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第八十一話 セリーナの妨害

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―な、何てこと…。

リエルは思わず眩暈を起こしそうになった。
リヒターが小声でリエルに耳元で囁いた。

「大丈夫。あの愚弟に味の違いは分かりません。それに、お嬢様の作った菓子は絶品だと評判です。言わなければ気づきはしません。」

「で、でも…、」

「おい。リヒター。お前、執事の癖に距離が近いんだよ。もう少し離れろ。」

不機嫌丸出しのアルバートがそう言うと、リヒターは失礼しました。と言い、リエルから離れた。
どうしよう。どうしよう。とリエルは混乱していたが

「別に菓子が変わった位でそこまで慌てる事ないだろう。俺は別にそんなの気にしない。」

アルバートにそう言われてもリエルは素直にそれを受け止められない。
もうこうなったら、しょうがない。
大丈夫。そんなに不味くはない。と思う。多分。
ルイもリヒター達も美味しいと言ってくれているし、きっと大丈夫だ。そうリエルは思い直した。

「お前、顔色悪いけどどうかしたのか?」

「い、いえ!大丈夫です。どうぞ、お気になさらず。」

リエルはダラダラと冷や汗を掻きながら慌ててそう言った。すると、

「そういえば、お嬢様。この前はアルバート様にお茶をご馳走になったとか?どうでしょう。今回はお嬢様がアルバート様にお茶をご馳走するというのは。」

執事の爆弾発言にリエルは凍り付いた。

「え…?」

「実は、お嬢様もお茶を淹れるのが得意でして。独自で紅茶のブレンドをしたりもしているのですよ。味は私の保証済みです。どうでしょうか?アルバート様。」

いきなり、何を言い出すのか。この執事は。リエルは呆れた。そんなの、断られるに決まっているのに。

「…そ、そこまで言うのなら…、折角の機会だ。ご馳走になろうか。」

リエルは仰天した。聞き間違いかと思った。アルバートを見ると、彼はわざとらしく咳ばらいをしつつもリエルに視線を向ける。

「だそうですよ。お嬢様。」

にっこり笑う執事にリエルはヒクッと引き攣った笑いを浮かべた。

「どうぞ。アルバート様。その、お口に合えばいいのですが…、」

「ああ。」

リエルはアルバートに紅茶を差し出した。アルバートが紅茶を飲もうとした瞬間、

「アルバート!」
いきなり、セリーナが部屋に入ってきた。リエルが驚いている間にセリーナはアルバートに近付くと、隣に座り、ぴったりと横にくっついた。

「え、セリーナ?」

「侍女達から聞いたら、あなたとリエルがお茶をしていると聞いたの。折角だから、私も同伴したいと思って。一人でお茶を飲んでもつまらないもの。
ね?いいでしょう?」

いいでしょう、と聞いてくるがこちらが許しを出す前にセリーナは既に席についている。リエルは唖然とした。

「私もお菓子を持ってきたの。アルバート。あなたも良かったら、食べて。」

そう言って、セリーナは侍女達が持ってきたタルトを差し出した。
リエルはそのタルトに顔を強張らせた。
リエルが出した菓子と同じショコラタルトだ。

「これね。『ラ・ヴォンヌ』っていって有名なチョコレートケーキ専門店のお菓子なのよ。手に入れるのにすごく苦労したんだから!」

「…良かったな。」

セリーナの言葉にアルバートは微笑んでそう言った。ラ・ヴォンヌのお菓子といえば高級菓子のお店として有名だ。かなり、人気のお店で予約をしないと入れないとも。よりにもよって、同じお菓子を持ってくるなんて…。
リエルは目の前に並んだ『ラ・ヴォンヌ』のショコラタルトは飾りつけもこだわっているのかまるで宝石のように煌いていて美しい。
食べるのが勿体ない位に見栄えよく出来ている。
自分が作ったショコラタルトがみすぼらしく見える。リエルは思わずギュッと膝の上に置いた手を握り締めた。

「あら、リエルも同じものを用意したの?」

わざとらしく言う姉の言葉にリエルはぎくり、とした。

「あなたが用意したのはどこの店のものなの?」

「…いえ。私が用意したのは…、我が家の料理人が作ったものですわ。」

リエルはそう答えるのが精一杯だった。

「そう。料理人の、ねえ。」

含みがあるかのように姉は呟いた。こちらを見透かすような目にリエルは心臓が嫌な音を立てた気がした。アルバートは紅茶を一口飲んだ。

「この紅茶…、お前がブレンドしたのか?リエル。」

「え?は、はい…。」

「…そうか。その、悪くない、味だと思う。」

ぶっきらぼうに呟いたその言葉にリエルは勢いよく顔を上げた。
何処か照れたような表情にリエルはホッと頬を緩めた。

「ねえ。アルバート。お茶ばかり飲んでないでお菓子も食べて?甘いものは疲れをとる効果があるんですって。」

セリーナがズイ、とアルバートにしな垂れかかり、そっとアルバートの手から紅茶を取り上げるとテーブルに置いた。

そして、二つのショコラタルトを手で指し示した。
片や高級店の見栄えのいい見るからに美味しそうなタルト、片や素朴で何処にでも売ってそうなタルト。
どちらを選ぶなんて目に見えている。

自分の作ったタルトよりも高級店のタルトの方が見た目も味も劣っているに決まっている。
リエルは思わず俯いた。

「じゃあ…、一つ貰おうか。」

そう言って、アルバートが選んだのは…、リエルが作ったショコラタルトの方だった。

「なっ…、」

セリーナがわなわなと驚きで目を見開いたがリエルはそれ以上に驚いていた。
アルバートはフォークで一口、タルトを食べた。サクッと口の中でタルトの味を噛み締める。
が、不意にぴたり、と食べる手を止めた。
無言でタルトをじっと見つめるアルバートにリエルはもしかして、口に合わなかったのだろうかと不安になった。

「この、味…。」

ぽつりとアルバートは呟き、そのまま二口目を口にする。二口目のタルトを食べ終えると、アルバートはリエルを見つめた。

「これ…、本当にこの家の料理人が作ったのか?」

「は、はい!トーマス達が…、」

「そうか…。」

リエルの言葉にアルバートは頷くと、そのままタルトを無言で咀嚼した。

「ね、ねえ。アルバート。良かったら、このタルトも食べて。」

セリーナがそう言って、わざわざ切り分けた『ラ・ヴォンヌ』のタルトをアルバートの前に持ってきた。その時には、アルバートはリエルのショコラタルトを食べ終えた頃だった。

「セリーナ。君も甘い物好きだろう。俺はいいから、君が食べるといい。」

「私はあなたに食べて欲しいの!」

「…じゃあ、一口だけ。」

アルバートはセリーナに笑ってそう言った。

「はい。アルバート。あーん。」

セリーナは途端に笑顔になると、フォークで突き刺したタルトをアルバートの口元に持ってきた。

「え…、」

さすがにアルバートは固まったがそのままセリーナは半開きにしたアルバートの口にタルトを押し込んだ。反射的にアルバートはそれを咀嚼する。

「どう?美味しい?」

「…ああ。上手いよ。」

タルトを咀嚼したアルバートはコクコクと紅茶を飲んだ。

「本当?それじゃあ、もう一口…、」

「いや。もう十分だよ。ありがとう。セリーナ。」

二口目を勧めるセリーナにアルバートはそう言って、首を振った。

その後もセリーナはアルバートに話しかけ、アルバートはそれに答えたため、リエルは必然的に蚊帳の外だった。仕方なく、紅茶とショコラタルトを堪能した。何度かアルバートがリエルに話しかけようとしたがその度にセリーナに話しかけられ、アルバートがそれに答える。その繰り返しだった。

「アルバート。今度は一緒に町にでも行ってみない?二人っきりで、ね?」

「…ああ。」

べたべたとアルバートの肩や腕に触り、至近距離で見つめるセリーナにアルバートは笑顔で頷いている。
リエルはそれを見ながら、アルバートを見送る為に玄関まで来ていた。

「リエル。」

アルバートは服の袖を握ってくるセリーナの手を取り、そのまま離すと、リエルの目の前にまで来た。

「…あのタルト、上手かったとトーマス達に伝えてくれるか?」

「えっ?あ、はい…。」

アルバートの言葉にリエルは驚きながらも頷いた。アルバートは僅かに微笑むとそのまま馬車に乗り込んだ。リエルはドキドキと高鳴る胸を抑えられなかった。

あの後、姉が何か言っていたがリエルは全く聞いていなかった。
そのまま放心状態で部屋に戻ると、ずるずると扉を背に床に座り込んだ。

「美味しかったんだ…。私のタルト…。」

リエルはぽつりと呟いた。
どうしよう。嬉しい。リエルはそっと熱い頬を両手で抑えた。
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