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第二十話 生徒会の役割
しおりを挟む新任先生の噂ありきの質問に、思わずブチ切れそうになってきた。
……落ち着け、落ち着け! ただでさえ、身内に猛獣扱いされてる本性を、出すのは今じゃない……!
あー。イライラする。時々、調子の外れた一音が混ざった話し方が、イライラを増幅させてくる!
短気は損気だと、『雲雀』の常連さんの恵子ババ様がおっしゃっていた。そういうご当人は、麻雀で『また、アガラス⁈ キイイイィ!』とか謎な麻雀用語を言って、毎度のようにブチ切れている。
「こんな不正が、許されると思うのでスか?」
「不正? 私の入学やアルバイトも、手続きは正しく行われています。先生のやってる事の方が、よっぽど不当で不正です!」
新任教師は、ひょろりと背が高いだけに、無表情で見下ろされると、それなりに威圧感があった。
バンッ! と、いきなり目の前の机を叩かれて、身体が勝手にビクリとすくみあがった。
「全く、口の減らナい! 正当性を主張したかったら証拠を出しなサい!」
机をバンバン叩きながら、新任教師は言った。学校の備品は大切にしてほしい。しかも、私のプライバシー満載のファイルで叩かないでもらたい。
「先生こそ、証拠を揃えてから、正しく手続きして下さい!」
「生意気な……!」
新任教師の顔を、見上げるように睨んだら、ファイルを大きく振り上げている。もしかしたら、そのファイルで殴られるのかもしれないと、身体を固くした時、ガチャっとドアが開いた。
「館林先生! ここまでです!」
生徒指導室に入ってきたのは、よく見知った男子生徒だった。館林先生って誰? ええっと、……まあ状況的に、目の前の新任英語教師のことだろう。
「八木橋先輩⁈」
「……校内放送を聞いたんだ。すぐに、一年生の教室に向かったんだが、行き違いになったようで、遅くなってすまない……!」
八木橋先輩は、走って来たのか、息が少し上がっていた。ドアを開け放ち、室内に入ると、先輩は心配そうに私を見つめている。
私は、思わぬ人物の登場に、ホッとして肩の力が抜けていった。無意識のうちに、かなり緊張していたらしい。
「榊原、大丈夫か? もうすぐ担任と学年主任も来るから」
「エビセンと、オカセンが⁈」
つい、担任と学年主任の先生をアダ名で呼んでしまった。二人とも、授業が分かりやすくて生徒に人気があり、親しみやすい雰囲気の教師だ。
「コラ、ちゃんと蛯原先生と岡先生と言えよ」
「中条先輩、真栄田先輩!」
え、どうして先輩達まで駆けつけてくれるの? 二人とも走って来てくれたのか、息が弾んでいる。
「八木橋透、君は……たしか理事長の一族だそうでスね?」
「……そうです。祖父は理事長ですが、それが何か? 学校内の僕は、一生徒でしかありません。今は、生徒会長として、生徒の権利が不当に侵害されない為に、この場にいます」
館林先生は、不愉快そうに八木橋先輩達と対峙している。小さな舌打ちが何度も聞こえてきて耳ざわりだ。
「生徒会長が、教師の生徒指導に口出しするというのですスか?」
「館林先生、本校は生徒の自治権が認められています。生徒会は生徒の権利を守る組織でもあります。校則で、問題のある生徒を指導する場合は、教員が生徒指導室に呼び出す前に、生徒会側に通達を出さなければなりません。生徒会は、問題のある生徒と話し合い、まずは生徒間で問題に対処します。その上で、教員による指導もやむなしの結論が出てから、生徒指導教員に動いていただくことになっているはずです。生徒会を中心に、自治権を生徒に与えて、社会性を育むのが我が校の教育方針です」
「生徒会にあり得ない程の自治権を与えるノが、この八木橋高等学校の伝統とやらでスか?」
「そうです!」
八木橋先輩は、きっぱりと言い切った。ツカツカと、椅子に座った私の横に来て、そっと手を差し伸べてきた。もう大丈夫だと囁きながら、私を犯人側の椅子から立たせてくれた。
……これはいったい誰だろう? ランチョンマットに会わせろと、駄々をこねるいつもの八木橋先輩と別人だ。凛々しく、理論整然と教師に意見する生徒会長の姿に、ちょっと心拍数が上がる。
「それと館林先生、女生徒と密室で二人っきりになるのは、あまりに配慮が足りなさ過ぎます」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。私が、女生徒に何をすると言うノだ?」
真栄田先輩の指摘を、館林先生は鼻で笑った。何、その根拠のない自信は⁈ ウワサは、事実と関係なく状況さえ整ったら広まるから厄介なんだ。そのウワサで、今振り回されてるんだろうに……!
「先生にそのつもりがなくても、女生徒に無益な評判が立ってしまったら、どう責任を取るおつもりですか?」
「それは、自業自得だろウね。その場合は、私の方が被害者ダよ。責任を取るのは、いったいどちらだろウね?」
「何だよ、その決めつけは! ふざけるな!」
「中条、よせ! そもそも、館林先生は誰の許可を得て、榊原を呼び出しているのです!」
「生徒指導教員の権限ダよ。生徒の呼び出しくらい、誰かの許可など必要ナい」
「はあ……、勝手に権限を付け足して振りかざさないで下さい。生徒会は、館林先生に正式に抗議します!」
「こちらでも、それなりの処分を検討させてもラう!」
生徒指導室は、すっかり険悪な空気になった。生徒会として、先輩達が駆けつけてくれて嬉しかったけど、このままだと厄介事に巻き込んでしまうかもしれない。
どうしようと、悩んでいたら、担任の蛯原先生と、学年主任の岡先生が慌ててやって来た。
「館林先生! あなたは何をしているのですか?」
「指導教官として、お尋ねします。館林先生、問題を起こしている自覚はおありですか?」
「岡先生、私は問題提起しているのデす」
「問題提起⁈ それは、生徒に関係ない話です。先走った行為で、生徒のプライバシーを侵害しないでください」
「指導教官の立場から、館林先生の行動は、目に余るものがあります」
「これ以上の学校批判は、越権行為として、処分せざるを得ないです」
「処分ならば、そちらの生徒を処分すべきデす!」
館林先生は、顔を真っ赤にして怒りまくっている。私を指刺さないでいただきたい。不愉快だ!
「まず、そのファイルは持ち出し厳禁です。生徒のプライバシーを守る為の基本的なルールすら守っていただけないのですか?」
館林先生は、ファイルをパシパシ手で弾きながら、鼻で笑った。
「このファイルは、不正の証拠です。住所や保護者欄はおろか、先に行われた中間試験の結果すら記載されていない」
館林先生は、勝ち誇ったように、笑みを浮かべた。
「あー。そのファイルは廃棄前の物で、正式な物は、理事長室に貸し出されているんですよ。私は、学年主任として榊原さんの入学に関して、会議に出席していました。県下一の進学高校を首席で入学出来る実力者。それが、本校に迎えられるのですから、特例措置も有り得るでしょう」
「このアバズレが……⁈」
「館林先生! いい加減にしなさい!」
岡先生が大声ではないが、低く威圧感たっぷりに館林先生を叱りつけた。
「……ッ! 何故でしょう?」
「学校の裏サイトの情報を信じるなんて、どうかしています」
「裏サイトだけの情報で、言っているわけではありません」
「何を根拠にしているのです?」
「生徒指導室主任の根岸教頭から、調査するよう依頼されました。よほどの事だったのデしょう?」
社会で働く上で、『報・連・相』は大事! 生徒指導室の主任……せめて教頭にくらい説明していて欲しかった!
何のために、校長、学年主任、担任、保護者で、話し合いの場を設けて情報共有したのか……。教頭もその場に居ないとダメだったの? 学校側が、これじゃ意味がない!
これは、あれか? 職員室内に派閥的な大海溝が存在しているの?
「何故、榊原だけ特例を認めるのですか? 一人暮らしまで認めるなんて、どうしてですか?」
「きちんと榊原の家庭事情を把握した上で、許可された案件です。榊原は、……」
「待ってください!」
真栄田先輩が、先生に声をかけている。
「先生方の話し合いなら、場所を変えて下さい」
真栄田先輩の視線は、廊下に出来た人だかりに向いていた。校内放送と生徒会が動いているのを察して、野次馬が集まっていたようだ。生徒指導室のドアが開いたままだったので、ある程度の会話は聞かれていたのだろう。……ヒソヒソと、私の事が囁かれている。
先生方は、生徒指導室前の廊下に集まっていた生徒を解散させた。
八木橋先輩は、私を送ると言って聞かなかったけど、先生方に事情説明に残る事になり、バイトに行くついでだからと中条先輩が送ってくれた。
帰宅すると、ランチョンは何かを察してくれたのか、玄関でちょこんとお座りしてお出迎えしてくれていた。キラキラの瞳で私を見つめている。
「アニマルセラピー! ランチョン~! だいすき~!」
ストレス発散! ランチョンマットに癒されるぞ! 猫に真っしぐら! 抱き上げようと手を伸ばしたら、ランチョンは目を真ん丸にして、飛び上がり、ダッシュでキッチンに走り去ってしまった。……ぐすん。
生徒指導室呼び出しの一件が原因だったのか、その日の夜から困った事になってしまった。
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