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第六十三話 オレリーヌとミュリエル

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思い返せば母はいつもリエルを通して誰かを見ていた。あの女とは誰なのか。リエルはずっとそれがリエルの本当の母親を指しているのかもしれないと思っていた。父を奪おうとした女の娘ということで自分は憎まれているのかと思ったこともある。でも、違っていた?母の言うあの女とは叔母様の事だった?
「お母様は…、ミュリエル叔母様を憎んでいたの?」
「お前の母親の嫉妬深さはよく知っているだろう。オレリーヌ殿は妹のミュリエル様にも嫉妬していたらしいぞ。」
「え…、でも、叔母様は妹ですよね?」
「何言っているんだ。娘のお前にも嫉妬するような女だぞ。当然、妹にも嫉妬するに決まっているだろう。しかも、エドゥアルト様はミュリエル様を溺愛していたからな。妹ってだけで独占するミュリエル様を許せなかったんだろう。」
「お母様はそこまで…、」
でも、確かに母の嫉妬深さは病的なものだった。若いメイドが少しでも父に色目を使えば怒り狂って手を上げ、容赦なく暴力を振るい、解雇を言い渡していた。ある令嬢が父に言い寄る姿を見たり、そういった女の噂を聞きつければすぐさまその女の家に乗り込んで二度と父に近付かないよう脅迫していた。誠実な父は母を裏切る真似はしなかったが実際は浮気をしたくてもできなかっただろう。おまけに母は父の世話をするメイドを見目のあまりよくない年嵩の女ばかりを選び、決して若いメイドを父に近付けようとさせなかった程の徹底ぶりだ。リエルは母の嫉妬に狂った姿を何度も目にしているからその話にも納得してしまう。
「それに、オレリーヌ様はエドゥアルト様に一目惚れしてアプローチしまくったらしいけど当のエドゥアルト様は全く相手にしなかったらしい。どちらかというと、妹の傍にいて甲斐甲斐しく世話を焼くのに必死で女なんか眼中になかったみたいだ。」
それって、まるでルイみたいだ。ルイのシスコンは父に似たのかとリエルは納得してしまう。
「オレリーヌ様は両親に甘やかされて育ったからかなり我儘な性格で少しでも自分の思い通りにいかないと癇癪を起こすような女だったと聞いている。まあ、それは今でも変わりないが。そういう訳でオレリーヌ様はエドゥアルト様が靡かないことが相当悔しかったみたいだ。何せ、今まで自分に夢中にならない男はいなかったみたいだしな。それで何が何でも落としてやるって息巻いてあの手この手でエドゥアルト様の気を惹こうとしたらしいがエドゥアルト様は全く見向きもしなかった。それで最後は親に泣きついて、婚約にこぎつけたんだ。」
「…確かにお母様なら、それ位しそうですよね。」
母は元々、侯爵令嬢だ。五大貴族ではないが母の生家も由緒正しい家柄で過去には王族が嫁いだ例もある。母は権力を笠に着てでも父を手に入れたかったのだろう。
「では、お父様は母の実家である侯爵家の権力に逆らえなくて?確かお父様はお母様と結婚をする少し前に爵位を継いだばかりでしたよね?もしかして、当主としての地位を確かなものにするために婚約を…、」
「まさか。あのエドゥアルト様だぞ?爵位を継ぐ前から既に次期当主として手腕を発揮して実質、フォルネーゼ家の実権を握っていたのはエドゥアルト様だ。だから、爵位を引き継いでからも既にその地位は揺るぎないものだった。幾ら序列が上の侯爵家でもエドゥアルト様はそれに従うような軟な人間じゃない。大体、そんなのに屈する人間がフォルネーゼ家の当主になれるわけないだろ。あの人なら、相手を黙らせる手は幾らでも持っている筈だ。」
「た、確かに…。」
「エドゥアルト様が婚約を受け入れたのは…、まあ、身分も年齢も釣り合って結婚相手として丁度よかったからだ。元々、結婚相手にこだわりはなかったらしいし、周りからも早く結婚しろって口うるさく言われていたらしいからな。」
つまり、父にとって結婚相手は誰でも良かったのかもしれない。言われてみれば父は母を妻として大切にしていたが母の様に強い愛情を抱いているようには見えなかったし、他の女性にも興味を持つ様子はなかった。恐らく、父はそういう手に関しては淡白なのかもしれない。勿論、情がないわけではなく、血を分けた子であるリエル達には愛情を注いでくれた。どちらというと、母よりも子供達への愛情の方が強かった部分があった。
「詳しいんですね。アルバート様。」
「父上から聞いた話だ。」
「あ、成程…。」
リエルの父とアルバートの父は親友の間柄だ。きっと、その辺りの事情も詳しいのだろう。父はあまり自分の事を話したりしなかったし、両親の馴れ初めも聞いたことがない。だから、リエルにとっては初めて知る話だった。
「でも、婚約してからもエドゥアルト様は相変わらず病弱な妹を優先してばかりでオレリーヌ様は二の次だったらしい。それに、エドゥアルト様も多忙な人だったから会える時間も限られていて…、オレリーヌ様はそれが不満だったんだろうな。その事でいつもエドゥアルト様を責めていたそうだ。」
「お母様は結婚前から束縛が激しかったんですね。」
物心つく前から母は父を責め立てていた。仕事が多忙な父はよく母との約束を守れず、仕事を優先することが多かったからだ。母は時間の許す限り父といたがったが父はそうではなかった。終いには仕事を言い訳に自分以外の女と浮気しているのではないかと疑心暗鬼に陥る始末だった。
「だけど、エドゥアルト様は妹のミュリエル様だけは特別扱いしていたらしい。どんなに忙しくても妹との約束は絶対に守っていたし、少しでも具合が悪いと聞きつければすぐに駆けつけたりもしたんだそうだ。夜会の時もミュリエル様に近付く男を牽制していたらしいし、かなり過保護だったらしいぞ。」
「あのお父様が?…でも、お母様に対してお父様はそんなこと一度も…、」
「まあ、そうだな。オレリーヌ様が他の男と親し気にしたり、ダンスをしたり、甘えたりした様子を見せても何も言わなかった人だもんな。だからこそ、余計にミュリエル様の存在が許せなかったんだろう。」
「もしかして、お母様は叔母様にも…?」
「ああ。かなりあからさまな態度だったらしいぞ。ミュリエル様はオレリーヌ様を慕っていたらしいけど嫌味や皮肉はしょっちゅうだし、嫌がらせもしていたらしい。」
「でも、そんな事して父が黙ってはいないんじゃ…、」
「一度は別れ話を切り出されたみたいだが…、オレリーヌ様が物凄い取り乱して泣いて縋ったそうだ。ミュリエル様の執り成しもあって結局元鞘に納まった。それからは、オレリーヌ様はミュリエル様に突っかかることはなくなったが相変わらず仲は最悪だった。といっても、オレリーヌ様が一方的に嫌っていただけみたいだが。」
「だから、お母様はあんなにも私を嫌っていたんですね。私が叔母様によく似ていたから…。」
「お前とミュリエル様が似ていたのは容姿だけじゃない。ミュリエル様も読書が趣味で歌やヴァイオリンの才能に恵まれていた。そういう所も似ていたから、益々オレリーヌ様はお前に辛く当たったんだろうな。実際、心当たりがあるんじゃないのか?お前が本を読んでいたり、歌を歌っていただけであの人、物凄いお前に当たり散らしていただろ。」
リエルはハッとした。そうだ。確かに…。本を読んでいたりすると母はそんなものを読んで何になる、レディに求められるのは美しさだ、女に学など必要ないと怒鳴り散らし、本を読んでいるリエルを否定していた。ピアノやヴァイオリンを弾いていると、下手くそな曲を聴かせるなと罵倒した。リエルが歌を口ずさんでいると耳障りな声で歌うなと言い、リエルを叱りつけた。もしかして、あれは叔母様を思い起こさせるから?だから、お母様はあんなに怒っていたの?
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