上 下
11 / 14

夜の自主学習 前

しおりを挟む
「〝言葉の頭に『夜の』を付けるとだいたいなんでもエロくなる〟という学説があるのを知っているか?」

 昼下がり。いつもの学食の隅。格安の昼食を掻き込んだ俺たちいつもの面子は、午後の講義にも行かず相変わらず管を巻いていた。
 そんなとき、真剣な顔をして切り出したのは増渕だった。
 俺、報知、玉置の三人のほか、そばにいた学生たちを含め、耳にした全員が呆れ顔を浮かべた。

「学説ってお前……」
「さすがにほら、俺たち一応大学生なんだからさ」
「俺のいた男子寮じゃ中一で出尽くした話題だぞ……」

 案の定、散々な言われようだった。だが、構わず増渕は口を開いた。

「――夜の接待プレイ」

 その場にいた者の耳がピクリ、と動いた。
 玉置が「ほう……」と感嘆の息を漏らす。

「接待プレイ……ゴルフやTVゲームなどで、相手のご機嫌を取るためにわざと手を抜き、楽しませることを目的としたもの。それに『夜の』をつけるだけで一瞬にして淫靡な響きに変わった……お前、できるな」

 眉間に皺を寄せ、腕組みをした報知も続いて口を開く。

「夜の接待プレイ……おやおや、いったいどんな接待・・をしてくれるのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」

 なぜかお嬢様口調だ。近くに座っていた女子学生がドン引きした様子で席を立った。
 やれやれ……。

「お前らなあ」

 俺は肩を竦め、呆れ顔で一同を見回した。レベルが低すぎる。

「……この世に蔓延はびこる凡才愚才。己《おの》が才能疑わぬ、無知蒙昧むちもうまいは愚の骨頂」

 ――男子校時代に培ってきた技、いまこそ魅せるときだ。

「え、なに? ラップ?」
「というより口上だな」
「いったい、なにが始まるというんですの?」

「無限に揺蕩たゆたう言の葉を、選んで練って練り上げる!」

「『俺はツッコミです』みたいな雰囲気出してるけど、コイツも結局同類なんだよな」
「それな」
「ですが――」

「慄け、恐れろ、そしてひれ伏せ! さあ、始めようじゃねえか――――『夜の教育基本法』ッ!」

 闘争心を目に宿した三人は瞠目し、ほとんど同時に呟いた。

「やるじゃねェか……!」

 称賛と叛逆心が籠もった台詞を口々に呟く。

「教育基本法……文字通り、『教育』についての原則が定められた法律だ」
「おやおや、いったいどんな教育・・をするつもりなのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」
「夜の教育……そんなのもう保健体育しかないよなぁ!?」

 げっへっへ、と男四人の下卑た笑いが木霊した。

 そこからはまさに言葉の応酬だった。
 いま、戦いの火蓋が切って落とされたのだ。


「夜の核融合炉」
「ヒューッ!」
「ここが熱いの……♡」
「ヤケドしちゃうね」


「夜の開脚前転」
「えー……」
「普通」
「つまらん」


「夜の神の見えざる手」
「透明手コキか?」
「チート能力だ」
「手を透明にする能力を手にいれて犯りたい放題!」


「夜の有償ボランティア」
「風俗では?」
「風俗だ」
「お風呂屋さんは自由恋愛」


「夜のたけくらべ」
「これさあ……」
「いったいナニの長さを比べるんだ……?」
「チンポだろなあ」


「夜のパン祭り」
「夜もパン、パンパパン」
「ナニをパンパンするんですかねえ?」
「ホワイトチョコが出ちゃう♡」


「夜のテレワーク」
「ライブチャットやん」
「テレホンセックスかもしれない」
「おひねりください」


「夜の知育玩具」
「おっさっきより良いぞ」
「普通に良い」
「知育ってより痴育」


「夜の種子島鉄砲伝来」
「精通かな?」
「笑う」
「やっぱり歴史系は相性がいいな」


「君たち」
「夜のドラッグ&ドロップ」
「おお……これは」
「クスリ堕ちからの人生ドロップヒロインが見える」
「ヤクブーツはやめろ」

「君たち!」
「ふえっ?」
「私の講義に出席せず、こんなところでなにをやっているのかな……?」

 すっかり白熱していた俺たちが年の割に若々しい声に顔を上げれば、すぐそばに妙齢……ではない女性が立っていた。
 教養科目で言語学の講義を担当している山野井先生だった。たしか肩書きは准教授だったかな。なお言語学は俺たちがすっぽかした午後イチの講義だ。

 ちなみに妙齢というのは大人のお姉さん的な意味ではなく単に「若い」という意味だ。具体的な年齢は決まっていないが、「少女」より上の若い女性すれば、だいたい二十歳前後と考えると間違いないんじゃないかと思う。ちなみに山野井氏の年齢は三十六だ。な? 妙齢ではないだろ(笑)

 などという失礼な思考が伝わっているはずがないのに、山野井先生のこめかみには青筋が立っている。「〝お前〟ら……〝死ぬ〟ぜ……!?」って感じだ。
 だが俺たちも慣れたもの。目配せだけで意思疎通を図る。

「はっ! 日本語学の自主学習であります!」
「む、ややっ!? こんな時間でありましたか!」
「夢中になるあまり時の流れを失念しておりました!」
「申し訳ございません!」

「なるほど、君たちはあくまでも自習をしていた、と。そう言うのですね? ほほう、勉強熱心なのは大変よろしい」
「そうでしょうそうでしょう」
「ええ、ですがその結果欠席してしまうのはいただけませんね。そこで、です」

 山野井先生は指を立てて能面のような顔で言った。もう青筋は引っ込んでいた。

「代わりとして、本日の講義で触れた形態素の分類について具体例を交えながらまとめてもらい、レポートの形で提出してもらいましょう。今日中・・・に、明日午前零時までに、必ず、研究室のアドレスに送って下さい」
「えっ……?」
「だいたい一万字くらいは必要かしら? まあ、自主学習をしていた君たちには簡単すぎるかもしれませんね?」
「えっ、あの……?」
「では『夜の自主学習』、頑張ってね」

 言うだけ言って、山野井先生はその場を去っていった。
 後には泣きそうな顔を浮かべた馬鹿が四人残された。

 一万字のレポートをあと半日もかからず仕上げろだと……?
 絶望しかけた俺だったが、頭をなんとか切り替える。

 こっちには四人もいるのだ、協力すればなんとかできるかもしれない。僅かな期待を込めて三人に目を遣る。

「……〝『夜の自主学習』、頑張ってね〟ってなんかエロいよな」
「わかる」
「正直ちょっと勃起した」

 早々に見切りをつけた俺は、早足で自宅へと急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...