79 / 226
第七十八話 剣の稽古
しおりを挟む
アルバートはぼんやりと茜色の夕日を眺めながら、昔の事を思い出していた。
あれから、アルバートは過酷な訓練を耐えて薔薇騎士になった。
だが、未だにリエルとの約束は果たせていない。
自分が薔薇騎士としての称号を与えられたのは白薔薇騎士だった。
既に青薔薇騎士の称号はセイアスが賜っていたからだ。
薔薇騎士になれても結局は青薔薇騎士になれなかったのだ。
だから、今も…、アルバートはあの約束を口にできずにいる。
それを口にする資格がない事も十分に分かっていたからだ。
「何しているんだろうな…。俺は。」
それでも、白薔薇騎士として任命された以上、自分は職務を全うしないとならない。
青薔薇騎士にはなれなかったが白薔薇騎士の権限を使えば独自で単独の調査を行う事も出来る。
その権利を使わない手はなかった。だが、自分にはもうあの約束を果たす資格はない。
『アルバート…様?どうして…、』
そう言って、アルバートを見つめる目は見開かれ、今にも泣きそうな表情で歪んでいた。
ズキリ、と胸が痛んだ。
アルバートはその光景を掻き消すかのように強く目を瞑った。
リエルを傷つけた自分にはこの血で汚れた格好がお似合いだ。
頭では分かっているのに未だに自分はリエルへの想いを諦めきれずにいる。
『化け物!』
今まで何度も言われた言葉だ。
死体に囲まれ、返り血を浴びた自分の姿は本当に化け物のようだ。アルバートはぼんやりとそう思った。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。坊ちゃま。」
ウォルターの出迎えにアルバートは頷くと、そのまま部屋に戻ろうとした。
「坊ちゃま。夕食はどうなさいますか?」
「いらない。」
「夕食は済まされたのでしょうか?」
「いや。ただ、食欲がないんだ。」
「いけません。坊ちゃん。食事はきちんと摂らなければ身体が持ちませんよ。明日は特に体力を温存しなければならないのですし…、」
「何言っている。明日は休みだ。体力何て必要ないだろう。」
「おかしいですね。リヒター様から、明日はリエルお嬢様に剣の稽古をするご予定だとお伺いしているのですが?」
アルバートはピシリ、と固まった。
「は?…何の話だ?」
「おや?リヒター様は確かに約束をしたとお聞きしていますよ。リヒター様の代わりに坊ちゃまがリエルお嬢様の剣の御指南をされると。」
思い出した。そうだった。確かにあのゴタゴタがあった際にそんな約束をした気がする。
あの陰険腹黒兄貴にねちねちといじられたリエルがあまりにも不憫だったので思わずそんな助け舟を出したのだ。
…まさか、あの口約束がそのまま現実になるとは思いもしなかったが。
「いや。あれはその場限りの…、」
「ほお?坊ちゃまはその場を取り繕うためだけに嘘を吐いたと。そういう事でしょうか?
爺は悲しゅうございます。昔は素直で嘘をつくことが嫌いだった坊ちゃまが平気で約束を破るような騎士の風上にも置けないそんな男に成長なさるなんて…、」
悲し気に目を伏せるウォルターにうぐ、とアルバートは声を詰まらせた。
「お忙しいお嬢様のご予定をわざわざ坊ちゃまのご都合に合わせていたというのに…。
リエルお嬢様もきっと、失望なさることでしょう。二年前のあの時と全然変わっていないのだときっと呆られ…、」
「分かった!行く!行けばいいんだろ!」
アルバートは堪らず叫ぶようにして撤回した。
「そうですか。それは何よりでございます。」
けろっと先程までの悲し気な表情を一変して、ウォルターはいつもの微笑みに戻っていた。
やっぱり、さっきの演技か!とアルバートは気付くがもう遅い。
結局、アルバートは明日、フォルネーゼ邸に行くことになったのだった。
「よし。焼けた!わ…、今日はいい具合にできたみたい。」
リエルはオーブンから取り出したタルトの焼き具合に破顔した。
今日は料理長に頼んで厨房の一角を借りて、タルトを作っていた。
「お嬢様。タルトは完成したのですか?」
「ええ。今、できた所よ。あ、こっちがトーマス達の分だから。皆で食べてね。」
リエルはそう言って、料理長トーマスと他の料理人達の分のタルトをテーブルに置いた。
「お嬢様。こちらにいらしたのですね。」
「あ、リヒター。今、タルトが焼けた所なの。良かったら、あなたも後で食べてみて。」
「ありがとうございます。喜んで頂きますよ。
それより、お嬢様。そろそろ約束の時間になります。ご準備をされては如何です?」
「準備?何の?」
「今日はアルバート様から剣の稽古を受けるお約束でしょう。お忘れですか?」
「え…。あ、あれって今日だったの!?」
そもそも、剣の稽古なんて、その場で流れた話だと思っていた。
突然の話にリエルは仰天した。
その後、そんな話は聞いていない!と詰め寄るリエルにリヒターは昨日お話ししましたがと言われたがリエルは全くもって覚えていない。
ちなみに、リエルは気付いていないが昨日、リエルは一人チェスをしていた。
元々、一つの事に集中すると周りの事が聞こえなくなるリエルはリヒターに言われた内容に空返事をしただけで内容を全く聞いていなかったのだ。
そんな事に気づかず、リエルはとにかく急いで準備をしなくてはと!慌てて支度するのだった。
あれから、アルバートは過酷な訓練を耐えて薔薇騎士になった。
だが、未だにリエルとの約束は果たせていない。
自分が薔薇騎士としての称号を与えられたのは白薔薇騎士だった。
既に青薔薇騎士の称号はセイアスが賜っていたからだ。
薔薇騎士になれても結局は青薔薇騎士になれなかったのだ。
だから、今も…、アルバートはあの約束を口にできずにいる。
それを口にする資格がない事も十分に分かっていたからだ。
「何しているんだろうな…。俺は。」
それでも、白薔薇騎士として任命された以上、自分は職務を全うしないとならない。
青薔薇騎士にはなれなかったが白薔薇騎士の権限を使えば独自で単独の調査を行う事も出来る。
その権利を使わない手はなかった。だが、自分にはもうあの約束を果たす資格はない。
『アルバート…様?どうして…、』
そう言って、アルバートを見つめる目は見開かれ、今にも泣きそうな表情で歪んでいた。
ズキリ、と胸が痛んだ。
アルバートはその光景を掻き消すかのように強く目を瞑った。
リエルを傷つけた自分にはこの血で汚れた格好がお似合いだ。
頭では分かっているのに未だに自分はリエルへの想いを諦めきれずにいる。
『化け物!』
今まで何度も言われた言葉だ。
死体に囲まれ、返り血を浴びた自分の姿は本当に化け物のようだ。アルバートはぼんやりとそう思った。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。坊ちゃま。」
ウォルターの出迎えにアルバートは頷くと、そのまま部屋に戻ろうとした。
「坊ちゃま。夕食はどうなさいますか?」
「いらない。」
「夕食は済まされたのでしょうか?」
「いや。ただ、食欲がないんだ。」
「いけません。坊ちゃん。食事はきちんと摂らなければ身体が持ちませんよ。明日は特に体力を温存しなければならないのですし…、」
「何言っている。明日は休みだ。体力何て必要ないだろう。」
「おかしいですね。リヒター様から、明日はリエルお嬢様に剣の稽古をするご予定だとお伺いしているのですが?」
アルバートはピシリ、と固まった。
「は?…何の話だ?」
「おや?リヒター様は確かに約束をしたとお聞きしていますよ。リヒター様の代わりに坊ちゃまがリエルお嬢様の剣の御指南をされると。」
思い出した。そうだった。確かにあのゴタゴタがあった際にそんな約束をした気がする。
あの陰険腹黒兄貴にねちねちといじられたリエルがあまりにも不憫だったので思わずそんな助け舟を出したのだ。
…まさか、あの口約束がそのまま現実になるとは思いもしなかったが。
「いや。あれはその場限りの…、」
「ほお?坊ちゃまはその場を取り繕うためだけに嘘を吐いたと。そういう事でしょうか?
爺は悲しゅうございます。昔は素直で嘘をつくことが嫌いだった坊ちゃまが平気で約束を破るような騎士の風上にも置けないそんな男に成長なさるなんて…、」
悲し気に目を伏せるウォルターにうぐ、とアルバートは声を詰まらせた。
「お忙しいお嬢様のご予定をわざわざ坊ちゃまのご都合に合わせていたというのに…。
リエルお嬢様もきっと、失望なさることでしょう。二年前のあの時と全然変わっていないのだときっと呆られ…、」
「分かった!行く!行けばいいんだろ!」
アルバートは堪らず叫ぶようにして撤回した。
「そうですか。それは何よりでございます。」
けろっと先程までの悲し気な表情を一変して、ウォルターはいつもの微笑みに戻っていた。
やっぱり、さっきの演技か!とアルバートは気付くがもう遅い。
結局、アルバートは明日、フォルネーゼ邸に行くことになったのだった。
「よし。焼けた!わ…、今日はいい具合にできたみたい。」
リエルはオーブンから取り出したタルトの焼き具合に破顔した。
今日は料理長に頼んで厨房の一角を借りて、タルトを作っていた。
「お嬢様。タルトは完成したのですか?」
「ええ。今、できた所よ。あ、こっちがトーマス達の分だから。皆で食べてね。」
リエルはそう言って、料理長トーマスと他の料理人達の分のタルトをテーブルに置いた。
「お嬢様。こちらにいらしたのですね。」
「あ、リヒター。今、タルトが焼けた所なの。良かったら、あなたも後で食べてみて。」
「ありがとうございます。喜んで頂きますよ。
それより、お嬢様。そろそろ約束の時間になります。ご準備をされては如何です?」
「準備?何の?」
「今日はアルバート様から剣の稽古を受けるお約束でしょう。お忘れですか?」
「え…。あ、あれって今日だったの!?」
そもそも、剣の稽古なんて、その場で流れた話だと思っていた。
突然の話にリエルは仰天した。
その後、そんな話は聞いていない!と詰め寄るリエルにリヒターは昨日お話ししましたがと言われたがリエルは全くもって覚えていない。
ちなみに、リエルは気付いていないが昨日、リエルは一人チェスをしていた。
元々、一つの事に集中すると周りの事が聞こえなくなるリエルはリヒターに言われた内容に空返事をしただけで内容を全く聞いていなかったのだ。
そんな事に気づかず、リエルはとにかく急いで準備をしなくてはと!慌てて支度するのだった。
0
お気に入りに追加
1,093
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる