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第六十七話 迫られた選択
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「送ってくださってありがとうございました。アルバート様。」
「…別に。」
馬車で送ってくれたアルバートはわざわざ自分も同乗してリエルを屋敷まで送ってくれた。あまり会話らしい会話はなかったがリエルはいつもより穏やかな気持ちでアルバートと同じ空間にいることができた。
―良かった…。もう二度と彼とは距離が縮まることはないと思っていたけど…、もしかしたら、今からでも間に合うかもしれない。また…、昔のように幼馴染の関係に戻れるかもしれない。
リエルはそんな淡い期待を抱いていた。
「姉上。」
かけられた声にリエルは振り向いた。そこにはまだ正装姿のルイが立っていた。じろり、とルイはアルバートを睨みつけた。
「…ちゃんと無事に姉上を送ってくださったのですね。白薔薇騎士殿。」
「言いたいことがあるなら言え。」
「いえ、プレイボーイと名高いあなたのことですから、上手い口実で自分の部屋に連れ込み、いかがわしい真似を姉上にもしたのではと心配で…、」
「は、はあ!?お前な!俺を何だと思っているんだ!そんな事する訳ないだろうが!」
「犬みたいですね。そうやって、キャンキャン吠え立てる所なんてよく似ているじゃありませんか。それに、年中盛っている発情期な所も…、」
「人を獣みたいに言うな!」
「毎日違う女を連れて歩くあなたを見ればそう思うのも当然でしょう。」
「だから、それは…!」
「言い訳は結構です。まあ、でも、そうですね。白薔薇騎士はセリーナといい仲なのですから姉上に手を出すだなんてそんな常識しらずな真似はしないでしょうね。…勘違いをしてしまい、申し訳ありません。」
リエルはハッとした。そうだ。彼はお姉様と…。リエルは思わず視線を伏せた。黙ってしまったアルバートの無言が肯定の証だ。
「姉上。お疲れでしょう。すぐに温かいハーブティーを用意させます。」
ニコリと笑ってルイはリエルの手を引いて屋敷に促した。アルバートの事は綺麗に無視をして。リエルは振り返らなかった。だから、アルバートはどんな表情をしているのかも気づかなかった。
「っ…、今更だ。今更…、言った所で何になるって言うんだ…。」
アルバートはギュッと手で片腕を強く握り締め、ぽつりと呟いた。
屋敷に戻ったリエルは先を進むルイに声を掛けた。
「ルイ。私…、アルバート様から聞いたの。ミュリエル叔母様の事。それから…、お母様の事も。」
「…そうでしょうね。」
「あなたは知っていたの?」
「はい。父上からお聞きしていました。すみません。姉上。ずっと黙っていて…。」
ルイは何処となく気まずそうに表情を曇らせた。
「ううん。いいの。お父様がどうして黙っていたのか何となく分かる気がするし…。私が聞きたいのはこれからの事よ。」
「姉上。…幾ら姉上の頼みでもこればかりは聞けません。僕は母を許すつもりはありません。あの女は人としても、親としても許されざる罪を犯した。…本当なら、二年前のあの日にこの手で殺してやりたかった。」
ルイの目はゾッとする程に殺意に満ちていた。
「ルイ…。」
「でも…、僕が母殺しになれば姉上は悲しむでしょう?だから、僕は殺しはしません。でも、もう許すことはできないのです。」
「うん…。ルイの決めたことに反対するつもりはないわ。ただ…、今日は色んなことがありすぎて…、少し頭が混乱しているみたいなの。…だから、少し時間を頂戴。」
「姉上。もう今夜はお休みください。無理をして答えを出さなくてもいいのです。これは当主である僕の仕事。姉上はこんな危険な世界に関わる必要はないのですから。」
「…ありがとう。」
ルイの言葉にリエルは目を細めて微笑んだ。
―ルイは強い。彼はもう心を決めている。
父がルイを当主に選んだ理由がよく分かる。ルイは賢いだけではない。当主とは優しいだけでは務まらない。時には何かを切り捨てることができる非情さも持ち合わせていないとならないのだ。ルイはもう迷いがない。対して、リエルはまだ…、そこまでの覚悟を持ち合わせていなかった。
―母を…、憎いと思ったことはない。どんなに罵倒されても叩かれても…、私は母を憎いと思えなかった。ただ、どうしようもなく、悲しいとしか…。
幾ら自分を傷つけたとはいえ、実の母親を切り捨てるなんて…。リエルはそこまでの覚悟はできなかった。母を野放しにすればフォルネーゼ家に安寧はない。それは分かっているのだ。母はとにかく、自分の事しか考えられない。自分を傷つければフォルネーゼ家の名誉に傷がついても構わないと言っている母の事だ。母の存在は我が家にとって害でしかない。それでも…、リエルはまだ家族としての情を捨てきれなかった。
―でも、このまま立ち止まっていても何も変わらない。私も…、そろそろ覚悟を決めないと。
「…別に。」
馬車で送ってくれたアルバートはわざわざ自分も同乗してリエルを屋敷まで送ってくれた。あまり会話らしい会話はなかったがリエルはいつもより穏やかな気持ちでアルバートと同じ空間にいることができた。
―良かった…。もう二度と彼とは距離が縮まることはないと思っていたけど…、もしかしたら、今からでも間に合うかもしれない。また…、昔のように幼馴染の関係に戻れるかもしれない。
リエルはそんな淡い期待を抱いていた。
「姉上。」
かけられた声にリエルは振り向いた。そこにはまだ正装姿のルイが立っていた。じろり、とルイはアルバートを睨みつけた。
「…ちゃんと無事に姉上を送ってくださったのですね。白薔薇騎士殿。」
「言いたいことがあるなら言え。」
「いえ、プレイボーイと名高いあなたのことですから、上手い口実で自分の部屋に連れ込み、いかがわしい真似を姉上にもしたのではと心配で…、」
「は、はあ!?お前な!俺を何だと思っているんだ!そんな事する訳ないだろうが!」
「犬みたいですね。そうやって、キャンキャン吠え立てる所なんてよく似ているじゃありませんか。それに、年中盛っている発情期な所も…、」
「人を獣みたいに言うな!」
「毎日違う女を連れて歩くあなたを見ればそう思うのも当然でしょう。」
「だから、それは…!」
「言い訳は結構です。まあ、でも、そうですね。白薔薇騎士はセリーナといい仲なのですから姉上に手を出すだなんてそんな常識しらずな真似はしないでしょうね。…勘違いをしてしまい、申し訳ありません。」
リエルはハッとした。そうだ。彼はお姉様と…。リエルは思わず視線を伏せた。黙ってしまったアルバートの無言が肯定の証だ。
「姉上。お疲れでしょう。すぐに温かいハーブティーを用意させます。」
ニコリと笑ってルイはリエルの手を引いて屋敷に促した。アルバートの事は綺麗に無視をして。リエルは振り返らなかった。だから、アルバートはどんな表情をしているのかも気づかなかった。
「っ…、今更だ。今更…、言った所で何になるって言うんだ…。」
アルバートはギュッと手で片腕を強く握り締め、ぽつりと呟いた。
屋敷に戻ったリエルは先を進むルイに声を掛けた。
「ルイ。私…、アルバート様から聞いたの。ミュリエル叔母様の事。それから…、お母様の事も。」
「…そうでしょうね。」
「あなたは知っていたの?」
「はい。父上からお聞きしていました。すみません。姉上。ずっと黙っていて…。」
ルイは何処となく気まずそうに表情を曇らせた。
「ううん。いいの。お父様がどうして黙っていたのか何となく分かる気がするし…。私が聞きたいのはこれからの事よ。」
「姉上。…幾ら姉上の頼みでもこればかりは聞けません。僕は母を許すつもりはありません。あの女は人としても、親としても許されざる罪を犯した。…本当なら、二年前のあの日にこの手で殺してやりたかった。」
ルイの目はゾッとする程に殺意に満ちていた。
「ルイ…。」
「でも…、僕が母殺しになれば姉上は悲しむでしょう?だから、僕は殺しはしません。でも、もう許すことはできないのです。」
「うん…。ルイの決めたことに反対するつもりはないわ。ただ…、今日は色んなことがありすぎて…、少し頭が混乱しているみたいなの。…だから、少し時間を頂戴。」
「姉上。もう今夜はお休みください。無理をして答えを出さなくてもいいのです。これは当主である僕の仕事。姉上はこんな危険な世界に関わる必要はないのですから。」
「…ありがとう。」
ルイの言葉にリエルは目を細めて微笑んだ。
―ルイは強い。彼はもう心を決めている。
父がルイを当主に選んだ理由がよく分かる。ルイは賢いだけではない。当主とは優しいだけでは務まらない。時には何かを切り捨てることができる非情さも持ち合わせていないとならないのだ。ルイはもう迷いがない。対して、リエルはまだ…、そこまでの覚悟を持ち合わせていなかった。
―母を…、憎いと思ったことはない。どんなに罵倒されても叩かれても…、私は母を憎いと思えなかった。ただ、どうしようもなく、悲しいとしか…。
幾ら自分を傷つけたとはいえ、実の母親を切り捨てるなんて…。リエルはそこまでの覚悟はできなかった。母を野放しにすればフォルネーゼ家に安寧はない。それは分かっているのだ。母はとにかく、自分の事しか考えられない。自分を傷つければフォルネーゼ家の名誉に傷がついても構わないと言っている母の事だ。母の存在は我が家にとって害でしかない。それでも…、リエルはまだ家族としての情を捨てきれなかった。
―でも、このまま立ち止まっていても何も変わらない。私も…、そろそろ覚悟を決めないと。
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