猫のランチョンマット

七瀬美織

文字の大きさ
上 下
22 / 35

第二十話 生徒会の役割

しおりを挟む

 新任先生の噂ありきの質問に、思わずブチ切れそうになってきた。
 ……落ち着け、落ち着け! ただでさえ、身内に猛獣扱いされてる本性を、出すのは今じゃない……!

 あー。イライラする。時々、調子の外れた一音が混ざった話し方が、イライラを増幅させてくる!

 短気は損気だと、『雲雀』の常連さんの恵子ババ様がおっしゃっていた。そういうご当人は、麻雀で『また、アガラス⁈ キイイイィ!』とか謎な麻雀用語を言って、毎度のようにブチ切れている。

「こんな不正が、許されると思うのでスか?」
「不正? 私の入学やアルバイトも、手続きは正しく行われています。先生のやってる事の方が、よっぽど不当で不正です!」

 新任教師は、ひょろりと背が高いだけに、無表情で見下ろされると、それなりに威圧感があった。

 バンッ! と、いきなり目の前の机を叩かれて、身体が勝手にビクリとすくみあがった。

「全く、口の減らナい! 正当性を主張したかったら証拠を出しなサい!」

 机をバンバン叩きながら、新任教師は言った。学校の備品は大切にしてほしい。しかも、私のプライバシー満載のファイルで叩かないでもらたい。

「先生こそ、証拠を揃えてから、正しく手続きして下さい!」
「生意気な……!」

 新任教師の顔を、見上げるように睨んだら、ファイルを大きく振り上げている。もしかしたら、そのファイルで殴られるのかもしれないと、身体を固くした時、ガチャっとドアが開いた。

「館林先生! ここまでです!」

 生徒指導室に入ってきたのは、よく見知った男子生徒だった。館林先生って誰? ええっと、……まあ状況的に、目の前の新任英語教師のことだろう。


「八木橋先輩⁈」
「……校内放送を聞いたんだ。すぐに、一年生の教室に向かったんだが、行き違いになったようで、遅くなってすまない……!」

 八木橋先輩は、走って来たのか、息が少し上がっていた。ドアを開け放ち、室内に入ると、先輩は心配そうに私を見つめている。
 私は、思わぬ人物の登場に、ホッとして肩の力が抜けていった。無意識のうちに、かなり緊張していたらしい。

「榊原、大丈夫か? もうすぐ担任と学年主任も来るから」
「エビセンと、オカセンが⁈」

 つい、担任と学年主任の先生をアダ名で呼んでしまった。二人とも、授業が分かりやすくて生徒に人気があり、親しみやすい雰囲気の教師だ。

「コラ、ちゃんと蛯原先生と岡先生と言えよ」
「中条先輩、真栄田先輩!」

 え、どうして先輩達まで駆けつけてくれるの? 二人とも走って来てくれたのか、息が弾んでいる。

「八木橋透、君は……たしか理事長の一族だそうでスね?」
「……そうです。祖父は理事長ですが、それが何か? 学校内の僕は、一生徒でしかありません。今は、生徒会長として、生徒の権利が不当に侵害されない為に、この場にいます」

 館林先生は、不愉快そうに八木橋先輩達と対峙している。小さな舌打ちが何度も聞こえてきて耳ざわりだ。

「生徒会長が、教師の生徒指導に口出しするというのですスか?」
「館林先生、本校は生徒の自治権が認められています。生徒会は生徒の権利を守る組織でもあります。校則で、問題のある生徒を指導する場合は、教員が生徒指導室に呼び出す前に、生徒会側に通達を出さなければなりません。生徒会は、問題のある生徒と話し合い、まずは生徒間で問題に対処します。その上で、教員による指導もやむなしの結論が出てから、生徒指導教員に動いていただくことになっているはずです。生徒会を中心に、自治権を生徒に与えて、社会性を育むのが我が校の教育方針です」
「生徒会にあり得ない程の自治権を与えるノが、この八木橋高等学校の伝統とやらでスか?」
「そうです!」

 八木橋先輩は、きっぱりと言い切った。ツカツカと、椅子に座った私の横に来て、そっと手を差し伸べてきた。もう大丈夫だと囁きながら、私を犯人側の椅子から立たせてくれた。

 ……これはいったい誰だろう? ランチョンマットに会わせろと、駄々をこねるいつもの八木橋先輩と別人だ。凛々しく、理論整然と教師に意見する生徒会長の姿に、ちょっと心拍数が上がる。

「それと館林先生、女生徒と密室で二人っきりになるのは、あまりに配慮が足りなさ過ぎます」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。私が、女生徒に何をすると言うノだ?」

 真栄田先輩の指摘を、館林先生は鼻で笑った。何、その根拠のない自信は⁈ ウワサは、事実と関係なく状況さえ整ったら広まるから厄介なんだ。そのウワサで、今振り回されてるんだろうに……!

「先生にそのつもりがなくても、女生徒に無益な評判が立ってしまったら、どう責任を取るおつもりですか?」
「それは、自業自得だろウね。その場合は、私の方が被害者ダよ。責任を取るのは、いったいどちらだろウね?」
「何だよ、その決めつけは! ふざけるな!」
「中条、よせ! そもそも、館林先生は誰の許可を得て、榊原を呼び出しているのです!」
「生徒指導教員の権限ダよ。生徒の呼び出しくらい、誰かの許可など必要ナい」
「はあ……、勝手に権限を付け足して振りかざさないで下さい。生徒会は、館林先生に正式に抗議します!」
「こちらでも、それなりの処分を検討させてもラう!」

 生徒指導室は、すっかり険悪な空気になった。生徒会として、先輩達が駆けつけてくれて嬉しかったけど、このままだと厄介事に巻き込んでしまうかもしれない。
 どうしようと、悩んでいたら、担任の蛯原先生と、学年主任の岡先生が慌ててやって来た。

「館林先生! あなたは何をしているのですか?」
「指導教官として、お尋ねします。館林先生、問題を起こしている自覚はおありですか?」
「岡先生、私は問題提起しているのデす」
「問題提起⁈ それは、生徒に関係ない話です。先走った行為で、生徒のプライバシーを侵害しないでください」
「指導教官の立場から、館林先生の行動は、目に余るものがあります」
「これ以上の学校批判は、越権行為として、処分せざるを得ないです」
「処分ならば、そちらの生徒を処分すべきデす!」

 館林先生は、顔を真っ赤にして怒りまくっている。私を指刺さないでいただきたい。不愉快だ!

「まず、そのファイルは持ち出し厳禁です。生徒のプライバシーを守る為の基本的なルールすら守っていただけないのですか?」

 館林先生は、ファイルをパシパシ手で弾きながら、鼻で笑った。

「このファイルは、不正の証拠です。住所や保護者欄はおろか、先に行われた中間試験の結果すら記載されていない」

 館林先生は、勝ち誇ったように、笑みを浮かべた。

「あー。そのファイルは廃棄前の物で、正式な物は、理事長室に貸し出されているんですよ。私は、学年主任として榊原さんの入学に関して、会議に出席していました。県下一の進学高校を首席で入学出来る実力者。それが、本校に迎えられるのですから、特例措置も有り得るでしょう」
「このアバズレが……⁈」
「館林先生! いい加減にしなさい!」

 岡先生が大声ではないが、低く威圧感たっぷりに館林先生を叱りつけた。

「……ッ! 何故でしょう?」
「学校の裏サイトの情報を信じるなんて、どうかしています」
「裏サイトだけの情報で、言っているわけではありません」
「何を根拠にしているのです?」
「生徒指導室主任の根岸教頭から、調査するよう依頼されました。よほどの事だったのデしょう?」

 社会で働く上で、『報・連・相』は大事! 生徒指導室の主任……せめて教頭にくらい説明していて欲しかった!
 何のために、校長、学年主任、担任、保護者で、話し合いの場を設けて情報共有したのか……。教頭もその場に居ないとダメだったの? 学校側が、これじゃ意味がない!
 これは、あれか? 職員室内に派閥的な大海溝が存在しているの?

「何故、榊原だけ特例を認めるのですか? 一人暮らしまで認めるなんて、どうしてですか?」
「きちんと榊原の家庭事情を把握した上で、許可された案件です。榊原は、……」
「待ってください!」

 真栄田先輩が、先生に声をかけている。

「先生方の話し合いなら、場所を変えて下さい」

 真栄田先輩の視線は、廊下に出来た人だかりに向いていた。校内放送と生徒会が動いているのを察して、野次馬が集まっていたようだ。生徒指導室のドアが開いたままだったので、ある程度の会話は聞かれていたのだろう。……ヒソヒソと、私の事が囁かれている。

 先生方は、生徒指導室前の廊下に集まっていた生徒を解散させた。

 八木橋先輩は、私を送ると言って聞かなかったけど、先生方に事情説明に残る事になり、バイトに行くついでだからと中条先輩が送ってくれた。

 帰宅すると、ランチョンは何かを察してくれたのか、玄関でちょこんとお座りしてお出迎えしてくれていた。キラキラの瞳で私を見つめている。

「アニマルセラピー! ランチョン~! だいすき~!」

 ストレス発散! ランチョンマットに癒されるぞ! 猫に真っしぐら! 抱き上げようと手を伸ばしたら、ランチョンは目を真ん丸にして、飛び上がり、ダッシュでキッチンに走り去ってしまった。……ぐすん。



 生徒指導室呼び出しの一件が原因だったのか、その日の夜から困った事になってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

くろぼし少年スポーツ団

紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...