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第九十五話 リエルが青空を好きな理由

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リエルがゾフィーを連れて、屋敷に戻り、廊下を歩いていると、不意に前方で廊下を通り抜けていく令嬢の姿に二人はギョッとした。

「え?お姉様?」
姉、セリーナの大胆な格好にリエルとゾフィーはギョッとした。
よっぽど急いでいたのかセリーナは二人に目も暮れずに慌ただしく駆けて行った。
ぽかんとして、セリーナを見送るリエルだったが…、

「あ、あのドレスは一体…?すごく大胆な格好だったね…。」

「そ、そうね。私だったら、絶対にあんなドレスは着れないわ。」

ゾフィーとリエルはそう言い合った。一部の令嬢の間ではああいった型のドレスも流行っているらしいがあれはスタイルがよくないと着れないデザインだ。よくいえば華奢…、悪く言えば幼児体型のリエルには絶対に似合わないだろう。あんな恥ずかしいの着たら、自分は恥ずかしさで憤死しそうだ。

「随分、急いでいる様子だったけど…、」

「あ…、多分、アルバート様と約束があるんだと思う。お姉様は大体、出かける時はデートだったりするから…、」

「え…、アルバート様と?」

「うん。お姉様とアルバート様って昔から、仲がいいの。
二人が並ぶとまるで絵画の様で…、凄くお似合いよね。」

「…。」

「あ、着いた。確か、こっちに…、」

図書室に着いたリエルは目当ての本を探しだした。

「リエル。一つ聞いてもいい?」

「何?」

リエルは本を探しながら聞き返した。あった。これだ。

「…どうして、無理矢理笑っているの?」

「え…、」

リエルは本を取り落とした。

「…どういう、意味?」

「気付いていないの?さっきのあなた…、一瞬だけど、とても泣きそうだった。」

リエルはビクッとした。

「ねえ、リエル。私は知らない。あなたと彼の間に何があったのか。
でも…、あなたの気持ちには気づいているわ。」

ヒュッと息を呑んだ。ドクン、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。

「私の…、気持ち?」

「リエルは…、アルバート様が好きなんでしょう?」

「なっ…、何言っているの?ゾフィーったら。そんな訳ないでしょう。」

「空をよく見ているわよね。」

「え…?」

唐突にぽつりと言われた言葉にリエルは困惑した。

「あなたはよく空を見ていた。特によく晴れた青い空が広がっていた快晴の日は特に。
その時は単純に空が好きなんだなって思った。
でも、ふと思ったの。
あなたは…、空を通して誰かを想っているんじゃないかって。」

「…。」

「その表情が…、とても優しくて…、同時に切なく見えてしまったの。
見ているこちらが胸を締め付けられている様な…、」

ゾフィーはリエルを真っ直ぐに見つめた。

「リエル。あなたは青空をアルバート様に重ねて見ていたんじゃないの?」

「っ…、私は…、」

「リエル。お願い!正直に話して。
私はこれ以上、見てられないの。
だって、あなたとても辛そうなんだもの。自分の気持ちを隠し続けるってとても苦しいことだわ。
あなたは私にとって恩人で大切な友達だわ。皆、私を批判して、非難の眼差しで見る中、あなただけは私を庇ってくれた。信じてくれた。友達だって言ってくれた。私は、あの時、とても嬉しかったの。
家族ですら、認めてくれなかった私を認めてくれたから。だから、今度は私があなたの力になりたい。」

ゾフィーに手を握られ、リエルは俯いていた顔を上げた。

「ゾフィー…。」

リエルは堪えきれそうになる涙を抑えながら、キュッと唇を噛み、やがて…、

「少し長くなるけど…、いい?」

そう言って、話し始めた。



「ゾフィーの言う通り…、私は…、昔から…、ううん。今でも…、彼の事が好きなの。」

リエルはそう言って、微笑んだ。言った。弟やリヒター達にすら告げなかった本心を言ってしまった。

「でも、彼は…、違った。私達は、確かに小さい頃から知っている幼馴染で…、昔はもっと楽しかった。
よく一緒に遊んで…、笑い合ったりして…、子供の頃は素直で何も考えなくてその時を楽しめば良かったから。
…でも、大人になるにつれて私たちは変わってしまった。」

ゾフィーは黙ったまま耳を傾けた。

「彼は、私の姉が好きだったの。
それに、彼は女性の間でとても人気があった。
昔から、将来が楽しみな美少年で彼に集まる女性は華やかで美しい女性ばかりだった。
…姉もその一人だった。
そんな時に私と彼の婚約が決まって…、
でも、私達は婚約者として上手くいかなかった。」

「どうして?」

「彼は…、許せなかったと思うの。
私と婚約したことが。姉のように美しい令嬢ならともかく、私は家柄が高いだけで他の貴族の女性と比べると、地味な女だったから。
プライドの高い彼にして見れば、屈辱的だと思う。
だからかな…。義務感で私と会ってはくれたけど、たくさんの女性と遊んでいた。」

「その事…、アルバート様と話し合ったりしなかったの?」

「だって、仕方ないでしょう。
彼は、地位もあるし、容姿も優れている。
形ばかりの婚約者である私が口を出す権利なんて…、」

「でも、仮にも婚約者なのに…!」

「重荷になりたくなかったの。
私は…、形だけでも婚約者になれたのが嬉しかった。例え政略結婚でも…、気持ちがなくてもいい。
便利で都合がいい婚約者になれば、アルバートの傍にいれるかもしれないって。」

「リエル…。」

「本当は辛かった。苦しかった。 
何度も彼に言いそうになった。他の女と遊ばないでって。
でも、男の人って嫉妬や束縛を嫌うでしょ?だから、必死に我慢してきたの。」

「それは…、あくまでも一般論でしょ?
必ずしもそうだとは…、」

「ゼリウスが言っていたのよ。女の嫉妬は重いんだって。
それに、アルバートも言っていたの。女の嫉妬は面倒くさいって。だから…、私は…、」

「え…、」

ゾフィーは訝し気に眉を顰めた。

「でも、さすがに私も疲れてしまったの。
女性からの嫉妬に翻弄され、いわれのない中傷を受けるのに。
極めつけは…、彼が姉と浮気をしていた現場を見てしまったこと。」

「はあ!?え、アルバート様がセリーナ様と?」

ゾフィーは弾かれたように顔を上げた。

「いや。待って。
だって…、アルバート様ってどう考えても…、
あの。リエル。それって、本当に浮気をしていたの?」

「だって、私は見たのよ。
お姉様は薄いネグリジェ姿で服も乱れてて…、
アルバートはお姉様の胸を触っていたわ。
それに…、その部屋に入る前にお姉様は色っぽい声を上げていたの。あれは、誰がどう見たって男女の…、」

「そんな…、嘘…。」

「いつからなのか分からない。あれが初めてなのか。それとも、何回も関係を持っているのか…。」

「有り得ないわ…。」

「え?」

「有り得ないわよ!だって、アルバート様、セリーナ様の事全然好きでもないのに!」

「ゾフィー?何言っているの?
あなた、二人の仲を知らないの?
社交界でも有名な…、」

「あんな噂、全部出鱈目に決まっているでしょう!」

「いや。でも…、お姉様はアルバート様とよく一緒に出かけているし、お姉様に贈り物までしているのよ?」

「贈り物?ねえ、リエル。それ、本当にアルバート様からの贈り物なのかしら?」

「どういう意味?」

「実際に見たの?アルバート様がセリーナ様に贈り物をしている場面を。」

「見たことはないけど…、お姉様がよく自慢げに見せてくるから…、」

「…やっぱり…、」

ゾフィーはハア、と溜息を吐いた。リエルがえ?と目を瞬いていると、

「リエル。よく聞いて。これは、あくまで私が見聞きしたことでしかないけど…、一度だけ私アルバート様とセリーナ様が一緒にいるところを見たことあるの。後、その取り巻きたちも。」

「え?取り巻きって…、」

あれ?おかしい。姉はよくアルバートと二人っきりで出かけたと強調していたのに。

「その時、セリーナ様がある髪飾りが欲しいって言って、アルバート様におねだりしていたの。
でも、アルバート様はその髪飾りを取り巻きたちに差し出してセリーナ様が欲しがっているから買ってあげればいいと提案したの。」

「え…、」

「これ、あくまでも私の予想でしかないけど…、アルバート様がくれた贈り物って本当は他の取り巻きがくれたものじゃないの?」

「そ、そんな筈は…、」

「でも、リエルは実際アルバート様がセリーナ様に贈り物をしている姿を見たことはないんでしょう?」

「う…、」

その通りだ。リエルはアルバートがセリーナに何かを贈った場面を見た訳じゃないし、アルバートからそ
んな話は聞いたことないし、リエルも確認しなかった。ゾフィーの推論が正しいとすれば…、

「リエル!」

ゾフィーに肩を掴まれ、リエルはハッと我に返った。

「このままじゃ、いけないわ!
あなた達は一度、ちゃんと話し合わないと!」

「え?でも…、こんな二年前の事なんて…、」

「二年前だろうが十年前だろうが関係ないわ!
逃げてばかりじゃ何も解決しないんだから!」

逃げる。そうだ。確かに自分は逃げた。
彼に拒絶されるのが怖くて。
面と向かって本音を聞く勇気が持てなかった。
だから、逃げたのだ。自分は彼から。今でもそうだ。私は未だにあの出来事の事を聞けずにいる。

「それに、あなたはまだ彼の事が好きなんでしょ!?それだけ、傷つけられてもまだ彼を愛しているんでしょ!?」

リエルはギョッと頬を赤くした。が、やがて、コクンと頷いた。

「うん…。」

「私に考えがあるの!少し時間を頂戴!」

そう言って、ゾフィーはリエルの手をギュッと強く握り絞めた。
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