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第三十六話 ミミールとの和解
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「ミミール様?」
セイアスの従姉妹だった。黄色のドレスが鮮やかで彼女の美貌を際立たせている。が、その可憐な唇からは毒が吐かれ、目は彼女達を蔑んでいた。
「なっ…、何ですって!?」
令嬢たちは怒りも露に声を荒げた。
「まあ、怖い。そんな目で見ないでくださいな。あら、でも…、フフッ…。あら、ごめんなさい。つい…。赤くなってまるでお猿さんみたいだなと思ってしまって…、」
クスクスと笑い、小馬鹿にしたように瞳を細めるミミールは全然怖がっている様子はない。というか、これはわざとだろう。彼女達の怒りを増幅させるためにわざと挑発しているのだ。
「よ、よくもそんな無礼な口を…!幾ら青薔薇騎士の親戚だからって…!」
「あら?フォルネーゼ伯爵がこちらを見ていますわ。」
令嬢たちはギョッとした顔をしてミミールが指さした方向に視線を向けた。が、そこにルイの姿はない。
「あら、勘違いだったみたい。ごめんなさいね。でも、ここには伯爵もいらっしゃるのよ?言動には気を付けた方がいいのではなくて?」
「し、失礼するわ!」
クスクスと笑うミミールに令嬢たちは唇を噛み締め、その場を立ち去った。よっぽどフォルネーゼ伯爵が怖いらしい。それだったら、最初から絡まらなければいいのに。そもそも、自分がルイに告げ口をするとか考えないのだろうか?…まあ、こんなつまらない事で弟にいらぬ心配をかけたくないので勿論言わないが。リエルは改めてミミールに向き直った。
「ありがとうございます。ミミール様。」
「…別に。たまたまよ。深い意味はないわ。」
ミミールはツンと顔を背けて素っ気なく言った。が、ミミールの耳は僅かに赤くなっている。何だか、可愛い。リエルはくすり、と笑った。
「な、何よ!?何がおかしいの?」
「いいえ。ミミール様は可愛らしい方だなと改めて思っただけです。」
「な、何いきなり…。当たり前でしょう。私は青薔薇騎士の従姉妹、ミミール・ド・デュノワよ。その私が可愛くない筈…、」
「あ、いいえ。可愛いとはそういう意味ではなくて…。勿論、ミミール様の容姿も十分に愛らしいですわ。でも、それ以上に性格も可愛らしいのだなと思っただけです。」
一瞬、ぽかんとした顔をしたミミールだったが次の瞬間には顔を真っ赤にし、
「な、な…!そ、そんな事あなたなんかに言われてもち、ちっとも嬉しく何てないんだから!」
どうやら、彼女は思っていた以上に可愛い性格をしていたみたいだ。社交界でもその可憐な容姿で称賛の言葉に慣れている筈なのに自分の言葉でこんなに照れるだなんて思いもしなかった。
「そういえば、本日はセイアス様といらしたのでしょう?セイアス様の元に戻らなくていいのですか?」
「お、お兄様は今は他の貴族の方との挨拶でお忙しいみたい。だから、暇な私が仕方なく、あなたの相手をしてあげたわけ。」
どうやら、彼女はあまり素直になれないタイプの人間みたいだ。でも、その照れ隠しは分かりやすくて見ているだけで微笑ましい。
「し、心配しなくても…、お兄様も挨拶が終わったらすぐに戻ってくるわ。折角だから、ダンスでも躍って貰えば?」
「?え…、私がセイアス様とですか?ミミール様ではなく?」
リエルは困惑したように瞳を揺らし、首を傾げた。その反応が意外だったのかミミールが
「な、何よ!その反応は…、だって、あなたとお兄様ってお付き合いしているのでしょう?」
「違いますよ。」
リエルはきっぱりと否定した。
「セイアス様には、私の母と姉がお世話になっているのでその関係で少し懇意にさせて頂いただけです。それに、黒猫の件でも色々と気にかけて下さっただけで…。それが噂になっただけの話です。セイアス様みたいな素敵な方と私などが恋仲になるなど万が一にも有り得ませんから。全部、出鱈目ですわ。」
驚いた様子のミミールにリエルはそう言って微笑んだ。すると、ミミールは複雑そうな表情を浮かべた。
「…そう。ただの、噂だったの…。」
「ええ。ですから、安心なさって下さい。」
「…別にあなたが相手でも良かったんだけど。」
「はい?」
ぽつりと呟かれた言葉にリエルは目を瞬いだ。
「だ、だから…、さっきのけばけばしい性悪女共よりはあんたの方がよっぽどマシだったってこと!」
「ええと…、」
「そ、そりゃね…、最初はあなたなんて有り得ないって思ったわよ。だって、お兄様はかっこよくて、クールだし、剣の腕も立つし、侯爵家の次期当主よ?そんなお兄様があなたみたいな地位だけしかいい所がない地味な女に釣り合う訳がないって…。でも、考えたのよ。お兄様に群がる女共ってどいつもこいつもお兄様の容姿と身分しか見ないし、厚化粧と臭い香水をしてべたべたと纏わりつくうざったい女ばっかり!それだったら、まだあんたの方がマシだって思ったのよ。」
「ミミール様は…、私の事が嫌いなのではないですか?」
出会った当初、ミミールはリエルを目の敵にしていた。まあ、大切な従兄弟に近付いたポッと出の女が気に食わないという気持ちはよく分かる。それも、こんなパッとしない見た目の女だ。だからこそ、驚いた。一体、彼女にどんな心境の変化があったのだろうか。幾ら何でも極端すぎではないだろうか。
「そ、それは…、最初はそうだったかもしれないけど…、い、今は…、」
ごにょごにょと口ごもるミミールの姿に首を傾げる。どうしたのだろうか。彼女の性格上、言いたいことははっきり言いそうなのに。すると、ミミールはぽつりと呟いた。
「わ、悪かったわ…。」
「え…?」
「だ、だから!この間、あなたの眼帯を馬鹿にして悪かったって言っているのよ!」
リエルは唖然とした。
眼帯の事とはもしかして、あの時の事だろうか。リエルはセイアスと薔薇園に行った後日、彼の屋敷で開催した夜会に招かれたのだ。気は乗らなかったが誘いを断る訳にもいかずに参加した時にミミールと再会することになったのだ。ルイと一緒に夜会に参加し、弟が他の貴族の相手をして、リエルが一人になった時だった。
「どこの鼠かと思えば…、あんただったの。フォルネーゼ家の穀潰し。」
掛けられた言葉にリエルは振り向いた。豊かな金髪に翡翠の瞳を持つ煌びやかなドレスを着た少女はセイアスの従姉妹であるミミールだった。甘い砂糖菓子のような可憐な美少女…。けれど、今は目を吊り上げて睨みつけ、低い声でリエルを脅しつけるように言い放つ。
「どういう手を使ってセイアスお兄様を誑かしたのか知らないけど、勘違いしないでくれる?どうせ、あんたのことなんて毛色の違った退屈しのぎのおもちゃにしか思ってないんだから。」
勿体無いな。とリエルは思った。こんなに可憐で優美な容姿をしているのに、口が悪すぎる。これで、沈黙を貫いてくれれば完璧だ。初対面から二面性があると思っていたがこの豹変ぶりは予想以上だ。
「何か言ったらどうなのよ?…全く、いい子ぶって性格悪い。」
言い返したい言葉を堪え、リエルは黙っていた。経験上、こういうタイプは好きなだけ言わせておけばその内、飽きて立ち去るのだということを心得ていた。だから、好きなだけ言わせることにした。その際に口答えはしない。余計に面倒な事態になるからだ。
「ほら、見なさい。お兄様にはね、あれ位の美女でないと釣り合いが取れないのよ。あんた、鏡見たことある?」
「…。」
セイアスが一人の令嬢に話しかけられている姿が見えた。リエルは特に反応することなく、その様子を眺めた。
「お兄様はね、美しくて、高潔で落ち着いてて…、あんたみたいな家柄がいいだけの女とは違って容姿も実力もある。完璧な存在なのよ。」
「…。」
「ちょっと!黙ってないで何か言いなさいよ!一つや二つ言い返したらどうなの?」
視線を合わせるだけで何も言い返そうとしないリエルにミミールは苛ついた様子で
「何よ?その目は…?それに、何?その眼帯。趣味が悪い。」
ピクリ、とリエルは反応した。ミミールに向ける視線を強くする。
「な、何よ?」
先程まで何の反応も見せなかったリエルがゆっくりと鋭い視線を向けたことに動揺するミミール。
「…取消しなさい。」
「は?」
「趣味が悪いという言葉を取消しなさいと言ったのです。」
「な、何…、」
「ミミール嬢。もし、あなたが大切な人から心の込められた物を贈られたら、どうします?そして、それを軽んじられたらどう思います。…これは、私の為を思って贈られた品…。この眼帯は贈り主の思いが込められている。どんな品にも必ず、そこには思いが込められている。…そんな簡単な事も分からないのですか?人の思いを軽んじるあなたの言葉など、耳を傾ける価値もない。」
「なっ…!」
侮辱されたと感じたのか顔を真っ赤にするミミール。その魅惑的な唇を震わせ、何か言い返そうと口を開きかけるが、
「さすがは、姉上。僕も同意見です。」
割って入った声にリエルは顔を向けた。
「ルイ。…来ていたのですね。」
「遅くなり申し訳ありません。姉上。仕事が思うように捗らなくて…、つい今しがた到着した所です。」
リエルの手を取り、接吻するルイ。その振る舞いにリエルは微笑んだ。
「フォ、フォルネーゼ伯爵…。」
ミミールの震える声にルイはちらりと目を向けた。その表情は先程とは打って変わり、無表情で視線は冷たい。
「君は?」
冷ややかな声にミミールはむっとした顔をする。今まで、殿方にこんな態度をとられたことがないミミールは気分を害した様子だ。が、すぐに可憐な笑みを浮かべると、ルイに挨拶をした。
「ミミール・デュノアです。お目に掛かれて光栄に存じます。フォルネーゼ伯爵。」
「ミミール嬢…?確か、青薔薇騎士の従姉妹であるミミール嬢は可憐で儚げな美少女だと噂だが…、僕の記憶違いだったのかな?」
言外に噂とは違うと言いたげなルイの発言にピシリ、と空気が凍りついた。リエルはルイの表情を見て、ハッとした。口元は笑っているがその目は冷ややかだ。これは、彼が怒っている証拠である。昔からルイはリエルに関することとなるとどんな相手でも許さない思考の持ち主だ。だが、幾ら何でも薔薇騎士の縁のある者を敵にするのは得策ではない。それに、ミミールは生粋の貴族令嬢だ。ルイの一言は令嬢にとっては侮辱されたと思われてもおかしくない発言だ。ミミールの表情を見やれば、案の定ミミールは怒りで顔を赤く染めていた。
「は、伯爵は…、女性の趣味が変わっているとは伺っていますが…、本当に噂通りですこと。…私、これでも社交界ではそれなりに名が知られていると自負していましたのに…。まだ、私の事を知らない殿方がいたとは悲しいですわ…。」
ミミールは怒りを押し隠すようにして言い、気を取り直したように微笑んだ。その微笑みは儚げで弱々しく、庇護欲を掻き立てられるような微笑みだ。
「生憎…、着飾ることと他人を陥れることしか能がない空っぽの娘に興味はないので。」
今度こそ、ミミール嬢の表情が固まった。
「まあ。でも…、そんなあなたが好きな男性は多いのでしょうね。」
言外に自分は違うと言い放つルイにさすがにミミールはかっとなって言い返した。
「なっ…!?伯爵!幾らあなたでもその様な侮辱は、」
「勘違いするな。」
不意にルイは低い声でミミールに言い放った。この場が人目につかない所で良かった。だから、ミミールはリエルに話しかけたのだろうがそれが仇となり、今度は自身の首を絞める結果となっている。ルイは形作っていた笑みを消し、無表情で言った。
「先に仕掛けてきたのは貴様だ。それから、一言言っておく。僕はお前みたいな女が大っ嫌いだ。身勝手で平気で他人を傷つける。自分の事しか考えられない愚かな女…。多少見目が良い位で調子に乗るな。」
ルイの気迫にミミールはたじろいだ。
「いいか?今度、姉上に近づいてみろ。…薔薇騎士の縁戚だろうが容赦はしない。跡形もなく抹消してやる。覚えていろ。」
「ルイ。」
リエルは弟の手に自らの手を重ねた。
「姉上!…しかし、この女は姉上を…、」
「相手は淑女。女性は敬い、大切にするべき存在よ。…そうでしょう?」
かつて亡き父に言われた言葉を口にするリエルにルイは押し黙った。父を尊敬しているのはリエルだけでなく、ルイも同様だ。
「失礼しました。ミミール嬢。弟の非礼をお許し下さい。」
「あ、姉上!」
謝罪を口にし、頭を下げるリエル。ルイの怒りに触れ、まだ放心状態のミミールにリエルは視線を合わせる。そして、眼帯に触れると、、
「これは…、弟が私にくれた物なのです。これは、私の宝物の一つ…。だから、それを侮辱されたことが許せなかったのです。でも、私も大人げない行動をしました。非礼を詫びます。」
ミミールは戸惑った表情を浮かべる。リエルは微笑んだ。
「ご安心を。いずれ、セイアス様とは接することも話すこともなくなりますから。けれど、今は…、その時期ではない。」
そう意味深な言葉を残してリエルは完璧な動作で一礼するとルイと共にその場を立ち去った。
まさか、この間の事を謝罪してくるとは想像もしなかったのだ。もしかして、リエルに声をかけてくれたのもこの為に?リエルはミミールを見つめた。何処か気まずそうにしながらもこちらを窺うように見てくるミミールにリエルは微笑んだ。
「…いえ。私こそ、あの時は大人げない態度を取ってしまいました。それに、弟が失礼な態度を…、私は全然気にしていませんからどうぞ、お気になさらず。」
「そ、そう…。」
あからさまにホッとした様子のミミールにリエルは好感を抱いた。以前は彼女に苦手意識を持っていたし、もう関わりたくないとも思っていたが今は違った。むしろ、彼女を好ましいと思うようになった。
―彼女はきっと色々と真っ直ぐな娘なのね。今までの事だってセイアス様の為を思っての行動なのだろうし…。やり方はまあ、あまり褒められたものではないけど。
彼女にとってのセイアスが単純に従兄弟として見ているのかそれとも、異性として慕っているのか知らないが大切な存在であるのに変わりはないのだろう。それは何処か大切な玩具をとられまいとする子供みたいだ。でも、純粋な想いゆえの行動は何処か憎めないものがある。
「ミミール様。改めて言うのも何ですが…、よろしかったら私とお友達になって下さいませんか?私、こんな性格なのであまり気の置けない友人がいなくて…、」
「っ、しょ、しょうがないわね!ど、どうしてもと言うのなら…、友達になってあげてもよろしくてよ!?」
顔を真っ赤にして、噛みながらも頷くミミールにリエルは笑った。
「へ、へえ…。あ、あなた地味でパッとしないけど笑った顔はま、まあまあ可愛いんじゃないの?」
「そうですか?ありがとうございます。ミミール様。」
「べ、別に!…そ、それより、その呼び方と口調、何とかならないの?仮にもと、友達に対して様だなんておかしいじゃない。あ、あたしも…、り、リエルって呼んであげてもいいわよ。」
「…あ、それもそうだね。うん。じゃあ、ミミール。これからよろしくね。」
まさか、憂鬱だった夜会がこんなに楽しいものになるだなんて…。たまには、夜会にも参加してみるのも悪くないかもしれないと思った。
セイアスの従姉妹だった。黄色のドレスが鮮やかで彼女の美貌を際立たせている。が、その可憐な唇からは毒が吐かれ、目は彼女達を蔑んでいた。
「なっ…、何ですって!?」
令嬢たちは怒りも露に声を荒げた。
「まあ、怖い。そんな目で見ないでくださいな。あら、でも…、フフッ…。あら、ごめんなさい。つい…。赤くなってまるでお猿さんみたいだなと思ってしまって…、」
クスクスと笑い、小馬鹿にしたように瞳を細めるミミールは全然怖がっている様子はない。というか、これはわざとだろう。彼女達の怒りを増幅させるためにわざと挑発しているのだ。
「よ、よくもそんな無礼な口を…!幾ら青薔薇騎士の親戚だからって…!」
「あら?フォルネーゼ伯爵がこちらを見ていますわ。」
令嬢たちはギョッとした顔をしてミミールが指さした方向に視線を向けた。が、そこにルイの姿はない。
「あら、勘違いだったみたい。ごめんなさいね。でも、ここには伯爵もいらっしゃるのよ?言動には気を付けた方がいいのではなくて?」
「し、失礼するわ!」
クスクスと笑うミミールに令嬢たちは唇を噛み締め、その場を立ち去った。よっぽどフォルネーゼ伯爵が怖いらしい。それだったら、最初から絡まらなければいいのに。そもそも、自分がルイに告げ口をするとか考えないのだろうか?…まあ、こんなつまらない事で弟にいらぬ心配をかけたくないので勿論言わないが。リエルは改めてミミールに向き直った。
「ありがとうございます。ミミール様。」
「…別に。たまたまよ。深い意味はないわ。」
ミミールはツンと顔を背けて素っ気なく言った。が、ミミールの耳は僅かに赤くなっている。何だか、可愛い。リエルはくすり、と笑った。
「な、何よ!?何がおかしいの?」
「いいえ。ミミール様は可愛らしい方だなと改めて思っただけです。」
「な、何いきなり…。当たり前でしょう。私は青薔薇騎士の従姉妹、ミミール・ド・デュノワよ。その私が可愛くない筈…、」
「あ、いいえ。可愛いとはそういう意味ではなくて…。勿論、ミミール様の容姿も十分に愛らしいですわ。でも、それ以上に性格も可愛らしいのだなと思っただけです。」
一瞬、ぽかんとした顔をしたミミールだったが次の瞬間には顔を真っ赤にし、
「な、な…!そ、そんな事あなたなんかに言われてもち、ちっとも嬉しく何てないんだから!」
どうやら、彼女は思っていた以上に可愛い性格をしていたみたいだ。社交界でもその可憐な容姿で称賛の言葉に慣れている筈なのに自分の言葉でこんなに照れるだなんて思いもしなかった。
「そういえば、本日はセイアス様といらしたのでしょう?セイアス様の元に戻らなくていいのですか?」
「お、お兄様は今は他の貴族の方との挨拶でお忙しいみたい。だから、暇な私が仕方なく、あなたの相手をしてあげたわけ。」
どうやら、彼女はあまり素直になれないタイプの人間みたいだ。でも、その照れ隠しは分かりやすくて見ているだけで微笑ましい。
「し、心配しなくても…、お兄様も挨拶が終わったらすぐに戻ってくるわ。折角だから、ダンスでも躍って貰えば?」
「?え…、私がセイアス様とですか?ミミール様ではなく?」
リエルは困惑したように瞳を揺らし、首を傾げた。その反応が意外だったのかミミールが
「な、何よ!その反応は…、だって、あなたとお兄様ってお付き合いしているのでしょう?」
「違いますよ。」
リエルはきっぱりと否定した。
「セイアス様には、私の母と姉がお世話になっているのでその関係で少し懇意にさせて頂いただけです。それに、黒猫の件でも色々と気にかけて下さっただけで…。それが噂になっただけの話です。セイアス様みたいな素敵な方と私などが恋仲になるなど万が一にも有り得ませんから。全部、出鱈目ですわ。」
驚いた様子のミミールにリエルはそう言って微笑んだ。すると、ミミールは複雑そうな表情を浮かべた。
「…そう。ただの、噂だったの…。」
「ええ。ですから、安心なさって下さい。」
「…別にあなたが相手でも良かったんだけど。」
「はい?」
ぽつりと呟かれた言葉にリエルは目を瞬いだ。
「だ、だから…、さっきのけばけばしい性悪女共よりはあんたの方がよっぽどマシだったってこと!」
「ええと…、」
「そ、そりゃね…、最初はあなたなんて有り得ないって思ったわよ。だって、お兄様はかっこよくて、クールだし、剣の腕も立つし、侯爵家の次期当主よ?そんなお兄様があなたみたいな地位だけしかいい所がない地味な女に釣り合う訳がないって…。でも、考えたのよ。お兄様に群がる女共ってどいつもこいつもお兄様の容姿と身分しか見ないし、厚化粧と臭い香水をしてべたべたと纏わりつくうざったい女ばっかり!それだったら、まだあんたの方がマシだって思ったのよ。」
「ミミール様は…、私の事が嫌いなのではないですか?」
出会った当初、ミミールはリエルを目の敵にしていた。まあ、大切な従兄弟に近付いたポッと出の女が気に食わないという気持ちはよく分かる。それも、こんなパッとしない見た目の女だ。だからこそ、驚いた。一体、彼女にどんな心境の変化があったのだろうか。幾ら何でも極端すぎではないだろうか。
「そ、それは…、最初はそうだったかもしれないけど…、い、今は…、」
ごにょごにょと口ごもるミミールの姿に首を傾げる。どうしたのだろうか。彼女の性格上、言いたいことははっきり言いそうなのに。すると、ミミールはぽつりと呟いた。
「わ、悪かったわ…。」
「え…?」
「だ、だから!この間、あなたの眼帯を馬鹿にして悪かったって言っているのよ!」
リエルは唖然とした。
眼帯の事とはもしかして、あの時の事だろうか。リエルはセイアスと薔薇園に行った後日、彼の屋敷で開催した夜会に招かれたのだ。気は乗らなかったが誘いを断る訳にもいかずに参加した時にミミールと再会することになったのだ。ルイと一緒に夜会に参加し、弟が他の貴族の相手をして、リエルが一人になった時だった。
「どこの鼠かと思えば…、あんただったの。フォルネーゼ家の穀潰し。」
掛けられた言葉にリエルは振り向いた。豊かな金髪に翡翠の瞳を持つ煌びやかなドレスを着た少女はセイアスの従姉妹であるミミールだった。甘い砂糖菓子のような可憐な美少女…。けれど、今は目を吊り上げて睨みつけ、低い声でリエルを脅しつけるように言い放つ。
「どういう手を使ってセイアスお兄様を誑かしたのか知らないけど、勘違いしないでくれる?どうせ、あんたのことなんて毛色の違った退屈しのぎのおもちゃにしか思ってないんだから。」
勿体無いな。とリエルは思った。こんなに可憐で優美な容姿をしているのに、口が悪すぎる。これで、沈黙を貫いてくれれば完璧だ。初対面から二面性があると思っていたがこの豹変ぶりは予想以上だ。
「何か言ったらどうなのよ?…全く、いい子ぶって性格悪い。」
言い返したい言葉を堪え、リエルは黙っていた。経験上、こういうタイプは好きなだけ言わせておけばその内、飽きて立ち去るのだということを心得ていた。だから、好きなだけ言わせることにした。その際に口答えはしない。余計に面倒な事態になるからだ。
「ほら、見なさい。お兄様にはね、あれ位の美女でないと釣り合いが取れないのよ。あんた、鏡見たことある?」
「…。」
セイアスが一人の令嬢に話しかけられている姿が見えた。リエルは特に反応することなく、その様子を眺めた。
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「…。」
「ちょっと!黙ってないで何か言いなさいよ!一つや二つ言い返したらどうなの?」
視線を合わせるだけで何も言い返そうとしないリエルにミミールは苛ついた様子で
「何よ?その目は…?それに、何?その眼帯。趣味が悪い。」
ピクリ、とリエルは反応した。ミミールに向ける視線を強くする。
「な、何よ?」
先程まで何の反応も見せなかったリエルがゆっくりと鋭い視線を向けたことに動揺するミミール。
「…取消しなさい。」
「は?」
「趣味が悪いという言葉を取消しなさいと言ったのです。」
「な、何…、」
「ミミール嬢。もし、あなたが大切な人から心の込められた物を贈られたら、どうします?そして、それを軽んじられたらどう思います。…これは、私の為を思って贈られた品…。この眼帯は贈り主の思いが込められている。どんな品にも必ず、そこには思いが込められている。…そんな簡単な事も分からないのですか?人の思いを軽んじるあなたの言葉など、耳を傾ける価値もない。」
「なっ…!」
侮辱されたと感じたのか顔を真っ赤にするミミール。その魅惑的な唇を震わせ、何か言い返そうと口を開きかけるが、
「さすがは、姉上。僕も同意見です。」
割って入った声にリエルは顔を向けた。
「ルイ。…来ていたのですね。」
「遅くなり申し訳ありません。姉上。仕事が思うように捗らなくて…、つい今しがた到着した所です。」
リエルの手を取り、接吻するルイ。その振る舞いにリエルは微笑んだ。
「フォ、フォルネーゼ伯爵…。」
ミミールの震える声にルイはちらりと目を向けた。その表情は先程とは打って変わり、無表情で視線は冷たい。
「君は?」
冷ややかな声にミミールはむっとした顔をする。今まで、殿方にこんな態度をとられたことがないミミールは気分を害した様子だ。が、すぐに可憐な笑みを浮かべると、ルイに挨拶をした。
「ミミール・デュノアです。お目に掛かれて光栄に存じます。フォルネーゼ伯爵。」
「ミミール嬢…?確か、青薔薇騎士の従姉妹であるミミール嬢は可憐で儚げな美少女だと噂だが…、僕の記憶違いだったのかな?」
言外に噂とは違うと言いたげなルイの発言にピシリ、と空気が凍りついた。リエルはルイの表情を見て、ハッとした。口元は笑っているがその目は冷ややかだ。これは、彼が怒っている証拠である。昔からルイはリエルに関することとなるとどんな相手でも許さない思考の持ち主だ。だが、幾ら何でも薔薇騎士の縁のある者を敵にするのは得策ではない。それに、ミミールは生粋の貴族令嬢だ。ルイの一言は令嬢にとっては侮辱されたと思われてもおかしくない発言だ。ミミールの表情を見やれば、案の定ミミールは怒りで顔を赤く染めていた。
「は、伯爵は…、女性の趣味が変わっているとは伺っていますが…、本当に噂通りですこと。…私、これでも社交界ではそれなりに名が知られていると自負していましたのに…。まだ、私の事を知らない殿方がいたとは悲しいですわ…。」
ミミールは怒りを押し隠すようにして言い、気を取り直したように微笑んだ。その微笑みは儚げで弱々しく、庇護欲を掻き立てられるような微笑みだ。
「生憎…、着飾ることと他人を陥れることしか能がない空っぽの娘に興味はないので。」
今度こそ、ミミール嬢の表情が固まった。
「まあ。でも…、そんなあなたが好きな男性は多いのでしょうね。」
言外に自分は違うと言い放つルイにさすがにミミールはかっとなって言い返した。
「なっ…!?伯爵!幾らあなたでもその様な侮辱は、」
「勘違いするな。」
不意にルイは低い声でミミールに言い放った。この場が人目につかない所で良かった。だから、ミミールはリエルに話しかけたのだろうがそれが仇となり、今度は自身の首を絞める結果となっている。ルイは形作っていた笑みを消し、無表情で言った。
「先に仕掛けてきたのは貴様だ。それから、一言言っておく。僕はお前みたいな女が大っ嫌いだ。身勝手で平気で他人を傷つける。自分の事しか考えられない愚かな女…。多少見目が良い位で調子に乗るな。」
ルイの気迫にミミールはたじろいだ。
「いいか?今度、姉上に近づいてみろ。…薔薇騎士の縁戚だろうが容赦はしない。跡形もなく抹消してやる。覚えていろ。」
「ルイ。」
リエルは弟の手に自らの手を重ねた。
「姉上!…しかし、この女は姉上を…、」
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かつて亡き父に言われた言葉を口にするリエルにルイは押し黙った。父を尊敬しているのはリエルだけでなく、ルイも同様だ。
「失礼しました。ミミール嬢。弟の非礼をお許し下さい。」
「あ、姉上!」
謝罪を口にし、頭を下げるリエル。ルイの怒りに触れ、まだ放心状態のミミールにリエルは視線を合わせる。そして、眼帯に触れると、、
「これは…、弟が私にくれた物なのです。これは、私の宝物の一つ…。だから、それを侮辱されたことが許せなかったのです。でも、私も大人げない行動をしました。非礼を詫びます。」
ミミールは戸惑った表情を浮かべる。リエルは微笑んだ。
「ご安心を。いずれ、セイアス様とは接することも話すこともなくなりますから。けれど、今は…、その時期ではない。」
そう意味深な言葉を残してリエルは完璧な動作で一礼するとルイと共にその場を立ち去った。
まさか、この間の事を謝罪してくるとは想像もしなかったのだ。もしかして、リエルに声をかけてくれたのもこの為に?リエルはミミールを見つめた。何処か気まずそうにしながらもこちらを窺うように見てくるミミールにリエルは微笑んだ。
「…いえ。私こそ、あの時は大人げない態度を取ってしまいました。それに、弟が失礼な態度を…、私は全然気にしていませんからどうぞ、お気になさらず。」
「そ、そう…。」
あからさまにホッとした様子のミミールにリエルは好感を抱いた。以前は彼女に苦手意識を持っていたし、もう関わりたくないとも思っていたが今は違った。むしろ、彼女を好ましいと思うようになった。
―彼女はきっと色々と真っ直ぐな娘なのね。今までの事だってセイアス様の為を思っての行動なのだろうし…。やり方はまあ、あまり褒められたものではないけど。
彼女にとってのセイアスが単純に従兄弟として見ているのかそれとも、異性として慕っているのか知らないが大切な存在であるのに変わりはないのだろう。それは何処か大切な玩具をとられまいとする子供みたいだ。でも、純粋な想いゆえの行動は何処か憎めないものがある。
「ミミール様。改めて言うのも何ですが…、よろしかったら私とお友達になって下さいませんか?私、こんな性格なのであまり気の置けない友人がいなくて…、」
「っ、しょ、しょうがないわね!ど、どうしてもと言うのなら…、友達になってあげてもよろしくてよ!?」
顔を真っ赤にして、噛みながらも頷くミミールにリエルは笑った。
「へ、へえ…。あ、あなた地味でパッとしないけど笑った顔はま、まあまあ可愛いんじゃないの?」
「そうですか?ありがとうございます。ミミール様。」
「べ、別に!…そ、それより、その呼び方と口調、何とかならないの?仮にもと、友達に対して様だなんておかしいじゃない。あ、あたしも…、り、リエルって呼んであげてもいいわよ。」
「…あ、それもそうだね。うん。じゃあ、ミミール。これからよろしくね。」
まさか、憂鬱だった夜会がこんなに楽しいものになるだなんて…。たまには、夜会にも参加してみるのも悪くないかもしれないと思った。
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そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
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