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よそ行きキャラ

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「ええっ? 全種類を五個ずつだって?」

 トングを持ったおばさんが、鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。シワの中にある小さな目が、俺を見てパチクリする。

「聞き間違いだったかね?」

「いや、合ってるよ。五個ずつ、包装はいらないからケースごと売ってくれない? もちろんその分は払うよ」

 愛想笑いを浮かべている今の俺は、貧相な少年ではなく、二十代後半ぐらいに見える笑顔が爽やかな青年の姿をしている。黒色の目に黒色の髪、『普通の人』止まりの印象に残りにくい、でも嫌悪感は抱かない容姿のつもりだ。


 年端もいかない子どもがウロウロすると、いろいろ弊害があった。なので、こっそり外出を楽しむために作り出したよそ行きキャラだ。
 今の俺の名前は、『マイク』。
 とはいっても、『変化』で容姿を変えているだけなので、この姿のときだけ使えるスキルがある、とかではない。
 ちなみにマイクは主に、街中をウロウロするときに使う。一応設定としては、下っ端貴族の道楽息子か、ちょっと金回りのいい商人くらいのつもりだ。
 ついでにいえば、もう一人、冒険者用キャラがいる。


 おばさんの視線はショーケースの中のカットケーキと、俺の顔を何往復かした。
 ケースの中には、いちごショートをはじめ、チョコケーキ、チーズケーキなどの三角のカットケーキが並んでいる。オシャレ感はないが、どれもこれも美味しそうだ。

 だから五個ずつ頼んだのだが、俺そんなに変なことを言っただろうか。

「ははぁ。わかったよ」

 おばさんは何か思いついたのか、いきなり顔を険しくさせ、腕を組んだ。

「あんた地上げ屋だね?」

「……はぁ?」

「馬鹿みたいに買って、まずかったとか言いふらすんだろう? それともなにか、客が来ないようにするつもりかい?」

「い、いや、そんな」

「じゃなきゃ、誰がそんなに大量に買うんだい!」

 俺が買いますけど。
 っていうか、別に大量ではないよな? えーと、ホールケーキも含めて十一種類あるから、五十五個。……多いな?
 でも『アイテムボックス』に入れておくと、ずっと保つからなぁ。もうこの街に来ることはないだろうし、買えるものは買っとこうと思っただけなんだけど。

「おあいにくさま! あたしゃここでうん十年店やってるんだ。あんた達の脅しには屈しないよ!」

「……えぇぇ」

 大量に買う客は珍しいのかもしれないが、だからって地上げ屋はないだろう。それとも実際そんな話を持ちかけられたことがあるんだろうか。たしかにこの店は角地で立地はよさそうな店だが。

「人の良さそうなふりして、か弱いおばちゃんを騙すつもりだろう! まったくなんて子だい。親の顔が見てみたいよ!」

 ごく普通の貴族様ですけどね。

 もう、適当に『催眠』でもかけてお金置いて出ていくとかしようかな。それとも『誘惑』してみる? 『インビジブル』でこっそりとか。監視カメラなんかないし、二度とこの街に来なければ……。っていやいや、チートだからって犯罪まがいのことはしないぞ。チートだからってなんでもしていいわけじゃない。俺は『金払ってんだからなにしたっていいだろう!』みたいな迷惑客じゃない。

「はぁ、もういいです……」

 なにも手当り次第買うつもりだったわけじゃない。おばさんは覚えていないようだが、実は三時間くらい前に一つ買って食べていた。というか、めぼしい店のを食べ比べした。そのうえでこの店を選んだというのに。

 しばらく美味しいケーキが食えると上がっていたテンションはだだ下がり、おばさんにホウキで追い払われて店を出る羽目になった。振り返ると、手でシッシッとされる。

 俺が何をしたというのか。ただケーキが食べたかっただけなのに。

 こう、問答無用で拒絶されるとくるものがあるなぁ。家族相手とか、前もってわかってたらそうでもないんだけど。

 買い物を全部放りだして、今すぐ引きこもりたい……。いや、引きこもろう。ここじゃないと売ってないものなんて、きっとないはず。
 
「大丈夫か?」

 呆然と立ちすくんでいたら、若い男性に声をかけられた。肩に木箱を載せている。俺が顔を上げると、苦笑した。

「ばあさんの声がでかいから聞こえちまった。まあ、気にすんなよ。前に大量注文受けたら、金も払わず持ち逃げされたらしくてな。それから外からくる人間にはうるさいんだよ」

「あ~」

「だからといって地上げ屋はねぇよな」

 わははと笑う男性に気が抜ける。前例があったのか。悪印象を与えないような爽やかスマイルも、裏目に出たのかもしれない。愛想笑いは見ようによっては怪しいからな。

「ていうか、おまえさん。手ぶらでどうやって持って帰る気だったんだ?」

「え? 普通にあい……じゃなくてマジックバッグだけど」

 危ない危ない。『アイテムボックス』は珍しいんだった。ちなみにマジックバッグはスキルではなくて魔道具。ちょっと多めに入るカバンで、わりとお高め。作れる人が少ないので、お小遣い稼ぎにと作って売ってみたことがある。質が良すぎて製作者を探られそうになったのでやめたけど。

「ああ! たくさん入るっていうあれか。このへんじゃ持ってるやついねぇから、思いつかなかったわ。馬車が待ってるふうでもねぇし、一人で食い倒すのかと思った」

「あ~」

 なるほど。言葉が足らなかったわけか。最初からマジックバッグ持っていて、そこに入れて帰るのでたくさん売ってもらうことは可能ですか? とでも言えばよかったのか。
 でもなぁ、大量買いしたのはなにも今日が初めてってわけじゃない。今まではそんなトラブルなかったのに。いや、『こちらで食べていかれますか?』は言われたっけ。もちろん持ち帰りだと答えた。大量に買うけど、別に大食いファイターじゃないよ、俺は。

「甘いもん買いたいのか? 俺のおすすめの店紹介するぞ」

 気のいいというか、人がいい男性だ。ずっと荷物担いだまま俺と話し続けている。重くないんだろうか。

「いいのか? たくさん買うぞ?」

「買ってくれるならありがたいよ」

 そんなわけで、男性についていく。


 夜中よるじゅう空の上で流され続け、空が明るくなってから見えてきた見知らぬ街に降り立った。川沿いにあるよくある規模の街のようで、朝から人々が忙しく動き出していた。
 露店で朝食を適当に取り、買うものを見定めるため街を散策。大通りにある店はちょっと値段がお高めだ。品質は普通。特に目新しいものはないようだ。
 うん。適当に食べ物買うだけでいいかな。ご飯は普通に美味しかった。


 男性はスタスタと大通りを抜け、職人街の方へと向かっているようだった。俺も朝に回ったけど、食べ物屋ってあったっけ?

「ここだよ」

 男性が立ち止まった先にあったのは、ワイングラスの看板の酒場だった。朝が早すぎて、俺が通ったときは閉まっていたようだ。カチャカチャとグラスや皿が触れ合う音がしている。

 扉を開けて中に入ると、むわっとアルコールの匂いが押し寄せてきた。まだ昼過ぎなんだけどな。本当にここで甘味が買えるのか?

「メーイ。お客さんだよ~。フィナンシェって今いくつある?」

 カウンターにドスンと木箱を置き、中で忙しく動いていた女性に話しかける男性。顔がよく似ている。兄妹かなにかかな。

「さっき焼き上げたところだから、数はあるけど」

 言いながら女性はこっちを見て、小首を傾げた。

「甘いものをたくさん買いたいっていうから、連れてきたんだ。味は保証するけど、まあ一個食べてみてよ」

 後半を俺に向かって言い、小皿にちょこんと載った茶色い焼き菓子を手渡される。ふわっとバターの香りがアルコールに負けないくらい香った。
 遠慮なくパクリと口に運ぶ。優しい口溶けとともに、アーモンドの香りが鼻に抜けた。うん。こりゃ美味い。酒場で売ってるものとは思えない出来だ。

「美味しいですね。商売に支障のない範囲で、あるだけ買わせてください。あ、マジックバッグがあるので、包装とかはいらないです」

 今度はちゃんと言っとこう。

 二口で平らげ、正直に美味しいと告げて買わせてくれとお願いする。
 女性は目を丸くしてから、ニコっと笑った。

「いいわよ。用意するわね」

 そう言って奥へと入っていった。残った男性はカウンターの中に入り、木箱の中身を出し始めた。中にはウインナーやベーコンが入っていたようだ。

「っていうか、ここの人?」

「そう。俺の親父の店。さっきのは嫁さん」

 俺を見て男性はにぃっと笑ってみせた。おすすめの店って、自分の店か。っていうか、さっきの女性親族じゃなくて奥さんだった。夫婦も似るものなのかねぇ。

 作業をしながら話してくれたのだが、菓子は彼女が趣味で焼いていたものらしい。酒飲みに人気が出てメニューに載せているのだとか。ちなみに日替わりでいろんな菓子を焼いているらしく、これ目当てに毎日するお客さんもいるそうだ。
 俺もいろいろ食べてみたいから、このあとこの店の近くに転移ポイントを設置しようかな。『転移』は基本、場所を思い浮かべれば跳べる。ただいろんなところに行くとごっちゃになるので、番号とか名前とかつけて転移ポイントを固定しておくこともある。ゲームみたいに『〇〇街宿屋裏』とか『△△ダンジョン近く』と行き先リストの画面が出る仕様。

「おまたせ~」

 カゴに山盛りのフィナンシェがカウンターに置かれた。




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