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第三十八話 ブロウ男爵令嬢

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ストロベリーブロンドのふわふわした髪の愛らしい令嬢…。小柄で華奢な身体に儚げな容姿は庇護欲を誘い、ピンク色のドレスがよく似合っている。まるで花の妖精のよう…。リエルはその美貌に見惚れた。
「可愛らしい方ね。」
「…見た目はね。」
「ミミール?」
ミミールの棘のある言い方に訝しんでいると、その令嬢はアルバートに駆け寄ると嬉しそうに話しかけた。ばかりか、手や腕にも触ってくる。周囲の女性達はざわついた。セリーナに至ってはその令嬢を睨みつけている。
「あざとい女。噂通りね。」
「え、噂?」
「あの令嬢、男達の間では天使だ女神だなんて持て囃されているけど令嬢達の間では評判が最悪。高位貴族の身分高い男性に近付いたり、それが恋人や婚約者のいる男性にも馴れ馴れしいの。おまけに貴族のマナーもなってないし、常識もない。幾ら貴族に仲間入りしたばかりだと言っても限度があるわ。」
「あのストロベリーブロンドの髪…。もしかして、最近、ブロウ男爵が引き取ったという庶子の…?確か名前は…、」
「リーリア・ド・ブロウ。」
リエルはリヒターの言葉を思い出した。リエルはリーリアに視線を向けた。アルバートにしな垂れかかり、瞳を潤ませ何かを言っている。すると、セリーナがリーリアに何かを言った。あの厳しい表情から注意をしているのだろう。
「でも、まだ貴族界に仲間入りをしたばかりだからこの世界に馴染まないのも仕方ないんじゃ…、」
「だからって、許可もしてないのに自分より身分の高い貴族に勝手に話しかけたり、ダンスを二回以上も踊ったり、あんなにべたべたと男に触るなんて非常識だわ!」
ミミールの怒りは最もだ。貴族の世界では自分より身分や地位のある相手に対して、自分から話しかけるのは無礼な行為とみなされる。貴族の世界は身分と格式を重んじるため、格上の相手には礼儀を重んじ、相手から話しかけるのを待ち、相手の許可を得て漸く発言が許されるのだ。そして、社交界ではダンスを二回以上踊るのは身内か恋人の間柄である親しい相手、三回目以上は婚約者か夫婦間の間柄であると決まっている。それに、貴族令嬢には淑やかさと慎ましさが求められる。自分から異性に触れる行為などすればはしたないと眉を顰められてもおかしくない。だからこそ、生粋の令嬢であるミミールはリーリアの同じ貴族令嬢とは思えない態度に腹が立っているのだろう。幾ら元は庶民の出とはいえ、リーリア嬢も正式に男爵家の令嬢として迎えられた娘。これからは、庶民としてではなく、貴族令嬢として生きていかなければならないのだ。あの様子だと一人前の淑女になるまで道のりは遠そうだとリエルは思った。
「ミミールはリーリア嬢が嫌いなの?」
「当たり前。あたし、ああいうタイプの女、大っ嫌いよ。あいつ、絶対性格悪いわよ。あのか弱い振りだって絶対に演技よ。見ていて、苛々する。」
同族嫌悪のようなものだろうか。吐き捨てるように言うミミールに苦笑するリエル。リーリアの様子を見れば、彼女はセリーナに言われて傷ついた様に瞳を潤ませ、今にも泣きそうな表情を浮かべている。そして、アルバートの服の裾をギュッと握りしめた。すると、姉が益々、眦を強くして何かを言っている。そんな姉にアルバートはリーリア嬢を庇うように何かを言うと、姉は黙り込み、リーリア嬢を悔しそうに睨みつけた。
「リエルも気をつけなさいよ。ああいう女が一番怖いんだから。」
「アハハ…、そもそも、リーリア嬢とは接点もないんだから大丈夫だよ。」
伯爵令嬢と男爵令嬢である二人はそもそも身分も違うし、関わりもない。これからも関わることはないだろうとリエルは思った。
「姉上!遅くなって申し訳ありません。」
「ルイ。そんなに急がなくてもいいのに。」
恐らく、取引先の相手や他の高位貴族に話しかけられたりして、中々戻ってこられなかったのだろう。それでも急いで戻ってきた弟に微笑みかけた。
「すみません。頭の可笑しい変な女に絡まれたせいで来るのが遅くなって…、」
「ああ。また、たくさんのご令嬢にダンスを誘われたの?私なんかの為に気にしないでいいのに。」
「とんでもない。大事な姉上のファーストダンスの相手を僕以外の男に譲るつもりはありません。」
相変わらず、姉思いのルイにリエルは笑った。ルイの差し出された手を取ろうとするが、
「ルイ様!」
少女らしい弾んだ高い声に振り向けば、そこにはストベリーブロンドの髪の令嬢が立っていた。
―リーリア嬢?
何故、ここに?彼女はアルバート様と一緒にいた筈では…、そう思っていると、横でチッと舌打ちが聞こえた。
「ブロウ男爵令嬢。君には僕の名を許す権利も話しかける許可も与えた覚えはないんだが。僕の記憶違いかな?」
にっこりと微笑むルイだがその瞳は笑っていない。怒っているのだとリエルはすぐに肌で感じた。
「そんな…、そんな冷たい事言わないでください。私、あなたの事もっとよく知りたいんです。」
「結構です。あなたに僕の事を知って欲しいとは思わないし、僕もあなたの事は興味がない。僕はこれから、大事な用があるのでこれで失礼します。」
「ルイ様…。大丈夫です。私、分かっています。あなたがそんなに他人を拒絶するのは人を信じられないからですよね?あなたが人を信じられないのは愛を知らないからです。でも、大丈夫です!私があなたにそれを教えてあげま、」
「僕が愛を知らない?…何処でそんな出鱈目な噂を聞いたのか知らないが君は根本的に間違っていますよ。ブロウ男爵令嬢。」
「え…?」
ルイは冷ややかに笑うと、
「僕は愛を知らないわけでも、人を信じないわけでもない。むしろ、僕は十分すぎる程の愛情を受けていますよ。他人を信じる信じないに関しては、人を選んでいるだけです。ですから、あなたに教えてもらう必要はないし、欲しくありません。」
「そ、そんな…、酷い…。」
うるうると瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうなリーリアは可愛らしくて、男なら思わずその零れそうな涙を拭ろうと手を伸ばし、慰めの言葉をかけるだろう。が、ルイははあ、と煩わしそうに溜息を吐き、リーリアに背を向けた。
「さあ、行きましょう。姉上。…ああ。そうだ。リーリア嬢。僕は親しくもない女性に気安く話しかけられるのも名を呼ばれるのも好きじゃないんです。今後は節度を持って僕との距離感を保ってくださいね。」
ルイはにっこりとしかし、温度を感じさせない冷たい笑みを浮かべてリーリアにそう言い放ったのだった。
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