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夜の自主学習 前
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「〝言葉の頭に『夜の』を付けるとだいたいなんでもエロくなる〟という学説があるのを知っているか?」
昼下がり。いつもの学食の隅。格安の昼食を掻き込んだ俺たちいつもの面子は、午後の講義にも行かず相変わらず管を巻いていた。
そんなとき、真剣な顔をして切り出したのは増渕だった。
俺、報知、玉置の三人のほか、そばにいた学生たちを含め、耳にした全員が呆れ顔を浮かべた。
「学説ってお前……」
「さすがにほら、俺たち一応大学生なんだからさ」
「俺のいた男子寮じゃ中一で出尽くした話題だぞ……」
案の定、散々な言われようだった。だが、構わず増渕は口を開いた。
「――夜の接待プレイ」
その場にいた者の耳がピクリ、と動いた。
玉置が「ほう……」と感嘆の息を漏らす。
「接待プレイ……ゴルフやTVゲームなどで、相手のご機嫌を取るためにわざと手を抜き、楽しませることを目的としたもの。それに『夜の』をつけるだけで一瞬にして淫靡な響きに変わった……お前、できるな」
眉間に皺を寄せ、腕組みをした報知も続いて口を開く。
「夜の接待プレイ……おやおや、いったいどんな接待をしてくれるのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」
なぜかお嬢様口調だ。近くに座っていた女子学生がドン引きした様子で席を立った。
やれやれ……。
「お前らなあ」
俺は肩を竦め、呆れ顔で一同を見回した。レベルが低すぎる。
「……この世に蔓延る凡才愚才。己《おの》が才能疑わぬ、無知蒙昧は愚の骨頂」
――男子校時代に培ってきた技、いまこそ魅せるときだ。
「え、なに? ラップ?」
「というより口上だな」
「いったい、なにが始まるというんですの?」
「無限に揺蕩う言の葉を、選んで練って練り上げる!」
「『俺はツッコミです』みたいな雰囲気出してるけど、コイツも結局同類なんだよな」
「それな」
「ですが――」
「慄け、恐れろ、そしてひれ伏せ! さあ、始めようじゃねえか――――『夜の教育基本法』ッ!」
闘争心を目に宿した三人は瞠目し、ほとんど同時に呟いた。
「やるじゃねェか……!」
称賛と叛逆心が籠もった台詞を口々に呟く。
「教育基本法……文字通り、『教育』についての原則が定められた法律だ」
「おやおや、いったいどんな教育をするつもりなのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」
「夜の教育……そんなのもう保健体育しかないよなぁ!?」
げっへっへ、と男四人の下卑た笑いが木霊した。
そこからはまさに言葉の応酬だった。
いま、戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
「夜の核融合炉」
「ヒューッ!」
「ここが熱いの……♡」
「ヤケドしちゃうね」
「夜の開脚前転」
「えー……」
「普通」
「つまらん」
「夜の神の見えざる手」
「透明手コキか?」
「チート能力だ」
「手を透明にする能力を手にいれて犯りたい放題!」
「夜の有償ボランティア」
「風俗では?」
「風俗だ」
「お風呂屋さんは自由恋愛」
「夜のたけくらべ」
「これさあ……」
「いったいナニの長さを比べるんだ……?」
「チンポだろなあ」
「夜のパン祭り」
「夜もパン、パンパパン」
「ナニをパンパンするんですかねえ?」
「ホワイトチョコが出ちゃう♡」
「夜のテレワーク」
「ライブチャットやん」
「テレホンセックスかもしれない」
「おひねりください」
「夜の知育玩具」
「おっさっきより良いぞ」
「普通に良い」
「知育ってより痴育」
「夜の種子島鉄砲伝来」
「精通かな?」
「笑う」
「やっぱり歴史系は相性がいいな」
「君たち」
「夜のドラッグ&ドロップ」
「おお……これは」
「クスリ堕ちからの人生ドロップヒロインが見える」
「ヤクブーツはやめろ」
「君たち!」
「ふえっ?」
「私の講義に出席せず、こんなところでなにをやっているのかな……?」
すっかり白熱していた俺たちが年の割に若々しい声に顔を上げれば、すぐそばに妙齢……ではない女性が立っていた。
教養科目で言語学の講義を担当している山野井先生だった。たしか肩書きは准教授だったかな。なお言語学は俺たちがすっぽかした午後イチの講義だ。
ちなみに妙齢というのは大人のお姉さん的な意味ではなく単に「若い」という意味だ。具体的な年齢は決まっていないが、「少女」より上の若い女性すれば、だいたい二十歳前後と考えると間違いないんじゃないかと思う。ちなみに山野井氏の年齢は三十六だ。な? 妙齢ではないだろ(笑)
などという失礼な思考が伝わっているはずがないのに、山野井先生のこめかみには青筋が立っている。「〝お前〟ら……〝死ぬ〟ぜ……!?」って感じだ。
だが俺たちも慣れたもの。目配せだけで意思疎通を図る。
「はっ! 日本語学の自主学習であります!」
「む、ややっ!? こんな時間でありましたか!」
「夢中になるあまり時の流れを失念しておりました!」
「申し訳ございません!」
「なるほど、君たちはあくまでも自習をしていた、と。そう言うのですね? ほほう、勉強熱心なのは大変よろしい」
「そうでしょうそうでしょう」
「ええ、ですがその結果欠席してしまうのはいただけませんね。そこで、です」
山野井先生は指を立てて能面のような顔で言った。もう青筋は引っ込んでいた。
「代わりとして、本日の講義で触れた形態素の分類について具体例を交えながらまとめてもらい、レポートの形で提出してもらいましょう。今日中に、明日午前零時までに、必ず、研究室のアドレスに送って下さい」
「えっ……?」
「だいたい一万字くらいは必要かしら? まあ、自主学習をしていた君たちには簡単すぎるかもしれませんね?」
「えっ、あの……?」
「では『夜の自主学習』、頑張ってね」
言うだけ言って、山野井先生はその場を去っていった。
後には泣きそうな顔を浮かべた馬鹿が四人残された。
一万字のレポートをあと半日もかからず仕上げろだと……?
絶望しかけた俺だったが、頭をなんとか切り替える。
こっちには四人もいるのだ、協力すればなんとかできるかもしれない。僅かな期待を込めて三人に目を遣る。
「……〝『夜の自主学習』、頑張ってね〟ってなんかエロいよな」
「わかる」
「正直ちょっと勃起した」
早々に見切りをつけた俺は、早足で自宅へと急いだ。
昼下がり。いつもの学食の隅。格安の昼食を掻き込んだ俺たちいつもの面子は、午後の講義にも行かず相変わらず管を巻いていた。
そんなとき、真剣な顔をして切り出したのは増渕だった。
俺、報知、玉置の三人のほか、そばにいた学生たちを含め、耳にした全員が呆れ顔を浮かべた。
「学説ってお前……」
「さすがにほら、俺たち一応大学生なんだからさ」
「俺のいた男子寮じゃ中一で出尽くした話題だぞ……」
案の定、散々な言われようだった。だが、構わず増渕は口を開いた。
「――夜の接待プレイ」
その場にいた者の耳がピクリ、と動いた。
玉置が「ほう……」と感嘆の息を漏らす。
「接待プレイ……ゴルフやTVゲームなどで、相手のご機嫌を取るためにわざと手を抜き、楽しませることを目的としたもの。それに『夜の』をつけるだけで一瞬にして淫靡な響きに変わった……お前、できるな」
眉間に皺を寄せ、腕組みをした報知も続いて口を開く。
「夜の接待プレイ……おやおや、いったいどんな接待をしてくれるのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」
なぜかお嬢様口調だ。近くに座っていた女子学生がドン引きした様子で席を立った。
やれやれ……。
「お前らなあ」
俺は肩を竦め、呆れ顔で一同を見回した。レベルが低すぎる。
「……この世に蔓延る凡才愚才。己《おの》が才能疑わぬ、無知蒙昧は愚の骨頂」
――男子校時代に培ってきた技、いまこそ魅せるときだ。
「え、なに? ラップ?」
「というより口上だな」
「いったい、なにが始まるというんですの?」
「無限に揺蕩う言の葉を、選んで練って練り上げる!」
「『俺はツッコミです』みたいな雰囲気出してるけど、コイツも結局同類なんだよな」
「それな」
「ですが――」
「慄け、恐れろ、そしてひれ伏せ! さあ、始めようじゃねえか――――『夜の教育基本法』ッ!」
闘争心を目に宿した三人は瞠目し、ほとんど同時に呟いた。
「やるじゃねェか……!」
称賛と叛逆心が籠もった台詞を口々に呟く。
「教育基本法……文字通り、『教育』についての原則が定められた法律だ」
「おやおや、いったいどんな教育をするつもりなのやら。ご期待申し上げてしまいますわね」
「夜の教育……そんなのもう保健体育しかないよなぁ!?」
げっへっへ、と男四人の下卑た笑いが木霊した。
そこからはまさに言葉の応酬だった。
いま、戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
「夜の核融合炉」
「ヒューッ!」
「ここが熱いの……♡」
「ヤケドしちゃうね」
「夜の開脚前転」
「えー……」
「普通」
「つまらん」
「夜の神の見えざる手」
「透明手コキか?」
「チート能力だ」
「手を透明にする能力を手にいれて犯りたい放題!」
「夜の有償ボランティア」
「風俗では?」
「風俗だ」
「お風呂屋さんは自由恋愛」
「夜のたけくらべ」
「これさあ……」
「いったいナニの長さを比べるんだ……?」
「チンポだろなあ」
「夜のパン祭り」
「夜もパン、パンパパン」
「ナニをパンパンするんですかねえ?」
「ホワイトチョコが出ちゃう♡」
「夜のテレワーク」
「ライブチャットやん」
「テレホンセックスかもしれない」
「おひねりください」
「夜の知育玩具」
「おっさっきより良いぞ」
「普通に良い」
「知育ってより痴育」
「夜の種子島鉄砲伝来」
「精通かな?」
「笑う」
「やっぱり歴史系は相性がいいな」
「君たち」
「夜のドラッグ&ドロップ」
「おお……これは」
「クスリ堕ちからの人生ドロップヒロインが見える」
「ヤクブーツはやめろ」
「君たち!」
「ふえっ?」
「私の講義に出席せず、こんなところでなにをやっているのかな……?」
すっかり白熱していた俺たちが年の割に若々しい声に顔を上げれば、すぐそばに妙齢……ではない女性が立っていた。
教養科目で言語学の講義を担当している山野井先生だった。たしか肩書きは准教授だったかな。なお言語学は俺たちがすっぽかした午後イチの講義だ。
ちなみに妙齢というのは大人のお姉さん的な意味ではなく単に「若い」という意味だ。具体的な年齢は決まっていないが、「少女」より上の若い女性すれば、だいたい二十歳前後と考えると間違いないんじゃないかと思う。ちなみに山野井氏の年齢は三十六だ。な? 妙齢ではないだろ(笑)
などという失礼な思考が伝わっているはずがないのに、山野井先生のこめかみには青筋が立っている。「〝お前〟ら……〝死ぬ〟ぜ……!?」って感じだ。
だが俺たちも慣れたもの。目配せだけで意思疎通を図る。
「はっ! 日本語学の自主学習であります!」
「む、ややっ!? こんな時間でありましたか!」
「夢中になるあまり時の流れを失念しておりました!」
「申し訳ございません!」
「なるほど、君たちはあくまでも自習をしていた、と。そう言うのですね? ほほう、勉強熱心なのは大変よろしい」
「そうでしょうそうでしょう」
「ええ、ですがその結果欠席してしまうのはいただけませんね。そこで、です」
山野井先生は指を立てて能面のような顔で言った。もう青筋は引っ込んでいた。
「代わりとして、本日の講義で触れた形態素の分類について具体例を交えながらまとめてもらい、レポートの形で提出してもらいましょう。今日中に、明日午前零時までに、必ず、研究室のアドレスに送って下さい」
「えっ……?」
「だいたい一万字くらいは必要かしら? まあ、自主学習をしていた君たちには簡単すぎるかもしれませんね?」
「えっ、あの……?」
「では『夜の自主学習』、頑張ってね」
言うだけ言って、山野井先生はその場を去っていった。
後には泣きそうな顔を浮かべた馬鹿が四人残された。
一万字のレポートをあと半日もかからず仕上げろだと……?
絶望しかけた俺だったが、頭をなんとか切り替える。
こっちには四人もいるのだ、協力すればなんとかできるかもしれない。僅かな期待を込めて三人に目を遣る。
「……〝『夜の自主学習』、頑張ってね〟ってなんかエロいよな」
「わかる」
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