、アレクセイも絵の才能がある。アレクセイが描いた絵を見せて貰ったことがあるが確かにあれは芸術品といってもいい位に素晴らしい絵だった。そして、アレクセイはよくグレースの肖像画を描いていた。描かれたグレースの表情は幸せそうで二人の親密な仲がよく分かり、絵を見ているこちらが幸せな気分になったものだ。

「けど…、お前がそこまで喜ぶとは思わなかったな。…こんなに喜ぶなら、もっと早く見せるべきだった。その…、気に入ってくれたか?」

いつもの自信に満ち溢れたアルバートとは思えない位にこちらを窺うように恐る恐る聞いてくるアルバートにリエルは力強く頷いた。

「ええ!とっても!どれも素敵な絵ばかりだわ!」

「そ、そうか…。なら…、この絵も…、良かったら貰ってくれるか?」

「勿論よ!私、自分の部屋に飾るわね!」

リエルは満面の笑顔で頷いた。そして、リエルは青空の絵に近付くと、

「アルバート!私、この絵!これが一番気に入ったわ。」

「ん?ああ。その絵か。お前は昔から青空が好きだったからな。後、昔、俺にネモフィラの花をくれただろ?その時、青空みたいで好きだって言ってたからさ。」

「やっぱり、覚えててくれたんだね。嬉しい。私、昔と変わらずに青空も大好きなの。」

「そういえば、お前って昔から空が好きだったよな。何であんなに空に拘っていたんだ?」

「えっ、あ…、それは…、」

リエルは口ごもった。

「リヒターも妙な事言ってたんだよな。あいつはリエルに聞いてみろって言うしさ…、」

リエルは俯いた。かああ、と頬が赤くなった。

「…から。」

「ん?」

小声でよく聞き取れず、アルバートが眉を顰めた。リエルはもう一度言った。

「青空は…、アルバートと同じ瞳の色だったから…。だから、好きなの。」

「…は?え?それって…、」

アルバートはリエルの言葉を反芻した。そして、意味を理解すると彼もリエルと同じようにかああ、と頬を赤く染め上げる。

「それが私が空を好きな理由、だよ…。」

「な、な、な…!?ば、馬鹿!お前!そ、そんな可愛い事言うなんて反則だろ!
ああ!くそ!何だよ。そういう事だったのか…。
っていうか、リヒターの奴…。絶対、知ってて黙っていたな!」

照れながら怒るという器用な反応を見せるアルバートにリエルも真っ赤になりながら笑ってしまう。

「あ…、そういえば、アルバート。この絵のことなんだけど…、」

リエルはもう一枚の絵、薔薇の絵を取り出した。

「この薔薇の絵はまだ途中なの?」

「あー。まあ、な。見ての通りそれは未完成だ。中々、イメージが沸かなくて…、薔薇の色だけ塗れていないんだ。」

「?どうして?薔薇なら、王立薔薇園でもアルバートの屋敷の庭にも薔薇は咲いているじゃない。」

「…特別な薔薇なんだよ。俺が描きたいのは青薔薇なんだ。」

「え?青薔薇?」

「そう。青薔薇。でも、やっぱり、頭で想像するだけじゃ何か足りなくてだな…。セイアスの騎士章を参考にしたりもしたんだけど何か違うんだ。青っていってもそれが深い色なのか淡い色なのか分からない。だから、漠然としたイメージしか沸かなくて…、」

「それなら、私の屋敷の庭に青薔薇がたくさん咲いているからそれを見て、描いたら?」

「え、いいのか?」

「勿論よ!私、アルバートが完成した薔薇の絵を見たいわ。それにしても、アルバートがそんなに青薔薇が好きだなんて知らなかったわ。」

「ん?俺、別に青薔薇が好きって訳じゃないぞ。ただ、お前が一番好きな薔薇が青薔薇だから、青薔薇を描こうとしただけで…、」

「え?私が青薔薇を?」

「ああ。お前、青薔薇が好きなんだろ?」

「…私、青薔薇は好きだけど、薔薇の中で一番好きなのは青薔薇じゃないよ?」

「はあ!?え!?そうなのか!?初耳なんだが!だって、お前!餓鬼の頃、青薔薇の話をしたじゃないか!だから、俺、お前の為に青薔薇騎士になろうって思って…!」

「それは、青薔薇はまだ開発されていなかったし、見たことのない色だったから見てみたいなって思ってただけで…、どちらかというと、青薔薇が好きなのはお父様だったわ。だから、私も青薔薇に惹かれていたのは認めるけど…、でも、私の一番好きな薔薇は青薔薇じゃないの。」

「ま、マジかよ…。じゃ、じゃあ!お前は何の色の薔薇が好きなんだ!?赤か!?桃色か!?くそ!こんな事なら、青薔薇騎士にこだわらずにお前の好きな色の薔薇騎士になっておけば…!」

「…白だよ。」

「は?」

「私が好きな薔薇…。私が薔薇の中で一番好きな色は…、白薔薇なの。」

「え!?」

アルバートは飛び上がらんばかりに驚いた。

「し、白薔薇って…、え?じゃ、じゃあ…!」

「うん。だから、びっくりしたわ。アルバートが白薔薇騎士に任命された時は。でも、同時にとても嬉しかった。まさか、アルバートが私の好きな白薔薇の騎士に選ばれるなんてって。」

私、昔から水色とか白が好きなの。リエルはそう言って、はにかむように笑った。
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