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見ての通り私は魔法少女なのだが 前
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ぼく! 極立晴彦! ピッチピチの十八歳!
キョクリツじゃないよ! キワダテだよ! 変わった苗字だけどよろしくね☆
……という簡潔かつ印象に残る会心の自己紹介を二週間かけて考案した俺だったが、披露した際の反応は芳しくなかった。
ガイダンスで長机の同じ列に腰掛けていた子には「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げられ、見学に行ったサークルの新歓で向かいの席に座っていた小動物みたいな子は泣きそうな顔で席をたった。
その後もことごとくそんな調子で、入学から三週間経ったいまでも彼女どころか女友達、いや、〝女知り合い〟の一人もできそうになかった。
不幸中の幸いだったのが、俺の体たらくを目撃していた男連中が面白がって声を掛けてきて、なんだかんだで仲良くなったことだ。これがなければ出だしでスベってボッチ確定だった。父さん母さん、都会って怖いところです。
男友達はできたがしかし、彼女獲得への光明は見えない。夢のキャンパスライフは夢のまた夢だ。にっちもさっちもいかなくなった俺は、恥を忍んで男どもに相談することにした。
中高と男子校だったから女子との接し方がわからない、でも性欲は人一倍にあること。
彼女を作ることを夢見て都心の大学に入ったこと。
そしてゆくゆくは、大切に守り育ててきた我が子を送り出したいのだ、ということ。
滔々と語る俺に、男どもは深く同意を示すよう何度も頷いていた。目が潤んでいる奴もいた。だが――
「……お前らの中には彼女がいる、或いはいたという奴もいるだろう。なあ、どうしたらいいか教えてくれないか」
真摯に問いかけると、全員が目を逸らした。マジかよこいつら。
「え……? お前ら共学だったんだよ、ね? え? 共学なのに彼女できなかったの? え? ホモ?」
「貴様ーッ!」
「言ってはいけないことを言ったなァ!?」
「こ……殺すう~~~!!」
ドタンバタン。六畳一間の狭苦しいアパートで男四人の取っ組み合いが始まり、そして勝った。圧勝だった。
「ひ、ひとつだけ確かなことがある」
生八ツ橋みたいにでろ~んと折り重なっている男どもの一人が言った。
「お前は、見た目が怖すぎる……」
曰く、とにかくデカいしゴツいんだそうだ。
改めて自分の身体を見返せば、まあ確かに小さいとか華奢だとかいう言葉とは対極にあると思う。
発端は中学時代。誰かが持ってきた「筋肉はモテる」という雑誌記事だった。「筋肉はモテる」その言葉を信じて俺と、男子校時代の仲間たちは毎日筋トレやロードワークに励んだ。
モテなかった。
仲間たちが一人挫折し二人挫折しても、それでもいつかモテると信じてトレーニングを続けていた俺が、そもそも女子との接点がないと気づいたのは大学受験の勉強を本格的に始めた頃だった。
思えば中高と男子校で過ごしてきたから、周囲の奴らは俺の急成長を間近で見てきたわけで。「すげー筋肉ついたな」とは思われても初見でビビられることはなかった。おまけに成長期に身体を刺激しまくったせいか身長もグングン伸びたから、見た目だけなら格闘家やアクション俳優のようだと言っても誇張ではないかもしれない。
なるほど盲点だった、と俺は深く反省した。
確かに一九〇センチ近い図体の奴にいきなり話しかけられたら、女の子は怖く思うのかもしれないな。
「そうそう。キャンパス棟と間違えて博物館に入っちゃったのかと思ったもんな」
「俺もなんでゴリラがいるのかと思った」
「ダイガク、ジャングル、チガウ」
「もう帰れよ、な?」
ヘラヘラ笑う馬鹿共を部屋から追い出し、階段の下でまだブウブウ言っていたからラリアットで引きずり倒したら「人力ブルドーザーだ!」と悲鳴を上げながらやっと帰った。
小さくなっていく後ろ姿を見届けてから部屋に戻った俺は、畳に大の字になって絶叫した。
「じゃあどうしろっていうんだ! 縮めってか!?」
その叫びに応える者は誰も「ピン、ポォーン!」……まるで俺の絶叫に応えるようにチャイムが鳴った。
「誰だ?」
さっき帰った奴らとは思えない。さすがにそこまでしつこくないだろう。かといって仕送りはこの前受け取ったばかりだし、通販で注文しているものも特に無い。思い当たるフシがないなあ。もしかして騒音を注意しにきた隣人だろうか。だったら嫌だなあ……。
インターホンなんて洒落たものは当然ついていないボロアパートだ。叫んだ直後に居留守を使うのもしのびないし、気は進まないが出るしかないか……。
渋々腰を上げた俺は玄関を開け、五秒ほど固まり、そして玄関を閉めた。
再び「ピンポーン!」と鳴るチャイムの音を聞きながら、俺は今見たモノを思い返した。
時刻は午後七時くらい。薄暗い廊下に佇んでいたのは――
フリフリヒラヒラの衣装を身に纏った女だった。
衣服ではなく衣装、そうとしか言いようのない奇妙な服を着ていた。妙に光沢のある白と水色を基調としたワンピース。水色のニーハイソックス。胸元にデカデカとあしらわれた青いリボン。青みがかった黒髪をツインテールにしていて、髪を縛る部分にもまた青いリボン。
そして、それらを着用していたのは少女ではなく、女だ。おそらく二十代半ばくらい、少なくとも俺よりは絶対年上だろう。
俺は玄関の前でデカい図体をガタガタと震わせていた。
な、なにあれ。怖い。都会怖い。「ピポンピポン!」そんな俺を急かすように再びチャイムが鳴らされ、思わず肩が跳ねた。
どどどどうしよ……け、警察を呼んだほうがいいのか? でもただ訪ねてきただけだし、何の罪になるんだ……? そもそもなんで俺の部屋に……?
半ばパニックになりながらも肚を決めた俺は、玄関を開けようと――おっとその前にチェーンロックを掛けてから――ドアノブを捻った。
女は相変わらずそこに立って、無表情でこちらを眺めていた。
そいつと目を合わせるのが怖くて視線を彷徨わせた俺は、意図せずいろいろな部分が目に入ってきた。
顔立ちは整っていたが、奇抜すぎてそういう次元じゃない。それと、よく見たらかなり「頑張っている」感があった。特に二の腕や太腿がムチムチのミチミチだ。ニーハイソックスに絞られた腿肉が悲鳴を上げている。
「うわキツ」
いかん、感想が自然と漏れ出してしまった。口の中だけでごくごく小さく呟いたが聞こえてしまわなかっただろうか……。
俺の懸念をよそに、女は微動だにしていない。
それにしてもこいつはなんなんだ。
コスプレ? レイヤーってやつか? 仮にそうだとしても、なぜ俺の部屋に?
なにもわからない。ただただ怖い。怖かったが、動かねば状況は変わらない。逡巡しながらも俺は重い口を開いた。
「えっと、その。お、俺になにか用ですか」
「ふむ……」
その問いかけに、女は小さく唸る。そして困ったように少しだけ眉を顰めて言った。
「見ての通り私は魔法少女なのだが」
ハスキーがかった低めの声だ。落ち着いた大人の女性といった感じである。そんな声色の中に「魔法少女」なんて単語が出てきて俺の思考をかき乱した。
なにが「見ての通り」だ。絶対ヤバい人だよこれ。宗教か? これが噂に聞く都会の宗教勧誘なのか? どうする? どうあしらうのが正解なんだ?
だがこのときの混乱は、次の台詞で引き起こされたそれと比べたら可愛いものだった。
「魔力を回復するために君の精液が必要なので、少々わけてもらいたい」
バタン! と大きな音を立てて玄関を閉め、ダブルロックをしてチェーンも確認した。この間コンマ五秒。
「ピピピピポンピポンピピポンピポピポンピンポーン!」
即座に鳴り響くチャイムの音に泣きそうになりながら、俺は震える指で一、一、ゼロをタップするのだった。
キョクリツじゃないよ! キワダテだよ! 変わった苗字だけどよろしくね☆
……という簡潔かつ印象に残る会心の自己紹介を二週間かけて考案した俺だったが、披露した際の反応は芳しくなかった。
ガイダンスで長机の同じ列に腰掛けていた子には「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げられ、見学に行ったサークルの新歓で向かいの席に座っていた小動物みたいな子は泣きそうな顔で席をたった。
その後もことごとくそんな調子で、入学から三週間経ったいまでも彼女どころか女友達、いや、〝女知り合い〟の一人もできそうになかった。
不幸中の幸いだったのが、俺の体たらくを目撃していた男連中が面白がって声を掛けてきて、なんだかんだで仲良くなったことだ。これがなければ出だしでスベってボッチ確定だった。父さん母さん、都会って怖いところです。
男友達はできたがしかし、彼女獲得への光明は見えない。夢のキャンパスライフは夢のまた夢だ。にっちもさっちもいかなくなった俺は、恥を忍んで男どもに相談することにした。
中高と男子校だったから女子との接し方がわからない、でも性欲は人一倍にあること。
彼女を作ることを夢見て都心の大学に入ったこと。
そしてゆくゆくは、大切に守り育ててきた我が子を送り出したいのだ、ということ。
滔々と語る俺に、男どもは深く同意を示すよう何度も頷いていた。目が潤んでいる奴もいた。だが――
「……お前らの中には彼女がいる、或いはいたという奴もいるだろう。なあ、どうしたらいいか教えてくれないか」
真摯に問いかけると、全員が目を逸らした。マジかよこいつら。
「え……? お前ら共学だったんだよ、ね? え? 共学なのに彼女できなかったの? え? ホモ?」
「貴様ーッ!」
「言ってはいけないことを言ったなァ!?」
「こ……殺すう~~~!!」
ドタンバタン。六畳一間の狭苦しいアパートで男四人の取っ組み合いが始まり、そして勝った。圧勝だった。
「ひ、ひとつだけ確かなことがある」
生八ツ橋みたいにでろ~んと折り重なっている男どもの一人が言った。
「お前は、見た目が怖すぎる……」
曰く、とにかくデカいしゴツいんだそうだ。
改めて自分の身体を見返せば、まあ確かに小さいとか華奢だとかいう言葉とは対極にあると思う。
発端は中学時代。誰かが持ってきた「筋肉はモテる」という雑誌記事だった。「筋肉はモテる」その言葉を信じて俺と、男子校時代の仲間たちは毎日筋トレやロードワークに励んだ。
モテなかった。
仲間たちが一人挫折し二人挫折しても、それでもいつかモテると信じてトレーニングを続けていた俺が、そもそも女子との接点がないと気づいたのは大学受験の勉強を本格的に始めた頃だった。
思えば中高と男子校で過ごしてきたから、周囲の奴らは俺の急成長を間近で見てきたわけで。「すげー筋肉ついたな」とは思われても初見でビビられることはなかった。おまけに成長期に身体を刺激しまくったせいか身長もグングン伸びたから、見た目だけなら格闘家やアクション俳優のようだと言っても誇張ではないかもしれない。
なるほど盲点だった、と俺は深く反省した。
確かに一九〇センチ近い図体の奴にいきなり話しかけられたら、女の子は怖く思うのかもしれないな。
「そうそう。キャンパス棟と間違えて博物館に入っちゃったのかと思ったもんな」
「俺もなんでゴリラがいるのかと思った」
「ダイガク、ジャングル、チガウ」
「もう帰れよ、な?」
ヘラヘラ笑う馬鹿共を部屋から追い出し、階段の下でまだブウブウ言っていたからラリアットで引きずり倒したら「人力ブルドーザーだ!」と悲鳴を上げながらやっと帰った。
小さくなっていく後ろ姿を見届けてから部屋に戻った俺は、畳に大の字になって絶叫した。
「じゃあどうしろっていうんだ! 縮めってか!?」
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「誰だ?」
さっき帰った奴らとは思えない。さすがにそこまでしつこくないだろう。かといって仕送りはこの前受け取ったばかりだし、通販で注文しているものも特に無い。思い当たるフシがないなあ。もしかして騒音を注意しにきた隣人だろうか。だったら嫌だなあ……。
インターホンなんて洒落たものは当然ついていないボロアパートだ。叫んだ直後に居留守を使うのもしのびないし、気は進まないが出るしかないか……。
渋々腰を上げた俺は玄関を開け、五秒ほど固まり、そして玄関を閉めた。
再び「ピンポーン!」と鳴るチャイムの音を聞きながら、俺は今見たモノを思い返した。
時刻は午後七時くらい。薄暗い廊下に佇んでいたのは――
フリフリヒラヒラの衣装を身に纏った女だった。
衣服ではなく衣装、そうとしか言いようのない奇妙な服を着ていた。妙に光沢のある白と水色を基調としたワンピース。水色のニーハイソックス。胸元にデカデカとあしらわれた青いリボン。青みがかった黒髪をツインテールにしていて、髪を縛る部分にもまた青いリボン。
そして、それらを着用していたのは少女ではなく、女だ。おそらく二十代半ばくらい、少なくとも俺よりは絶対年上だろう。
俺は玄関の前でデカい図体をガタガタと震わせていた。
な、なにあれ。怖い。都会怖い。「ピポンピポン!」そんな俺を急かすように再びチャイムが鳴らされ、思わず肩が跳ねた。
どどどどうしよ……け、警察を呼んだほうがいいのか? でもただ訪ねてきただけだし、何の罪になるんだ……? そもそもなんで俺の部屋に……?
半ばパニックになりながらも肚を決めた俺は、玄関を開けようと――おっとその前にチェーンロックを掛けてから――ドアノブを捻った。
女は相変わらずそこに立って、無表情でこちらを眺めていた。
そいつと目を合わせるのが怖くて視線を彷徨わせた俺は、意図せずいろいろな部分が目に入ってきた。
顔立ちは整っていたが、奇抜すぎてそういう次元じゃない。それと、よく見たらかなり「頑張っている」感があった。特に二の腕や太腿がムチムチのミチミチだ。ニーハイソックスに絞られた腿肉が悲鳴を上げている。
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いかん、感想が自然と漏れ出してしまった。口の中だけでごくごく小さく呟いたが聞こえてしまわなかっただろうか……。
俺の懸念をよそに、女は微動だにしていない。
それにしてもこいつはなんなんだ。
コスプレ? レイヤーってやつか? 仮にそうだとしても、なぜ俺の部屋に?
なにもわからない。ただただ怖い。怖かったが、動かねば状況は変わらない。逡巡しながらも俺は重い口を開いた。
「えっと、その。お、俺になにか用ですか」
「ふむ……」
その問いかけに、女は小さく唸る。そして困ったように少しだけ眉を顰めて言った。
「見ての通り私は魔法少女なのだが」
ハスキーがかった低めの声だ。落ち着いた大人の女性といった感じである。そんな声色の中に「魔法少女」なんて単語が出てきて俺の思考をかき乱した。
なにが「見ての通り」だ。絶対ヤバい人だよこれ。宗教か? これが噂に聞く都会の宗教勧誘なのか? どうする? どうあしらうのが正解なんだ?
だがこのときの混乱は、次の台詞で引き起こされたそれと比べたら可愛いものだった。
「魔力を回復するために君の精液が必要なので、少々わけてもらいたい」
バタン! と大きな音を立てて玄関を閉め、ダブルロックをしてチェーンも確認した。この間コンマ五秒。
「ピピピピポンピポンピピポンピポピポンピンポーン!」
即座に鳴り響くチャイムの音に泣きそうになりながら、俺は震える指で一、一、ゼロをタップするのだった。
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