上 下
95 / 226

第九十三話 セリーナの企み

しおりを挟む
ゾフィーはアルバートが帰った後、ふと思い出した。あれは、確かセリーナ嬢とその取り巻きが一緒に商会に買い物に来た時だった。その中に彼もいたのを覚えている。

「ねえ!アルバート!どれが似合うと思う?」

「ん?セリーナだったら、美人だから何でも似合うと思うよ。」

そう言って、微笑むアルバートに周囲の女性はホウ、と見惚れていた。

「アルバート!見て見て!この、髪飾り素敵じゃない?」

セリーナは商品の一つを手に取ると、アルバートに見せた。

「ああ。君によく似合っているよ。」

「まあ、嬉しい。ねえ…、アルバート。私、この髪飾りが欲しいわ。」

そう言って、セリーナ嬢はアルバートを上目遣いで見ると、甘えた声で強請った。

「ん?それが欲しいのか?」

「ええ!だって、あなたが似合うって言ってくれたから…、」

艶めかしい仕草の美女に男達はゴクリ、と喉を鳴らした。
それを真正面から受けたアルバートはひとたまりもないだろう。
こんな美女に頼まれればどんな高価な物でも貢ぐに決まっている。
と思ったのだが…、アルバートはヒョイ、と髪飾りを手に取ると、

「セリーナがこれを気に入ったそうだ。誰か買ってあげたらどうだ?」

と取り巻きの男達に差し出した。すると、取り巻き共は目の色を変えると、

「セリーナ嬢!この髪飾りは是非わたしからプレゼントさせて下さい!」

「いえ!ここはわたしが!」

「貴様!抜け駆けする気か!?」

誰が髪飾りをセリーナ嬢に買ってあげるかで騒ぎだす取り巻き共にセリーナは唖然とした。
そんな彼らをアルバートは喧嘩するなよ、と忠告するとさっさと店から出て行った。


思えば、彼は他の取り巻きと違った。何というか…、温度が違うのだ。
セリーナ嬢に話しかけられれば、見惚れる笑顔を浮かべ、褒めたり、甘い言葉を向ける。
だが、彼はあの取り巻き達と違って一線を引いているように見える。彼らのようにこぞってセリーナ嬢の気を引こうとする必死さは感じられないし、その表情は熱を感じなかった。

今なら分かる。彼のあの表情は表面的なものにすぎないのだと。だって、自分は見たのだから。
あの時、リエルを語った時の彼の表情は…、柔らかくて、幸せそうで、とても優しかった。
あれは、本物だ。あの表情を見てしまったら、そう思わざるをえない。

「やっぱり、噂って当てにならないな。」

あの二人は不仲で美しくもない地味で陰気なリエルをアルバートは嫌っている。
妹ではなく、彼は姉のセリーナに惚れている。リエルとの婚約も元々は姉を狙っていた。
婚約中もセリーナと懇意にしていた、遂にはリエルに愛想を尽かしたアルバートが婚約破棄した等といわれているがそれは違うのだと確信した。彼の想い人は…、恐らく…、



「じゃあ、麦が不足している原因は雨が多いからなの?」

「あくまで私の推測でしかないけど…、」

「きっと、そうだわ!確かに私の領地では雨がよく降っていたもの。雨が降れば水不足には困らないから悪い事じゃないって楽観視していたけど…、雨が降り過ぎてもよくないのね。でも、天候は人間の技術でどうこうできるものじゃないし…、」

「それなら、麦畑には灰を多く使うといいわ。」

「灰を?」

「そう。灰を多めに使う事で白化病を未然に防ぐの。」

「あ…、成程!凄いわ!リエル!あなたって、本当に博識なのね!」

ゾフィーの領地が麦不足で困っていると相談に乗ったリエルはアドバイスをし、ゾフィーは瞳を輝かせた。

「そんな事ないよ。それに、これは私が気づいたことじゃなくて、お父様が以前、していたことなのよ。」

楽しそうに話す二人の令嬢を微笑ましい顔で見つめるメリル達。

「なあ…、リヒター。あれ、貴族令嬢の会話なのか?」

「おかしなことを言いますね。ロジェ。お嬢様は貴族を代表するフォルネーゼ家の令嬢。
ゾフィー嬢も子爵家の立派な貴族令嬢ですよ。」

「俺、てっきり令嬢って流行のドレスとか宝石の自慢話とか他人の噂話とかそういう話題をするものかと…、」

「ロジェ。そのイメージで合っていますよ。」

「一体、どこの世界に麦不足の話で盛り上がる令嬢がいるんだ!」

「ここにいますね。それにしても、お嬢様以外であそこまで革新的な女性がいようとは。つくづく、お嬢様は面白い事をやらかしてくれますね。」

リヒターはそう言って、楽し気に笑った。



「どうかしら?ハンナ。」

「お似合いですわ。お嬢様。ですが…、少々、露出が激しいのでは?」

「いいのよ。これで。いつもより、大胆で刺激的でしょう?」

「ええ。まあ…、」

セリーナは黒いドレスを身に纏い、鏡の前で満足げに微笑んだ。いつもは豊満な胸を強調したスタイルを生かしたドレスを着るが今回は大胆に足を曝け出した作りのドレスを着ている。むっちりとした肉付きのいい白い太腿が露になっている。男ならば思わず目を奪われてしまうだろう。

「本当にいいのですか?お嬢様。今ならまだ…、」

「うるさいわね!ハンナ!やるといったらやるのよ!
フフッ…、完璧よ。これなら、絶対に彼を落とせるわ!」

「お嬢様。今日はいつにもまして、自信に満ち溢れていますのね。」

「当たり前でしょう。アルバートが脚フェチだってことが分かったのだから、これで責めれば一発だわ!この格好を見ればアルバートだって一ころなんだから!」

オーホッホ!と高笑いするセリーナにハンナが複雑そうな表情を浮かべ、

「差し出がましいようですが…、お嬢様。アルバート様は脚フェチというわけではありませんよ。」

「何言っているの!アルバートは脚フェチに間違いないわ!あの子の脚を見て、あんなに動揺していたのよ!?あれが脚フェチじゃなくて何だと言うの!?」

「それは…、」

「確かにあの子は美脚よ。胸はないけど、脚の形だけはいいわ。
でも!あたしだって負けてないわよ。
これで納得がいったわ。今まで散々、この胸で迫っても興味がなかったのは胸じゃなくて、脚フェチだったからなのね!」

「いえ、ですから…、」

「あら、もうこんな時間!」

ハンナは何かを言いかけるがセリーナは聞く耳持たずに慌ただしく出て行った。
バタン、と勢いよく扉を閉める主の姿にハンナは溜息を吐いた。

アルバート様はリエル様が相手だから動揺したのですよと言いたかったのだが…、
あの様子では聞く耳持たないだろう。それに、主がどれだけ奮闘しても結果は見えている。
ハンナは帰ってきた時のセリーナの反応を想像し、溜息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

旦那様は私より幼馴染みを溺愛しています。

香取鞠里
恋愛
旦那様はいつも幼馴染みばかり優遇している。 疑いの目では見ていたが、違うと思い込んでいた。 そんな時、二人きりで激しく愛し合っているところを目にしてしまった!?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

処理中です...