上 下
68 / 226

第六十七話 迫られた選択

しおりを挟む
「送ってくださってありがとうございました。アルバート様。」
「…別に。」
馬車で送ってくれたアルバートはわざわざ自分も同乗してリエルを屋敷まで送ってくれた。あまり会話らしい会話はなかったがリエルはいつもより穏やかな気持ちでアルバートと同じ空間にいることができた。
―良かった…。もう二度と彼とは距離が縮まることはないと思っていたけど…、もしかしたら、今からでも間に合うかもしれない。また…、昔のように幼馴染の関係に戻れるかもしれない。
リエルはそんな淡い期待を抱いていた。
「姉上。」
かけられた声にリエルは振り向いた。そこにはまだ正装姿のルイが立っていた。じろり、とルイはアルバートを睨みつけた。
「…ちゃんと無事に姉上を送ってくださったのですね。白薔薇騎士殿。」
「言いたいことがあるなら言え。」
「いえ、プレイボーイと名高いあなたのことですから、上手い口実で自分の部屋に連れ込み、いかがわしい真似を姉上にもしたのではと心配で…、」
「は、はあ!?お前な!俺を何だと思っているんだ!そんな事する訳ないだろうが!」
「犬みたいですね。そうやって、キャンキャン吠え立てる所なんてよく似ているじゃありませんか。それに、年中盛っている発情期な所も…、」
「人を獣みたいに言うな!」
「毎日違う女を連れて歩くあなたを見ればそう思うのも当然でしょう。」
「だから、それは…!」
「言い訳は結構です。まあ、でも、そうですね。白薔薇騎士はセリーナといい仲なのですから姉上に手を出すだなんてそんな常識しらずな真似はしないでしょうね。…勘違いをしてしまい、申し訳ありません。」
リエルはハッとした。そうだ。彼はお姉様と…。リエルは思わず視線を伏せた。黙ってしまったアルバートの無言が肯定の証だ。
「姉上。お疲れでしょう。すぐに温かいハーブティーを用意させます。」
ニコリと笑ってルイはリエルの手を引いて屋敷に促した。アルバートの事は綺麗に無視をして。リエルは振り返らなかった。だから、アルバートはどんな表情をしているのかも気づかなかった。
「っ…、今更だ。今更…、言った所で何になるって言うんだ…。」
アルバートはギュッと手で片腕を強く握り締め、ぽつりと呟いた。

屋敷に戻ったリエルは先を進むルイに声を掛けた。
「ルイ。私…、アルバート様から聞いたの。ミュリエル叔母様の事。それから…、お母様の事も。」
「…そうでしょうね。」
「あなたは知っていたの?」
「はい。父上からお聞きしていました。すみません。姉上。ずっと黙っていて…。」
ルイは何処となく気まずそうに表情を曇らせた。
「ううん。いいの。お父様がどうして黙っていたのか何となく分かる気がするし…。私が聞きたいのはこれからの事よ。」
「姉上。…幾ら姉上の頼みでもこればかりは聞けません。僕は母を許すつもりはありません。あの女は人としても、親としても許されざる罪を犯した。…本当なら、二年前のあの日にこの手で殺してやりたかった。」
ルイの目はゾッとする程に殺意に満ちていた。
「ルイ…。」
「でも…、僕が母殺しになれば姉上は悲しむでしょう?だから、僕は殺しはしません。でも、もう許すことはできないのです。」
「うん…。ルイの決めたことに反対するつもりはないわ。ただ…、今日は色んなことがありすぎて…、少し頭が混乱しているみたいなの。…だから、少し時間を頂戴。」
「姉上。もう今夜はお休みください。無理をして答えを出さなくてもいいのです。これは当主である僕の仕事。姉上はこんな危険な世界に関わる必要はないのですから。」
「…ありがとう。」
ルイの言葉にリエルは目を細めて微笑んだ。
―ルイは強い。彼はもう心を決めている。
父がルイを当主に選んだ理由がよく分かる。ルイは賢いだけではない。当主とは優しいだけでは務まらない。時には何かを切り捨てることができる非情さも持ち合わせていないとならないのだ。ルイはもう迷いがない。対して、リエルはまだ…、そこまでの覚悟を持ち合わせていなかった。
―母を…、憎いと思ったことはない。どんなに罵倒されても叩かれても…、私は母を憎いと思えなかった。ただ、どうしようもなく、悲しいとしか…。
幾ら自分を傷つけたとはいえ、実の母親を切り捨てるなんて…。リエルはそこまでの覚悟はできなかった。母を野放しにすればフォルネーゼ家に安寧はない。それは分かっているのだ。母はとにかく、自分の事しか考えられない。自分を傷つければフォルネーゼ家の名誉に傷がついても構わないと言っている母の事だ。母の存在は我が家にとって害でしかない。それでも…、リエルはまだ家族としての情を捨てきれなかった。
―でも、このまま立ち止まっていても何も変わらない。私も…、そろそろ覚悟を決めないと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...